2013年02月01日

20121212 ヴァル・パライーソ

KIF_2878.JPG


 今日は、昨年ご自宅で転倒されて以来、介護付のグループ・ホームで生活しておられる三味線のお師匠様をお見舞いすることにした。


KIF_2879.JPG


 救急搬送された病院に入院された当初は、顔中青あざだらけでとても見られたものでなかったが、今日お会いするとすっかりお元気になっておられて表情も明るく、とても快活に笑っておられたので安心した。


KIF_2896.JPG


 表面的には、なんのお変わりもないのだが、10年も通って手こずらせた石頭で不肖のこの弟子のことがご記憶にないのである。


KIF_2886.JPG


 「あんた、そんなとこ座っとらんと、はよ私の三味線持って来んかいな、あんた胡弓ひいてや、なんやったっけな、黒髪か??、小簾の戸か??」「ほらもうすぐ出番やでなにぼやぼやしてんねんな」「屋島ぁ??・・・そんな難しいもんがあんたにひけますかいな、かんたんなんにしといたるからさっさとひきなさいんか」


KIF_2892.JPG


 こんな調子である。私が誰なのか、何故ご自分がここにいるのか、そんなつながりのことは全くどっかへ行ってしまっているのだが、三味線の曲や歌の細部のことは、実に克明に覚えておられ、私がどこまで習得したかもわかるらしい。しかし私が誰なのかは、ついに思い出していただけなかった。


KIF_2889.JPG


 お師匠様のお隣には、これまた快活な声の大きいおばあちゃんがいて、なんでも「ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子でお師匠様はこちら・・・」「この人が師匠 ?? なんの ??」「はい、お三味線で・・・」「このひとが三味線なんかひけますかいな、ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子で・・・」「ほななあ、今度ワシと一緒に出よか、あんた三味線ひくか、ほなあんたなにする ?? 」「太鼓やったら幾許か人にもお教え・・・」「ほらみてみいな、やっぱりあんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は弟子でお師匠様はこちら・・・」「この人が師匠 ?? なんの ??」「はい、お三味線で・・・」「このひとが三味線なんかひけますかいな、ワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」ということを延々と繰り返すのである。何回かすると、さすがのお師匠様も「あんた、それはもう聞いたて・・・」「いやいやなにを言う。私はこのことはずっと秘密にしてきたんや、あのなワシはなあ、カーネギー・ホールをいっぱいにしたんやで、あんた音楽の先生やろ?? ワシにはわかるねん」「いえ、私は・・・」


KIF_2890.JPG


 このような平和で楽しい一時を過ごした後、一抹の心の痛みをいやすために、海を見に出た。そこには、私が物心ついた頃から建っている二つの建物が今でも健在で、そこには、本物の古き良き神戸のエキゾチシズムがある。


KIF_2898.JPG


 日ごろ土と作物ばかり見ているので、このように広い空間を見ると、頭が引き伸ばされてぱちんと切れる。


 http://www.nedogu.com/mdm/


KIF_2902.JPG


 塩屋の住宅街は、まさに時に置き忘れられた神戸のリゾートの始まりである。


KIF_2907.JPG


 地中海に面したイタリアの小さな漁村を思わせる、小粋な素っ気なさに満ちている。気がつけばもう夕暮れ・・・


KIF_2911.JPG

posted by jakiswede at 00:19| Comment(0) | 写真散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20121211 日向ぼっこ

KIF_2866.JPG


 先日の脱穀時に、枝から外れきらなかった莢は、そのほとんどが乾燥不足であるので、このようにして更に数日乾燥させ、


KIF_2860.JPG


 脱穀の際分けられた、豆と莢の混合物からも、入り込んでいる豆をひとつひとつむき出すのである。こういう延々とした単純作業は、天気が良くて風のない昼間に、日向ぼっことしゃれ込みながら、音楽でも聴きつつやるのが良い。


KIF_2863.JPG


 手間がかかった割には、あんまり入ってなかった。ということは、それだけ足踏み脱穀の精度が高かったということだ。


KIF_2864.JPG

posted by jakiswede at 00:10| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20121210 丹波の黒豆干し

KIF_2848.JPG

 寒い日が続いてとても表に出る気がせんから、このように縁側で黒豆を乾かして・・・

KIF_2850.JPG

 

 私は黒米の種籾用にとってあったやつを脱穀。

 

posted by jakiswede at 00:08| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20130201 せやからいうてるやんか

 このたび「Jaki's Homepage」と「ピリピリ公式ホームページ」を「ロリポップ」というレンタル・サーバに公開する事にしたが、同じようにWebDAV接続が可能でホームページの閲覧に対応しているレンタル・サーバを探している人のための道標として、以下にまとめておこうと思う。Macintoshのサービスであった「iDisk」が閉鎖されてから、自分のホームページをどうしようかと長い事思い悩んでいたのだが、一時はもうやめにしようとさえ思って、でもそのたびに自分の書いたものを読んでみると、この広い世の中にあって、こんなことに情熱を燃やす男が一人くらいいてもいいんじゃないか、炎は炎として、中身はどうあれ熱さだけは伝わってくるし、この世はこんな地獄の熱さを感じる事も少なくなってきたようなので、まあ現状維持くらいで再開してみてはどうかと思い直したところへ、音楽を通じてコンゴに興味を持った人やら、研究活動のフィールド・ワークの先に何故かこの渾沌たる国を選んでしまった人やら、リンガラ語やバントゥー諸語を研究している人やら、アフリカ中を歩き回って死に場所を探している人やら、逆に東日本大震災で理性がぶっとんでひとつの人生を三つくらい並走している人やら、かと思えば静けき花の写真に心打たれたという生真面目人間やらから「どうしても」とせがまれて、そにしてもうっといのうなどといいつつ先延ばし先延ばしにしてきたものを、なんとなく漸くある程度見られる形でもとに戻したのが、あの日から18年目の寒い夕刻であった。それから、いろいろ不都合があって皆様にお知らせしたのが翌日の午後になってしまったのだけれど、正月が明けてひとしきり酒の酔いが醒めてしまってから、起きている間はずっとこれと首っ引きになっていたので大層つかれた。

 

 Jaki's Homepage

 

 weblog "fin" 2007-2009 

 

 ピリピリ公式ホームページ (サイト内リンクが無効になっていますのでご注意ください)

 

 さて、私のホームページは1998年のこれまたあの日から3年経った寒い夕刻に開設された。当時は、こんなに大きなホームページになるとは思ってもみなかった。あの日に開設したからといって、特にあのことを書き連ねるのが目的ではなく、あのことによって地中に埋没してしまった (当時の) ザイール旅行記の復元にほぼめどがついたために、それを友達に読んでもらおうと思ったまでの事である。大阪の小さなプロバイダと契約して、なんとダイヤル・アップでつないで、FetchというFTPソフトで気長にアップしたもんだ。どのくらい気長だったかというと、それはもう喩えようのないくらい気長だったのであって、アップロードに3日かかるほど、とにかくそれほど気長だったのである。Fetchというソフトは、アップロードの動作の間中イヌが走る。今でも走るのかな ?? それが筒をくわえて走るのだが、よく見ておかないと、わりと頻繁にコケる。コイツがコケると、なんらかのエラーが起こったのであって、その、止まったところでフリーズしているダイアログに書かれたファイル名を見て、そこからやり直しである。しかし、ツリー状に何層にも重なって構成されたウェブサイトを、このイヌがどういう順番でくわえて走っていくのかはわからないので、たいていの場合これは賭けである。風呂に入って戻ってきたらイヌがコケている。そんなことを繰り返すうちに忍耐というものを体得するのである。そして、やがてついにはどうにか全てのファイルがアップロードされたらしいという境地に達するのであるが、喜び勇んでブラウザを開いてみると、なんとリンクがぐちゃぐちゃになっている。つまり、イヌは手当たり次第にファイルを加えて走り、とにかくディレクトリに到達するや、その場に吐き捨ててもと来た道を走って戻るのだ。だから、アップロードのあとは、マック・ユーザには非常にわかりにくい、あのウィンドウズ風の階層構造をなしたフォルダに、アップロードされたファイルをひとつずつ置き直していくのである。なんというほのぼのとした、人間味のある、手作り感覚万々のホームページでありましたでしょうことか。そうしたことを6年も繰り返して、ようやく「iDisk」に出会う。


 このサービスは、今でいう「Cloud」の奔りで、サーバに設けられたスペースを、メール・ボックスやストレージ、ホームページの公開などに使う事が出来る。接続方法はWebDAVで、それまでFTPに散々苦しめられてきた目からすると、まさに天国であった。WebDAVの定義は、特別なソフトウェアを介さずに、直接ファインダー同士でファイルをドラッグ・アンド・ドロップでやり取りできる。「iDisk」上のファイルを、ローカル・ディスクのアプリケーションで編集して「iDisk」に直接保存も出来る。つまり、2つ目のローカル・ディスクと全く同じ感覚で操作できるのだ。当時すでに1GB近くにまで膨れ上がっていた私のホームページも、全体をアップロードするのに、ドラッグ・アンド・ドロップで数秒という早さであった。回線もその頃にはADSLになっていた。ローカル・ディスクで作ったものと全く同じものが、「iDisk」上に存在する。Finder操作なので、同じ外観のウィンドウに同じ順番でファイルが並ぶ。確認がとてもしやすい。あたりまえといえばあたりまえのことだが、FTPの頃には、全ての階層を開いて、上から順番に声に出して読まないとわからなくなるほどだった。なぜなら、ローカル・ディスクのウィンドウと、FTPソフトのウィンドウは、形も順番も違うからである。もはや、更新したファイルだけをアップロードするなどというまどろっこしいことをする必要はなくなり、なんにも考えずに全部を上書きしてしまえば、なんの問題もなかった。このときまで、私のホームページは、1998年当時でさえ既に古めかしいものとなっていた技術で書かれていた。フレーム・セットが最先端、Java Scriptが、まだ普及しはじめたところだった。リンクも、全て絶対リンクで書かれてあった。だから、ローカル・ディスクから「iDisk」にアップロードするときに、フォルダごと「iDisk」に適応した書き換えをするサービスをMacintoshがしてくれていなかったら、私は全てのファイルのリンクを手書きで書き換えざるを得なかったはずである。幸か不幸か、私はその苦労を知らずに過ぎた。「iDisk」が永遠のものならば、それでなにも問題はなかった。しかし、それは9年と半年足らずの命だったのである。


 さて、「iDisk」が閉鎖される事がわかって、私は調べはじめた。たちどころに、私が全く時代遅れの知識しか持ち合わせていない事を思い知った。15年近くも惰眠を貪っていた間に、インターネット環境はままならぬものになっていた。セキュリティ対策と著作権の保護などのために、ネット上に存在するファイルにはさまざまな属性が加えられていた。私のファイルは、非常に単純な区別しかない。産まれてから6年経ってMacintoshの揺り籠に入れられて以来、成長というものから見放されていたのだ。そのままの子供のような状態で、この厳しいネット社会にさまよい出てきた。非常に困った。まずはディスク・サーバを選ばねばならない。そこにかかれてある謳い文句売り文句がさっぱりだった。それについて調べはじめるうちに、サービス終了の時が来た。ままよとばかりに放置して開き直り、「ホームページ閉鎖」を案内した。メール・アカウントの廃止、アドレス変更、新たなプロバイダ捜し・・・農作業とバイトと、カフェのいざこざに忙殺された上に、肝心の連絡手段まで絶たれる予告・・・全く、頭も手も回らない現実に、「脱ネット生活」を宣言しようかと、本気で思った事もある。しかし、なんとか農繁期を乗り切ったおかげで、この厄介な問題と取り組む意欲がわいてきた。まずはサイト内のリンクを全て書き換える作業から取り組んだ。今では、フォルダごと内容にまで検索がかけられるので便利にはなったが、それでも膨大な数であった。細かい書き換え、外部サイトへのリンク切れの検証、その他もろもろに3ヶ月程度を費やした。


 前置きがずいぶんと長くなってしまった。サイトをどこに置くか、FTPでは痛い目を食らってきたので、「iDisk」と同じWebDAV接続が出来て、ホームページの閲覧に供する事が出来て、そこそこ安いところは「ロリポップ」だった。「おためし期間」は10日間。アカウントを取るのに丸一日、独自ドメインを取るのに更に一日、それを設定するのに一日かかった。何故独自ドメインを取る事にしたかというと、ディスク・サーバが変わっても、ホームページのURLが変わらないようにしたかったからである。いちいち変更お願いメールを回すのも面倒だし、受け取る方も煩わしかろう。各種設定を終え、サイトのアップロードに取りかかった・・・ところが、これが全くうまくいかなかった。WebDAV接続が可能でホームページの閲覧に対応しているレンタル・サーバであれば、かつての「iDisk」のように、Finder (Mac) 接続で、ローカル・フォルダで作成したサイトを、ドラッグ・アンド・ドロップで、瞬時にアップ・ロードしたり更新したりできるものと思い込んでいたが、それは間違っていた。「ロリポップ」は、そういう仕様になっていない。では、どのような仕様になっているのか、以下にまとめておこう。


 「ロリポップ」では、Finder (Mac) でのWebDAV接続でファイルやフォルダをコピーすると、動作自体は完了するものの、そのファイルやフォルダを置いたはずのディレクトリに、それらは「存在しない」とメッセージが出る。この接続方法はWebDAV接続では常識であるが、「ロリポップ」では「推奨されていない」方法で、解決策はない。


 Mac対応のFTPソフトのひとつであるCyberduckによるWebDAV接続では、1GBのサイトのアップロードに5時間程度かかり、動作は完了するが、そのファイルやフォルダにアクセスしようとしても、アイコンが表示されるだけで、ファイルのサイズは「0」であり、開く事も出来ない。ちなみに、Finder (Mac) 接続でサイズを確認しようとすると、計算に数十分かかり、ほんの数百MBのファイル・サイズがTB級で表示される。これについての原因はわからないが、MacOSから大量のファイルやフォルダを一度にWebDAV接続で転送しようとすると、全体の容量がさほど大きくなくてもOSの仕様上、時間がかかる事があるので、FTPS接続を推奨する。


 CyberduckのFTPS接続では、サイトはアップロードされ、インターネット・ブラウザで閲覧も出来るように見えるが、ファイルやフォルダの「パーミッション」が予期しない数値に書き換わり、これを修正するには、ひとつひとつ属性を呼び出して書き換えざるを得ない。また、どのファイルやフォルダが書き換わってしまったのかは、全てを検証しないとわからない。「属性」には検索機能は働かない。Finder (Mac) 接続では、正しいサイズが表示され、開いたり編集も出来るが、保存した結果は反映されない。これは、MacOSに固有の問題であって、サーバ側では関与できない。


 以上の事は全て「ロリポップ」サーバの仕様であって、現状は私の望んだ事とはほど遠いのである。しかしこれらのことがわかったのは、「お問い合わせフォーム」による連日に亘る再三のやり取りの結果であって、予め仕様が一覧できるようになっていない。「ロリポップ」のホームページは、イラストや漫画の多用された記述を、上から順番に読んでいかないとわからない。自分のやりたい事が出来るのか、出来ないのかを判断する情報がどこにあるのかわからない、もしくは、そのような情報は掲載されていない。FAQは、ほとんど使い物にならず、結局はエンジニアと直接やり取りするのに数日を費やし、その間に「おためし期間」は過ぎて、初期費用を支払う羽目になってしまった。しかし実際のところ、その他のWebDAV接続が可能でホームページの閲覧に対応しているレンタル・サーバは費用がケタ違いに高いので、「ロリポップ」は私の身の丈に合ったサーバといえるのかも知れない。昨日、最後の質問を「お問い合わせ」フォームで送ったが、登録したメール・アドレスに受信通知が来たり来なかったりする。これも「ロリポップ」の仕様ということである。まあ世の中こういうもんなんかね。

posted by jakiswede at 00:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする