2013年12月08日

20131106 インディカ脱穀

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 意外と人力でもなんとかなるもんや。
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20131105 循環式精米機

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 晩稲の脱穀である。先ずは少量なので赤米を足踏み脱穀。


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 充分に乾いていたとみえ、籾は見事に離れて落ちた。この赤米は長い見事な芒を持つ。


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 これを籾摺り機にかけると、野木が風選のダクトに詰まって機械が故障するので、このような循環式精米機の出番となる。


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 この精米機は籾から白米にまで仕上げることが出来るが、構造上、少なくとも10kg程度を入れる必要があり、それを白米にするには数時間かかる。常に少しずつ擦られるので、籾・玄米・白米は混在して高温となり、私の食感では味が落ちる。そこで私はこの機械で芒だけを落とすのである。籾摺り機を動作させて投入口から籾を入れると、籾は画面右から下部へ吸い込まれてゆき、左手に押し出されてあがってくる。


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 そこには網のついた開口部があって、芒や籾殻やゴミが粉砕されて落ちる。


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 画面上が機械にかける前、下が後である。この状態であれば、普通の籾と変わらないので、籾摺り機にかけても問題ない。


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 精米機にかけてしばらく、芒がほどよく取れたら、排出口を開けて籾を排出する。


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 構造はいたってシンプルである。投入口の上から見たところ、画面右手の口から籾が吸い込まれて行くが、この中にミンサーのような螺旋状の摺り棒が回転していて、それは籾を擦りながら右から左へと送りだす。舌のように見えるスライダーは、レバー操作で吸い込み量を加減できるようになっている。摺られた籾殻や糠やゴミは粉砕されて底の開口部へ落ち、もみは左手の口から投入口へ循環してくる。それで循環式精米機というのである。左手についている押さえ金具は、これもレバー操作で上下に動き、戻ってくる籾の量を加減できる。つまり、金具を押し下げる位置でレバーを固定しておけば、底部で摺られる時間が長くなって、より圧力がかかる。解放すれば弱められる。これで摺り加減を調整する。投入口には、常に摺られる前のものと摺った後のものが混在するので、この機械は、つきっきりで投入口にある籾を撹拌しなければならない。面倒といえば面倒だが、手作業で籾摺をする苦労を思えばありがたいものである。しかも、この機械は動力が外付けになっているので、電気が使えなくなっても、工夫すれば最悪人力で回転させることもできる・・・たぶん・・・


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 螺旋状の回転する摺り機の部分である。排出口を解放して見ている。


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20131104 亦楽園

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 麦蒔き用の畑を整地しようとして、蘖の稲の切り株を草刈り機で均しはじめたのだが、まだまだ土がぬかるんでいるので、大雑把に排水用の溝だけを切って時期を待つ。夕方からのバイトまでに時間が空いたので、武田尾の「亦楽園」というところまで歩いて行く。これは武田尾駅から旧福知山線の廃線あとをしばらく南下したところから山の中に入る。


 http://www.hyogo-green.net/asahi_04.html


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 紅葉には未だ早く、しんしんとした静けさの中に、先人の遺志の気配を感じる。


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 道は曲がりくねって険しく登る。


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 小一時間ほどの精神の散策である。廃線あとを見ると、今にもこの切り通しをDF50に牽引された出雲市行きの客車列車の長大編成が轟音を響かせて飛び出してきそうな錯覚に捕らわれる。


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 かつての福知山線は、絶景の渓谷美の中を走っていた。車窓から見えるパノラマの美しさは、他に喩えようがないほどだった。


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20131103 文化の日 ??

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 早く部屋を片づけなければならないのだが、稲刈りその他一連の作業に、裏で作る麦まきの段取りを抱えてなかなかその時間がとれない・・・というか、晩稲の刈り取りが終らないと麦を蒔く圃場が空かないので、それから田んぼに溝を切って土を少しでも乾かして今月中旬までには麦を蒔かなければ・・・しかしその段取りが採れずに気持は焦り、そのエネルギーは、やはり創造に振り向けないと収まりがつかないので、こうして机やイスを作っている。


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 白とイタミーニョス・グリーンに塗装して中庭の空気を一新・・・


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 いずれも廃材利用のカネのかからん遊びだが、裏庭にも作業机をしつらえて・・・


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 ウッド・デッキとともに楽しめる空間を・・・そうなのだ。何もかも八方塞がりでうまくいかない。自給自足に軸足を置いた生活を自然農で支えようとしているが、その考えを友達と広めようとしても、農地は地主からの借り物であり、地主は「自分たちのゲレンデにされるくらいなら草ボウボウになった方がマシ」と言って利用権の設定はさせてくれないし、誰が通報したのか農業委員会からは「モグリ営農」者は生産・広報の一切をしてはいけないと行政指導されるし・・・農作業日誌 ?? つけておりますよ、公開しないだけのことです・・・新天地を求めようと出て行くにもカネはないし、カネを稼ごうにも採用してくれる企業はないし、あったとしても50代の独身男性に家や農地を貸してくれる農家もない・・・となれば、誰に何と言われようと自分の思った通りを無理やりにでも実践して形にしていくより他はない。環境が俺を規定するのではない。俺が環境を作るのだ。自分が楽しめなくてなんの未来があろう、なんの魅力があろう、なんのために仕事を捨ててここに7年もがんばっているのか、なんのためにこの時間を作ったのか、まるでわからなくなってしまうではないか。そうだ。今与えられた環境を最大限楽しんで、最大限できることをやるしかないだろう。ヤクザやごろつきの家に間借りしているわけではない。ここには雨漏りしない部屋と、満足な台所と風呂があるし音楽も好きなだけ聴ける。家を自分で建てるといっても、この環境までこぎ着けるのに、どれだけのカネと時間と知識と技術を必要とするか・・・知れば知るほど気が遠くなる。たしかに自分で家を建てるのは夢である。しかし、ほとんどまともな仕事についたこともなく、したい放題三昧をして、世界を放浪し、思うところあって百姓なんぞして気ままに生きている私が、家を建てようなどと・・・夢は夢として置いておいた方がよさそうだ。


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 というわけで、どうにか塗料も乾いたことだし、意を決して部屋の不用品を片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ片づけるぞ・・・・これは何十年も前にカセットを整理しようとして買った結構しっかりしたお気に入りの収納ケースだったが、既に一千本を超える本数では90本収納できてもめんどくさいだけやし・・・思い切って・・・


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 これもレトロでお気に入りの学習机用の本立てだが、これも思い切って・・・


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 想像力を存分に働かし、不用品を徹底的に断捨離したあとで、懸案となっていた台所の改造に取りかかる。水屋の戸を取り払い、食材は食材でまとめて・・・


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 食器も必要最小限に抑えて、一ヶ所にまとめて収納。非常にすっきりまとまったので、取りあえずこれで実用になるか試運転を重ねて、OKならば決定して各所をきれいに掃除する。その頃には麦蒔きも終っているだろう。

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20131014 森のめぐみ

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 毎年楽しみにしている「フルグラ・森のめぐみ」が今年は発売されなかった。この件についてのプレスリリースはなかったようだが、カルビーのサイトを見ても「森のめぐみ」はないので、どうやら発売中止らしい。「森のめぐみ」は、「フルグラ」の秋から冬にかけて販売される季節商品である・・・いや、であった。季節商品にはこの他に、春から夏にかけて販売される「南国トロピカル」があった。写真のものは今年の春に、「南国トロピカル」が配荷されはじめたときに流通在庫として残っていたものを買い集めたもので、もう賞味期限は切れている。しかし、これが最後の一袋・・・カルビーも早まったものだ。シリアル市場は、今や「グラノラ戦争」と呼ばれ、カルビーは日本の加工食品メーカーとしては、閃光のような商品を開発した。それまで私の味覚に合ったシリアルがなく、カルフールが輸入したフランス製のオーガニックなグラノラが辛うじてユーラシアの麦の香りを届けてくれていたが、この「グラノラ」は、それを遙かに凌駕した。もちろん定番の「フルーツ・グラノラ」は、まだ日本人の舌に阿ったところがある。しかし「森のめぐみ」は、そこへメープル・シロップを加えることで一線を超えた。一方、「南国トロピカル」は、ココナッツ風味を効かせることで、反対方向への一線を超えた。これらの季節商品は、発売当初は表記通り「期間限定」であったが、やがて売れ行きが伸びるとともに、半年ずつどちらかが通年存在するようになった。各社、「グラノラ戦争」に乗り遅れまいと、新商品を投入してきたが、いずれも切先が鈍かったり脇が甘かったり大衆に迎合したりしていて、カルビーの敵ではなかった。この3商品は、シリアルの本家「ケロッグ」なみに高かったが、それでも良く売れた。それは、3種類のバリエイションがあってこその売れ行きだった。今年、たぶんなんの予告もなく、カルビーは商品を一本化した。おそらくはコスト削減のためだろう。しかし主役というものは、名脇役があってこそ引き立つのである。カルビーが「フルグラ」を一本化したことにより、バリエイションを楽しんでいた顧客は失望し、他の商品を試すだろう。しかしそこに満足はない。人は「フルグラ」を食べなければ死ぬわけではないから、彼らは他の味覚を求めて離れていくだろう。また、別の顧客は「フルグラ」だけでは飽きてしまい、やはり他社のものに流れる。そこにはかなりの価格差があって、いわば盲目的習慣的に「フルグラ」に手を伸ばしてきた客は、安いPBを買うようになるだろう。ここに「フルグラ」の孤高の神話は崩れ、価格競争が泥沼化する。やがてカルビーはさらなるコスト削減を迫られて「フルグラ」の品質を落とさざるを得なくなる。そうすると、客の「フルグラ」離れに一層の拍車がかかり、せっかく築き上げた牙城を、自らの手で崩してしまうことになるだろう。食品業界で20年近く新規商品の販促で生きてきた眼から見るとそう見える。


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 気を取り直して、行く夏来る秋畑の野菜の天ぷら定食でランチ、夕食は豚段バラと豚足たっぷりのこってりフェイジョアへアヘ・・・・


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20131013 サナギ

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 玄関にサナギが落ちていた。触れると尾を左右に振る。

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20131013 収穫の秋

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 稲刈りを終えた田んぼからコシヒカリの蘖・・・たしかに細い。


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 畑は順調・・・8月末に種蒔きした大根が早くも頭を出してきた。大根作りの秘訣は、ずばり蒔き時と間引きである。


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 堆肥置き場脇のこぼれ種のトマト・・・酸っぱいが土の味がした。


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 日本の夏が苦手のピリピリちゃんもようやく結実。


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 サツマイモ、左がタマユタカ、右が鳴門金時・・・割れないうちに、今年は早めに収穫。


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 菊芋は初めての栽培。茎の枯れたものから採ると思っていたが、枯れているものは芋も出来ていない。試しに未だ生きている株の根元を掘ってみたら、ショウガに似た小さな芋が出来ていた。


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 10/31 サツマイモ収穫。例によってタマユタカは暴れ芋で、株元から遠くに結実しているものや、形や大きさがまちまちで、大変個性に富んでいるが、今年は割れは少なかった。早速cafeminhos名物「白サツマイモの竜田揚げバジルソース添」


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20131010 地球研IS研究会

 

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 2013/10/10 地球研IS研究会「全球的な食リスク回避のための生元素循環管理」平成25年度総合地球環境学研究所インキュベーション研究・・・というものが京都の総合地球環境学研究所で行われ、喚ばれて参加してきた。久しぶりに深泥池の縁を通って・・・


 http://www.chikyu.ac.jp/


 この場所、通称「地球研」・・・野球拳ぢゃないよ・・・初めて行ったが、いやなかなか寛げる学究的空気に満ちあふれとってよろしおすなあ。着いたのが昼過ぎであったので、持参の弁当をどこかで食って良いかと受付で訊ねたら、奥に食堂があるのでごゆっくり、と案内してくれた。そこで昼食を摂って、上の写真に写ってるねーちゃんたちのひとりにここで弁当箱洗うて良いかと訊ねたら、画面右手のキッチンはどなた様もご自由に使ってよろしいんですのよ、と教えてくれた。いや私ね、京都というところでイヤな目ぇに会うたことが一度もない。仕事でもプライベートでも、用があるときも通り過ぎるだけのときも、ほんまにただの一度もないんですわ。よく言われるように京都の人はイケズやなんてウソや。京都には千年の都としてのコスモポリタニズムが定着してる。神戸や芦屋なんて、ほんまに一皮むいたらただの田舎で洗練の「せ」の字もない。よって屢々ムラ社会特有の窮屈で偏狭で陰湿なイジメに遭う。論理のすり替え、欺瞞に満ちた詭弁、独断と偏見・・・まあええ、愚痴はやめとこ。


 私は学者ではないので研究発表をする訳でもないのだが、ここへ来たのは、そもそも赤目自然農塾の川口さんに紹介してもらった金子信博教授に誘われたからであって、何故誘われたかというと、自然農に取り組んでその実際について一通りの説明が出来ることと、紹介された当時、仕事を探していて、金子教授の海外プロジェクトに参加しないかというお誘いを受けていたからである。その話は、結局年齢制限があって実現はなかったのだが、上のような研究テーマに取り組んでおられる日本の学者の方々と直にお話できる機会が得られたのは、真に貴重な体験であった。


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 さてプログラムの概要は、要するに持続可能な農業のあり方をめぐって、農業者・農学者・土壌科学者・地質学者・微生物学者など、それぞれの立場から、上のテーマについての「ざっくばらんな」自由研究を発表する、というものであると理解した。つまり例えば、一定の条件の土を採取して、そこで微生物などを培養するのだが、何かの元素がある場合とない場合とで、その生育にどのような変化が生じるか、という研究を積み重ねて行って「持続可能な農業のあり方」に結びつけよう・・・あるいは、結びつけれるかな、という話である。そのなかに、不耕起栽培による土壌の変化の研究があり、あの有名な「奇跡のリンゴ」の著者による生物多様性の研究もあった。


 もちろん議論されていることの大半は学術的な内容であるので、その詳細については理解できなかった。しかし思えば、自然を対象にした科学的究明というものが、果たして可能なのであろうか・・・私の預かっている一反の田畑でさえ、いやそのうちの一畝でさえ、刻々と変化する土の状態を分析し追求し検証し、結果を総合して、科学的に土の状態を究明するには、膨大な時間と労力、瞬発力、経済力を要するように思われる。しかも、分析されたデータが何を示しているかを判断することが、果たして人間に可能なのか、それを農民にどう伝えるのか・・・しかも分析は無限に繰り返されるであろう、そのようにして総合された全体が果たして「自然」であるのか、科学の方法というものが、果たして「自然」を認識するために有効なのか・・・とてつもない絶望感というか、無力感というか、近づこうと思って探求すればするほど、果てしなく遠ざかって行くような、なにか切ない、やるせないものを感じた。


 会の主旨はインキュベーション研究であるので、研究のアウトラインだけでとりあえずは良い筈なのだが、議論は白熱し、大半の研究発表では、その検証のしかた、検証結果から結論へと至る過程に、各方面の研究者から疑問が投げ掛けられた。特に若手の研究者がある推論をするのに、同じテーマで何十年も前に獲得された成果を顧慮していない、と熟年の研究者から指摘されて発表を進められなくなったり、まあいろいろあって、発表予定者を消化しきれないうちに時間切れとなった。


 そのなかで、農法の歴史を研究しておられる教授の話が実に興味深かった。それは、第二次世界大戦後に今の「慣行農法」が確立する以前、つまり農薬や化学肥料や大型機械のない時代に、どのように農業が行われてきたか、その実際のことについてである。これは、この冬の私の研究テーマとしたい。もちろん江戸時代には農薬も化学肥料も存在しなかった。糞尿を肥料にしたというが、それは江戸や大阪の都市近郊のこと、小魚を肥料としたのも、それらが余って困る漁港周辺の限られた地域で限定的に行われていただけであって、大正時代までは、無肥料無農薬が当たり前だった。第二次世界大戦の軍需産業で開発された化学兵器が、「平和利用」される形で農薬や肥料として大量使用されるまでは、それらは高価過ぎて一般の農家には手が出せなかった。また、牛や馬による動力の利用も、一部の裕福な農家などに限られていた。「耕す」という言葉が「文化」の語源であるように、農業は耕すことが基本と考えられているが、それは現代人がイメージするように、大型機械が地表何十センチも大きくほじくり返して、その状態が均一で平坦に何反も続く、というものではない。せいぜい地表5センチ程度であり、「畝を立てる」という基本動作も、土を寄せて盛り上げるのではなく、排水路を確保するために溝を切るのが目的だったという。「代掻き」の起源は古いが、現在でも代掻きではあまり深くロータリーを入れないようにと特に注意が喚起されているように、表面の極く一部を撹拌するのが目的であり、一反程度の面積であれば、充分人力でこなせる作業であった。要するにそのくらいでないと、諸作業を含めると、農繁期に人力で出来ないのだ。つまり、「慣行農法」と名前があるが、1万年の農業の歴史から見れば、たかだか70年の事を指しているのである。


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 翌日、「赤目自然農塾」へ皆様をご案内するために近鉄赤目口駅で待ち合わせ。本来ならば桜井市巻向の川口氏ご本人の田んぼを見学するはずだったのが、ご本人の体調不良で急遽中止となり、私が皆様を引率して「赤目自然農塾」をご案内するという大役を仰せつかったのである。私は塾の代表でも何でもないし、何度か見学に行っただけで、赤目塾を皆様にご案内したりご説明できるほどではないのだが、急遽ということなのでやむを得ず引き受けた。私も川口氏の田んぼを見たかったし、学者の立場から質問されることに、川口氏がどうお答えになるかを聞きたかったのだが・・・ここ何回か塾の定例会もお休みになっているというので心配である。


 何故塾の実習田ではなく川口氏の田んぼを見たかったかというと、塾の田んぼは極めて小さく区切られていて、月一度の集まりのためのショウ・ケースのようなものになっていて、実用としての自然農の状態を表しているとは言い難い。特に田んぼにおいては、不耕起で稲が稔ることを全員に体験させるために、乾燥に強く根張りの良い糯米が植えられている。しかし日常的に我々が口にするのは粳米であって、私が今シーズン、糯米の赤米は問題なかったのにコシヒカリの不耕起栽培には失敗したことからもわかるように、粳米の不耕起栽培にはコツがいると思われるからである。会の目的は、持続可能な農業のあり方を探求するのであるから、日常の食生活に足るものが不耕起栽培で充分に供給可能であることが実証されていなければ、視察の意味がない。という観点から見ると、これは明らかに空振りであった。いわゆる学者の皆様の反応はそうでもなかったが、農業に携わっている参加者からは深い落胆のため息が聞こえた。


 さて私見を述べる。持続可能な農業のあり方について、近ごろの田舎暮らしブームや食の安全ブームで、これらについて考えることは心が豊かになると思われているが、実際に自給的生活を送っている私からすれば、とてもそんな生易しいものではない。自給的とはいっても日銭はある程度必要なので、現金収入は別途手配しなければならない。手作りの農産物では、とても商売に出来るほどの量が確保できないからだ。いきおい、毎日が農作業とバイトの連続となり、季節に追い立てられ、おそらく過労死がかなり近い。最近、力尽きることがよくあって、どうにも作業を続けられなくなり、意識が朦朧として体全体が痙攣しはじめる。こうなると、もうその場にへたり込むしかなく、なんとか体に鞭を打って自室まで這って戻るのである。それでもやらなければならないことは山のように控えている。季節の巡りは待ってくれない。一日遅らせれば二日の過重となってのしかかってくる。しかし、田畑にいると生命の安らぎを感じる。舌癌に陥った地獄の生活には戻れない。でもカネはない。この現実をどうするのか。


 歴史をひも解いて、農民が豊かで幸せであった時代というものが、果たしてあったのだろうかと考えることがある。もし自給的生活や自然農で人々が幸せになれるのであれば、数千年の歴史の中で我々はそれをとっくに実現していた筈だし、百姓一揆も革命も歴史に登場しなかっただろう。そもそも民主主義という概念さえ必要なかったはずだ・・・と見てみれば、今の地獄は歴史の必然であり、持続可能な農業のあり方を探求することは、いわばこれに逆行することになる。そう、わたしは敢えて逆行せざるを得ないと思っている。私は学者ではないので直観的に結論を出す。


 持続可能な農業のあり方・・・それは、いま目の前にある土がどのバランスで平衡に向かおうとしているのかを関知する直観を養い、それに沿うようにつき合いながら、ほんのちょっと自分の作りたいものを土からおすそ分けしていただくことである。土は千差万別で、人間が採るべき態度はその分析ではなく、バランスの取れた土ならばそれを崩さないように、崩れた土ならばその戻って行こうとする向きに逆らわないように、土からもらったものは土に戻し、多様性を維持しながら必要最小限の作物を栽培する直観を養うこと。不耕起栽培とは、土の原料たる植物の亡骸を移動させないということであって、千差万別である土の状態が望む平衡をそのまま壊さずに栽培するという方法である。逆に耕すという行動は、この平衡よりも人間の判断の方が優位であるという立場に立つことになる。人間はそれほど偉いか ?? 「土」ひとつとして人間は作り得ない。土は千差万別であって、その全てを耕す人が熟知しているとは到底考えられない。したがって、そこにあった土の原料はそこに戻し、つまり耕さず、他から持込まず、他へ持ち出さず、最小限の成果で糊口をしのぐことしか、人間には出来ないのではないか。


 地球上の動物は、地球上に現れて以来、全て土から産まれたものを食して現在に至る。従って「土」が人間の生存に必要なものを過不足なく備えてくれていることは明らかである。それで全てであろう。それ以上のエネルギーを現在消費しているから問題になるのであって、人間が自然界の一員として消費して良いのは、自分の手にある土から産れるものだけである。これが持続可能な農業のあり方の全てである。しかし、それを実践すれば、人間にとって幸福が訪れるか、あるいは幸福な社会が実現できるか、これは全く別問題であり、自然農的生活が社会的に実現した暁には、それを搾取する社会構造も同時に実現している、言い方を変えれば、農法も社会も化石燃料を使う以前の状態に戻っているであろうから、結局のところその実践者たる農民は、江戸時代以前と同じ状態、すなわち日々の労働は自然との格闘となり、社会的には搾取の対象とならざるを得ない。それは、現在の田舎暮らしブームや食の安全ブームを希求する人たちの夢とはかけ離れている。


 しかし、その時は否応なくやって来る。そこは極めて不衛生な泥沼だ。このまま行けば、人類はイブニングドレスやダークスーツに身を包んだまま、饐えた臭いの立ち上る泥沼にダイビングすることになる。泥を吸い込み目をやられ、怪我をした傷口からは細菌が入り込み、これを恢復する手段も残されていない。私は、既に阪神淡路大震災の時、それを疑似体験した。水の使えなくなった避難所では、流れるようなロングヘアをかき上げながら、てんこ盛りの排泄物の上に身を屈める若い女性、ドブや小川に降りて用を足す女性の姿を日常的に見た。ひと月もすると、それに違和感を感じなくなった。私たちは、自分たちの置かれた状況をよく飲み込めないまま、ある人たちはいずれ良くなると根拠のない希望を抱いたし、ある人たちは最悪の状態を想定した。いずれ良くなる・・・それは、震災以後の悲惨を全て忘れてその前に戻りたいという願いだった。しかし時間を逆に回すことは出来ない。そのことを認めたくない人たちは、なにものかにすがった。カネであったり宗教であったり集団であったり、いろいろだった。そのことを思い知った人たちは、生き方を変えることにした。泥沼へ軟着陸する心構えや方法について、予めよく研究して準備しておけば、泥を飛散させることなく静かにそこに降り立つことが出来るかも知れないからだ。いずれその時が来る。だから、願わくば地球研のこの研究会が継続し、そこに歴史学者や人類学者が合流し、過去に学んで事実を様々な角度から検証し、自然農による自給によって経済が周り、階級も生まれない社会制度が確立するのかどうか、それにみんなが満足する社会が本当に実現するかどうかの研究が、あっても良いと思う・・・ちょっと薄気味悪い気もするが・・・すくなくとも今の状態では、残念ながら私の結論は極めて絶望的だ。

 
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20131009 CDラック製作

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 部屋の整理をしなければならないのだが、何かを生み出さないことには何かを片づける気になれないのであって、前々からの懸案であったCDを整理するための深い引き出しのついたタンスを、探しても捜しても見つからないので部屋の整理が進まず、えいやあたあで作ってしまおうと思い立った。


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 やると決まれば行動が早いのが私の長所でもあり短所でもあるのだが、今回は良い方に出た。安いコンパネを買ったついでに寸法に切ってもらって、楽に組み立て。


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 CDが入ることを確認。


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 全体のバリを落として、


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 前に作った基本のカホンとともに塗装。


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posted by jakiswede at 23:30| Comment(0) | もちものじまん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20131006 切干大根を放置

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 昨冬に切り干し大根を作ったのは良いが、食べる機会がなくて夏を過ごしてしまった、開けてみたら案の定虫が湧いていた。のみならず、彼らはこのような素晴らしい膜を与えてくれたのである。ありがたくビビリ楽器に使わせていただくとしよう。


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20131005 晩稲栽培例 (代掻)

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 06/25 一方、インディカと赤米は晩稲であって、これらは麦の収穫を終えてから急ごしらえで畑を田んぼに変える必要があり、水はけの悪い土質では、その都度畝を崩すことになり、このように代掻きをする結果となる。代掻きといっても、水を入れてレーキで表面を均す程度のことだが、これだけでも全く不耕起とは様子が異なる。収穫は、この約2畝の脇田で50kgと例年通りの実りであった。品種は、インディカは「サリークイーン」、赤米は「紅吉兆」である (たぶん) 。画面奥で干しているのは、この部分から収穫したパン用小麦の「ミナミノカオリ」と「ユメシホウ」。


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 07/13 晩稲の場合、代掻きの時期が水生雑草の生涯を決める重要な時期に重なるらしく、通常、中稲の田んぼで悩まされるような雑草の繁り具合にはならない。


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 08/08 一度軽く除草に入っただけで、ほぼ放任に近い状態でここまで来る。楽である。あとは開花を待ち、様子を見守るのみ。


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 09/13 赤米も順調に開花したので、美しい赤穂を堪能したら、早めに3x3株に区切って支柱を立てる。倒れるからである。


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 10/22 インディカは全く問題なく稲刈りできた。収量も例年通り。刈り取られた跡を見ても雑草の痕跡がそんなにひどくない。


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 10/22 赤米は見事に倒れているが、支柱のおかげで水没を免れている。


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 10/22 こちらも雑草は問題にならない。


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20131005 不耕起ウリ科栽培成功

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 06/08 一方、ウリ科は比較的うまくいった。キュウリやニガウリなどは、蔓が柵を上って葉を一面に繁らせるため、地面に生える草よりも遙かに独占的優位に立てるからであろう。また、地を這うズッキーニも、一旦活着すれば他の草に巻き付きながら大葉を広げて這い進むため、これも優位に立てる。


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 06/17 活着直後のズッキーニは、未だ周囲の草との競合の名残がある。


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 07/13 梅雨明けに夏草の勢いを一旦挫いておき、そこへ脱穀を終えた麦わらを敷いてみた。こうすることで実が過湿によって腐ることを防げると思った。この判断は正しかった。


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 力強く光るこの雄雄しき姿・・・


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 08/08 麦わらのベッドに乗って地這性のウリ科は良く実った。スイカも採れたし、


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 メロンも採れた・・・しかし、無肥料で出来るメロンはちっとも甘くないこともわかった。甘くするには油粕をやれば良いのはわかってる。しかしそれをやると虫が集ってくるので手間がかかる。メロンなど腹の足しにはならんから、これは出来たら天に感謝する程度でいいさ。


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 ブレて申し訳ない。左はトルコの白ズッキーニ、右はバターナッツ、まんなかは多分両者が交配したものであろう、バターナッツ型のズッキーニ。この方が種の処理をせんでええので下ごしらえが楽だ。色さえ気にしなければ、味も歯ごたえもズッキーニ。


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 大根を蒔いたところに匍匐前進してきたヒョウタンをかっ捌いて抜き取って何日か後に咲いた花。このようにウリ科は勢力が強い。オレ毎日この精力を頂いとるはずやのになんでや ??


 

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20131005 不耕起稲作失敗例

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 川口さんの提唱するやり方の不耕起・自然農法を本格的にこの春から始めることにした。米作りについては、結果として約4畝で例年120kg程度採れる筈のところ、たった10kgの収穫に終ったので全滅といってよい。最大の敗因はコシヒカリで不耕起栽培をしたことだ。不耕起を決意する前にコシヒカリの種籾を手配してしまっていたからだが、コシヒカリという品種は、資財投入型の農業、すなわち農薬・化学肥料・大型機械を使って、大規模に安定的に、しかも日本人の現代の流行の味覚に合った米を作る目的で改良が重ねられて出来たもので、言い換えれば箱入り娘だ。特に今年2013年は、コシヒカリの登熟期に台風や豪雨が重なって、私の近隣ではほとんどの田んぼでこれが倒伏した。名前に反して極めて腰の弱い品種といえる。これを不耕起の田んぼで栽培しようということは、箱入り娘をジャングルに裸のまま置き去りにするようなものであって、その細い御身足は硬い地面にくずおれ、柔肌は生い茂る他の草に舐め尽くされ、産毛に包まれたデリケートな部分が虫や鳥たちに恣にされた。しかしそれは考えてみれば当然のことだった。


 私という人間が、なんぼヤッてみんとわからん性格とはいえ、日頃から中東やコーカサスの紛争を聞いては「美女を無駄遣いすんな」と憤慨してるくせに、きちんと育ててやれば箔も着こうという花を徒に全滅させてしまった過失は真に許しがたい。しかし百聞は一見に如かず、失敗したとはいえそれは結果であって、その結果に行き着くまでのプロセスにおいて、多くの興味深い様子を観察することが出来た。これらはヤッてみないとわからんのであって、足を踏み外すことの出来ないプロの農家のご参考になれば幸いである。具体的に見ていこう。


 上は2013/05/23、川口さんの本にあった田んぼの準備の写真を見て用意した田植え前の田んぼの状態である。川口さんのやり方によると、田植え前に代掻きをしないのはもちろんのこと、水管理も圃場を完全に水没させるのではなく、上のように適当な間隔を置いて切った溝に水が満ちる程度の半陸稲状態に置くということである。このやり方で試してみる。しかしこれを決意する以前の、昨シーズン稲刈り後と年明けに一度ずつ、田んぼ全体を鋤いてしまっているので、厳密には不耕起とはいえない。来シーズンのための礎である。画面奥はお隣さんの三反田、水がなみなみと張られてある。


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 田植え直前の頃、代掻きをしていないので昨シーズンのこぼれ種が発芽している。これがのちのち意外なことを教えてくれる。種降ろしは例年では4月の下旬に温湯消毒をして催芽し、発芽してから苗代に撒くのであるが、今年は自然農的に直接苗代に撒いた。4/22のことである。しかしここでも私は失敗した。川口さんの方法によるのであれば、苗代作りもそれに倣わなければならなかったのだが、ここをぞんざいにしてしまった。実はこの春は天候が安定せず、寒い日が多かった。低温続きで発芽が例年より遅れ、GWには発芽を見るべきものが5月中旬までずれ込んだ。あわてて圃場の隅を切って代掻きをし、急ごしらえで苗代として蒔き直したが、その後急に気温が上昇して苗も急成長した。6月に入ると蒔き直した部分を含めて苗は5葉に育ち、6/02に苗取りをした。このあたふたもコシヒカリにとっては望むところではなかったはずだ。


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 06/03 ちょっと水の多い畑のような状態のところへ田植えをする。川口さんの田んぼとの違いは、自然農では土が露出せず、土の上におびただしい植物の亡骸やいな藁が積み重なっているのに対し、私の田んぼでは冬までに耕起してしまったのでそれらは土の中に鋤き込まれている点である。代掻きをする一般的な水田では、圃場は泥であって、裸足か地下足袋か、田植え用の足に密着する長靴でないと入れないのだが、不耕起の田んぼは土が硬く、普通の長靴で充分である。田植えも、苗を持って片手でさっさと泥に刺していくわけにはいかず、鎌を持って植える場所の土を切り裂きながら、そこへ苗を差し込んで土で鎮圧していくので、両手を使い大変疲れるし、時間が通常の3倍はかかる。お隣の田んぼは、既に田植えを終えている。大型機械による田植えでは、苗は小さい3葉の状態で植えるので時期は私の田植えより少し早い。しかし種降ろしは標準の暦に従っているので苗そのものの生育はほぼ同じである。コシヒカリは8月の初旬に開花する。成長の状態を測るのはそこからの逆算になるので、田植えの時期よりも種を水に浸けた時期、すなわちそのときとそれからの温度の推移が成長を左右する。


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 06/08 3日がかりで4畝の田植えを終え、水位を上げる。手前は、急ごしらえの蒔き直し苗代の部分である。残っている苗はインディカと赤米である。これらの田植えは脇田に2週間後を予定していて、本田の田植えも一旦待ちとなる。お隣の三反田の苗は活着して色が濃くなっている。


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 07/13 畔に丹波の黒豆を植え、それらとともに成長するコシヒカリ。水際には水生雑草が出ているが中の方は様々な草に覆われている。田植えからここまでは、特に周囲の草に巻かれる状態は見られなかったが、念のため全体を除草している。方法は、地面が硬いので普通の長靴で入り、屈みこんで鎌で雑草の根元を切るのである。つまり両手で行うので、代掻きした田んぼよりも遙かに腰にくるし時間もかかる。5畝の除草にのべ10日かかり、それを2回繰り返す。


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 07/14 一方、これは同じ時期の赤目自然農塾の実習田の状態である。土を覆い尽くしているのは生きた雑草よりも枯れた稲藁など亡骸が多い。品種は赤のもち米であるが、私の作っている品種とは異なるようだ。晩稲であるので写真による単純比較は出来ないが、この時点では大きく外れていなかったものと思われる。


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 08/08 コシヒカリ例年通り順調に開花。もちろん分蘖は少なく草丈も低い。しかしこれ以後は除草に入ることが出来ないので、ここまでにどれほど雑草を押さえることが出来たかが、この後の彼らの命運を決める。抜けば簡単だが、抜くと不耕起にならないのでそこが我慢のしどころである。


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 08/08 こちらは蒔き直した急ごしらえの苗代部分 (画面の右半分) 。この部分は、苗代にするためにほんのすこしレーキで掻き均した。晩稲の田植えを終えたあと、その跡地を除草して田植えをしたのだが、それだけのことで、分蘖も草丈も全く異なるのがよくわかる。開花は遅れ気味だが、一部は開きはじめている。ここだけの比較では、あきらかに不耕起よりも代掻きをした田んぼの方が、稲の生育は良い・・・厳密にいえば、大きくなっている。


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 08/22 穂が垂れはじめる。分蘖が少ないことと、出穂した茎が更に少ないと見られることから、明らかに例年より実りが少ない。除草を絶ってから、暑い夏の日差しを受けて、徐々に雑草が稲を凌いでくるのがわかる。しかし開花後は田に入ることは却って穂を傷めるというので、じっと成り行きを見守るより他にない。コシヒカリと異なる濃い葉の色が所々に散見されると思っていたら・・・


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 09/05 なんとこれらは、こぼれ種から発芽した赤米であった。例年、晩稲を植える脇田では水田裏作に麦を育てるので、赤米やインディカも、コシヒカリを片づけたあとの本田で干すことにしている。だからこぼれ種は毎年あるはずだ。しかし例年は田植えの前に代掻きをするので、こぼれ種は死に絶えるのである。代掻きをするということは、このように田植えをする苗にとって極めて優遇された状態に置く。逆にいうと代掻きによって、ほとんどの種は死に絶える。極めて除草効果が高いことがわかる。


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 09/17 お隣の三反田は先日稲刈りを終えられた。こちらも適期を迎えているが、雑草の繁茂がひどい。稲刈りはこの中に屈みこんで入り、コシヒカリの株元だけを見極めて刈り採って集めていくことになる。


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 09/19 この稲刈りは難航した。なぜなら、場所によっては他の品種の稲や雑草と混在し、このように分蘖した側枝も枯れ落ちて息も絶え絶えに一本だけ稔っているものも多いからである。これらを見分けて刈り取りながら進む。


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 09/19 同じ条件下で品種による生育の違いを見るために、こぼれ種から発芽した他の品種の稲も等間隔に間引きしておいた。この違いを見よ。


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 10/10 やれやれ。これだけ集めても10kgの収穫だったが、教訓の多い米作りでした。来シーズンは品種を変えて、陸稲でもいける、兵庫県に適した品種を捜して、更に不耕起栽培を試してみたいと思います。


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