2012年03月31日

20120308 Бойсун

KIF_0346.JPG


 Boysunで予約してあったGuest HouseSalim Akaという人の家である。その名前すら着いてみてからでないとわからず、知らされていたのは電話番号だけであった。Boysunのバザール近くで降ろされたところから電話して、別の車に乗り換えてわざわざ辿り着いたのである。外から見ても宿泊施設とは全くわからない。しかし「滞在登録」はきちんとできるし外国人が宿泊するのに何の問題もない。手配料込みでUSD30/1人は割高だが、この際致し方あるまい。部屋の窓からは、いま越えて来た峠であろうか、雪を頂いた山脈が遠望出来る。


 


KIF_0345.JPG


 街を散策する前に「滞在登録」の手続きを待つ間、おもてなしの茶を頂く。


 


KIF_0347.JPG


 ・・・ 人が、いない・・・


 


KIF_0352.JPG


 ちょっと賑やかそうな方へと歩いて行ってみると、バザールがあった。夕刻に近づいていて終いはじめる店も多かったが、その分のんびりした空気を味わうことができた。


 


KIF_0353.JPG


 現地特産だろうか、バザールでよく見かける粗目をまえに通じぬ言葉で会話を楽しむ土井ちゃん。


 


KIF_0355.JPG


 このシルエットこそ、ウズベキスタンの風景といえないだろうか・・・


 


KIF_0357.JPG


 バザール前の通りはだいたい東西に伸びていて、バザールの西側から北に延びる道と、ずっと東のタクシー乗り場から北へ伸びる道がある。タクシー乗り場の南西側にホテルが1軒あり、前で肉を焼いていたのでたぶん営業しているのだろう。このモニュメントは、ウズベキスタンのいくつかの街で見かけたが、軍事独裁国家に多い、いわば国の威厳を国民に叩き込む象徴のようなものであろう。


 


KIF_0358.JPG


 その道を少し上がって行くと、学校のような建物の一群があった。夕刻に近づくにつれて急激に冷え込んで来たため、暖をとるために中心部へ戻った。


 


KIF_0359.JPG


 そこから別の道を辿って宿へ戻りつつ、途中で何か食べられるところでもあれば入ろうと思って行きあたったレストラン。


 


KIF_0360.JPG


 中央アジアでは、串焼肉の事を一般にロシア語でШашлык (シャシリーク) と呼ぶ。トルコ語のシシケバブと繋がる言葉である。これは挽肉のシャシリークで、肉を頼んでも、ナンとサラダとチャイは必ずついて来る。ナンとはいえ、こうなるとイギリスパンのようで、サラダはお盆に何種類か持って来て選ぶようになっている。選んだのは、緑のトマトのサラダと、たぶんキャベツのヨーグルト和え。ひとまずチャイで暖をとったものの、ぐんぐん冷え込んで来て、思わず震え上がる。ほどほどにして出発し、宿へ戻る途中、車のパーツやの店先で若者たちがバックギャモンをしていた。それに興味を持った土井ちゃんが、ルールを教えてもらいながら仲間入りした。驚いた事に、さいころを振った土井ちゃんが口の中で日本語で数字をそらんじるのを、対戦していた若者がすくなくとも1から12まで覚えてしまい、やがて日本語で土井ちゃんにコマの進め方を教えるほどだった。こういうときにこそ、多言語で育っている人の頭の良さを実感する。しかしその様子を、通りかかった兵士が見て我々を誰何した。我々はパスポートを取り上げられて車に乗せられた。そしてすぐ先のタバコ屋でパスポートと「滞在登録」のコピーを取られ、Salim Akaの家まで送り届けられた。私はてっきりたかられると思っていたが、彼らはそんな事はしなかった。コピー代も自分たちで支払ったし、領収書をとる事もなかった。ひとりは片言ながら英語も話し、雰囲気は友好的だった。彼らがSalim Akaの家まで送り届けたという事は、この小さな街では彼は外国人を宿泊させることができるものとして認知されているようである。ウズベキスタンは良い国だと思った。人が親切で、兵士までもが職務に忠実である。そんなことはあたりまえだと思われるかもしれないが、全然あたりまえでない国々を旅して来た私にとって、これは全く意外な出来事だった。私の常識では、こうしたケースでは、各種書類を取り揃え手続きするために牢屋にブチ込まれ、出してもらうのに何日かかかり、しかも大枚な賄賂を要求され、貴重品は没収され、安全な引き取り手に引き渡されるために護衛がつけられ、関係者全員で一件落着の宴会が開かれ、その支払いが全部私に回って来るものだからである。かえって、異常に身構えてしまう自分の態度を、他意のない彼らに対して恥じた。ウズベキスタンの兵士たちは、私の見た範囲では皆きちんとした身なりをしていた。制服は汚れていなかったし、シャツにもアイロンがかかっていた。物腰は非常に紳士的であり、私の見た範囲では、決して威圧的な印象は受けなかった。かれらはあっさりと手を振って我々を解放した。


posted by jakiswede at 16:15| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20120308 Карщи-Бойсун

KIF_0303.JPG


 TashkentとBukharaの間は、夜行列車と昼行列車の便が毎日2本ある。Bukharaへ向かう路線は、途中のNavoyでUrgench方面へ向かう路線と分岐して南へ伸びるので、ほかにもこの区間を利用出来る列車がある。詳しくはこのサイトがわかりやすい。


 http://www.advantour.com/uzbekistan/uzbekistan_railways.htm


 さて列車の外観は上下の写真の通りであって、実に質実剛健、鉄道ファンの涎をくすぐるに充分なお釣があります !! 内装には重厚な木材が使われており、床には絨毯が敷き詰められていて非常に静か。我々の乗ったのは「Kupe」という中級クラスの2段ベッドが向かい合わせになって1室に区切られているもので、きちんとドアも閉まるし、必要なら施錠出来る。各車両に乗務員が就いていて常に車内を見回り、いろいろチャイを出してくれたり談笑したりしているのは穏やかであった。


 2012/03/07 20:45をやや遅れて発車した662列車は、途中いくつかの駅に停車しながら南を目指した。外が暗いので、風景は列車の光に照らし出される限りでしか見えないが、白壁の平が続いて時折民家、牧畜で生計を立てている農家と見えた。途中のSamarkandに到着したのは深夜の2時過ぎで、そこで長い停車時間を取った。「ナン、ナン、サマルカンド、ナン」と言いながらできたてのナンを売りにくる少年が何人か乗り込んで来た。土井ちゃんもたまらず買う。乗務員も彼らからナンを買っていたので、おそらく無銭乗車を黙認されているのだろう。そんなこんなで楽しく時間は過ぎて、やがて定刻の7時過ぎに列車はBukharaに到着した。


 


KIF_0304.JPG


 ウズベキスタンの国章も誇らしげにみえる。「ブハラ」はБохара・Бухоро・・Bukhara・Bokhara・Buxoroなど様々に表記される。人々の発音も、「ブクホロ」・「ボハラア」などいろいろだ。おそらく標準語と方言、あるいはウズベク語とタジク語などで異なることや、もともとの言語を古くはアラビア文字で音写したものを、19世紀後半からロシア帝国の影響下に入ったためにキリル文字で表記されるようになり、最近になってローマン・アルファベットで表記しなおすという変遷をたどる中で、もともとの微妙な発音が文字に書かれたために統一性がなくなったためだろう。ウズベキスタンは他民族国家であるが、Bukharaにはイラン系のタジク人が多い事も影響しているのかもしれない。

 ともあれ今日はBukharaに立ち寄る事が目的ではなく、今日中にBoysunに辿り着くための苦肉のトランジットであるので、ともかく先を急がなければならない。Bukahaの駅は「ブハラ」とはいいながら東へ15kmほどのKagan (Kogon・Каган・Когонなど) という街にあって、Bukhara中心部へは車を必要とする。写真は、これだけ離れていれば良かろう、Bukharaの駅である。ここも、ご覧のように広い芝生に囲まれていて、遠巻きに柵がある。柵の一カ所の検問所から一人ずつ出入りする。Boysunへ向かうには、まずはKarshiという街へ行き、そこからアクセスする。Karshiへ行くにはSharqというバス・ターミナルでなんとかするのである。例によってしつこいタクシー勧誘を振り切ったあと、前方にミニ・バスが何台か止まっていたので、「Sharq !! 」と叫んでみると「乗れ乗れ」と何台かが合図したので、そのうち一番混んでいるものを選んで乗車した。こういうときは現地の人の発音を出来るだけ注意深く聞いておいて、なるべくそれに近い発音を、腹の底から大きく怒鳴るのがコツ、旅の恥はかき捨てである。ミニ・バスはすぐに発車した。


 


KIF_0308.JPG


 そのミニ・バスがどこ行きだったかは知らない。「ここだ」といって降ろされたのがここである。またしても、バス・ターミナルの私のイメージとはかけ離れているが、今更仕方がないので、今度は「Karshi (カルシィィィッ) 」と叫んでみると、やはり何台ものタクシーの運転手が手を挙げた。「2人」という意味でVサインを送ると、ひとりを残して手を下げた。見ると、その車には既に2人乗っている。これをシェア・タクシーといって、公共交通機関の未発達な場所での、庶民の通常の移動手段である。相場は国や場所や状況によって異なるだろうが、現地人が乗り合わせているのなら、現地人に訊くか、支払う額をよく見ておいて同額を払えば良い。車はすぐに発車した。幸先の良いトランジットであった。


 


KIF_0311.JPG


 車はひた走る。しばらくは荒涼とした砂漠のハイウェイを突っ走り、時折、大規模な油田かガス田と、それに接続する鉄道や貨物列車の超大編成などが見られた。やがて道は細くなり、前方に雪を頂いた山脈が見えた。その手前のなだらかな丘をいくつか回り込んで、3時間ほどで車はKarshiに到着した。料金は2人でUSD20であったが、これは安かった。


 


KIF_0324.JPG


 ここがKarshiからTermez方面へ行く車のターミナルである。シェア・タクシーを利用する利点は、たとえばKarshiから更に乗り換えてBoysunへ向かうと運転手に伝えておけば、そっち方面行きのターミナルまで送り届けてくれる点にある。路線バスだと、そのバスが到着するターミナルと、自分が望む方面へ出発するターミナルが異なる場合、その間の移動手段を考えなければならない。ここはTermezおよび南方面行きのターミナルであって、BoysunへはTermezへの幹線を、途中で離れて赴くことになる。「Boysun !! 」と叫んだらひとりの運転手が合図して来た。見ると一人先客がある。あと一人待ちである。このように、シェア・タクシーは4人集まらないと発車しない。あるいは4人分の運賃を支払わないと発車してくれない。


 


KIF_0319.JPG


 ターミナルで「プロフ」という一種の炒飯を売る店ではしゃぐ土井ちゃん。


 


KIF_0320.JPG


 ラードの固まりが入っているので非常に脂っこい。


 


KIF_0322.JPG


 とにかく食卓にはナンが出る。炒飯をオカズにパンを食べているようなものである。とりたてて美味いというものではない。付け合わせは大根と株のピクルスだが、はっきりいって日本の漬物と同じ味がする。


 


KIF_0330.JPG


 ここであとひとりの乗客を待っている間ターミナル内を冷やかし歩いていると、偶然ナンの工房を見つけた。土井ちゃんのテンションが上がったのは言うまでもない。


 


KIF_0333.JPG


 粉の配合はわからなかったものの、生地は先ず団子に捏ねて一時醗酵させたあと、薄く伸ばして重ねて伸ばして重ねることを繰り返し、最後に真ん中をくぼませてオーブンで焼いていた。オーブンは炭火の古風なもので、おそらく壁の向こうが窯になっていて、手前に数段ある。出来上がったナンは、このようにクロワッサンやデニッシュを思わせる平たいものであった。食事のときに出て来たものはバゲット風の生地であったので、ここでは何種類かのナンを焼いているらしい。


 


KIF_0336.JPG


 やがて奥の方から賑やかな音楽が聞こえて来たのでいってみると、なんと結婚式であった。外国人が見物に来ているというので大いに盛り上がり、主役そっちのけで楽士たちが即興で演奏してくれた。集会所のようなところから新郎新婦と親族とおぼしき一団が現れ、これからどんちゃん騒ぎの様相であった。「お前らも一緒に来い」と身振りで誘われたが、流石に今は急ぎの身であるので丁重にお断りすると、楽士たちが出発ギリギリまで演奏してくれた。やがて一団は車に分乗して出発して行った。その車列は結婚式の華やぎを秘めてなかなかに豪勢なものだった。


 


KIF_0340.JPG


 さてそうこうするうちに4人目のBoysun行きの客が現れたので車は出発した。車は雪を頂いた山を越え、谷をくぐり、それまでの砂漠の平野とは全く異なる光景の中を進んだ。山といっても木がほとんどない、日本の採石場のような風景が延々と続き、時折深い積雪がそれを覆っている。わずかな草を求めて羊の群れや羊飼いが呆然と立ち尽くしているのを見かける。村も稀にある。本当はTermezへ行きたかったのだ。そこからシル・ダリア越しにアフガニスタン領を望み、はるかなるアフガンを垣間みたかった。しかし大切な旅程を現地で組めるとタカを括った私はその旅程を手配せずに出発した。後悔先に立たず。この荒涼たる山岳風景を垣間みただけでも、その地への憧憬が胸を苛む。途中、そのTermezへ行く街道と別れて、車は細い道へ入って行った。ああTermez・・・


 


KIF_0344.JPG


 車はでこぼこ道を蛇行しながらいくつもの山を越え、最後に大きく峠を巻いて越えたときに運転手が知らせた。「Boysunだ」みると谷底にへばりつくように小さな街が広がっている。道は戸惑うように迂回するかのようにカーブを描きつつBoysunの街に近づいて行った。写真は運転手と2人の乗客。ここまで来ると流石に最果ての地を思わせる。

posted by jakiswede at 15:06| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月29日

20120328 自転車盗難

KIF_8101.JPG

 2012/03/28 9:25-18:07の間、JR道場駅前駐輪場に、チェーン・ロックをかけて駐輪しておいた愛車が盗まれました。古い形のフレームから改造して来た物なので防犯登録がありません。上の写真の通り、非常に個性の強いスタイルですので目立ちます。アルミのダイヤモンド・フレームで、色は白とアルミ地金の2トーン、シングル・ギアで右レバーが後輪ブレーキになっています。神戸市北区道場・生野近辺、三田市、西宮市山口町辺りで見かけられたりしたら、情報をよろしくお願いします。

 翌日の朝よりポスターを作って懇意な数カ所に掲示をお願いしたところ、夕刻にある人より連絡があって、盗難場所にほど近い橋のたもとに放置されているのが見つかった。駐車場に止めた人が、ふとした出来心で車に積んだのは良いが、チェーン・ロックを外せずに遺棄したものと見える。ヘッド・ライトはもぎ取られ、腹いせにタイヤが引き裂かれていたが、他に大きな損傷はなかった。連絡をくれた人は三田市在住の若者で、ご自身ロード・レーサーに乗っておられるという。駅前の商店に掲示してもらっていたポスターを見て、すぐに連絡をくれたのが良かった。私は連絡を受けてすぐに車を出し、現場で自転車を回収して駅前に向かった。お礼に、ウズベキスタンで買って来た紅茶の詰め合わせをお贈りし、心から感謝して別れた。捨てる神あれば拾う神あり、温かかったウズベキスタンの人々のこと、こういうなんの足しにもならない盗みをする近隣の日本人、また同じ趣味を持つゆえに協力してくださった皆さんの気持ちに触れることができた。しかし気をつけておかなければ、犯人はこの駐車場を使っている者であるはず、再びこの自転車をここに見つければもおそらくまた竹篦返しをされる事であろう。
posted by jakiswede at 01:03| Comment(0) | もちものじまん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20120307 Тощкент

KIF_0267.JPG


 雨は夜更け過ぎに雪へと変わったのであろう・・・中央アジアというよりは、冬枯れのヨーロッパという風情であった。


 


KIF_0269.JPG


 「Gulnara B&B」の朝食である。我々の主たる目的である「ナン」(左上) の初体験・・・余りにも期待に胸を膨らませすぎたか、初めて味わった「ナン」は、全くなんの変哲もない冷えきったパンであった。宿の主人と奥さんは英語を話され、とても温和で温かい人たちであった事は、特に補足させていただきたい。


 


KIF_0270.JPG


 さて、宿には偶然日本人の女性旅行者が一人同宿していた。21歳の若さでウズベキスタンを西からヒッチハイクで舐め回して東へ抜けるという。勇ましい事この上ない。今から南のバス・ターミナルへ行って足を捜すというので、こちらもTermezへ飛ぶ計画を持っていたから、まずは同道させていただくことにした。メトロのChorsu駅から2つめのAlisher Navoy駅へ行き、その駅と直結しているChilonzor線のPaxtakor駅からChilanzar方面に乗り換えて終点Olmazor (旧Sobir Raximov) 駅で降りる。Tashkentのメトロは2012年3月現在で均一料金600Cym、改札前で必ず兵士によるパスポート・チェックがあるが、職務に忠実なだけで、一通り確認したら滞在中なんの問題もなかった。構内はガイドブックにもある通り見事な美しい内装で、極めて豪華絢爛、しかし撮影は厳禁であって、ホームにもあちこちに軍服を見かけ、中には私服も混じっていると思われたため、相当に神経を尖らせているように見受けられる。しかし乗客は全く気にかけていない雰囲気で、特に堅苦しい空気はない。


 


KIF_0271.JPG


 駅前にバス・ターミナルがあるというので、今まで旅して来たイメージで相当の喧噪を予測して来たのだが、この通りただの広場であって、確かにシェア・タクシーやミニ・バスは何台か停まっているものの、それらしいものがない。勇ましい女ひとり旅人は、いつともなく広場に消えたのだが、こちらはTermezへ行こうにもタクシーしか見当たらない状態で、アテが外れて作戦練り直しを余儀なくされた。


 


KIF_0272.JPG


 宿のチェック・アウトが12時なのでとりあえずChorsuに戻って荷物をまとめ、本格的に足探しを始める。予定では、明日Termezへ飛んで、そこから北上してBoysunにて一泊、更に北上してSamarkandへ出たら、あとは観光コースという段取りである。そのBoysunの宿泊がなかなかとれなかったので、結局Marco Polo社に手配を頼んだ都合上、どうしても明日の夜にはBoysunに着いておかなければならない。しかし明日の便なら今日とれるはずだとタカを括っていた我々は、のんびりとChorsuのバザール見物をしつつ、都心へ出てチケットを買おうなどと暢気なことを考えていた。


 


KIF_0276.JPG


 Chorsuのバザールの一角で小麦粉を卸す業者、様々な種類があるが、ほとんどは中国とロシアなどからの輸入品であった。


 


KIF_0282.JPG


 都心へ出てチケットを捜すものの埒が開かず、結局明日の便は満席との事で空路での移動を断念、今夜の夜行でBukharaへ向かった足で、そのままKarshi経由でBoysunへ至るルートに計画変更。中央駅へ向かう。撮影禁止なので写真をお見せ出来ないのが残念だが、駅は非常に立派な建物で、やはり芝生に取り囲まれており、堂々たる正面玄関は柵で閉ざされている。建物に向かって左手に詰め所があってそこからひとりずつパスポート・チェックを受けて出入り出来るのであるが、そこはチケットを持っていないと通れない。チケットは、その建物の左手にある別の建物で売っていて、そこも同じように柵で囲まれていて・・・という具合に、いちいちめんどくさいのだが、そういうもんだと慣れてしまえば特にどうということはない。Tashkent中央駅の切符売場のおばちゃんは、ちゃんと英語が通じたので、問題なく今夜の夜行をゲット・・・残りの時間を暮れなずむ首都の散策に充てる事にする。写真は、Temur広場を背に西へ伸びる所謂「ブロードウェイ」・・・Tashkentでもっとも賑やかな通りとされている・・・


 


KIF_0283.JPG


 その近辺にあった新市街のバザール・・・ほとんど人気 (ひとけ) がない。


 


KIF_0284.JPG


 余りに人気 (ひとけ) のない街に戸惑いつつ、ようやく見つけたレストランでの質素な遅い昼食は、汁気の多いウズベク風のボルシチ。


 


KIF_0290.JPG


 「ブロードウェイ」に戻ると、似顔絵描きがたくさん出ていて、何となく「賑わって」いた・・・のかな ??


 


KIF_0293.JPG


 新市街を散策すれば、きっと新しい感覚のカフェなどがあるはずだと思っていたが、どうやらお門違いだったようだ。歩き疲れたので、メトロに乗ってChorsuへ戻る。バザールの喧噪を見てようやくひと心地ついた。夜行列車に耐えるため、夜食などを買っておく。


 


KIF_0294.JPG


 Chorsuバザールに隣接するモスク、その下にはイスラム関係の書物・CD・用品を売る店がある。その性格上、客のほとんどは男であり、なんと書物と一緒に男物の香水の量り売りが見られる。いずれも有名ブランドの名前が書いてあるが偽物であろう。


 


KIF_0297.JPG


 そのChorsuの交差点に集うミニバスと家路を急ぐ人たちの姿、左奥のレンガ色の建物は、「Toshkent Savdo Markazi」というスーパー・マーケットで、非常に品揃えが良く、安い。物売りに惑わされずに冷静に品定めしたいときにおすすめである。こうして短いTashkentの滞在を楽しんだあと、夜行列車に乗るべく中央駅へ向かう。警備の物々しさから、中はどうせ殺風景なものだろうと思っていたが、駅は見かけによらんもので、意外に多くの人が列車を待っていて明るく賑わっており、売店やレストランもあって楽しめたのである。下は、駅中レストランでのプロフ定食・・・ううむ、要するに油の回った焼き飯なのだが、サラダは良いとして、ご飯をオカズにパンを食べてる感じでね、しかも定食といいながら汁物はなくて、替わりに緑茶が出る。食事中に茶を飲む習慣がなく、関西人でありながら「うどん定食」・「ラーメン定食」・「餃子定食」の食えん私としては、関東人の苦しみがよくわかるのでした。しかしね、「カツサンド」て関東に多いけど、あれどうなんよ君ら・・・


 


KIF_0298.JPG

posted by jakiswede at 00:21| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月28日

20120306 Yuzhniy

 Asiana Airlines OZ0573 Tashkent行きは定刻に離陸、定刻21:10に到着した。雨の夜であった。飛行機の出口には、銃を携えダーク・グリーンの軍服に身を堅めた屈強な兵士が数人控えており、それまでの機内のほんわかした雰囲気が一変、その威圧感は軍事独裁国家に来たことを実感する。初めてキンシャサの空港に降り立ったときの事が頭をよぎる。建物に入ると長い廊下があって、簡易的にロープで誘導ルートが作ってある。ほどなくパスポート・コントロールがあって、ここでは「税関申告書」は必要ない。係官は「コンバンワ」なんて日本語で挨拶してくれて、ちょっとは緊張もほぐれる。ほどなく通過。その先で機内預けの荷物を受け取り、それを持って税関申告の列に並ぶ。持っている荷物を全て検査機にかけ、不審物があると開封を要求されるので、列によっては遅々として進まないことがある。私の場合、複数の列のひとつに並ぶと私の並んだ列だけが異常に進まないのが常であるので、日本の銀行のATMなどで普及している所謂「フォーク並び」は結構ありがたいのであるが、ここではそんなものは通用しない。ただひたすら待つのみである。もちろん日本のようには行かないけれども、窓口は設置されているもの全てが開かれており、係官は職務を忠実にこなしているように見えたし、こういう審査にありがちな段取りの悪さや怠慢などは感じられなかった。ここが入国に際して最も困難な関門だという事だったが、順番が進んで間近に審査官を観察してみると、検査機の脇に腰掛けたひとりが淡々と申告書に目を通し、もうひとりが検査機のモニター画面を注視しているだけで、黙々と職務をこなしている。私の順番が来た。荷物は特に問題なくスルーした。申告書に対しては、多分ポーズと思われるが、申告書を睨み、私の顔を見る動作が数回繰り返されたあと、全ての項目に丸印をいれて、サインされた一枚が戻された。そこを出ると、ドア一枚でもう外である。ロビーもなにもない。数人のタクシー業者らしき男が「タクシー ?? 」とつぶやきながら勧誘しているが、こちらはお迎えを頼んであるのでスルーしようとする。しかし外は雨で真っ暗な芝生である。通常のロビーがないため、お迎えがどこに来ているのかもわからない。仕方なく雨の中を進もうとすると、何人かのタクシー業者が追いすがって来る。こういうのが一番鬱陶しいので無視して進んだら、建物を取り巻く芝生の外側に遠巻きに柵があって、そのうちの一カ所に詰所のようなものがある。そこに兵士が一人、こちらを見ながら手招きしているので、怪訝に思いつつも近づいてみると、雨の中、傘をさしながらその詰所に群がっている人たちがあり、何人かは人の名前らしきものを書いた紙を広げている。やっと状況が飲み込めた私は、その中に私の名前を捜すと・・・あった。雨の少ない国といわれるウズベキスタンの玄関口は、暗闇の雨であった。この空港には、この国を訪れる、または帰ってくる人たちを出迎える人たちに対する配慮がないか、その配慮よりも安全対策が過度に優先されている。空港の建物が、芝生という「緩衝帯」に取り囲まれ、旅客だけがごく狭い一カ所の詰所を通らなければ出入り出来ないようにしてあるのも、空港そのものに公共交通機関が接続しないようにしてあるのも、全てそのためであろう。見送る人と旅立つ人、出迎える人と到着した人が、気持ち良く相対することができる開かれた空間というものは、この空港にはない。キンシャサのN'djili空港とは対極の意味で特殊な空港といえるだろう。


 さて出迎えてくれたのは、現地法人の「Marco Polo」社のFalf Khan氏であった。彼は非常に流暢な日本語を話し、普通の日本人の会話のペースで十分話すことの出来る人物であった。物腰も柔らかく穏やかで、旅の提案についても控えめで、こちらの話をよく聞いてくれた。車は走り出した。すぐに街に出る唯一のオーバー・ブリッジ、しかも緑・白・青というウズベク色のイルミネーションに彩られた橋を渡る。ここに彼らの「Welcome」を見るのであるが、周りの暗さと橋の明るさ、しかもLEDで照明された、明るいのに温かさの感じられないその色調は、近隣各国との緊張関係の中で、軍事独裁国家という体制を維持しながら、観光立国としても歩もうとする微妙なこの国の立ち位置を予感させるに十分なものであった。


 車は、東欧的あるいはまだ見ぬロシア的かと思える新市街の道並みを北西へ進んだ。街は暗い。灯の点っている部屋が少ない。賑やかさの感じられない街である。その中で、政府機関の建物か、大きな広場を取り巻くように立つ巨大な建造物はライト・アップされ、遠目からも非常に威圧的に見える。やがて車は西北に外れ、殺風景な中にも幾分親しみの感じられる界隈に入って行った。路地を曲がると、舗装されていないぬかるみ道であった。その奥に、目指す「Gulnara B&B」はあった。

posted by jakiswede at 13:36| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月27日

20120630にてホームページ閉鎖

 各位

 梅は咲いたか桜はまだか・・・弥生も終わりというのに氷点下の冷え込みで体調不良も行ったり来たりですが、皆様いかがお過ごしですか ?? 

 さて、長らくご愛読いただきました「jaki's homepage」ですが、Apple Computer2012/06/30をもって、このホームページの存在する「iDisk」というサーバ・サービスを停止するのにともない、これを閉鎖する事に致しました。

 もちろんサイトの引っ越しも考えましたが、老眼に鞭打っての各種設定の変更や管理は心身ともに負担も大きく、これ以上、企業の思惑に振り回されている時間が私には残されていないこと、そのエネルギーを農耕と音楽活動に傾注する方が、私にとってはより建設的であるという判断からです。

 ファイルはローカル・ディスクに保存されておりますので、いつかAppleが考え直してサーバ・サービスを再開した暁には、もしかしたら今のままの姿で復活するかもしれませんが、これを機に脱ネット生活へ踏み出そうとも思いますので、あまり期待せんといてください。

 メール・アドレスも2012/06/30までは、いまのまま温存しておきますが、それ以降は未定です。以上、取り急ぎご連絡まで・・・


 

posted by jakiswede at 16:03| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

20120306 KIX-ICN-TAS

KIF_0261.JPG


 2012/03/06 出発当日は、早朝まで激しい雨。12:50関西空港発の便で出発するので、11時には空港に着いておきたいのだが、この雨では駅へ行くこともできぬ。自転車に荷物を積んで電車に乗ろうと思っていたのだが、タクシーでも呼ぶかと思いはじめた頃、不意に雨が止んだ。思えば、この旅を思いとどまらせようとでもするかのような、不吉な前触れは枚挙にいとまがなかった。さがしものや調べたデータの紛失、機材の故障、そして極めつけは手配したプロセスのドタキャン・・・しかし捨てる神あれば拾う神あり。とにもかくにも持てるだけのものを詰め込んでようやく当日、しかしこの雨、止み間を逃せば後々厄介、ままよとばかり自転車にまたがったは良いが、日頃使わぬキャリア付きのもの故、チェーン・ロックを忘れたので駅前のパン屋に頼み込んで預かってもらう・・・ために土井ちゃんとの待ち合わせに15分ほど遅刻。関空のこの風景・・・好きなんよね。チェック・インもボーディングも問題なく済んで、Asiana Airlines OZ0111 定刻の12:50離陸。機材はAirbus A330-300。


 


KIF_0262.JPG


 Seoul 仁川空港にて3時間ほどのトランジット、小腹が減ったのでキムチうどん食う。USD6.50・・・韓国では食器を持って食事をする事はマナーに反する。このようにどんぶりに入ったうどんを食べるときも同じである。丼は置いたまま、口を近づけて食べることになるのだが、日本人にとっては「犬食い」といってこれはどうにも違和感がある。周りを見てみると、やはり丼は置かれたままで、しかし韓国人の食べ方はそれでも「犬食い」には見えない。今回の旅の小さな興味のひとつは、こういう「食事のマナー」である。例えばヨーロッパやアメリカでは、熱いものを飲む場合に音を立てるのはマナー違反であるが、それは汁をすする習慣がないからだと言われている。日本人は冷たい飲み物でもすする癖があるので、どうしても音が出る。トルコを旅行していたときにも安メシ屋で観察したが、茶をすする人は見なかった。しかしモンゴルの映画を見ているときに、家に招待された客が茶をすするのを明確に見た。では、飲み物をすする事を許容する文化の境界線は、どこにあるのだろうか・・・そんなことを考えさせられたキムチうどんでした。下はAsiana航空の機内食。


 


KIF_0264.JPG

posted by jakiswede at 00:21| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

20120320 Navrouz

  全国のcafeminhosファンの皆様お待たせ致しました。先日は現地の「ナン」を使った「ウズベク・モーニング」に多数のご来店ありがとうございました。今少し残っておりますので、明日3/20 「春分の日」のモーニング・セットにも引き続き「ナン」をお出ししたいと思います。さて「春分」のお祭りの事をウズベク語で「Navrouz」と申しますが、これは現在イスラム教の新年を祝う行事となっておりまして、起源としては「ゾロアスター教」の火祭りに由来すると言われております。是非見物して帰りたかったのですが、いかな私といえども一匹の社会的生物であって、そうそうワガママも言っておられません。泣く泣く帰途についたのでありますが、土井ちゃんは、いまごろウズベキスタンからキルギス、あるいは東トルキスタンのどこかの村で、この祭を見物している事でありましょう。


 さてメニューです。わずかな休みの前後を八つ裂きにして旅立ちましたので、その代償も大きく、たいした用意もできませんが、以下メニューです。


 


モーニング 8:30-11:00


 


 モーニング・セット (山カフェコーヒーと「ナン」のセット) \400


 カプチーノ・セット (山カフェコーヒーの代わりにカプチーノ) \450


 


ランチ (11:00-15:00)


 fわりとフツーのチキンカレー + インディカごはん \500


 f子羊のボルシチ + インディカごはん \500


 塩おでん定食 (おでん3こ + コシヒカリのご飯) \500


 


カフェ


 山カフェブレンド・コーヒー 


  (cafeminhosではネル・ドリップで1杯ずつお出ししています) \350


 エスプレッソ \350


 マキアート \350


 カプチーノ \400


 カフェ・ラテ \400


 


物 販


 イカナゴの釘煮 \400/150g


 塩おでん \100


 ホットドッグ \350


 ピザトースト \400


 ゆでたまご \80


 


BGMは、現地調達のウズベク伝統音楽とクルアーンの朗詠


 


 上記メニューのうち「f」マークのついたものは、私の畑の野菜を主に使っております。化学物質由来の資材は一切不使用の露地栽培です。田舎暮らし農業にご興味おありの方、私の畑で農作業体験が出来ます。くわしくは、「farminhos」で検索してください。


「六甲山カフェ」は、高座の滝の前にある大谷茶屋さん向かいにて、交替マスター制で運営されている洞窟カフェです。通常の営業時間は10:0016:00ですが悪天候による休業の場合あり。


 


http://www.mapion.co.jp/m/34.7424313888889_135.291656388889_8/ 

posted by jakiswede at 13:38| Comment(0) | cafeminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20120319 farminhos連絡

Farminhosの皆様お元気ですか ??

中央アジアの旅を楽しんで参りました。いろいろ珍しい茶なども買って参りましたので、ご都合のよろしいときにお越し下さいませ。
さて今シーズンの作付けその他について考えて参りたいのですが、まず3月中に次のような事を致したいと思います。

もっぺん味噌の仕込み
醤油の仕込み
キムチ用薬念醤の仕込み
キムチの仕込み
春の野草取り
ジャガイモの植え付け

平日を含めて、なるべく都合を合わせるようにしますので、どうかご遠慮なくご連絡くださいませ。



伊丹 正典
Itami Masanori
please reply to: jakiswede@mac.com

posted by jakiswede at 12:53| Comment(0) | farminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20120319 Ўзбекистон

 また生き存らえてしもた。取り急ぎ2012年3月現在のウズベキスタン旅行の技術的な側面において、紙媒体やインターネットから得られる観光情報源からは推し量り難いものについて、簡単にまとめておく事にする。


 観光シーズンは3/15から始まるが、それ以前においても国内の人の移動は多く、シェア・タクシーは別として、公営バス・鉄道・空路は供給不足の感がある。旅程上重要な部分については事前予約されることをお薦めする。実際、私は3/8にTashkentからTermezへ空路での移動を予定していたが、前日に予約しようとしても席がなかった。現地の旅行代理店については過信は禁物である。手続き上の手違いや意思伝達の齟齬、突然のキャンセルが多い。最終的に私がお願いした会社については、実際にご旅行を計画されている本人からご連絡を頂ければ、個別にご紹介申し上げる事にする。


 Bukhala-Khiva間のハイウェイはかなりの区間工事中で車輌は地道へ降ろされるため、長時間の蛇行ノロノロ運転、大変な苦痛を伴う振動に苛まれ、移動に観光情報の2倍程度、すなわちあまり強気でないドライバーのシェア・タクシーで10時間以上、バスならもっとかかると思われる。代替手段としてBukhara-Urgench間には、毎週火曜日に夜行列車が運行されているが、地図をご覧になればわかるように、Bukharaから一旦Navoyという分岐点までSamarkand方面へ戻り、そこからUrgenchへ向かうので時間がかかる。しかしハイウェイの状態を考えると、特に女性はこの列車を使われるのも有効な選択肢になる。ウズベキスタンの列車は非常に立派で快適であり、全ての車輌に選任の車掌が就くし至って親切で細やかな国民性なので、夜行でもまず心配はないだろう。なお、「滞在登録」は夜行列車の場合、その乗車券をもって代えることができる。


 Tashkent-Urgench間は、毎日3便の航空便が設定されているが、ほとんど満席であった。


 また、情報誌などには記載されていないことだが、Tashkentの地図を開くと3つの飛行場がみられる。ウズベキスタンの国内航空路線は、たぶん主にTerminal 3に発着するようだが、通常「Terminal」というと、同一空港内の別の建物を意味する。しかしTashkentでは別の空港である。「Terminal 2」は国際便が発着するYuzhniy Airportであり、「Terminal 3」は、その東7kmほどのところにあるVostochny Airportになる。7kmと書いたが、ターミナル間の実際の移動距離は20km程度あり、無料のシャトル・バスが運行されていると聞くが、みたところそのようなものはなかった。駐車場の外にバス停があって、たまたま走って来た11番のバスの運転手に訊くと「国際空港へ行く」というので乗せてもらった。小一時間の行程であった。あとで調べてみると、確かに以下のような記事がある。私は見過ごしていた。


 


 http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=51148


 


 鉄道駅についても同様の注意を要する。Tashkent市内には3つの「鉄道駅」が存在するが、そのうち「Severni Vogksal」(ウズベク語で「中央駅」) というものが、いわゆる「タシケント駅」であって、これにはメトロの「Tashkent」駅が接続しているので地図上から確定出来る。ほかのふたつの駅は存在するが、私の利用した列車はいずれも停車しなかった。


 


 以上、簡単に現地情報をまとめてみたので、他の事は情報源から得られるでしょうから、ご参考までに・・・

posted by jakiswede at 12:34| Comment(0) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

20120306 Uzbekistanへの旅

 

 

 これは、トルコで広く飲まれている「ラクー」という強い酒の新しいコマーシャルである。「Yeni Rakı」といって、意味は「新しいラクー」というほどだが、トルコ語の「ı」の文字がローマ字のアルファベットにはないので、外国人向けには「イェニ・ラキ」と紹介されたりもする。この酒は、正しくはストレートで味わうのが良い。まずは傍らに水を用意し、酒を少量を口に含み、息を止めたまま水と一緒にのどに流し込む。すると、吐息からえも言われぬ草原の香りが立ち上るのである。杯を重ねるにつれて酔いも回るが、この草原の香りが体中に染み渡って行くのがわかる。そこが味わいどころである。さて、このコマーシャルは、トルコ国内の風光明媚な場所で、杯を重ね、歌い楽しむトルコ人たちの姿がひとつの曲に乗せてつなぎ合わされている。実際、彼の地を旅したおり、私もこのような場面に居合わせ、ともに歌ったり、あるいは演奏に乱入したりもさせていただいた。トルコは美しい国で、美しい人たちが、日々を楽しんで暮らしている・・・かのようにも見えた。確かに事実その通りであったのだが、実は、この映像を教えてくれたトルコ人の女友達の言うには、アラブの国々で広まっている民主化運動は、当然トルコにも影響を与えていて、それが民主化の要求と同時にイスラム化への動きも併せ持っている。後者の方の勢力は、原理主義的な主張を掲げ、女性にはチャドルを、敬虔なイスラム社会を目指して当然禁酒を打ち出している。そんなキャンペーン映像も、多くネット上に流されているという。このコマーシャルは、見ての通り大変良く出来ているのだが、単なるコマーシャルという意味にとどまらず、トルコの培って来た「ラクー」のような酒や音楽のもたらす文化の素晴らしさを、改めて作品化する事でそのように過激なイスラム化への動きを牽制する狙いが隠されているのだと・・・。コマーシャルを作る。しかしそれが商品を売るためだけでなく、その先に真の目的がある。旅も、音楽も、ただ旅のための旅、音楽のための音楽を作っているようでは、その神髄には迫ることが出来ない。音楽のためのたび、旅の向こうにある目的があっての旅であればこそ、その旅は生命を吹き込まれ、旅人の安全も守られる。さて、もう時間になったようだ。そろそろ行きますか・・・だいたいの旅程を示します。


 


03/06 (Tue) KIX-ICN-TAS 21:10


03/07 (Wed) Tashkent


03/08 (Thu) Tashkent-Termez-Boysun


03/09 (Fri) Boysun


03/10 (Sat) Boysun-Shakhrisabz-Samarqand


03/11 (Sun) Samarqand


03/12 (Mon) Samarqand-Bukhara


03/13 (Tue) Bukhara-Khiva


03/14 (Wed) Khiva


03/15 (Thu) Khiva-Tashkent


03/16 (Fri) TAS-ICN-KIX (+1)

 
posted by jakiswede at 08:18| Comment(1) | ウズベキスタンへの旅2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする