2014年03月17日

20140322 谷上マーケット

谷上マーケットに出店します。

2014/03/22 (土) 10:00-16:00

http://niufarm.blogspot.jp/


物販 丹波黒大豆2013 (特大\400/ 200g)

   インディカ米2013 (3分搗\300/ 2合)

   赤白黒の糯米ミックス2013 (玄米\300/ 2合)

   カンパーニュ (\800)

   プチパン (\100) 

   フスマクッキー (\100)

   干しいも (\100)

   黒きなこブロック (\100)

 

食事 さまよえる子羊のトマトシチュー (\300) 


 以上、出すものは殆ど畑で収穫されたものばかりです。設備が限られておりますので充分とは言えませんが、あのcafeminhosの味が再び皆様の元に戻ってきます。どうかご期待下さい。マーケット自体は、一般のフリーマーケットというよりも、オーガニックな生き方を目指す人たちの情報共有の場という性格が強いので、最初は入りにくいかも知れませんが、どうか勇気を持って入ってきて下さい。

 

場所: http://www.mapion.co.jp/m/34.75805904_135.16434957_10/

 有馬街道箕谷ランプ東「ヤキタテイ」駐車場南に隣接する古民家です。

 駐車場は上記地図内「皆森」交差点に隣接する「箕谷駐車場」をご利用下さい。

 電車でお越しの場合、神鉄箕谷駅か北神急行谷上駅下車、いずれも徒歩10分以内です。


posted by jakiswede at 11:58| Comment(0) | cafeminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月15日

20120315 Хива

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 Khiva出の滞在は丸一日限り、ウズベキスタンの旅も、実質この一日限りである。通り一遍のことは、そこらの観光ガイドブックやパック・ツアー参加者のご旅行日記でも見てもらえば良い。私はこういう日常的な一コマとの触れ合いを愛する。上は前日、Khivaへ到着して夕食をとった後、夕陽に染まる街角の散策をした時の一枚。結局翌日は曇りだったので、ヴァーミリオン・サンズを垣間見れたのはこの一瞬だけだった。


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 翌朝、暗いうちから起き出して周囲を散策・・・これは西の門から場内を見たところ、どうせ観光客が押し寄せるに違いないから、人の少ないうちに城内は片づけて、日が昇ったら外へ出て行こう。城内の観光施設に出勤してくる通勤客で結構人通りは多い。


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 南門から外を見る。区画整理された住宅街が広がっている。これが2012年のウズベキスタンの普通の風景、城内は言わば観光パビリオン、そのギャップが余りにも押しつけがましく、明らかに独裁政権の外貨獲得手段の中に自分が組み込まれてしまったことを痛感するのである。メインの観光ルートに乗ってしまったことにそもそもの原因があるのだろうが、それにしても余りの「なにもなさ」にうんざりしてしまった。こうなったら無理からにでも楽しむ以外にない。


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 腹が減ったのでホテルに戻り、朝食を摂る。土井ちゃんが散策に出たので、私は逆に部屋でしばらく寛ぎ、地図を手にルートの確認をする。


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 先ずはバザール冷やかし。東門から外を見る。ウズベク人特有のこのシルエットが愛おしい。ぶらぶらしながら外に出て、砂ぼこりの舞う道を、城壁の廃虚を眺めながら南東の方へ歩く。


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 Kubla Toza Bog (夏の宮殿) 内部の庭。


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 未だ観光スイッチが入ってないためか全く人気なく、たまに通りかかるお掃除ねーちゃんもにこやかに通り過ぎるだけでほっといてくれたので、自分の庭のように一人寛がせてもらった。こういうひとときが旅の醍醐味。


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 帰り道、あてどなくさまよっていると、英語で一生懸命に話しかけてくる少年たちに出会った。特に屈託もない。ウズベキスタンで見かける普通の少年である。


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 昼頃城内に戻り、偶然通りかかった日本人旅行者とランチにする。あわせて土産物を物色し、ウズベク人の男性がよく着ている厚手のコートとコサック帽を買って気分を無理からにでも盛り上げてやろうと考えた。目指すはこの渋さなのだが・・・


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 ううむ・・・足許があかんな・・・さあ土井ちゃん、ここから先は一人旅やで、夕陽眺めてる場合か ??


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http://jakiswede.com/3photos/31works/313voyages/3139khiva/index.html


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20140306 何年ぶりかの病臥

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 実に何年ぶりかで体調を崩している。寝込んでいる間はMDに録り貯めてあった往年のAM番組「ラジオ名人寄せ」をひたすら聞いていたんで、すっかり頭んなか江戸っ子んなっちゃってあすこの角の湯屋で客がタバコのしをふるしきに燃え移らしちまっててーへんな騒ぎだってんで日本語がこんなんなっちゃって困ってたんだが、やがて気を取り直してつらつら反省してみるに、どうやら私ももう若くはなく、つい100年ほど前までは男は50歳そこそこで死んでた事を考えると体力が落ちてくるのも当然、ここに暮らしはじめて風邪ひとつ引かなかったのだが何日も寝込んでしまったのはこれ致し方のないことかなと思い、野菜や穀物は自給出来てるとはいえ、必要なものを全て自給しているのではなくて、実際にはあるもので食いつないでいるだけのこと、栽培しにくいものは避けて通っているので、結果的に食べるものに偏りが出来て、軽い栄養失調になっているのかも知れない。冬に必要なビタミンが足りていないかもという予感は確かにあったのだが、風邪ひとつ引かないとはいえ真冬のどん底には時々体調を崩すことがあり、たいていは風邪というよりも、根を詰めて物事をする癖から肩が凝り、鼻や喉が腫れ上がって風邪のような症状を起し、頭痛と発熱に至るのに、予感から数時間もかからないという展開の早さで、これに対処するにはしのごのいわずに強力鎮痛解熱剤を2錠飲めば翌朝すっきりという、実に単純明快かつ乱暴な荒治療だったのだが、流石にここ数年それが通用しなくなりつつあった。そこへ今回ついにダウンを取られてしまったわけだ。


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 もう若くはない。いつまでも若かった頃のメンテのしかたでは通用しない。薬は効かなくなってきてるし、回復が遅い。特に咳が残って鼻や喉の炎症が治らない。そろそろ体のことも真剣に考えてやらねば、ほんまにあかんかも知れん。常に口内炎があって口の中は痛い。歯にもトラブルがあってこれも痛い。鼻の奥は蓄膿で常に塊があって重く腫れぼったく、時折それが喉に落ちるのでえずきそうになる。眼は子供の頃から悪くて左右の視力に差があり過ぎて、これが強烈な肩凝りの原因になっている。腹が減ると胃が痛むから、とっとと食事の用意をして食べる癖がついている。空腹になると機嫌が悪くなり、ひとに迷惑をかける。だいたい私は冬でも厚着が嫌いだ。長い下着は肌を締めつけるので特に嫌いだ。ここは寒いところだが、かといってそんなに暖房をする方ではない。寒いのは嫌いだが、寒い季節に暑苦しいのも嫌いだからだ。また、猫舌というわけではないのだが、食事がどちらかというと冷たいかも知れない。朝食で熱いものはコーヒーか紅茶だけで、トーストも食べているうちに冷めるし、シリアルには冷たい牛乳をかけ、サラダにジュースは冷たい食べ物だ。おまけに朝食後の一服をスパッとやると腹が痛くなってきて朝のお通じとなる。これで一日のスタートが軽やかに切れるというわけだ。ランチ以降も、だいたい食事というものに手間ひまをとられたくないから簡単に済ませる方なので、基本的に一汁一菜、一菜がなければお漬物定食やタマゴご飯で全く不満がない。冬の間に鍋でもすれば良いものを、いろいろ取りそろえたり下ごしらえが面倒くさいからやらない。粗食を通り越して貧食なのかもしれない。もう少し体を暖めるように気をつけてみるか・・・笑って暖めるのもええやろ。


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 まあしかしなんですねえ、世の中では科学者も宗教家みたいに、ものを「信じる」「信じない」の次元で学術論文を引っ込めるたら引っ込めへんたら、君ら税金でメシ喰ったり研究したりしとるわけよね・・・例えばひとつの完結した生命体をやね、これ以上細かく出来ないほどに細かく切り刻んで、その断片の全てを一人で分析しきれへんから大勢の研究者を巻き込んでやねえ、出てきた膨大なデータを扱い切れんで「信じる」「信じない」はないやろ。なんで科学の手法は切り刻む方向にしか進まんのよ ?? ひとつの完全な個体を完全なものとして認識する知性になぜ近づけんのよ ?? 莫大な国民の税金を使うんやったら、分析と綜合のバランスのきちんととれた知的探求をコントロールするくらいのことは責任もってやってほしいもんやわ。つまり登山家のように勇気を持って撤退せよと言いたい。ホンマに科学者と話してるとアタマがおかしなってくるわ。人の税金使いやがって・・・まあ税金払うてへんからええけど・・・かと思たら近くの市ではこれまた救いようのない次元で何億もの税金が消えようとしとるし、ままごとしとんちゃうぞおまえら・・・なんぼ合法でもね、そーゆーんを「logical idiot」ちゅーねんけどね、英語ちゅうたらまたどこぞのバカタレが変な横断幕掲げて、それが差別的かどうかすらわーらんという。バイト先で訊いてみたらこれまたわーらんのがほとんどで、そんなことより折角勉強の憂さ晴らしにサッカー見よ思てたところへ、うざったい英語表現の話題なんか持込まんといてくれというのが、一般的日本人の多数派の反応と知って、これまたダウンや。要はJapanese Onlyでええわけや。自分らだけで盛り上がりたい、そのためには他を排除する。ガイコクジンを排除するには英語やろ、だから知ってる単語並べた。どこが悪いねん・・・てね、他人のゲレンデにされるくらいやったら草ボウボウにされた方がマシや。多様性を理解するなんてまっぴらゴメン。盲滅法トイレのないタワー・マンションで夜景眺めて、給油口のないバスで観光旅行や。それで充分、それ以上ムリなんや現実は。毎日が自分が生き残れるか死んでまうかの瀬戸際や。多様性もへったくれもあるか、生きるか死ぬかの不毛な世界や。ひきはじめに抗炎症剤で抑さえつけたら、そのときはええんやがリバウンドが怖い。あとになって風邪の諸症状がばらばらになって出て来よる。梅は咲いたか・・・

 

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posted by jakiswede at 14:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140305 利用権設定書類受理

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 道は長かった。ようやく書類が揃った。「営農計画書」・(自治会による)「同意書」・(農会長による)「新規就農にかかる確認書」・「農用地等貸付申出書」・「農用地等借受申出書」・「利用権設定各筆明細書」という6通の書類である。ただ安全な食を得たいがために、額に汗して土と作物と向き合おうとするだけなのに、なぜこのような物々しい書類を要し、反対されたり弾圧されたり、さらには面接や審査が必要なのであろうか。集落全体から見れば、ほんの芥子粒のような小さな圃場に、何故行政がそこまで関与してくるのか・・・まあ良い。とりあえず市役所本庁の農業委員会へ提出して参った・・・いやあ、あのねえ、全然ウェルカムって雰囲気じゃないんよね、胡散臭いモノでも見るような目ェしてさあ、ねちねちねちねちと誘導尋問にかけよんの、でもね、農水省から得た知識を許に、答えるべきは答え、黙るべきは黙って、しかも書類の不備が一ヶ所もなかったから、むこうとしてはホンマに渋々受理した、受理したった、というのんがアリアリやったわ。アリアリ・・・で、やっぱり彼らの認識と農水省の姿勢が違うところがあってね、そこんとこを再質問するメールを農水省に送ったから、あわせて掲載しときます。せやけどムカツク奴らやで、あんなことばっかりしとったら、ほんまにここで新規就農したいやつおらんようになるわ。


ご担当者様


 先だっては親切にご対応頂き、誠にありがとうございました。ご教示頂いた内容を胸に、「利用権の設定」に要する各書類を取りそろえ、地主・自治会長・農会長とも話し合いが完了し、書類をそろえて市役所本庁の農業委員会へ提出して参りました。そこでも様々なことを問い質されましたが、最終的に書類は受理されました。今後、支部の農業委員会の会議にかけられ、そこで面接選考を受け、問題がなければ「利用権」が「設定」されるということです。

 さて、市役所本庁の農業委員会で話題に上ったことの中で、やはり疑問が残ることがございましたので、お忙しいところ誠に恐縮ですが、ご回答いただければ幸いに思います。


 私には「農家資格」というものがありませんが、この状態で友達が遊びに来てともに農作業することは、農地のまた貸しに当たる、と言われました。私は、数十年後の農業を考えるには、化石燃料や化学物質の使用から如何に脱するかを考えて実践しなければならないと思っています。しかし人力には限界があるので、増産するには、私自身が規模拡大するのではなく、作れる人間を増やす以外にありません。そのためには、作物の生長に合わせた適時適切な作業を判断出来る「目」を養わなければなりません。そういう思いで、親しく情熱のある数人のグループで、適時適切な作業の共有を図っておりますが、これが農地のまた貸しに当たりますか ??


 昨年、市役所本庁の農業委員会に問い合わせたとき、私の借りている家には既に農家登録があり (名義人は故人) 、家主がその登録を抹消しない限り、私は農地の「利用権の設定」が出来ないとされました。これが私が違法状態で農地を使用せざるを得なかった直接の原因です。今回の話し合いで、私はそれが間違っているのではないかと指摘したところ、支部の農業委員会の会議で検討するということになりました。農地は農家台帳により管理されているので、一軒の農家に複数の農家登録は出来ないということなのですが、それが本当かどうかをお教え頂きたく思います。もし本当ならば、家主が他界して名義だけが残った空き農家が増え、新規就農希望者がいくら努力しても、農家になれないという事態になりはしませんか ?? 農業委員会でいくら訊ねても、「農家登録」という制度のことがわからないので、ご説明願えれば幸いです。


 話は変わりますが、風景に魅せられてある農村の古民家を購入した友人の写真家が、物件を引き渡された後、上下水道の配管を外されたというのです。彼は住居兼アトリエとしてその家を使い、就農する意図はありませんでしたが、そこは「農振法」適用地域内にあるから、農業に携わらないのであれば上下水道は使わせない、必要なら適用地域外から引き込めと求められました。彼は、上下水道は居住自治体の行政サービスであって、転入手続をし市民税を負担するのであれば、職業の分け隔てなく受けることが出来るはずだと言って抗議しましたが、受け容れられませんでした。私も彼と同じ見解なのですが、「農振法」適用地域内では、他の法律より農振法が優先されることがあるのでしょうか ??


 お忙しいところ誠に恐縮です。以上3点につき、ご回答願えれば幸いです。

 

 

 

 

posted by jakiswede at 14:04| Comment(0) | farminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140224 かわった大根

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 どんな形をしていても、大根は大根、食えば旨いのであった。

 

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posted by jakiswede at 13:59| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2014 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140222 谷上マーケット

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 谷上マーケット出店二回目の今日、ちょっとした春の陽気でなかなかの盛況でありました。自然農の産物だけを売る八百屋があったりして、徐々にこの小さなネットワークが回りはじめている。私も様々な問題を抱えているが、ここに集う人たちも誰一人として順風満帆な人はいない。それぞれの想いを、それぞれのやり方で実現させようと努力している。障碍があっても、目的に向かってブレずに進む覇気が漲っている。ここへ来ると、くよくよと悩んで内向きになる自分が、まだまだ甘ちゃんに見えてくる。


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 そんな仲間に誘われて、翌日今田町から篠山にかけて仲間同士の集まりや田畑の見学に行ってきた。山を切り開いて田畑を作る人、山小屋に住み着いて気がついたら家も建ててしまった人、どん詰まりの集落で荒地を田んぼに変えた人・・・彼らの多くは、たった一人で開拓を続けている。しかも、違法性とか許可とか申請なんて、考えたこともない。気に入った場所に勝手に入っていって、何も言われなければ居着いてしまう。気がついたら何年も経っている。私なんか、圃場整備の行き届いた第一種農地で米や野菜を育てているのだが、人の集まるところならばこその軋轢に苦しんでいる。この違いはなんなのだろう ??


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 もちろん憧れはある。家も建ててみたい。移住も検討した。しかし、私の故郷は依然として宝塚であり、六甲山系であり、摂津や丹波の国であり、最も条件の良い場所はここなのだ。大阪から最も近い本格的な農村、農振法の規制が厳しくかかって農地以外には使えない守られた環境である。しかし農地は汚染されている。清らかな水と土を求めて山を目指す人あれば、汚染された土の再生に取り組む人あり。私は後者の道を行く。

posted by jakiswede at 13:57| Comment(0) | farminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140215 C.Z.Jena 58/2

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C.Z.Jena Nr.63847, 1:2 F=58mm ◇ M42


 Pentacon Fに装着されてきたレンズである。Pentacon Fは、東ドイツで1949年に発売されたContax Fの西側への輸出モデルであるが、ドイツの東西分割統治により、両者に残っていた「Contax」ブランドの商標権に争いが起きて、東ドイツで製造された「Contax」を西側へ輸出する際には名称を変えたもので、両者は全く同じものだとされている。これに合わせて、装着されるレンズも、東側では「Carl Zeiss Jena Biotar 1:2 F=58mm T」と表示すべきところ、「Carl Zeiss」と「Biotar」とCarl Zeiss独自のコーティング技術を示す「T」マークの表記を変更して輸出したものと思われる。


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 私はもう一本、これは正式な表記の「Carl Zeiss Jena Biotar 1:2 F=58mm T」を持っているので並べて比較したが、両者は殆ど全くといって良いほど同じ外観である。ただしこちらの方は、確かPractica FXのジャンクを何らかの理由で購入したときについてきたもので、非常に汚れている上にピントリングのグリスが固まっていて殆ど動かせない。セットで処分しようと思う。


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 このレンズは「プリセット絞り」という機構を持っている。これを説明するには、現在の自動化されたデジタル・カメラとはほど遠い昔、といっても、たかだか65年ほど前の写真機のことについて、歴史を繙かずにはいられない。写真を撮るには、光の強さに応じて、フィルムの感度、シャッター速度、レンズの絞りを、許容範囲内で撮影意図に合わせて組み合わせる必要がある。自動化される前の写真機では、これを露出計で計測したり、季節や天気による簡易な表から割り出したりして写真を撮っていた。1949年当時では、一般的なフィルムの感度は恐らくISO10程度であっただろう。私は1995年以降積極的にモノクロ写真を撮りはじめたのだが、最も愛用したフィルムは、富士フィルムの「ネオパンSS」であった。これは感度がISO100で、それが発売当時1952年の「超高感度 (Super Sensitive) 」だった。撮影には手持ちの露出計を使っていたが、やがて例えばISO100で彼岸時期の曇天の屋外であれば、絞り5.6にシャッター速度1/60秒と、その現場の光を感じて強さを覚えてしまい、いちいち露出計を見なくても、それを基準に塩梅出来るようになった。


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 写真を撮るには先ず絞りを先に決めるのが一般的である。遠景を撮るなら絞りは絞った方が良いが、ポートレートのように被写体を背景から浮き上がらせて強調したいときには絞りを開いた方が良い。ある程度自然なボケ具合が得られる絞り値が、だいたい5.6くらいなので、私はそれより1段開いて4かそれ以下にすることが多い。どの絞り値にするかは永年の経験と判断の蓄積による。次にすることはピント合わせである。ピントの山を掴むためには絞りを開放にした方が分かりやすく、絞り値による焦点移動の問題を無視出来るのであれば、通常、絞りは開放にしてピントを合わせる。従って、全手動写真機における絞り動作の手順としては、絞り値の決定→絞り開放→絞り込み→シャッター・レリーズということになる。で、この「プリセット絞り」という機構というのは、このうち「絞り開放→絞り込み」の部分を便利にしようとしたものである。すなわち、撮影意図によって絞り値を4に決めたとすると、プリセット絞りリングを4に合わせておく。その状態でなら絞りは開放のままであるので、ファインダーを覗いてピント合わせをする。しかる後にピント・リングを動かすと、それがプリセット絞りリングが設定した4の位置で止まるので、そこでシャッターをレリーズすれば良い。こんなことがなぜ便利なのかといえば、想像してもらいたいのだが、この機構がなければ、絞り開放でフレーミングをしてピントを合わせた、その後に絞りを4まで絞るのであるが、クリック・ストップのないレンズでは4の指標がどこにあるかわからないので、一旦ファインダーから目を外してカメラを正面から見てレンズの絞りリングを4の位置まで動かして、またフレーミングをやり直し、そうすると位置が微妙に違ってくるからピントも合わせ直して、しかし絞り込んであると画面が暗くなってピントの山が掴みにくいので、絞りを開放に戻してフレーミングをしてピントを合わせ直す・・・という悪循環から論理的に逃れられなくなる。まあ実際には使ってるうちにどのくらい動かしたらどのくらい絞られるかは指が覚えるのでこんなことにはならないのであるが・・・まあそのように便利になった機構を備えたBiotar第2弾のレンズがこれである。


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 さて、このレンズをはじめ、プリセット絞り時代のレンズの一部には、M42マウントでありながらM42カメラに装着出来なかったり、装着は出来てもシャッターをレリーズ出来ないレンズがある。プリセット・タイプのBiotarでは、私の所有するIcarex35 TM・Icarex35S TM・Voigtlander VSL1TM・Pentax S2には、レンズは装着出来るがシャッターが切れない。M42マウント・レンズは、プリセット絞りから半自動絞り、完全自動絞りへと進化するが、その過程で、レンズの絞り値とボディの露出制御を連動させる必要が生じた。それを短いピン1本でやったのであるが、そのピンが配置された場所がマウント面上であったので、そこに連動装置のあるボディでは、マウント面より後端部の出っ張りが大きいレンズが装着出来なかったり、装着は出来てもシャッターをレリーズ出来ないことがある。また、一部の広角レンズでは、レンズ後端部の出っ張りとミラーが接触することがある。ファインダーの明るさを確保するためにミラーを大きくした新しい機種では、これらの古いレンズが使えないことが多い。また、M42マウント・レンズを他のマウントのボディに装着するアダプタでは、上のピンを押し込んで手動扱いにして使用する設計になっているので、後端部の出っ張りが大きいレンズでは同様の理由で装着出来ない。


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 仕方がないので、Canon EOS Kissのアソコにレンズの先っちょだけをあてがってイッてもらったのがこの写真である。あてがった分だけ前にイッてしもとるのでピント位置は無限大、自転車のランプまで1.5mくらいだったと記憶する。レンズを手で持っているので本来の性能ではないのだが、いやなかなか美しい渦巻きボケですな・・・この1枚の作例を出したいがためにエロ長い説明よんでもろてごくろさんごくろさん、絞りは開放であるのでプリセットもへったくれもないんやが、これを4まで絞ろうと思たらプリセット絞りリングを4に合わせておいてファインダーを覗いてピント合わせをした後にピント・リングを動かすと4の位置で止まるのでシャッターをレリーズすれば良いのだがなんでこんなことが便利なのかといえば想像してもらいたいのだがこの機構がなければ絞り開放でフレーミングをしてピントを合わせた後に絞りを4まで絞るのであるが、4の指標がどこにあるかわからないので、一旦ファインダーから目を外してカメラを正面から見てレンズの絞りリングを4の位置まで動ダー合かして、またフレーミングをやントの山から見てレ、絞りを開わせた、その後に絞りを4まで絞の山が掴みにをやり直し暗くいので、一旦フンわせた、その、一旦ファイ置が微妙に違り込なっ込んであると画面がから目ーミングピントも合わを、そうすると位ンらピントも合わせ直しすると位ると位てピて、しかし絞り置っせってくるかりをリン絞が微妙に違ってくるからピるからピントも合も合わせ直ないのでそのァイ後ので開放グ、4の指標がどこにあるトり直し、そう微妙にに絞りを4絞ります、その後にで置まで動かしててピント絞り直し、そうすりを4まカメラを正面からで絞を4まで絞るのであるが、4の指標がどこ4の指標がどこにあるント込んであ、を正して見てレしないので、一旦ファイ画面が暗くなっと画がくっピのるでるが、にあるかわからないーラかし絞りわ込んであると画面が暗、そを外してカ直して、しかし絞が掴み開放に戻してフレをしてピントを合わせたやり直し、そうを4かわからピまで絞るのでンを合せから目をたかングをしてピントのし外のてくるからく後に絞置が微妙にミングをやりるのであるレあるが、4の指標違ってくンンダーから目を外してカメラを正レミンをしンズ微妙にメラを正面とズの絞りリングを4の位置まーから目を位置がるのであるがーミングをしり外してカメラを見て外してカメミ絞りグを4のを合わせた、後に位置まで動かして、またフレントの山が掴みにくーミングをやり直し、そうすると位置が微に違ってくるからがどこントも合せ直して、しし絞りわせ直して、にくいのをしかそうするくるからピと位置が微妙に違ってくるからピントも合わせ直して、く正ので、一旦フインダ面からなってピントの山が掴みにくいので、絞りを開放にして、しそうすると位ズの絞りリングを4の位置まで動かしてまたフレーがどこあるかわからないインーから目をグを4の位で、絞りを開放に戻してフレで動かして、またフレーミングを、4の指標がどンーミンで、絞、まフレーミングをやり直してピントの山が掴みにくい放に戻して面り込んであると画面が暗くなってピンかわからなんであるとので、一旦ファこにあるかわから戻してで動かして、またフレレーントも合わせ直して、しかし絞り込んであるとンダーから目を外してカメラを正レミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピミンをしピ

posted by jakiswede at 13:50| Comment(0) | もちものじまん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140207 Praktica FX2

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Praktica FX2 Nr.246280


 Praktica FXは、デザインが一新されて1955年にPraktica FX2としてモデル・チェンジした。資料によると、初期ロットでは、外観とファインダー構造のみが変更され、基本構造はFXと同じであったらしいが、後のロットでは、半自動絞り機能のついた新しいM42レンズを装着して使用出来るように、レンズ・マウントの内部に連動装置が設けられている。これは、上位機種のPraktinaに続いてPrakticaが世に先駆けて採用した仕組みであって、FX2の最も重要な存在意義であった。なお、西側への輸出モデルはFX3と別系列名が与えられている。


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 外観の変更は、主にファインダー周辺と軍幹部及び名鈑のデザインであり、前面のシンクロ接点の汎用ソケット化は前モデルのFX後期に行われている。


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 ファインダー周辺では、ピント・スクリーンは引き続きコンデンサ・レンズの底面をすりガラスにしたマット面であるが、ファインダー・フードの構造は一新された。ウェスト・レベルで使う場合、FXが4面とも遮光板が立ち上がるのに対して、FX2では手前側の遮光板が省略されたので、ピント・スクリーンへの光の差し込みが多くなった。しかしアイ・レベルの透視ファインダーの組立は簡素化され、流線型を帯びた正面カバーをはね上げ、格納されているマグニファイヤ・レンズを手前に引きだし、手前から視野枠を引き上げれば固定される構造になった。この改良は、ウェスト・レベルでの撮影から早くアイ・レベルへ脱却したいという当時の願望の現れと見ることが出来る。


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 それを証するかのように、FX2には外付けの専用ペンタ・プリズム・ファインダーが供給されている。着脱には細心の注意を要する。ファインダーを覗いた感じは、非常に暗く、ピントの山も掴みにくい。なぜなら、着脱式のためプリズム面とピント面との間に2cm近い距離があり、直接ピント面を見て最適な明るさのマット面をかなり遠くに眺めてピント合わせする感じがあるのと、アイ・レベル撮影に慣れた目では両目を開けたまま撮影する習慣があるのだが、裸眼位置の高さが、撮影レンズ位置と違い過ぎるためにストレスがかかって使いにくい。注意深くやればフレーミングとピント合わせが出来、透視ファインダーよりはマシですよという程度のものである。当時、一眼レフの趨勢は、Contax D、Praktina、Alpaなど、既にペンタ・プリズム・ファインダーを標準装備出来る程度に進んでいたので、これに対応するためと思われる。Praktica FXが本格的にペンタ・プリズム・ファインダーを標準装備するのは1959年のPraktica IVまで待たなければならなかった。


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 しかしながらM42マウントのカメラとしては、レンズの自動絞りをボディに連動させる試みには最も早く成功した。上の写真は、FX2のレンズ・マウント内部の連動装置を示したものである。まず自動絞りということについて説明する。これは現在の全自動が当たり前のデジタル・カメラ世代にとっては全く想像も出来ないことに違いないが、レンズに内蔵されている絞りを、所定の位置まで絞り込む動作の自動化のことを指している。全く自動化されていない写真機を使う場合、写真撮影には、先ず露出を計測して、適切なフィルム感度と絞り値とシャッター速度の組み合わせを選ぶ必要がある。その際、撮影意図に応じて先ず絞り値を決めるのが普通であるが、ピント合わせの際には、ピントの山を掴みやすくするために絞りを開放する必要がある。つまり、ピント合わせの前には絞りを開放にし、ピントを合わせた後に絞り込む。その際、希望する絞り値の指標を確認するために、一旦ファインダーから目を離してピントやフレーミングがずれることが悩みの種であった。全く自動化されていないカメラを使ってみれば、その不便さにショックを受けるだろう。撮影の瞬間の、その大切な局面だけでも自動化されれば、つまり絞り値は予めセットしておいて絞りを開放し、フレーミングとピント合わせの後、シャッター・レリーズと同時にレンズが絞り込まれるように出来れば楽になる。このような素朴な欲求からカメラの自動化は始まったのである。M42マウント・レンズの場合、マウント面に自動絞り用のピンが出ていて、これを押し込むことによって内蔵の絞り羽根が所定の位置まで絞り込まれる構造が考案された。カメラ・ボディの側では、レンズ・マウント内に設置されたスライダーがピンを押して両者が連動するようにしたのである。これは世界中で規格統一され、相互に交換可能になった。しかしM42マウントは捻じ込み式であるので、ピンの位置が確定出来ないから、だいたいピンがカメラ底部に来るように双方のネジの切り方を決めておいて、ピンを押すボディ側のスライダーにも一定の幅を持たせてある。


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 Praktica FX2の絞り連動部分最大の特徴は、連動と非連動の切り替えが出来る点である。上の写真は、シャッター・ボタンを押した状態である。シャッター・ボタンの動きに連動して、ピンを押すスライダーがマウント面の方へ前進している。スライダーがせり出してからシャッター幕が動作するようにタイミングが計られている。内部に赤いボタンが見える。これを溝に沿って右にずらすと、シャッター・ボタンを押した状態でもスライダーは動かず、元の位置のままで保持される。なぜこのような機構が備えられているのかというと、当時のM42レンズは、手動絞りとプリセット絞りが大半で、半自動絞りを組み込んだものも出はじめてはいたが、なかなか後が続かなかった。特にPrakticaが製造されていた東ドイツではその傾向が強く、西ドイツのレンズ・メーカーは同じ頃西ドイツで発売されていたEdixaのシリーズにレンズを供給する傾向があったのでなおさらであった。当時Prakticaの標準レンズとして採用されていたCarl Zeiss JenaのTessarやBiotarなどのプリセット絞りのモデルでは、なぜかマウント面から後端の出っ張りが大きく、このスライダーを逆に押し込んでしまってシャッターが切れなくなる。このため、これらのレンズを使うときは、赤いボタンを右にずらしてこれを回避したのである。皮肉なことに、革新的な連動機能を持ちながら、Praktica第一世代の生存期に供給されたレンズの殆どは、ボディとの連動を要としないプリセット絞りのものであった。この機能は、むしろ後の時代になって、世界中のM42レンズを楽しむ写真趣味に大きく貢献した。新旧のレンズが使えるボディは多くないからである。他に同様の機能を持つものとしては、先述した西ドイツのEdixaがある。これはもっとスマートな方法でこの問題を解決しているが、詳細はEdixaについて記録するときに紹介するとしよう。


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 さてPraktica FX2は、このようにウェスト・レベルからアイ・レベルへのファインダーの移行、レンズの自動絞りへの対応と、当時の写真機の発展の過渡期に対応した歴史を伺い知ることの出来る楽しいカメラである。しかしながら、私は連動機能のないウェスト・レベル撮影専用の旧型のFXを愛する。なぜなら撮影態勢ではボディを上から見ているので、絞りリングの指標はファインダーを味ながら出来るからだ。そしてなにより、ウェスト・レベルでの撮影というものは、周囲に写真を撮っていることを知られにくく、場の空気を乱さない慎み深さがある。また、前面から押し込むシャッター・ボタンは、ウェスト・レベルで使ってこそ使いやすい。アイ・レベルで前面ボタン、或いはウェスト・レベルで軍幹部にボタンがあるのは、使ってみると以外に使いにくいのである。今となってはこういう撮影のしかたの出来るカメラがないことが、むしろ残念でならない。さて、写真は私の所有するPraktica第一世代の諸カメラである。Prakticaという大変魅力溢れるカメラについては、このサイトの情報が最も詳しいと思うが、なお後のモデルについても主観的に書きつづっていきたい。


 http://www.praktica-collector.de/

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20140203 Praktica FX

 

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 Praktica FX Nr.84797


 このカメラは、1952年に当時の東ドイツで発売されたウェスト・レベル・ファインダー式の一眼レフである。前述のPraktiflex FXは、このカメラの米国向け輸出もデルであり、全く同一のカメラであるので、詳細の記述は以下を参照されたし。


 http://jakiswede.seesaa.net/article/387451781.html


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 私の所有するPraktiflex FXがほぼ完全に動作するのに対して、このPraktica FXは状態が良くない。所有している固体の違いは、ボディの革張りのシボの細かさが異なる点である。それ以外に違いはない。多分これに付いていたレンズが欲しくてボディごと購入したと思われる。どのレンズが欲しくて購入したのかは忘れてしまった。古いカメラやレンズは、それぞれ単体で捜すよりもセットで捜した方が手に入りやすいことがある。それで、このように要らぬカメラやレンズを増殖させてしまうのだ。で、これには当時欲しかった別のボディに付いていたと思われるボロボロのBiotarを付けて置物として飾っていたのだが、その時どのボディを目当てにしたのかも忘れてしまった。これを機に不用品同士で処分しようと思う。このPraktica FX、全体として余りきれいとは言えない。シャッター速度が不安定で、特に1/500秒は開かず、1/250は先幕に後幕が追突して画面半分しか開かない。1/50と1/25秒はどう見てもほぼ同じで、スロー・シャッターはでたらめに近い。従って使えるのは1/100秒のみなので、光の強さに従って絞りで調整するしかない。ミラーとの連動、シャッター幕自体には問題はないので、修理すれば使えると思う。纏っている分には申し分ない。

 
posted by jakiswede at 13:39| Comment(0) | もちものじまん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20140127 茅葺屋根の消失

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 20140127↑↓2013/09/29 人の暮らしを壊して工事は進む。

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2014年03月13日

20140313 happy birthday to..

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2014年03月11日

20140311 Berkin Elvan

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2014年03月05日

20140305 Abby Martin

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