2015年04月16日

20150412 霧桜

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20150411 友あり遠方より来たる

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 トルコの友人が日本に遊びに来ることになり、関西での滞在中の宿泊と案内などのお世話をして差し上げた。しかし全く不運なことに、彼女の10日間の日本滞在期間中、晴れたのはほんの数時間限りで、あとはずっと雨が降り続き、最終日に東京へ向かわれたのだが、JR山手線がまさかの事故でほぼ全日不通、JRのクーポンで観光することをあてにしていた彼女は、困乱の羽田空港を脱出するだけで数時間を空費し、本当に残念な旅となってしまった。「雨の京都は日本のララバイね」と言っていたその言葉に少し救われた。私は、友人を訊ねて旅行するということをしたことがないのだが、お世話をしてみていろいろなことに気付かされた。会話は、お互い不慣れな英語によってしか成立しない。彼女の望むことを、こちらで解釈して、最も近いと思われる候補を選んで行動することになる。京都や奈良の観光は自力で終えられたので、この日は「海が見たい」という彼女の希望をかなえるべく、ざっと舞子から須磨までを流しつつ、会話によって彼女の好奇心の動く先を導き出す。どうやら、神戸の海浜リゾートではなく、日本の漁師町をイメージしておられるようなので、JR須磨駅前を目的地とした。まあここから東は市街地になるのでここらが限界なのだが・・・

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 外国人は日本のどんなところを見て興味をそそられるか、我々日本人にはなかなか予測がつけにくいのだが、会話をしていくにつれてお互いをよく理解しようと努力するようになり、拙い言葉によるコミュニケーションであるにも関わらず、いや拙いからこそ多くの言葉を並べて意味が広がり、互いの真意を推し量ることが出来る。私の方こそ、居ながらにして外国を旅する自分を、つまり外国人として日本を見ている人を、案内する日本人の視点を持つことが出来て、大変貴重な体験であった。彼女は現在Istanbulに住んでいて、大きな会社の役職ある地位で働いている。話すうちに、極めて自発的な活力があって、聡明で洗練された人物であることが伺い知れた。トルコ航空のトップ・アテンダントを含め、幸運なことに彼女にはトルコの大手企業の役職を務める友人が多いが、そんな交友関係を背負った空気が感じられる。彼女の故郷は、トルコ第6の都市Gazi-Antepである。ISILに後藤さんが拘束されていた時に、欧米の報道陣の拠点となっていたので記憶に留められている方もあろうかと思う。トルコ南東部、シリア国境にも近い。実際、彼女はよく友達と語らって、車でシリアのAleppoへ行楽に行ったものらしい。ここ数年は帰郷してもシリアへは行けず、静かな夜などは、ときおり南方から低い爆発音が聞こえてくるほどだが、脅威は感じつつも生活そのものは至って平穏だという。しかし、ここ数年の国情の変化で、自由にモノが言いにくくなってきたというのは、どこかの国と同じである。まだ日本の場合は、一般人が政権批判をしたところで命が狙われることはないが、トルコでは緊迫感がより増してきているようだ。事実、彼女も彼女の友人も、ここは日本だというのに、しかも外国語で会話しているというのに、ちょっと政治的な話題になると、辺りをうかがい声を潜める。クセになってしまっているようだ。滞在出来る時間が限られているので、こちらからの話題より、彼女からの話題を優先したために、あまりつっこんだ話は出来なかった。これは彼女自身の旅であるからだ。

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 須磨駅前を選んだ理由は、駅舎から海が見渡せ、その下に漁船を引き上げる舟屋などが並んでいて、素朴な漁村の風情を辛うじて残していたからであったが、今回訪れて驚愕した。駅の南側に立ち並んでいた舟屋は全て撤去され、下の写真左に見える埋め立て地の施設に集約移転した。跡地には、西は海岸線が山と接する須磨浦公園付近で国道2号線から分岐し、東は須磨海浜公園を経て若宮で国道に合流する、東西に海岸を貫く道路が通され、海岸全体を海浜公園として整備するというのである。もちろんこれは漁師でないがために自力での退去を迫られている食堂のおばちゃんから聞いた話なので、まだウラを取った訳ではないが、たしかに「粛々と」事業は進められているようである。舞子・垂水・平磯と海岸線を埋め立てて娯楽施設を次々にオープンしてきた「株式会社神戸市」、ポート・アイランドでしめた味を六甲アイランドでも忘れられずに失敗したというのに、性懲りもなく空港まで建設してその辛酸から学ぶところなく、ついに歴史的砂浜にまで手を出そうというのか・・・反対する者の家を「不審火」で焼き払い、震災で疎開した地主の不在を幸いに既成事実を積み上げる、生命と財産の危機を平気で封じ込めるそのやりくちは何十年も変わらない。まさに独裁国家へ突っ走っていくかに見える日本の縮図を、この須磨海岸にも見た想いがする。海水浴シーズンが来る前の、初夏の須磨海岸のそぞろ歩きが遠い過去のものになるのだろうか。

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 トルコも日本も状況は良く似ている。独裁を強める政権、締めつけられる国民、国を運営するためにとにかくカネになるものを誘致しようとする政権、そうじゃないんだと声にならない声を発する国民、異なるのは、トルコ国民の方が、よりストレートに意思を表現する。トルコという民族、歴代国家が辿ってきた複雑な歴史、多民族国家であるがゆえに抱え込んでしまった葛藤、その複雑さは島国日本の比ではない。まもなく100年を迎えるアルメニア人との悲劇的な出来事、このひとつの事件を取ってさえ、何が正しいのか、一体何人の人が死んだのかさえわからないほどの歴史を積み重ねてきた人々だからこそ、はっきりと意思表示をするのだろうか、しかし私の感じるところでは、トルコの人々は日本人に似て、意思表示をすると同時に気配りも細やかである。対立と批判を通じて弁証法的に物事を解決していく欧米人の思考的傾向とは、趣がずいぶん異なる。アルメニア人・ジョージア人・クルド人・イラク人・シリア人、そしてギリシア人・・・対立の潜在的要素は無数にある。コーカサスから東トルキスタンまで、トルコ系民族国家が連なっているが、それらも一様ではない。日本にいると想像しにくいし、こういうことを書くのも彼等に対して失礼に当たるのだが、当然、彼等一人一人に家庭もあり、親がいて子供がいて、子供たちは学校へ行って、お父さんは働いて、日本と全く同じ生活が繰り返されている。日本人の我々に想像しにくいのは、他民族が一緒に暮らしていて、彼等はお互いに個人と個人の間では非常に仲が良いこと、にも関わらず時として彼等の主権国家同士が戦争状態にあること、仲の良かった異民族の者どうしが突如殺し合いを始めることがあること、しかしそんななかでも日常生活は変わらず営まれていること、登校したり通勤したり買い物に行ったり娯楽があったり・・・こういうことが想像しにくいのだ。彼女も、我々が戦場を連想する風景の中で生きてきたのだが、持ち物や趣味、話題などは日本の女の子と全く変わらない。日本に来るくらいなので、日本のことを知らない私よりもずっと良く日本の「今」のことを良く知っている。そして、ひとりの人間として洗練されていて尊敬に値し、友情を抱く。彼女がトルコ人だからではない。私はアルメニアの音楽が大変好きなのだが、もしアルメニア人の友人が出来て、その人が日本に旅行に来たら、全く同じことをしただろうし、その人が同じように尊敬に値したら、やはり友情を抱いただろう。もしジョージア人・クルド人・イラク人・シリア人、そしてギリシア人であっても、まったく同じことになるはずだ。さて、日本がそんななかへ武器を携えて出ていった場合、どこの誰に銃を向けるのか・・・今の私には、この疑問を発するところまでしか、書くことが出来ない。

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20150410 散桜

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20150409 カラスノエンドウの侵入

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 しまった !! 3/28に↑であったものが、↓なっていた。↑でこんもりとカラスノエンドウが繁りはじめているのを見て「まずいな」とは思っていたのだが春眠暁を覚えずなどと風流がっとる間に、↓んなことになってもた。↑の右下から斜めに延びる草跡を兆しと見なかった私が迂闊であった。↓は角度は違うが、明らかに土手から侵入していった道筋を示すものである。春は、このようにして少しずつ私を「目覚めよ目覚めよ」と導いてくれるのだ。少しずつであるので、早くそれに気付けば多くを失うことはない。

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 ↑んな状態だが、手で探って鎌で刈っていけば、↓のようになんとか現状に復することは出来る。

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20150409 ジャガイモ植付

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 ジャガイモの植え付けざっと60株である。モグラの穴に入り込むネズミとの戦いが始まる。下の写真、ここらはGWを過ぎても遅霜の可能性があるので、念のため不織布をスタンバイしている。

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20150409 スポーク交換中

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 スポークの張り替えである。私は自転車のスポークというものが、なぜにあのように張られているのかを知らないので、現物交換で行く。真空管アンプと同じく、ひとつずつ元の状態に交換していくのである。張り替えそのものはさして難かしくはない。しかし張り終ったあとは↓のように劇的にぐにゃぐにゃである。これを張力のバランスを取りながら調整して、真円に限りなく近づけていくことが大変なのだ。

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20150403 干柿最終

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 本日ありがたく最後の干柿を頂く。左はもとの渋柿を冷凍保存してあるもの、直径7cmほどある。この渋味が凝縮されて濃厚な甘味となる。これを干したのが昨年の11/20のことなので、吊るしておくだけで粉を噴いて半年の常温保存に耐え、毎日の食後の寛ぎに花を添えてくれたのである。自然の恵みと先人の知恵に支えられ、今日私はこれを楽しむことが出来る。ありがたいこっちゃ。今秋もよろしうたのんます。

posted by jakiswede at 19:29| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2015 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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