2013年01月12日

20121201 赤目自然農塾訪問記

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 新天地を求める遍歴の旅第一弾、先ずは「赤目自然農塾」へ行ってきた。なぜというに、私がここで農業のまね事を始めてから、日々のことをブログに書きつけているだけで、割とあちこちから反響があってここを訪れる人があるのだが、そんな人の口から「自然農」という考え方があることを知り、私のまね事がどうやらそれに近いものらしいということに感づいたからである。私のところへは来る人もあり去っていく人もあって、そのなかには少なからずここ「赤目自然農塾」から来たという人があって、彼らは一様に「土は耕すな」「草は抜くな」と言って私の農作業の邪魔をし、独りよがりな持論を展開した揚げ句、「あなたは本物ではない」と言い捨てて去っていくのである。なんのために来たのかようわからんのだが、彼らが一致して口にするのが「赤目自然農塾」の名であったので、彼らの言うことの真偽は、やはりここに来て当人から話を聞かないとわからんと思うたわけである。下のしゃがんではる人が、その当人、川口由一氏・・・なんか全然カリスマっぽくない。「赤目自然農塾」は、近鉄赤目口駅の南西 (感覚的には北) の斜面にあった棚田を借り受けて運営されているとのことで、山中に田畑を求めざるを得なかった背景には、氏が「自然農」を始められた当初は、今と違ってそのような考え方はなく、科 (化) 学万能と利益効率最優先で突っ走っていた時代なので、周囲の農家との軋轢が深く、到底落ち着いて作物と対話できる環境になかったからだという。まあね、確かに「日本列島改造論」「所得倍増計画」の時代やったからね。これらのいきさつは、いずれゆっくり著書でも拝見するとして・・・私は当初、私のところを訪れては暴言を吐いて回る、モノカルチャーに洗脳された哀れな自然農法難民どもの「何年も無収穫ですがこれも神のおぼしめしと考えて自然農法を続けます」などとほざきよるバカタレの言葉から、「自然農法」の畑は相当に荒れ果てた感じのもので、そこに狂信的な薄気味悪いやつらが蠢いている光景を想像したのであったが、見よこの正しい土のエロ・・・失礼、色。


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 さて私は、ここを訪れて最初に川口氏に挨拶をし、自己紹介した後で、自分の農作業の考え方と手順について、ひととおり手短に申し上げた。対話の中で浮かび上がってきたことは、私のやっていることは、農薬や化学肥料を多用する、いわゆる「慣行農法」の手順に従いつつ、農薬や化学肥料を省略して栽培しているということだ。つまり、農薬や化学肥料に頼る前提での栽培品種や栽培方法をとりながら、その農薬や化学肥料を省いているという矛盾である。「しんどいでしょ ?? 」そりゃしんどいですよ、農繁期には朝早くから泥と汗にまみれて作業をし、昼飯も簡単に済ませて熱中症とにらみ合いながら日の傾きに焦り、早すぎる夕飯を掻き込んでバイト先に駆け込んで全力疾走で仕事を片づけ、戻ってきて一息ついたら倒れ込むように寝てしまう毎日・・・仕事を一切拒絶していた一昨年までとは全然違って、同時に何種類も並行して進む農作業、種を蒔き、世話をし、育て、収穫する手順と対応に追われて楽しむことが出来ない。つまりジャガイモを収穫したらポタージュにしたりビシソワーズにしたりして楽しみたいのに、とりあえず収穫して取り込んでおいて次の作業、また来る日も別の作業に追われてるうちに夏が過ぎて、うっかりしてたら芽が出たりカビが生えたり・・・ソラマメやエンドウも、取り込んだはいいけど真夏に常温で放置してしまったがために虫が湧いて、豆ご飯やパテを楽しむ余裕も出来ないままに全滅、栽培はうまくいったのに保存を油断しただけでこのありさまでは、一体なんのために百姓をしてんだかわからん。氏の一言で、一気に思い知らされるわがていたらく・・・


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 この、ひとつひとつに区切られた区画が、塾生に貸し出されている「実習畑」である。川口氏より教えられた考え方について、この小さな区画で自分なりに実習してみるわけである。周囲は、水はけを確保するために排水路が掘られている。確かに、土は耕されてはいない。耕す、すなわち耕運する、耕転する、あるいは耕起するとは、作物なり雑草なりの亡骸を土の中に鋤込む作業をいう。本来の自然界にあっては、土の上に上にそうした有機物が重なって堆積するものであるのに、耕すことによって、これらを人為的に土の中へ中へと入れていくことになる。これをなんのためにやるのかというと、ひとつは除草した廃棄物を土の中で腐熟させて、効率的に肥料分にすること、もうひとつは土を露出させることによって作物を視認しやすくし、作物の競合相手を減らし、間引き、土寄せ、中耕、施肥など、人間が行う管理をしやすくすることを目的にしたと考えられる。川口氏は、これを「やる必要のないことだ」とおっしゃるのである。注意すべきは、「してはいけない」と言っているわけではないということだ。自然界では、土の上に植物の亡骸が積み重なっていって、下から順番に土に分解していく。新しい植物が種を降ろすと、根は亡骸をかき分けて伸びていって土に達し、分解された養分を吸い取って育っていくのであるから、当然、その場所ごとの状態によって、同時に撒かれた同種の種でも成育に違いが出る。これを、一時に一定の収量を上げようとするから、土を均質化する、つまり混ぜる、そして耕すという行為に結びついていく。これは、農業に何を求めるのかという価値観の問題である。生計を立てるために、必ず一定の収益が一定期間中に上がるように計画するのであれば、究極的にはいわゆる「慣行農法」へ行き着かざるを得ない。「自然農法」というものは、種を蒔いて育てて、出来てきたものがあれば、それをありがたく頂戴するという生き方であるから、「やる必要のないことだ」ということになる。しかしそれでは当然、収量もわずかで安定もしないから、増産し安定供給に向かおうとすると、自然に対する人間の介入の度合いが変わる。そういう意味で「してはいけない」と言っているわけではないということだ。このことは、もう一つの示唆を与えてくれる。「自然農法」というものが、自然を壊さないとか、地球に優しいというキーワードで語られることが多いが、もちろん大型機械を使って大規模に農場経営をすることに比べたら、自然破壊の度合いは小さいものなのだけれども、あくまで農業というものは、人間が自然に対して直接手を下す、収奪のひとつだということである。自然界において多種多様に生長してくる植物のうち、人間の食用に適した一部の植物を、優先的に育てて収穫することは、自然破壊以外の何ものでもない。だから、「耕さない」「草を抜かない」という言葉のみを取り上げて、「自然農法」というものを、自然に手を加えずに行うものと短絡することは危険である。また、「肥料」を施さないという記述が一部にあるが、「おぎない」と言い方を変えて、実際には米ぬかや菜種油の粕など、伝統的な肥料は施されている。だから「自然農法」というものは、実際にはその言葉の持つ意味合いを若干補填して言うならば、「人力以上の力を頼んで必要以上に自然環境を変えようとしない」という程の意味に解釈すれば、おおむね正しかろう。


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 また自然農法について、「耕さなくても良い」という表現が散見されるのだが、これを「耕す作業は辛いことだ」出来ればやりたくない、そこへ「耕さなくても良い」という考え方が現れた、という文脈で捉えると大きな誤解を招く。農作業は辛い仕事である。人間が生きる糧を得ていくための、自然相手の精子・・・失礼、生死をかけた戦いなのだから当然のことだ。しかし、その辛い仕事をやらなくても良い、辛い思いをしなくても農業は出来るという期待が「耕さなくても良い」という言葉に込められると、これは全く違った意味を持ってしまう。だから厳密には、川口氏が上に述べられた意味での「耕さなくても良い」というのは、「耕す必要がない」という意味であって、当然、耕す度合いに応じて自然破壊の度合いと期待される収量が増減するというバランスの上で語られるべきである。このことはまた、「自然農塾」に対しても多くの示唆を与えることになるだろう。すなわちここでは、川口氏の考え方を各自がこの小さな区画で実践するのであるが、ほとんどの「塾生」は、都心より毎週のようにここに通って来て、この小さな区画の手入れをし、いくばくかの収穫を得て帰っていく。月に一度は、川口氏が来られて、直接指導を受けることも出来る。しかしそれがうまくいったからといって、言葉は悪いが所詮「ままごと」である。この小さな区画で米や野菜を育てるといっても、それはあまりにも小さすぎて「手入れ」が行き届いて当たり前、しかしそれで糊口をしのぐにはあまりにも少ないのである。男一匹が一年に人力で管理できる農地は一反そこそこ、ここの数平米の実習畑でおこなわれていることを、一反すなわち一千平米に体感をもって拡大することは極めて困難だ。それは、実際に一千平米の土地に立ち向かってこそ体得できるものであって、それを鍬をもって全て耕す労力とその影響や効果を知っているものが、「しなくても良い」ということと、「それは辛い仕事だ」と想像するものが「しなくても良い」ということとは、全く次元の異なる話である。残念なことに、ここの「塾生」を見ていて感じられることは、この数平米を何とかすることが「自然農」だと勘違いしているのではないか、これは単なる入口に過ぎないことに気がついていないのではないかと思われることである。そうして、この入口を通過してきたものの一部が私の田畑を訪れて、私の一千平米の状態を見て「あなたは本物ではない」などとほざきよるのかと思い当たるのである。さて下の写真は稲刈りが終わって麦を蒔き、それが発芽してしばらくの状態の田んぼである。稲藁がばらまかれてある。この高さが田んぼの表面であるから、満水時には、これより20cm程度高いところまで水が張られることになる。土の上に蓄積された植物の亡骸の層は5cm以上になる。これが、上から下へ行くに従って、形あるものから形ないものへと、崩れゆく見事なグラデーションをなしている。種はそこに抱かれて、やがて水分を得て芽吹くであろう。そして下へ下へと土を求めて根は伸びていく。私はこれを見たとき、これなら育つと直感した。「自然農法」についてのさまざまな噂に反して、この状態は、きわめて健全で人を和ませるものがある。この土に触れる人間が心和ませ得るということは、ほとんど全ての生物にとっても心を和ませるものだろう。これは持続可能な農法である。私は来シーズンより、全面的かつ徹底的に「自然農法」に移行する。


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 さて毎月一回の集まりは土日に設定されていて、土曜日は共同作業と各自の実習に川口氏が指導されることがある。共同作業には、それぞれその時期に必要な作業がいくつかあって、私は、いずれ自分も農地を獲得した暁には、このように山中に安住の地を求めることになるやもしれんと思うたので、獣よけの柵を補修する男らしい共同作業に参加した。なんとなれば、参加者の大半は女性か子供であるからだ。山中で農業を営むには、いかに自然を敵にしないといえども、獣害を防ぐことは必須である。農場全体が、このような波板で強固に囲われており、にも関わらずあちこちでこれらが破壊されているのである。「赤目自然農塾」は、運営に当たって塾生や参加者に何かを課したり求めたりということがない。もっと知りたいと思う人は毎月通って来るし、更に深めたいと思う人は区画を借りて毎週通って来る。そのうち長く関わる人は勝手がわかってくるので得意分野に力を発揮するから、おのずから指導的役割を受け持つことになる。このようにして、例えば柵の補修に長じる人、川で石を動かすのが得意な人、もちろん大勢の参加者であるから、その食事を賄う人などができてくる。まあそこから先は人間社会だからエロエロ・・・失礼、いろいろあるだろう。そのような新陳代謝を繰り返しながら、「塾」は組織化されることなく数十年も続いてきた。川口氏いわく、「組織化」するために形を整えるつもりはない、参加者から金を取る気もない、自分が何か特別な考えを持っていて、それを広めようという気もない、みんなが集まってきて自発的に運営できていればそれで良い、回らなくなれば辞めるまでのことだ、と。さてその日は夕刻に全体の作業は終わり、宿泊を希望した参加者は近所の温泉施設で全員入浴のあと、車に分乗して離れたところにある「山荘」へ向かう。「自然農塾」であるから、入浴も自然農的かと思いきや、まったくありきたりの郊外型温泉施設で、ボディ・ソープやリンス・イン・シャンプーでべたべたになっての宿泊であった。「山荘」に宿泊して夕食・朝食・昼食と三食を希望するには1,500円の料金が必要である。しかし受付も管理もされていない。ただ箱に入れ、おつりの必要な人はその分を箱からとるだけである。全てが「信用」と「善意」の上で運営されている。「山荘」とは、「自然農塾」の趣旨に賛同した、とある会社の保養所である。本日の参加者は、シーズン・オフとあって85名ということであったが、農繁期には400名を越えることもあるという。夕食は、極めて質素な具だくさんの汁物とご飯、当然すべて農場からの収穫物である。夕食後は「ことばによるまなびの時間」といって、川口氏が毎回テーマを決めて、それについて話しあう時間である。下の写真は、農園にいくつかある物置兼休憩所のひとつ。


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 今夜のテーマは「宗教について」ということであった。大きく出たもんやね。私が思うに、ここ「赤目自然農塾」へ来てみようと思う大半の人たちは、現代の都市生活の現実にうまく対応できずに、或いはそれとは別の価値観を探しに、平たく言えば精神的な何かを求めて、ありていに言えば「さびしんぼ」、それが数年来のコミュニケーション・ツールの発展に後押しされて、自我の胎内で充分考えが熟成されないままに行動に移り得るから、来てしまうのではないか。つまり心の隙間を埋めてくれるひとつのツールとして農業があって、それに取り組む人たちと「つながれる」と期待することによって、心の安定など、何らかの解決を期待するのではないか。逆に言えば、農業が辛いものだとわかれば、もはや見向きもしないだろう、と思われる腰抜けが大半を占めていたということだ。「ことばによるまなびの時間」は、そのような心情に、図らずも見事に応えてくれる。川口氏は哲学者である。ただし、市井の学者らしく扱われる術語の意味する範囲は独特である。たとえば「宗教」という言葉を使うにあたって、それが「信じる」という個人の心の状態のことを指しているのか、「仏教」や「キリスト教」のように特定の宗教を指しているのか、またはその宗教が社会的存在となった「宗教団体」のことを指しているのか、初めから定義づけがあいまいに聞こえるのみならず、話の文脈中で往々にしてそれらが交錯する。また、「科学」という言葉を対峙して使われることがあるが、これについても、「科学」とは「物質」の現象について研究するものであるのに、川口氏の使われ方を黙って聞いていると、それが物質でないものにまで適用されて、「真の科学は物質世界の現象を越える」という話になってくる。科学的に「真」であるか「偽」であるかは、論理展開に飛躍や矛盾がないかに依拠するものと考えられるが、使われた言葉の一つ一つの管轄する意味が曖昧であれば、考える手段として共有されるべき論理的な厳密性というものが確保されにくくなり、「考えて」いるのか「信じて」いるのかがわからなくなってくる。そのような状態で持論を展開するということは、「宇宙」で起こっている事象を恣意的につなげて論理を展開していくことになり、ある意味では個性的な「世界観」が構築されるのかも知れないが、往々にして「絵に描いた餅」に堕することになる。「世界」というものは複雑で不条理なものである。従って簡単に説明できるものではない。しかしそこに、独特の視点から明快な説明がなされてしまうと、複雑さや不条理さに挫けそうになった心は、それにすがりつくのである。このようにして、先の「さびしんぼ」たちは飛びつく。現代の少なからぬ人たちが「再生可能エネルギー」に漠然とした可能性を期待するのと同じように、また1970年代の我々が「プログレッシヴ・ロック」に漠然とした可能性を期待したのと同じように、「赤目自然農塾」の「ことばによるまなびの時間」は「参加者」の心の癒しの時間となる。場の全体が、ほんわかとした陶酔の空気に包まれたのは言うまでもない。しかしこの空気の中で、私に黙ってそこに座っておれというのは、これは無理な相談である。「質問コーナー」があったので、何人かの他愛のない質問をスルーしたあと、よせばいいのに「ほかになにかお訊きになりたいことがあれば・・・」などと司会者がほざきよるので、せっかくだから使われた言葉の定義について上のような厳密性を問うてみた。たちまち場の空気が敵対的なものに一変し、それまで温かなオレンジ色の視線に満たされていたものが、たちどころにシルバー・ブルーの光線となって私に集中放射された。言葉の厳密性をひとつひとつ解きほぐしていけば、使われた文脈の中で巧妙に折り込まれた意味のあいまいさが明らかとなり、化けの皮のはがされた陶酔は雨散霧消する。要するに、「科学」の守備範囲を「心の現象」にまで広げてしまう事から来るあいまいさが、「希望に満ちた個性的な世界観」の土台を形作っているに過ぎないという私の主張と、川口氏の主張は平行線を辿り続け、折り合いのつかないままあいまいなところに互いの矛を収めて、何となくその場は就寝の時間となった。ちょっとした余興だ。ここで折り合いがつかないからといって「自然農法」が間違っているなどというつもりはない。ただ、ここに集まっている大半の人たちの「思惑」が明るみに出たことは事実である。


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 さて翌日は、川口氏が主体となって、その季節ごとに必要となる手入れについて、具体的な作業の指導があった。12月であるのでほとんど作業というものもないのだが、稲の脱穀や籾摺の遅れている人たちのものを使ってその作業の解説があり、脱穀については足踏み脱穀機で人力で出来るのだが、籾摺は電気籾摺り機が使われている。やはりこの工程は「自然農法」でも電気を使うのである。ほかに麦の状態の観察、ソラマメの手入れ、エンドウの種まきなどがあった。ここではっきりと川口氏は、種を蒔くとき、幼苗が生長するまでの間は、周りの草を抜けと明言しておられる。あたりまえのことだ。さらに里芋の冬越しにあたっては、枯れ草だけでは冬の北風に飛ばされてしまうので、周囲を耕して土を確保し、土寄せするようにと明言されていた。これもあたりまえのことである。これらを栽培したことがあれば、その育っていく状態を見て、それに応じた手入れをするのはあたりまえのことであって、そんなことは農法の別を問わない。言葉の独り歩きは、やったことのない人たちが、たまたま別の場面で言われた言葉を鵜呑みにして、全体に解釈を広げてしまうことに起因することがはっきりした。やったことのない人たちは、さまざまに素朴な疑問を発するのであるが、それらに対する川口氏の答えは、「自然農法」だから特別なことをやっているわけではなく、手順としては殆ど「慣行農法」と同じである。ただ「耕転しない」事だけが異なる。これについては、私は来シーズンから実践してみる価値があると思っている。さてこの日は、私は夕刻からバイトあであるので、午前中の指導を見学したあと、午後からは各畑を見学させてもらって川口氏にお礼を述べ、早々に引き上げた。その頃には参加者は200人近くに増え、斜面を覆い尽くすほどであった。川口氏の作業指導は、当然その手許で行われるわけだから、斜面を埋め尽くした大半の人たちには見えない。やったことのない人たちには、話の内容すら殆どわからないであろう。だから、これをもって何かが成し遂げられるわけではない。実習畑で何かが得られるのでもない。千平米と先ずは対峙して、そこから米と野菜を自給することによって初めて、「自然農法」が体得できるのである。


 http://iwazumi.nsf.jp/


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 さて実は、私がここへ来たもう一つの目的は、私の住まいする場所の置かれている状況について、赤目へ来れば自然農法を実践する仲間があって、田畑付の適当に空き農家でも紹介してもらえるのではないかと、甘い期待を抱いてきたことである。よく考えてみれば、私も「さびしんぼ」とあんまり変わらんかったわけだ。しかし川口氏から発せられた応えは、「土を信じなさい」という一言だった。最初は戸惑ったので、私はその真意を問うた。すると仰るには、土は、私がここへ来るずっと前からここにあって、私が死んでも更にずっとここにあり続けるであろう。その長い土の一生のうちの、ほんの一瞬を私が貸していただくわけである。「地主」などといってもそれは所詮人間同士で決めたことである。その「地主」とやらが、どこの馬の骨ともわからん団体に土地を貸したからといって、なぜ先回りして移住する段取りを考える必要があろうか。私はその時点で、私の心が既に「挫けている」事を知った。「何故我々が山中に農地を求めたか、考えてみられるが良い」なるほど、私はわかった。私を追い出そうとする人があれば、その心と対峙してそれを変えさせる、ほんの何人かの心すら変えられないようでは、「自然農法」に転換することも危うい。日本の農地のほとんどが、そのように管理されていくことに対して、本当の食の安全を求めて、手作りで自給的生活を目指そうというのに、ごく何人かの不当な圧力に負けて、いや負ける前から山に逃げ込むことを考えているようでは、何事も達成することは危うい。「彼ら」は、手を変え品を変え、力を傘に着ていびり出そうとするだろう。しかし私を止めることは出来ない。


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posted by jakiswede at 00:30| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20130112 旅先の新年どんなんかな


またまた新年とは関係ないのですが、トルコの印象は私にとってはまさにコレなのですよ、ずっと前に紹介した「ラク」というきつい酒のCMの別バージョン。

http://www.youtube.com/watch?v=4tVLME1-574
posted by jakiswede at 00:17| Comment(0) | ザイール・ヤ・バココ第三の旅2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする