2013年12月30日

20131230 迫力を増す !!

 今年一年、私は苦しんだ。なにに苦しんだかというと、自分がこういう生き方をしたい、それをするためにこうしてああして・・・という、そのやり方については一通りの要領を得て道筋も見えて、老い先の長くない人生のうちに何処までやり切れるか・・・という段階にまで来たのだが、これを実現するための環境が整わない、ときによってはこれを脅かしかねないことに苦しんだ。


 具体的にいうと、私は安全な食を求めて自給的な生活をしたい。手作りで経済あるから現代日本の経済生活との格差が6倍程度あり、これを埋めるためにパートタイム労働に就くことは厭わないし、むしろこれを楽しんでいる。問題は、住み手のなくなった空き農家の家主が「空家にしておくと家が傷むから住んで下さい」と言われたので住み、「農地は自由に使って下さい」と言われたので使い、地域の決めごとを守って溶け込み、「安全な作物」を作るにはどうしたら良いかを考え、考えたことをブログに書き、賛同してくれた友たちとともに農作業を共にし、収穫を或いは分かち合い、或いは加工して貯蔵し、その方法についても友たちと共有することが、農業関連法上、違法行為とされたことである。具体的な事実経過については、このブログに書いてきたことであるので、ここでは繰り返さない。これから私と同じような生き方をしたいと思っている人たちのために、私と同じ轍を踏まないように書き留めるのが目的である。


 根本的原因は、私が「農民」でないことにある。私はちっとも知らなかったのだが、日本人には「農民」と「それ以外」があって、農業関連法規がこれを定義づけている。「それ以外」の日本人のほとんどは、恐らくこのことを知らない。いや「農民」も、そのほとんどは、恐らく知らないはずである。農業関連法規はたくさんある。そのうち我々に関係するのは、おそらく「農業基本法」・「農地法」・「食料・農業・農村基本法」の3つ、場合によっては「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」も絡んでくると考えて良い。しかしその条文を読んでも、はっきりいって何が言いたいのかさっぱりわからない。従って、これらをコーディネイトしてもらわなければ法律を守ることが出来ない訳だが、それを司っているのが、各市町村役場にある「農業委員会」という組織である。


 農業委員会が言うには、「農民」でない者が、「農家」に居住すること、「農地」を生産手段として使用すること、「農地」をまた貸しすること、「農地」から得た収穫を利用すること、「農地」の維持以外の行動をとることなどは、全て違法行為であるということだ。


 これを私の行動に当て嵌めてみると、住み手のなくなった空き農家の家主が何を言ったとしても「農民」でない者が「農家」に居住することは違法であり、農地の所有者が「農地は自由に使って下さい」と言ったとしても「農民」でない者が「農地」を使用することは違法であり、これらの賃貸に金銭を伴う契約があったとしてもその契約自体が無効であり、また、たとえ「安全な作物」を作ることであったとしても「農民」でない者が「農地」を生産手段として使用することは違法であり、たとえ良いことを考えていたとしても「農民」でない者が農法について云々することは「農地」の維持以外の行動をとることになるので違法であり、「農民」でない者が考えたことをブログに書いて賛同者を募る行為はその違法を広めることになるので更に違法であり、「農民」でない者がその賛同者とやらとともに農作業を共にすることは「農地」をまた貸しすることにあたるので違法であり、「農民」でない者が収穫を或いは分かち合い加工して貯蔵することは「農地」から得た収穫を利用することにあたるので違法であり、「農民」でない者がその賛同者とやらとその方法について共有することも前述のごとく「農地」の維持以外の行動をとることになるので違法である、ということになる。これは直接農業委員会に出向いて逐一確認したことであるので間違いない。これらは違法行為である。これを知るきっかけとなったのは、今年の春に行政指導を受けたからである。彼らは「農民」が一番手も足も出ない時期を良く知っている。つまり田植えの前だ。人を募ることを辞め、ブログに記録することも控えたのはそのためである。


 私が具体的にどうしたいのかを明確にしておきたい。私が「農民」ではないことが原因で上の全てのことが違法なのであれば、私は「農民」になりたい。これを「農家登録」という。これを正式に取得して、合法的に農家に居住し、農地を使用して収穫を得たい。農法については、あくまで「自然農法」の考え方で栽培したい。収穫物については、基本的に自給目的で利用し、加工出来るものについては貯蔵し、一連の作業について賛同する人たちがあればこれを共有したい。食品の加工については、必要な許可をとり、屋号を名乗り、定期的に販売できる機会をとらえていきたい。しかしあくまでも営利目的ではなく、むしろこのような生き方に賛同する人たちとのつながりを持ちたい。なぜなら手仕事で出来る作業量では、一人一反の農地を使用して収穫を得るのがやっと、それをやりくりして現金に替えるにあたって、いかに手作りであっても食品としての常識的な価格を考えると、前述のように生活に必要な収入の6分の1程度にしかならないからである。市価の6倍の価格設定で販売することは良しと出来ない。


 では、私が苦しんだその原因、つまり上のプランを実現するにあたって、どのような障害が現れてきたかをまとめておきたい。まずは「農家登録」である。これには、「営農計画書」・(自治会による)「同意書」・「新規就農にかかる確認書」・「農用地等貸付申出書」・「農用地等借受申出書」が必要である。これら有効にそろえた上で年度末の定められた期日までに農業委員会に提出し、農業委員会が受理すれば農業委員会は一年間その圃場を観察し、「農家登録」を許可しても良いと判断されれば許可される。上の5つの書類のうち、前3つまでは問題なく取得出来た。しかし後2つの書類は農地の地主の許可が必要であり、これが取れなかった。この2つの部分を「農地の利用権の設定」という。


 つまり、「農地は自由に使って下さい」と言った地主は、その「農地の利用権の設定」を拒否した。その理由は3つほど思い当たる。その1つは国の農業政策とも絡むことである。農地というものは地主の所有物であるが、にも関わらず地主の自由には出来ない歴史的に複雑なものである。平たく言えば、国が特に許可を与えて、国土の一部を生産手段として利用することを、地主に認めているということになる。だから国の農業政策に農家は振り回される。そのとき貸した農地の借り主が「利用権」を盾に国の農業政策に従わなかったとしても、その責任を問われるのは地主である。そんなわけで耕作する手間は省きたいので「自由に使って」ほしいのだが「利用権」を主張されては困るのである。ところが「自由に使」いたい私としては、農地が継続的に使用出来なければ、長期的展望に立った土作りが出来ない。ここに貸主と借り主の思惑の違いが表面化し、これが耕作放棄地が増え続ける一因にもなっている。


 現状、今シーズンはやむを得ず「モグリ営農」状態を黙認されてきた。ところがここに「農法の違い」による軋轢が生まれた。私はプロの農家を目指しているのではなく、自分が安心して食べられるものを作るのが目的であるので「自然農法」に行き着いたわけだが、当初は近隣の農家から奇異の目で見られはしたものの、顔なじみになるにつれて相互理解は深まった。しかし地主は離れた場所に住んでいるので、それとは無関係に、周囲の農地と同じ状態でない、つまり草や虫の多い状態を恥じ、先祖に申し訳ないという気持があるように思われる。「他を聞き入れず、自分たちのゲレンデにされるくらいやったら草ぼうぼうになったほうがマシ」という言葉がそれを表している。これが「農地の利用権の設定」を拒否された2つめの理由であろう。


 そして3つめは、これは「農家登録」の件と同時進行で進めてきたものであるが、食品加工の作業場として登録するには、若干台所を手直ししなければならない。もちろん自費でやるのだが、これについても家主に拒否されてしまった。つまり、私にこの話を持ちかけた当初、家主は私が彼の仕事を手伝うものと考えた。しかし私は独自の価値観で独自の道を歩みはじめた。そしてそれは家主の手中に入りきらないほどの流れに沿ったものであった。私の良いようにすると、家主はここでの主導権を脅かされる、と判断したのではないか。東日本大震災の時、事情があって西へ逃れてきた人を一時的に匿ったことがある。急なことだったので独断であったが、家主はこれに難色を示し、やむを得ず知り合いの農家に移ってもらった。しかし自分が決めたことなら、同じことでもやる。つまりこれは物事の是非ではなく、主導権の問題であって、これを脅かす可能性のあることは全て「No」であると判断出来る。実はこの傾向は農業関連法規の殆ど全てにもみられるものであって、これらの実際の目的は農家の既得権益の保護であると判断して差支えない。しかし悪法も法なり、これを守らなければ農地を利用出来ない仕組みができ上がっている。


 そこで私は移住することについて検討を始めた。結論から言うと、移住するにはひと財産かかる。カネがなければどこからかなんらかの援助を得る必要があるが、公的な援助には厳しい年齢制限と、農業のやり方に関する細かい規定がある。詳細については煩雑になるので述べないが、要するに「安全な食を求めて自給的な生活をしたい」と考えているひとを援助する仕組みはない。援助には、必ずそれに見合う効果が見込めなければならない。国であれ地方自治体であれ、たとえ限界集落であっても、いや過疎であればあるほど、厳しく営農方法について規定される。要するに、地域の生産者の抜けた穴を埋めることが求められる。これは、自給的な生活とは、全く異なる「田舎暮らし」である。


 受入側にも多くの問題があって、農地はいくらでも空いているので再生してもらえるならしてもらいたい、しかし農家の空家は、地域活性化に繋がると期待出来る人を誘致するための貴重なタマであるので、なかなか貸してもらえない。「空いている」農家のほとんどは、その一族の本家であることが多く、盆と正月には親戚一同が集まるので、貸すことも使わせることもならない。手の出る物件のほとんどは、住環境や農作環境が極めて劣悪で、安全な食を求めて自給的な生活をしたいなどと寝言を言うとったんではとっとと寝首を掻かれて葬り去られかねないほどである。まあその方が幸せかも知れないが・・・まあそんなわけで、余程のつながりでもない限り、私にとって移住という選択肢は、限りなくゼロに近い。


 八方塞がりである。ではどうするか・・・強引にヤルしかないでしょ。農業委員会が行政指導に来る。これを無視してヤリたいようにヤル。つまり、「農家登録」への道は模索し続けるが、それが出来なくてもこの家に居すわり、だれがなんと言おうと「自然農法」で自給し、農作業の詳細、加工や貯蔵一連の作業についてブログに記録し、「farminhos (ファルミーニョス = 小さな農民たち) 」を名乗って、賛同する人たちがあればこれを共有する。食品の加工については、必要な許可をとり、「cafeminhos」を再び名乗り、定期的に販売できる機会をとらえていいく。営利目的ではなく一人一反を手作業で自給出来るようになれば、原子力発電はおろか、化石燃料でさえ、そんなに必要なくなる生活に至ることが出来るということを行動によって実証していくことが目的である。この意気込みで、来年はレッド・ゾーンを振り切っていきたい。船坂小学校に敬意を表する・・・「迫力を増す !! 」

posted by jakiswede at 01:50| Comment(0) | farminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする