2013年03月31日

20130312 丹波黒豆米麹味噌漬込

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 瑣事にかまけて味噌を漬込むのがすっかり遅くなってしまった。先ずは麹を起す。味噌の仕込みの基本は、私は、大豆 : : = 1 : 1 : 0.5としている。あくまで、全て乾燥状態での重量である。さて、丹波の黒豆2kgを味噌にする。白米を2kg測って洗浄・30分程度浸水し、表面が乾く程度に水切りした後、30分程度蒸す。蒸し上がりの目安は、米に芯が残っていない程度。


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 これを人肌程度にまでよく放冷し、種麹を撒く。量は、その麹の蔵元で訊いた方が良い。去年は、手前みその麹菌を採種しようと試みたが、諸般の事情で途中で諦めた。


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 これを上のように二重バットにして、濡れ布巾で覆う。

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 麹と接触すると、そこに水分が垂れて異常に醗酵したり、雑菌が繁殖したりするので、菜箸で隙間を作る。


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 パンを仕込むときに使うスクレイパーで布巾を押し込む。


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 これを更に写真用の大型バットで挟み込み、写真の現像液用の恒温器で30-40℃になるように保温する。時々温度を測る。よく観察して、表面に麹菌がはびこったら、それを中へ鋤き込むように手入れする。


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2013年03月30日

20130311 釘煮のアク取り

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 思えば一昨年の今日も、こうして何度目かのイカナゴの釘煮を作っていたのである。地震があった時刻は、ちょうどこのようにアクを取りはじめていたはずだ。東京にいる友達の店で、私のコンゴ旅行の写真展が行われていて、翌日にトーク・ライブのために上京する事になっていたから、手土産にと思って炊いていたのである。私には全く異変は感じられなかった。釘煮を炊き終わり、準備を整えて、インターネットに繋いだときに事実を知ったのである。さて「アクを取る」タイミングについて質問があったので、ここに公開しておこうと思います。これはあくまでも私の作り方ですが、イカナゴ1kgに対して、醤油200cc・ザラメ250g・酒50-100cc・味醂100ccを鍋に入れて、まずは弱火で加熱しザラメを完全に溶かす。その後強火にして、一旦吹き上がらせ、そこへショウガや山椒など薬味になるものを入れ、再沸騰したタイミングでイカナゴを全量一気に入れます。煮汁の温度が急激に下がりますので、素手で軽く混ぜて熱の伝播を良くし、周りから吹き上がってくるタイミングでアクを取ります。こうすれば、アクが一時に出るので、効率よく除去できるのですが、イカナゴを少しずつ入れた場合、アクが出るタイミングもバラバラになるので、これをきれいに除去する事が難しいのです。これをしたのとしないのとでは、仕上がりのすっきり感が全く違いますので、来年はぜひお忘れなく・・・

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20130310 赤目自然農塾

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 「赤目自然農塾」である。今日は、春野菜の種まきや植え付けなどである。畑はまだ冬であるので、土はこのように草の枯れたのやがんばって春を待っているのに覆われている。写真はジャガイモの植え付けの例である。ちなみに、この地は遅霜がきついので、植え付けそのものはもう少し後であるという。自然農法では、このように植え穴を開ける部分だけを最小限耕す。「耕さない」という本当の意味は、この畝全体を耕耘してしまう事のない、という意味である。まちがってはいけない。写真の鍬を握っている人は、川口氏そのひとであるのだから。


 ここへ来るのも3回目となり、土の様子も風景も見慣れてきた。今日得た事は三つある。ひとつは、繰り返し強調された「耕さない」ということの意味である。耕さない方がうまくいく・・・それは、自然界とのバランスを保つという意味であって、不耕起で栽培しても、八百屋に並んでいるような大きな作物が出来るという意味ではない。八百屋に並んでいる野菜は、確かに大き過ぎる。7年間やってきての実感である。要するに、肥料で肥満しているだけの事だ。それが悪いというのではない。ただ、私はそんな野菜を食いたくない。握りつぶせばピンポン玉くらいの大きさになってしまうような「パン・ド・カンパーニュ」など食べたくもない。それと同じ事だ。


 もうひとつは、川口氏の人柄である。この人は安心出来る。言ってる内容は、いわゆる「慣行農法」に慣れ親しんだ耳にとっては過激に聞こえる事もあるのだが、数十年の実績をもとに仰っている事で、その言葉と表情には、限りない深さと穏やかさがある。つまり、バランスがとれているという事だ。しかも、つねに言葉を慎重に選び、「私の言った細かい事に捕らわれるな」とさえ仰る。川口氏の仰るのは、この赤目で、川口氏がやる方法の事であって、兵庫県で、私がやるのとでは、諸条件が全く違うからである。やり方の細かい手順などに捕らわれるのではなく、何を目指して進んでいて、どうなって行く事がバランスの保たれた状態なのかを、常に模索するのが大切だという事だ。そういう意味で、これから春になり、梅雨に入り、夏になるに従って、この農場がどのように変貌してゆき、川口氏が、そして塾生達がそれぞれどのように対応して、その結果どうなって行くかをつぶさに観察する事は、何ものにも換えがたい経験になるだろう。最低でも数年は毎月通う必要があり、その価値がある。


 三つ目は、考えを同じくする仲間にめぐり逢った事である。私は赤目に住むわけではない。しかし、いずれどこかに定住しなければならない。安住の地が欲しい。そういう意味で、常に自分の考え方を研ぎ澄ませておく必要がある。妥協はしたくない。今住んでいるところは、衣食住は足りている。この状態を維持出来れば、とりあえず定速走行は出来る。しかし、これは私の思う存分ではない。この屋敷と農地を、完全に私の自由にして良いわけではないからだ。感覚を研ぎ澄ませ、行動の切先を鈍らせないためには、完全な自由がなければならない。しかし、自由に代償は付き物であって、それに悩まされているという次第である。

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2013年03月29日

20130309 青年就農給付金

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 ここ数日、急に暖かくなったので、周りの農家ではそろそろ「田起し」にかかっている。これは昨秋に稲刈りの済んだままにしてあった田んぼの土を耕して空気を入れ、活性化させる目的で行われている。「啓蟄」の声を聞いたら田んぼを起せていわれている。でも今年は私は不耕起に取り組んでみる・・・というか、ちょっとマジでカネ稼がんとヤバい状態なもんで、半分手抜きを目論んで「自然農法」に転換 (^^;


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 やっぱし京都はええのう !! 「田起し」に忙しい近隣農家を尻目に、私は京都へ来た。なぜというに、京都府の新規就農者の定住促進事業の説明会があるからだ。この冬は、ゆっくり閉じこもって思索に耽るはずだったのが、全く予期せぬ立ち退きの打診という事態となって、あわてて田舎暮らし情報をあさってみたり、新規就農者の移住説明会に並んでみたりしているのであるが、回を重ねるごとにエロエロ・・・失礼、いろいろな事がわかってきた。


 新規就農希望者説明会は、集団就職の面接会のようでもあり、新商品発表展示商談会のようでもある。ブースの中にいるのが農業法人である場合、その前に座る私は就職面接を受ける「失業者」の立場となり、地方自治体の「Iターン」定住促進担当者の場合は、こちらは「お客様」の立場になる。農業法人の話はだいたいどれも同じである。その法人が主力とする作物の栽培から流通までを一貫して研修し、即戦力として働くかわりに、待遇としてはこれこれこういうことになっている・・・と。一方、地方自治体の場合は、そこが抱える集落の過疎化の度合いや限界度の深刻さに応じて対応が分かれてくる。つまり、「まだいける」と思っている自治体は、「体験農場」と「農家民泊」がセットになった「エコ・ツアー」に力を入れていて、定住促進の話はしない。要するに、カネは落として行って欲しいが、地域の中に入られては困るという思惑が見える。それが都市部から離れた地域になればなるほど、そんな悠長な事も言ってられなくなり、定住促進の話に熱意と具体性が加わってくる。辺境まで行くと、国が支援している「青年就農給付金」制度の年齢制限を独自予算で拡張しているところもある。


 この制度については、説明会で国の担当者から概要を聞いて大変驚いた。昨年の秋から始まったらしいのだが、なんと、農業をしたいという意思表示さえあって、種々の条件さえ整えば、就農して定着し軌道に乗るまでの足掛け7年間、毎年150万円ずつ、合計1,050万円も「くれる」のだ。なんと、私は、田舎暮らしを決意して方々で百姓に騙された揚句、ようやくこの地に定住して足掛け7年で、ほぼ1,000万円を使い尽くした。それを「くれる」のだ。「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ。なんということだ。「くれる」のだよ。しかし、もちろんこれには厳しい条件が付けられていて、特に決定的なのは「青年」の二文字ですな。すなわち原則45歳未満。ええか45歳未満の諸君、国の気が変わらんうちに「農業したいんです!! 」と大声で叫べ。ほな、い・・・いっせんまんえんも・・・ええか、い・・・いっせんまんえんやぞ、い・・・いっせんまんえんも、「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ「くれる」のだ。「くれる」のだよ君。こんなええ話がありますかいな「くれる」んでっせ。流石に52歳をサバ読んで45歳にするわけいかんけ、もうちょい辺鄙な方へ行って訊ねてみると、年齢制限を自治体の予算で緩和している。「概ね50歳」ほっほう・・・「概ね・・・てどんなけ幅あんの ?? 」「プラス 1 歳です」「52歳なんですけど」「残念ですが・・・」「どうしても ?? 」「申し訳ございません」・・・


 あのな、その、い・・・いっせんまんえんがあってみいや。わしに遣わしたらお前、先の記事の写真のような上品なログ・ハウス建ててやな、棚田で自然農法展開して思う存分に米や麦や野菜を作ってやな、それを加工してパンにしたり、漬物・味噌・醤油・バジルペーストやさまざまな乾物が生産出来るんや。それでもって家からは毎日上品なブラジル音楽とか、威勢のええアフリカ音楽とかが集落に鳴り響いてやな、さらにたくさんの楽器があるから人が集ってそこに文化の花が開いて、その、なんぼやて ?? い・・・いっせんまんか ?? い・・・いっせんまんがお前、ただのいっせんまん以上の効果となって地域を潤すことになるやろう。それがわからんかな、アンタらシトを見る目がないね。かわいそうに。


 まあそんなことで、とりあえず制度の支援を受けて移住出来る可能性というものは、ほとんどないものと思い知らされましたのでした。

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2013年03月28日

20130308 啓蟄

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 春の雑節に「痙膣」・・・失礼、「啓蟄」というのがあるが、これは春の虫が動き出す頃という意味合いである。2013年は3月5日であった。「春の虫」というのは始末に負えないもので、コリがムズムズしてくるとやもたてもたまらず、しかも訳もなく突然に、たってほしいときにはちっともたたないくせに、たってもらってはこまるときにかぎってすぐに・・・失礼、とにかく「啓蟄」を春の風物詩だなどとほざいていられるのは結構なご身分の方々であって、百姓にとっては、菜の花の蕾の出かかった白菜の芯の甘いところを明日にでもちょいと塩もみにして・・・なんて予定していると、その日の夜中のうちに「春の虫」によってこのようにあらかた平らげられるのであって、すなわちこれが「啓蟄」の実態、春の虫の蠢きなのである。

 

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 しかしそもそもプロの百姓というものは、薹の立った白菜をいつまでも畑に晒し物にはしないのであって、今時分は既に全ての菜はひっぺがらかして肥料を鋤き込み、ビニールでも被せて太陽熱によって発酵させ、既にほうれん草や水菜小松菜などの早もの野菜の種まきを終え、ものによっては双葉から本葉へと成長しているものであって、季節の移り変わりを愛でているようでは青い。季節をどんどん先取りして先手を打たなければ、一手遅れれば十手ほどの手間が襲いかかってくる農繁期がもうすぐそこまで来ているのである。これが百姓の現実。皆がうらやむ「スローライフ」とやらの現実である。


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 そんなひとつを切ってみた。種を蒔いたときには確かに白菜だったのであるが、成長してみると分蘖型の新種の青梗菜かと思われるような奇態な構造をしておる。毎日これをちぎっては喰っていて、特に春が近づくにつれて枝もとから新芽が吹き出て、これを生食すると大変美味い。葉はさっと湯がいて醤油を垂らし、茎は炒めると独特の辛味があって病みつき、白菜の甘味など全く感じられない変種になってしまったのだが、これが私にとっては冬の毎日の菜であり、この花が端境期の早春の漬物になる。


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 大根もさまざまな形のものが出来る。こいつらは薹が立ってくると硬くなったりヘチマみたいにかさかさになるので、瑞々しいうちに笹掻にして干してしまう。


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2013年03月27日

20130327 雨

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2013年03月18日

20130307 こんな家を建てたい

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 私はこんな家を建てたい。空き家物件を探し回って見ても、農地に隣接する空き農家の間取りや作りは、余りにも日本家屋過ぎていて、私には向かない。それでも結構な値段がするので、どうせ大枚はたくのならば、自分の思い通りの家を建てて、半農半音楽生活を満喫したいものだ。何も贅沢な家が欲しいわけではない。緩やかな傾斜地に立つ、この程度の小さな家で良い。ただし、この家とは違って、裏側にも広い窓、基礎は這って入れる程度の高基礎とし、サービス・ヤードと車庫があって、台所には外からもアクセス出来る、便所に溜まった糞便を汲み上げて肥やしに出来る仕組みのついたものにしたい。


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 全体のイメージとしてはこんな感じ、しかしこれほど屋根は深くはなく、2階のロフトは屋根裏部屋程度で良い。そこは寝室にする。


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 表から見るとこんな感じで、テラスでは収穫物を干したり、楽器を作ったり出来るのが良い。玄関など要らない。テラスすなわち縁側から出入り出来れば良い。


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 間取りはこのようなもので、基本的にワン・ルーム、左の寝室になっている部分は多少テラスを潰してでも2部屋を確保し、書庫兼レコードCD庫と書斎にしたい。台所の窓を大きくとって勝手口を設け、外からのアクセスを容易にする。図面の玄関は不要、風呂とトイレは一を逆転して、トイレは外からも入れるもの、糞便を回収出来る構造を持ったもの、しかも臭いの出ないもの・・・考える余地はたくさんある。農家の土間台所の実際も見てみたい。


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 左右逆だが、こんな感じで書斎部分の上に小さなロフトがある感じ・・・


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 テラスは簀子張りで、手すりは不要。また、無塗装で良いと思うが、その辺は、まだまだ研究の余地あり。


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 ログ・ハウスが高ければ、このような和洋折衷型でも良い。しかし和室は不要。

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2013年03月04日

20130301 改正農地法

 http://jakiswede.seesaa.net/article/305245991.html


 この記事をご記憶の方もあろう。そうなのだ。2009年に施行された改正農地法に定める「下限面積」が、5反から1反に引き下げられていたのであれば、何故私は、耕作面積が「下限面積」に達していないからといって、農業委員会から「farminhos」の看板を下ろすよう行政指導を受けなければならなかったのか ?? 私は、就農者資格の適格性について相談すべく神戸市役所を訪れたのだが、農業委員会でこれについて率直に訪ねてみて非常に驚いた。とんでもなく驚いた。「下限面積」が引き下げられていた事を教えられて驚いたのも事実だが、何よりもまず農業委員会が、市民の通報があったからといって、耕作者に対して直接行政指導を行う事はないという事を聞いて驚いた。そのような事案があれば、先ずはその地区の農会長に照会し、農会長が該当する地主と話をして、地主から耕作者に注意喚起があり、それに従わない場合に動く事はありうるという。念のために昨年11月の農業委員会の行動について調べてくれたところによると、そんな「行政指導」を、農業委員会として行なった事実はない。嘘をついているとは思われない。そんなことでわざわざ記録を改竄して嘘をつくメリットもないし、準備されているはずもない。逆に、どうして農業委員会と思ったのかと訊かれ、私は言われたままを説明したところ、神戸市の市章の入った作業服を着ていたかと問われたが、あいにくそこまでは見ていなかった。唐突に呼び止められ、三人に取り囲まれたので、心の準備が出来ていなかったのである。威圧的であった事には間違いない。しかし、私は今現在、市役所の農業委員会のデスクの前でこれをしゃべっているのであって、そこにいる職員の全員が申し合わせたように嘘をついているとは、到底考えられないのである。「それはなにかの間違いです」・・・

 「なにかの間違い」・・・帰り道みち、落ち着いて考えてみた。私がどの圃場で耕作しているかを知っていて、そこで収穫された作物や加工品を「farminhos」という呼称で販売している事を知っていて、その活動を妨げる事によって利益が発生する者・・・私は当初、この春から本格的に活動を開始する例のNPO法人かと思っていたが、彼らは農業法人であって、改正農地法を知らないはずはない。反論されて足がつくような脅し方をするはずがない。とすれば「チーム*‥°☆.。.」以外には考えられない。なぜなら、彼らは自分たちがやりたかった事のほとんどを「取り上げられた」のに、私の出来る事は無傷だったからだ。すなわち未加工の農産物の販売については、これを規制する法律がなく、加工品は店頭に陳列せず対面であれば個人的に売買出来たので、ほぼ影響を受けていない。各自の売上は全員で共有していたので、これら飲食以外の売上が突出していた私に対して良く思わなかったとしても不思議ではない。攻撃出来るものなら、なんでも拾って投げつけてくるような人たちだったから、改正農地法を良く調べずに「創立者」の◯◯チルドレンが手の込んだ嫌がらせをしたことは容易に考えられる。まあ証拠なんか残すはずがないから、これ以上追求しても不毛なだけだ。次のステージのための準備に集中しよう。

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20130227 ピリピリ・コレクション

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 永年の懸案のひとつ、ピリピリ・コレクションの整理に、ようやく目処がついた。まずは、私のところに残されている遺品を全て箱詰めして 豊中のご実家へお持ちし、豊中にある遺品を一旦私のところへ引き上げるのである。バイト先の若いのを一人、レンタカーを一台雇ってGo !! 


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 何年も手こずらされた割には、作業そのものはさしたる障害もなく終わった。一日予定のレンタカーを半日で返してキャッシュ・バック狙おうかというほどの余裕であった。しかし、やはり数年来の執念は、そうは簡単に我々を帰してくれなかった。帰りの荷物を積み込んで、さあ出発とアクセルを踏み込んだ途端、タイヤが庭土にどんどんめり込んで行った。スタックである。チェーンを巻いてはずたずたに切られ、ジャッキで上げてタイヤの下に砂利を放り込もうとしたらジャッキが倒れ、自力脱出の手段も万策つきたのでJAFを呼んだ。

 

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 しかし、ここの狭い路地にはレッカー車が入らず、手で運べる道具を表通りから運んできての作業になった。大型ジャッキで車体が傾くほど車輪を持ち上げて、その下に穴を掘り、石を詰め込んで金属製の梯子を渡し、平坦な地盤を作ってから脱出を試みたが、なんとジャッキを下ろしていくと梯子ごとずんずん沈み込んで行く。再びジャッキで上げようとすると、今度はジャッキが沈む。さっきまで硬かった地面が、まるで沼のように変質していく。仕方なく、ジャッキでいくぶん支持しておいて、じりじりと車輪に動力を伝えようとしたが、ある時点で車輪が急回転して、重い梯子を後ろにはね飛ばしてしまった。そこで前後に車止めをして地盤がためをしてみたがこれもダメ、タイヤを回したら回しただけめり込んで、今やシャーシまで土に埋まっている。なんとしても帰さんつもりか。隊員も万策つきて疲れ果て、本社に応援要請を仰ぐ。


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 相次いで二人の熟練者が到着して相談の結果、最も原始的な方法、つまり地盤を固めておいて2台のジャッキで車体を持ち上げ、その状態を維持しながらジャッキごと少しずつ移動させようという。男ばかり都合5人がかりの人力脱出。腰に回して引っ張るための帯が運び込まれ、前から引っ張り後ろから押す。エンジンの回転はごく微量にして少しずつ動かして行き、ジャッキがずれたらかけ直し、ずれたらかけ直しすると、さすがにタイヤはぬかるみを徐々に脱して土をかみはじめた。前輪が後輪の穴に落ちないよう細心の注意を払いながら車の向きを変え、地盤の堅い部分までようやくの事で誘導し、3時間がかりで脱出に成功した。なんとまあ、熟練のJAF隊員3人にとっても初めての経験だったという。ザイールの「ンドキ」の為せるワザか、おっさん得意のエグい冗談のつもりか知らんけれども、こんなとこで遊んどらんと天国か地獄か覚悟きめて旅立ちなはれ。忘れてもろたら困るが、ザイールの奥地から脱出してきたよってに、私にはこんな小細工は効かんで。

 

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 さて、ほな仕分けしょうか・・・

 

 

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2013年03月03日

20130225 キムチ薬念醤仕込み

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 キムチ用の薬念醤を仕込む。まずはイワシを捌いて骨を取り除き、重さを量って同量の塩で1ヶ月ほど漬込む。


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2013年03月02日

20130223 イカナゴ漁解禁

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 2013年のイカナゴ漁は02/23に解禁された。02/19が試験曵きだったから、極めて早い解禁であった。体長は2cm弱、例年より少し小さいが、私にとってはこの方が良い。


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 最近定着したレシピをご紹介しておきましょう。イカナゴ1kgに対して、濃口醤油200cc、酒50cc、味醂100cc、粗目糖250g。これらをすべて鍋に入れて、まずは弱火で粗目が完全に解けるまで掻き混ぜつつ温め、溶けたら強火にして煮汁が吹き上がるまで加熱し、そのあとで香り付けの幅原料であるショウガや山椒、桂皮などを任意で入れる。イカナゴは1kgなら全量を一気に入れる。煮汁の温度が下がるので、手で軽く混ぜて熱を満遍なく行き渡らせ、このときに灰汁を取る。沸騰してきたら上のようなアルミの落とし蓋を乗せる。これは、鍋の蓋を使ってアルミ箔を円形に作り、真ん中に指で穴をあける。


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 蓋が鍋の上で踊っているうちは手放しで他のことができる。ただし注意を怠らないこと。煮汁が減ってきたら、早めに落とし蓋を取り去り、よく観察して煮汁がかなり減ったら、鍋を回して中のイカナゴを返すようにして混ぜる。


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 煮汁がほんの少し残る頃合いを見計らって、イカナゴをざるにあけて放熱する。


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 本当はやってはいけないのだが、ごく少量なら生でも食べる。レモン醤油などをつけるとたまらん。もちろんかき揚げも絶品。

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20130222 新畑の観察

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 新畑の観察・・・大根と白菜です。大根は順次消費していますが、もうすぐ「ス」が入って表皮が硬くなりますから、早めの収穫をお願いします。白菜あるいはシロナについては、完全な養分不足の症状です。でも食べられますからご自由に収穫してください。


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 一番右でエンドウが育っていますが、霜によって根が押し出されています。麦踏みのように、越冬する苗の小さなものは、適宜観察して値を土に戻してやる必要があります。


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 ソラマメは順調。


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 ウリ科の畝は自然農法的に放置。


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 タマネギも、その多くが霜によって抜けてしまうので、時折状態をチェックして土に戻しておきます。


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 マメ科の跡地も自然農法的に放置。


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 サツマイモの蔓は、極めて腐食しにくいので、刻んで土に戻そうと思います。

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20130220 唐辛子の粉

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 「雨水」を過ぎると天気は周期的に変わり、時には大荒れになる。冬の空気に対して春の空気が挑みかかる轟音を聞きながら、冬の乾気に晒してきた唐辛子を煎り、粉末に挽いてしまう。


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 換気扇とマスクは必需品、なるべく触らず、万一触っても、その指で他のものを触らない。呼吸は最小限とし、深呼吸は外に出てする。火元とともに、とにかく細心の注意が必要。


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 上はピリピリの粉、下は韓国・ブータン・日本の唐辛子ブレンド。これをふるって、最も細かいものをキムチ用の薬念醤の仕上用に使う。


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 切り干し大根もよく出来てきた。


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 サツマイモは全部腐った。全くもったいない事だが、すべて畑の肥やしにする。


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20130218 雨水

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 陰暦で生活していると、異常気象と世間が騒いでいても、暦通りに季節が巡っている事がよくわかるのである。今日は「雨水」という雑節。このように朝から土砂降りである。明日はイカナゴ漁の試験曵き、季節は春。
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20130215 改正農地法

 今日は、神戸市役所に農業委員会を訪ねて行ってきた。亀岡市農業委員会で、農地を何らかの形で使用したいのであれば、先ず現住地できちんとした農業経営が出来ている事を証明してもらい、農家として登録した上で、その資格を持って相談に来てもらえれば、我々としても耕作放棄地を抱えている農家と折衝しやすいのだが・・・とアドバイスされたからである。もっともだ。私が現在管理している広さは1反5畝。農地法でいう農地取得の「下限面積」の5反に届かないにしても、それを手作りで管理出来ている事だけでも証明してくれれば、棚田を持て余している農家に対してなら説得材料になるかも知れない。ものは相談である。成るか成らぬかは為してみなければわからん。ところが、神戸市農業委員会で相談を進めていて驚いた。なんと、2009年には、農地法の定める「下限面積」が、5反から1反に引き下げられていたからである。なんだ、1反が管理出来ていれば、農家として認証してもらえるではないか、しかも、既に家主の元で7年以上耕作し、機械も殆ど使わず農薬と化学肥料は全く使わない状態で、収穫量はそれらを多用する家主を凌いでいる。つまりこのことは、認証の条件である「実務経験」を充分にクリアしている事になる。


 http://www.city.kobe.lg.jp/information/committee/industry/agriculture/sub1.html


 これはどういう事かというと、私は現在、農地法の枠外で勝手に、いわば違法に農地を使用して収穫を得、それを加工するなどして収益を上げているのである。微々たるものだけれども、法律というものは収益の大きさを問うていないから、厳密には違法である。それがわかっているから、家主も私も「お手伝い」とか「管理人」とかいってごまかしているわけである。行政の方も、別に迷惑行為を行っていない限りは黙認の構えであったはずだ。なぜなら10年前、私がここへ移住してきた当初は、正式に「農地」を借りようと思えば5反を耕作しなければならないという制度であったから、当然、機械・農薬・化学肥料を使う「農場経営」でなければ耕作すら出来ない。どこで訊いても同じ説明であり、従って君のように手作りで・・・なんてのは「貸し農園」でも借りてちまちまやんなさい、という制度で、いくら安全な食品の重要性などを説いても「ままごと」としか受け取ってもらえなかった。つまり相手にされなかったのである。だから仕方なく、今の家主に出会ったとき、双方合意の上で、農地については「暗黙の貸し借り」をし、この屋敷に住まう事については、売買や賃貸は農地法の制限により、私には資格がないから「住み込みの管理人」という事でお茶を濁さざるを得なかったのである。


 もちろん2009年に施行された「改正農地法」については詳細に調べたつもりである。しかし、私はそれを農協に訊ねたのであった。その時受けた説明では、改正農地法で農地取得の下限面積が緩和されたのは、いわば「限界集落」に近い僻地の話であって、兵庫県南部地域には適用されていないというものだったと記憶する。しかしそれは間違っていた。農協という組織は、良く考えてみたら行政機関ではなく、いわば旧来の農家の既得権益の保全を図ろうとする組織であるから、それを危うくしかねない「改正」については、消極的な対応になる事は、今から思えば想像に難くない。日本はれっきとした法治国家であるとはいいながら、農業を取り巻く組織というものは、このように論理的に物事が動かない。私は、別に農地を買い取る意思もなく、家を買う予算もなかったので、暗黙であれ現状維持出来れば問題なしとして、それ以上深く考えなかったのだが、それはちょっと甘かった。そして3年ほどが過ぎた。

 

 http://jakiswede.seesaa.net/article/305245991.html


 この記事をご記憶の方もあろう。そうなのだ。農地法の定める「下限面積」が、5反から1反に引き下げられていたのであれば、何故私は農業委員会から行政指導を受けて「farminhos」の看板を下ろさざるを得なかったのか ?? これについて率直に訪ねてみて、また驚いた。とんでもなく驚いた。このエピソードは「farminhos」に関係する事なので、事実関係は別に述べようと思うのだが、要するに、結果として、そんな「行政指導」を、農業委員会として行なった事実がなかったのである。なんということだ。私は認証農家となるための書類をもらい、手続きの進め方を詳細に確認して市役所を出た。


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2013年03月01日

20130214 タマネギ・ペースト

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 吊ってあったタマネギから芽が出はじめた。保存の限界である。ペーストにして保存する。


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 切ってみると、このように生命の沸き起こる力を目の当たりにする。


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 ペーストは、普通のシチュー用にオリーブ・オイルとニンニクを、先ずは常温から弱火で香り出しをした上で、みじん切りにしたタマネギを入れて炒めはじめ、程よく油が回ったところで琺瑯鍋に移し、弱火で蒸し煮にしていく。また、カレー用に、クミン・シードをスタータにしたものも作る。本来はクミンだけを常温の油に入れ、弱火で徐々に熱してクミンが泡立ちはじめたら、みじん切りにしたタマネギを入れるものだが、私はニンニクも初めに入れるのが好きだ。いずれも一時間程度、焦げ付かないようにじっくりと炒めて、充分にタマネギの甘味を出す事が大切である。


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 たいていは、袋詰めにして冷凍するのであるが、今回は、試しに瓶詰めにして煮沸消毒してみた。先ずは便を煮沸消毒し、それを乾かしてペーストを入れ、フタを緩くして20分、次に堅く閉めて20分煮沸する。これで2年程度常温保存が可能になるはず。ニンニクもこの季節、下の写真のように中身がぼろぼろになってくるので、健全なものを選んで、酢漬け・醤油漬け・油漬けに、あるいはスライスしてテフロンのフライパンで煎ってしまうのも手である。


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20130213 移住計画

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 「近隣の田舎を散策」などと暢気な事を書いたが、実は終の住み処を探しているのである。去年の終盤も激動したが、年が明けてからも次々と出来事が起こる。最も重大な出来事は、私が借りている住居と農地が、地主の都合で処分される事になったことだ。いますぐというわけではないのだが、その可能性がある以上、農作業はこれまで通りに続けながら、退去と移転の準備を進めなくてはならない。今年こそ冬の農閑期はゆっくり読書などして、自己反省の時を過ごしたかったのだが、なかなか天は私を許してくれないようだ。文句を言ってても始まらん。できるだけ動いて、出来るだけ多くの土地や物件、情報に接しておきたい。さて情報収集を始めて痛感した事、「田舎暮らし」にあこがれて情報収集したのは10年以上も前の事で、その頃とは隔世の感がある。まずは「田舎暮らし」物件情報を片ッ端゜から検索すると、それに応じた物件情報がたくさん出てくる。10年前とは大違いだ。それらをリスト・アップして、業者に連絡する前に、自分の目で確かめに行く。何故か私は子供の頃から、終の住み処は京都で、と漠然とイメージしていた。移住するなら、これが最後となるだろうから、先ずは第一志望の京都から始める。


 亀岡である。亀岡というと、阪神間の住人からすると能勢町の更に山奥にあるから、とてつもない田舎のように聞こえるのだが、よく調べてみると、京都駅までJRで30分弱400円、ここ道場よりも遙かに便利だ。しかも京都在住の友人達の誰に聞いても「あそこは田舎」と断言して省みないから、おそらく京都の人にとっては、阪神間の人が三田をイメージするよりも「田舎」なのであろう。前の仕事で地理の概略は頭に入っているので、三田から再び「近隣の田舎を散策」がてら篠山・園部を経て亀岡に入る。桂川の右岸は立て込んでいるので、左岸に上がってみると、広大な農村風景が広がっている。ええぞええぞ、旧の八木町から保津峡に吸い込まれるまでの桂川の左岸段丘は、西に大きく開けた平野が上の写真のように美しい。よし決めた。先ずはここを攻略する。


 こわいもの知らず、身の程知らず、世間知らずは私の信条なので、リスト・アップしておいた不動産業者から手始めに、農協と農業委員会をまわって、善くも悪しくもだいたいの事はわかった。端的に言えば、ここへ移住するにはカネがなさ過ぎるという事だ。だいたいやねえ、俺に移住して欲しかったら、風光明媚な農地と、清潔にして質素な家屋と、若くて明るくてきれいな嫁はんと、受け容れ準備金として、まあせやなあ、いちおくえんとはいわんが、せめて5千万円くらいは用意しとくもんやが、これほどカネがないカネがないと言われると、ええかげん腹たってきた。なんとなれば、10年前に移住を検討しはじめたときには貯金が約一千万あったんや。それから道場町へ移住して農作業を一通り体得するまでろくな仕事してへんから、貯金は減りに減っていまや底の岩が時々川面から顔を出す。借金をせな家を買ったり建てたりは到底無理やから、それを誰かが賄ってくれるか、どっかからなんとかしてくるしかない。で、その後は農業収入だけでは到底飯は食えんやろし、まあ切り詰めて年間200万円で暮らそう。ほな単純に割って25年で奈落の底へおさらばや。まあそんなとこがお似合いや。加えて、農地を取得するには、いろいろとややこしい手続きが必要で、いまいる神戸では正式には農家にはなれんから、家主との口約束で、法的な枠組みの外で農作業してる状態なんやが、一から捜すとなると、よほどのコネでもない限り、その手続きをきちんと踏んでいかんならん。さて、これについては私が聞きかじりの危うい知識を振り回すより、このサイトが実に親切に面白おかしく、しかも親身になって解説してくれているので、これから百姓しよかと考えている人は、ご一読を強くお勧めします。


 http://inakadenougyou.blog.shinobi.jp


 さあ、ここに書いてあった通り、いろいろとめんどい事や、10年前から様子が変わった事などがあるので、それをこれから逐一調べていかんならん。ま、制度は制度、それよりもなににも増して、金策が最も深刻かつ重要な案件であって、これはちょっと2年ほど心を悪魔に売り渡して荒稼ぎせんとどもならんようやな。ゆはり京の夕暮れはいとをかし。

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