2015年07月31日

20150729 Grupo Folklorico

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Grupo Folklorico y Experimental Nuevayorquino: Concepts in Unity (CD, Sony Discos/ Salsoul Records, BMK-83904, 2000, USA/  2xLP, Salsoul Records, SAL 2-400, 1976, USA)

Cuba Linda
Choco's Guajira
Anabacoa
Adelaida
Luz Delia
Carmen La Ronca
Canto Asoyin
Canto Ebioso
A Papa Y Mama
Iya Modupue

https://www.youtube.com/watch?v=t9ChBWySI0c

 1976年に発売されたGrupo Folklorico y Experimental Nuevayorquinoの1st.アルバムである。これをキューバ音楽のくくりで紹介して良いかどうか微妙なところだが、キューバもプエルト・リコモ同じ湾の中にあるのだしまあいいでしょ。発売当初は2枚組LPであったがCD化された際に若干曲順が入れ替わっている。翌年に2nd.アルバム"Lo Dice Todo"が出ているが、両方ともお奨めする。この作品に初めて出会ったのは、まだバンド活動をはじめて間もない頃、たぶん大学生の頃に、それから永いつき合いとなるベーシストの家で聴かせてもらったときである。何も言うまい。上のリンクをクリックして音を聴かれよ。3対のコンガの合奏が終って厳かに刻まれるルンバ・クラーベと、それに追ってかぶさってくるベースとトランペットの深い響き・・・打ちのめされた。この時期、沢山の種類の膨大なレコードを彼の家で聴かせてもらったので、ひとつひとつ記録していなかったのだが、上のジャケット写真は覚えていて、近年になってから、何かの拍子で見つけて購入したものである。
 Cuba Lindaという、このユニークで印象的で美しい曲 (曲名も「美しいキューバ」という意味) は、Virgiolio Marti (1919-1995) の作である。彼はそんなに多くの作品を残していないが、1985年に封切りされた"Crossover Dreams"という映画のサウンド・トラックに "Todos Vuelven" という、これまた実に個性的で感性のふっ飛ぶ名曲が残されていて、この2曲で彼の才能は十二分に発揮されたといって良い。より一層の感動を求めてSaldando a Los Rumberosなどを漁りに行ったりもしたが、意外にフツーの曲しか演ってなくてがっかりしたものだった。むしろ彼ないしその周辺の音空間をより一層色濃く表しているのは、Patato y Toticoなどのキューバのストリート系の1960年代のルンバの録音にある。
 「ルンバ」(Rumba, Rhumba) は、今ではラテン音楽のスタイルの名前と認識されているが、元来はキューバのサンテリアや祝祭の場などにおいて、歌と太鼓と踊りで構成された音楽の演奏のされ方や楽しみ方の事を指す。そのルーツはナイジェリアのヨルバ系の祝祭儀礼音楽「カンドンブレ」に発し、オリーシャの神々を祭るところはブラジル北東部に伝わる同様の音楽と共通する。キューバでは、その音楽のリズム感やうねりが、アフリカの6/8拍子のフィーリングから16ビートに変形していくにあたり、3拍子を4拍子の中に内包した独特の感覚を持つルンバ・クラーベのリズムを生みだしたので、これを「ルンバ」と呼ぶようになった。そこから派生して、アメリカでジャズ的にヒットした特定の音楽の名前や、ラテン音楽一般の軽いリズムを指して同じ用語が使われることになり、現在ではその定義は混乱している。
 そんなことより私は別にキューバ音楽の専門家でも何でもないのだが、これで人生を棒に振ったほどの音楽好きであるので、数多ラテン音楽を聴いたけれども、キューバであるかプエルト・リコであるか、ソンであるかサルサであるかなんとことはどーでもよくて、とにかくこの演奏は素晴らしい。グループ名が示す通り、これはニューヨーク在住のプエルト・リコ人と亡命キューバ人 (たぶん) の混成グループで、かなり人数は多い。演奏はルンバやソンだけでなく、ワワンコやサルサも入っているけれども、それらがこのVirgilio Martiのトップ・チューンの呪縛によって、見事なまでに統一されたイメージの中で聞こえてしまうところが実に素晴らしく、それこそタイトルの通り、Concepts in Unityなのであろう。ちなみに2nd.の1曲目はリズムの骨格が打ち込みであって1977年当時としては斬新な試みであったのかも知れないけれども、いまとなっては全く興を殺ぐ出来になってしまった。しかも悪いことにそのイメージが以降の曲を呪縛してしまって、アルバム全体としての印象はよろしくない。しかし1曲目だけを外して聴けば、この1st.にない様々なバリエイションが展開されていて、非常に味わい深い内容である。

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20150725 くさかんむり

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 梅雨明け三日の晴が最高と言われているので、田植えの前に取り急ぎ収穫して穀物庫にブチ込んでおいた麦や豆を干しておく。

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 いつ見ても凄い。三反田を鎌で草刈りする隣の田んぼのおばあちゃん。

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 集落ないに数軒残る茅葺の家の屋根の葺き替えが間もなく完成。

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 ・・・という景色でも眺めつつ田んぼの除草進行中。

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20150725 Congo

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 昨日、コンゴ人の知人経由で嬉しい贈物が届いた。コンゴを紹介するカラーの写真集と、コンゴ独立55周年を記念する砂絵の瓶である。送り主は、2010年の旅行の際、コンゴでお世話になった女友達である。
 話は5年前に遡る。コンゴ内陸の旅を終えてキンシャサから帰途につこうとしていた私は、奥地で手に入れた楽器などをDHLで日本に発送しようとしていた。荷物はかなりの嵩と重さがあったので、全部入れられる大きくて頑丈な段ボール箱が必要だった。中央市場 (グラン・マルシェ) へ行けばあるだろうとタカをくくって大外れ、とりあえずDHLの事務所へ行って発送手続と見積もりについて詳しく訊いた後、さてどうしようと途方に暮れていたところで、大通りの脇の小さな書店が目に入った。涼みがてらガム・テープでも売ってればと思って訊ねて入ったところに、この美しい本が平積みされていた。おずおずとそこの店員に、実は今困っているのだ、と段ボールの事を話してみると、「ちょっと待って」といって裏へ消えた。しばらく待つと、実にぴったりの分厚い段ボールの箱を抱えて戻ってきた。あまりの厚意に感謝の気持を表現しようとしていると、「ええから早よ行け、全部解決したらビールでもおごれ」・・・こういうところがコンゴ人の愛すべきところである。お礼の言葉もそこそこに店を出て、苦労してホテルまで戻り、荷物を全部詰め終ったらぴったり入った。
 しかし一難去ってまた一難、なんとか荷物をDHLに持込んだところ、中身が楽器である事から、文化的な物品を国外へ持ちだす場合には政府の許可が・・・というややこしい話になり、お先まっくらになってとぼとぼとそこを出たのである。これが帰途につく数日前、彼女とは以前から連絡を取り合っていたが、私の奥地への旅と彼女の出張があって行き違いになり、その日にDHLの前で会う約束にしてあった。この件を彼女に相談してみた。「ちょっと待って」と彼女はケータイを取りだした。結局、彼女の彼氏が政府関係に勤めていて、その手の書類はすぐ手に入り、手続も即座に終って、私は無事に帰途につき、荷物は別便で無事日本に届いたのである。
 アフリカを旅行された方はご存知だろうが、とにかく様々なトラブルが起ってその解決に時間がかかるのである。銀行へ行って外貨を両替するだけでも半日は覚悟しなければならない。そんなこんなで何事も膠着して進まないのであるが、非常に稀に、極めて聡明でてきぱきと物事を解決出来る人物がいる。私は一度ならず二度までも、キンシャサからの帰途の旅立ちの間際に、そんな現地人に救われている。
 彼女も全くそういうタイプの人物である。その後も彼女とのコンタクトは続き、日本からコンゴへ遊びに行く人たちを迎えてもらったり、日本の浴衣を送ってあげたら、お礼にコンゴのシャツを縫って送ってくれたりもした。最近ではFacebookでやり取りする事が増えたが、あるとき私たちの出会いの頃の思い出話をしていたら、その書店の事を思い出した。「大通りの脇のDHLへ来る斜めの角に小さな書店があっただろ」てな話からキンシャサ・ローカルな話題になり、「あそこに奇麗な写真集が積んであったんだよな」「ああ、知ってる」てあたりから意気投合して、なんと、その本を通りの古本屋で見つけてくれたのである。おりしも、私の知人の兄弟がたまたまキンシャサへ行くという事だったので、もし可能なら、ということでその本を買ってその人経由で持って帰ってもらおうということで、いま私の手許にある。なんという、日本とコンゴで、金を立て替えて古本屋の本を買ってきてもらうなんて、なんと信じられないことが現実になったものよ。おりしも6月30日はコンゴの独立記念日、それを祝う為の様々なものが作られているらしく、これは瓶の中に色の異なる砂を入れていって絵や文字を浮かび上がらせるという、世界でただひとつのユニークなお土産、というか友情の証となりました。幸せな一日。

http://jakiswede.seesaa.net/article/182724964.html
http://jakiswede.com/1congo/11bakoko/116miranda/116miranda.html

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2015年07月23日

20150723 Tipico Oriental

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Tipico Oriental: Eterna Melodia (CD, Lusafrica, 56725 26258 2, 1998, FR)


Refugiate en Mi

Ensalada de Sones

Sublime Sacrificio

Habla el Amor

Eterna Melodia

Nadie

Dialogo

Por Tus Cosas

No Dudes

Huyendo de Ti

Canto a Benny Moré

Dejame Soñar


http://www.lusafrica.com


 キューバのTrovadorraを紹介したので、Trovaの流れを汲むこのカルテット、彼等なんと1945年の結成で、それにも関わらずこのアルバムが発表されるまで録音を残していなかった。演奏形式はSonやBoleroなどモダン・キューバのものだが、とにかく音の襞が深い。キューバ音楽というと、とかくメリハリがはっきりしてて乾いていて軽い、底抜けに明るいというのが常識的なイメージで、もちろんそういう演奏も多いのだが、彼等の音は、一言で言って「ダーク」、ギターとトレスの微妙なピッキングの絡み合い、声の美しさ、そして全体から迸り出る力強さは、とても年齢など感じさせないものがある。年齢を重ね、ひとつの音楽だけをやってきた者が出す事の出来る穏やかな音世界は、はっきり時空を越えるんだなと実感する。このアルバムを実現したのは、地元キューバでもアメリカでもなく、フランスにあって主にポルトガル語圏アフリカ音楽を専門にリリースしてきたLusafricaというレーベル、ちょうどそのあたりの音楽に興味をもって聴き漁っていた頃に偶然遭遇したアルバム、音作りのダークさは、プロデュースがヨーロッパ仕込みだからかも知れない。もし全員がご健在ならば、今年は彼等の結成70周年という事になろうか・・・


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20150723 María Teresa Vera

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María Teresa Vera: La Embajadora de la Canción de Antaño 「マリア・テレーサ・ベラ: キューバ、いにしえの歌」(CD, Disco Caramba/ Ahora Corporation, 1993, Japan)

01. Veinte Años
02. Y tu que has hecho
03. Las Perlas de Tu Boca
04. He Perdido Contigo
05. Mujer Perjura
06. La Rosa Roja
07. Aquella Boca
08. Eso no es na
09. Lágrimas Negras
10. Ella y Yo
11. Ausencia
12. Aurora
13. Para que te Recuerdes de mi
14. Porque me Siento Triste
15. Arrolla Cubano
16. Una Mirada
17. Nena
18. Confesión
19. El Huracán y la Palma
20. Timidez
21. La Rosa, No. 1
22. La Rosa, No. 2
23. Condenado
24. ¿ Por qué Latió mi Corazón ?
25. Extracto de Timidez

1,2…1950's
3-15… María Teresa Vera: Música Tradicional Cubana (LP, Egrem, LDG2006, 1958-59?, Areito, LD4700, 1990 re-issued, Cuba)
16-25…María Teresa y Lorenzo: La Cancion Cubana Tradicional; Vol III (LP, 1961 ?, Areito, LD3388, 1978 re-issued, Cuba)

 キューバとアメリカの歴史的国交回復を記念して音源レビュー再開しましょか・・・ったくもう、アメリカがほんの少し融和政策に舵を切ってくれさえしたら、世界はぐっと平和になるというなによりの証やね。そら複雑な国やし色んな事情もあるやろ、せやけど、なんぼなんでも地球を何回も壊せるだけの強大な軍事力を背景に、自分に刃向かう者には先制攻撃も辞さへん態度ちらつかせて、実際に撃ってしもてから誤爆やったの民間人巻き込んだのやるから、怨恨がテロリズム増長させて暴力の連鎖反応産んでる現状、ええ加減わかってよ。日本政府もな、戦後復興の埒が開かんのを、アメリカが朝鮮戦争とベトナム戦争やってくれたおかげでどれだけ助かったか知らんけど、もうそろそろ国民や世界の幸せの方を大事にしてよ。義理堅いにもほどがあるで。まあ政治家というのは権力を求めるもんやし、権力や財力の美酒は、それはそれは甘いもんやろとは思うけどね、ほんまにこの狂った世の中、ちょっと緩めるだけでぐっと血行よくなるはずなんで、かりにそれが権力のプラスにならんとしても、なんとかもう少しお願いしますよホンマに・・・
 まあ愚痴っててもしゃあない。キューバ音楽ですが、これについては私ごときが何かを申し上げるのもおこがましいて、日本にもこれの愛好家や研究者や演奏家がごまんといたはりますよって、ぐっと気楽に、持ってる音源を聴き直してみて「ええやん」と思たもんだけ、かるーくいってみます。
 とっぱしはMaría Teresa Vera (1895-1965) です。「Son (ソン) 」という音楽形式がキューバに確立したのを端緒として、今のスペイン語系ラテン・アメリカの音楽は大々的に発展していくわけだが、彼女はその確立前後の、いろんな形式の歌や演奏が多彩に入り交じって行われていた頃を代表する、キューバの女性歌手である。このアルバムは、その時代に目を向けさせようという企画から産まれた日本の編集盤で、もともとの音源は、はじめの2曲が1950年代の発掘音源、そのあとは2枚のキューバでの歴史的LPの復刻収録である。資料を調べてみると、若干の曲の入れ替えはあるようだが、この編集盤の前半までは、既にSonが確立された頃の勢いに満ちた演奏であって、これはこれで非常に良い。その味を好むなら、これもやはり日本盤で復刻された下のアルバムが、恐らく最高の出来だと思う。しかし真に残念ながら、これら2枚の日本盤は現在ほぼ入手不可能である。そのかわり様々な編集盤やリマスターされた盤が多く出ているので、曲名の重複に注意しながら集めていかれると、その時代の音源を沢山聴く事は出来る。

 María Teresa Vera 「マリア・テレーサ・ベラ: 伝統のマリア・テレーサ・ベラ」(CD, Bomba Records, BOM-115, 1991, Japan/ (María Teresa Vera: Sus Canciones, LP, Kubaney, MT-109, 1957, Cuba)

 さて、それだけならば何もわざわざ書く必要がない。歴史的なキューバとアメリカの国交回復を記念する音源レビュー第一弾としてこのアルバムを選んだのは、後半の収録曲ゆえである。これが実に素晴らしい。なにがすばらしいといって、Sonの成立以前の混沌とした音楽のせめぎ合い、様々な音の掛け合い、融合、離散が聴かれるからである。María Teresa VeraとLorenzo Hierrezueloの二人の歌とギターだけなのだが、その斬新性たるや、なんと、二つの詞を同時に異なるメロディで歌い、それが最後に物語として帰結するという、掛け合いに於けるこのような語りや節回し、韻律や意味の言葉遊びをする文化というものは、もちろん世界中にあるのだが、生きた音楽の歌と演奏という形で、しかもたった二人という究極にシンプルな形で形になったものは、他に例がないのではないか。これはキューバに古くから伝わるTrovaという恋愛詩歌なので、特定の形式というものはなく、そのときどきでさまざまな音楽の演奏のされ方を取り入れてきたものと思われるが、とにかくそのメロディの自由さや、ディテールの遊び、言葉では書けないので、聴いてもらうしかない。上の編集盤であればまとめて聴けるものを、現在流通しているものはそれらがバラバラに収録されているので、ちょっと集中するのに根気が要るが、やる価値はある。ちなみに、このもととなった音源LPは1961年になってからMaría Teresa Veraが、Trovadorra時代の持ち歌を再録音したもので、これが彼女の遺作となったという。
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20150722 初オクラ

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 初オクラ。

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 田の草の状態は、未だ数日の余裕を吾に与えてくれている。

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 パンを仕込むついでに、溜まった麬をフレークにしてみた。麬の体積の1/3の水と交ぜて練り、薄く伸ばして焼く。

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20150721 圃場草刈終了

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 畔と圃場の周囲全体の草刈りを終えた。なんとか梅雨明けに間に合った。厳密には昨日が梅雨明けセナ弦だったが、未だ曇りがちなので、良しとしよう。

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 しばらく休んで来週から田んぼの除草に採りかかる。

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20150720 夏野菜の救出を終えて

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 夏野菜の救出を終えて、次は圃場の周囲全体の草刈りである。その前に、田んぼの畔豆の周囲だけ手刈りしておく。

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 同時に、夏野菜の周囲を除草した事で、畑の環境が変わっている。それまで他の草を食べていた昆虫などは、食べるものがなくなったので作物に集中する。他の草が伸びてくるまでは、一時的に捕食者との競合が始まる。上は根切り虫にやられたか、鳥がミミズなどをついばむ時に蹴散らかされるかして、抜けて枯れかかったサツマイモの蔓。

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 気付くのが遅れて枯れてしまった箇所が連なっている。油断も隙もない。

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 こちらは黒インゲンだが、何故かどんどん枯れていく。根を切られたわけでもないのに、葉も茎もからからに乾いている。雨も多かったし水切れは考えにくい。他の株の葉色も全然良くない。豆は失敗する筈がないのに・・・

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 一方、除草したおかげで競合する植物がなくなり、元気に立ち上がった落花生、匍匐前進しながらあちこちに触手を降ろし、実をつけようとする。下は開花期にも関わらず枯れかかってきたゴボウ、ちょっと今年も何かがおかしい。

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20150720 あべ政治を許さない、か

 大学時代に反原発運動をやっていた時、たしか1983年頃だったと思うが、原発推進派の集会や勉強会にも行ったことがある。そこで私なりの質問、つまり「使用済核燃料の最終処分が決まっていないのに推進するのはどういうわけか」と必ず問うたのだが、どこで訊いても明確な返事は得られなかった。それは30年以上経った今でも変わっていない。当時から「日本の高い技術で克服する」といわれていたし、今でも科学者が (!!) そう言う。なぜだろう、と考えるうちに、当時はよくわからなかったのだが、漠然と、これは原発が安全か危険かという問題ではなく、他に何か事情があるように感じたものだ。その後、アメリカの核抑止力に関する事や、先制攻撃の論拠なんかを知るうちに、日米原子力協定の存在に行き着いた。これも実は良く解らないのだが、要するにアメリカの核兵器の性能を維持する事と、日本が原子力発電を続けて核燃料を大量に保持する事とは関係があって、そこは最高裁判所も判断出来ない高度に政治的な次元の話らしい。つまり、いくら原発が危険だといっても政府も電力会社も耳を貸さない。議論が成り立たないのだ。で、今度の強行採決までのやり取りを見てても、まったくそれと同じものを感じる。政府に対して最も論理的な質問をしたのは共産党の志位委員長だが、きわめてまっとうな質問に対しても政府は答えない。つまり、これも、まあ確実にアメリカの世界戦略上のなんらかの事情があって、それに日本が答える為に動いているという感じがする。「彼等 ??」が、それに答える事によって恩恵を受けるからやるだけのことで、憲法に違反するかどうかとか、日本の安全の問題なんて、まったく関係ないのではないかと思う。だからそこをいくら突いても時間の無駄だと思うんだが、どうだろう ?? わりと最近までは、私もいろいろ話し合ってみたいと思っていた。しかし、なりゆきを見てると、わざと国民に無理難題を押し付けて、国民が議論したり対立したりしている間に強行突破してしまうつもりのような気がする。だから、国民が落ち着いて考えられるようにするために、先ずは自民党に政府を裏切ってもらうように働き掛けんと時間がないのかも・・・と思ったりもする。
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20150715 冷凍渋柿が夏バテに効く

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 連日炎天下の作業であった。アイス・クーラーを持参し、中に飲料と保冷剤を詰め、首や脇の下を冷やしながらの作業であった。おかげで少し頭痛は出たが、脱水症状は起さずに済んだ。毎日3リットルは飲んだ。早朝からの農作業と、夕刻から深夜までのバイトの掛け持ちは、流石に辛かった。この時期がひとつのピークであり、これを基準に栽培計画を組まないと、農繁期を乗り切ることが出来ない。

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 昨秋、干し柿にするために収穫させてもらった渋柿の一部を冷凍しておいた。暑さしのぎにひとつ食べてみた。解凍すると果汁が出て、見た目は良くないが濃厚な柿ジュースが味わえる。果肉は熟れた「あんぽ柿」の状態でスプーンですくい取って食べた。実に美味。
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2015年07月19日

20150719 原発再稼働絶対反対

畔で昼寝してたら目の前に乾いたうんこがあった。
そのときはなにも臭わなかった。
起き上がってそれを踏んでしまった。
臭かったので草で落とそうとしたらますます臭くなった。
道に出てアスファルトになすりつけたらもっとひどくなった。
あたりいちめん臭くて臭くて堪らん。
気がついたらそこらじゅう乾いたうんこだらけじゃないか、
これで誰も手が出せないだろと言われても、
俺達が臭くて暮らせんじゃないか、
ああ俺達にせめてトイレのある部屋を !!

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20150719 NO MORE ABE !!

 台風は去って天候は回復し、農業用水の点検も終って全ての無事を確認したので、「摩耶アコースティック・ピクニック」へ行こうと思って調べてみたら、摩耶山へアクセス出来る道路が通行止め、休日が天から降ってきたようなものなので、ここで先日の「強行採決」について自分の考えをまとめてみたいと思う。

 結論から言うと、私は安倍政権になってから矢継ぎ早に出された法案や政策、特定秘密保護法・消費税増税・原発再稼働・労働者派遣法改正・憲法解釈の変更と集団的自衛権の容認の全てに明確に反対する。ただ、ひとつひとつの事案に対して、誰が、どのような立場から、どのような理由でそれに賛成、あるいは反対し、その向こうに何があるのか、複雑過ぎてさっぱりわからない状態で、賛成や反対を言っても理解は広がらない。例えば私は原発の再稼働には反対だが、反原発運動は無責任だという意見には一部条件付きで賛成する。なぜなら、日本人は今立派な建物の屋根に上がって更に上を見ているのに、突然梯子を外して屋根から飛び降りろと言っても無理だからだ。もっとも深刻なのは、ことあるごとに賛成や反対を唱えて対立し合うことである。私は軍事専門家でも国際関係の学者でもないので、詳しいデータや機密情報などは知り得ない。したがって彼等が力説する内容を検証出来ない。しかし現象として現れている事実を良く検討してみるだけでも、ある程度の真実に近づくことは出来る筈だ。だから、すくなくとも一般人だけでも、冷静に落ち着いて、互いに罵りあうことなく、普通に話し合ってみませんか。お互い知らないことだらけなんだし、なにも知ったかぶって高揚する必要もない。不安に煽られて、互いを非難し合うことの方が、よっぽど怖いことで、そうやって国民を分断することこそ、誰かの思うつぼなのかも知れないのだから。

 さて、なにから話そうか、私の悪いクセとして、物事を原理原則から時系列に従って説き起こさなければ気が済まないところがある。だから、先ずは私の立場から説明する方が、私にとってはやりやすい。ただ話がどうしても硬くなるので、読んでていやになった場合は、やめる前に「X」から「X」までの段落を飛ばしてもらって、その後で「X」段落を読んでいただくと、幾分抵抗が少ないかと思う。

 私は、このままの比率で世界中が経済成長を続けていけば、人類も地球も破滅するしか道はないと思っている。例えば化石燃料、もしかしたら核燃料の原料でさえ、その枯渇あるいは高騰は、恐らく数十年後には現実になる。遅かれ早かれ、人類はエネルギー資源を失って、産業革命以前の自給的生活に戻らざるを得なくなる。だから、少々強引でも成長の度合いを減速させて、今の便利で物質的に豊かな生活を、いかに自給的生活に軟着陸させるかを模索しなければならない。人類同士で内輪もめしてる場合ではない。人類全体を救うために、その具体的なロードマップを検討しはじめなければならないと考えている。私の今の生活は、それを実践するための私なりの実験だ。もちろんこれは私見であって極論であることは承知している。しかし逆に全く検討されていないとすれば、それは大変恐ろしいことといわざるを得ない。

 日本が集団的自衛権を口実に、アメリカとともに世界の資源獲得競争に乗り出して、戦争に手を染めることに絶対反対する。しかし、この反対の代償として、アメリカによって守られてきたエネルギー資源をはじめとする様々な恩恵に浴することを諦め、最悪の場合産業革命以前の自給的生活に戻ることを覚悟する。そのかわり、日本は武力による紛争の解決は破壊しかもたらさないことを世界に知らしめるため、徹底的に武力によらない丸腰の仲裁者としての役割を演じる国に進んで欲しいと思う。なぜなら日本は、世界に唯一の主旨を持つ憲法を70年間維持した国であって、複雑に絡み合った世界の紛争当事国から、絶対に自分たちに銃を向けることのない仲裁者として信頼され得る立場にあるからである。こんなことができるのは世界中で日本だけである。結論から言う。私は、日本は日米同盟を破棄して個別的自衛権のみを有する永世中立国家を目指し、世界から武器を減らす行動を採ることによって国際貢献を果たす国家となるべきと考える。少々不便な国になったとしても、道は開かれる筈だ。以下にその判断に至った現状認識と、その理由について述べる。


 「X」

 世界は、そのエネルギー資源をいかに取り込むかを巡って、主に中東の石油資源とアフリカの鉱物資源とインドの開発をターゲットに、EU・アメリカ・ロシア・中国などの間で勢力争いをしていると見ることが出来る。上記以外の国や団体や勢力は、その多くがそのうちのどれかの勢力に取り込まれることによって延命を図ろうとしている。日本はアメリカとその同盟国の連合に参加している。これは、第二次世界大戦で敗北して以来、一貫して日本が採ってきた国際政治上のスタンスだ。だから、そのグループに属する限り、日本はアメリカの意向に大きく依存せねばならず、その見返りとしてエネルギー資源獲得上の安全が、ある程度保障されている。

 こういう世界の力関係の基礎が出来たのは、第二次世界大戦で日本が連合国に対して無条件降伏したとき (1945) からである。当時、ソ連はスターリンの恐怖政治で疲弊していたため軍事的な拡張主義は採らず、むしろ日・独・伊の枢軸同盟を鎮圧するために、主にヨーロッパで連合国側に手を貸した。東ヨーロッパではソ連はドイツからの解放者として歓迎されたが、結局事実上ソ連に占領されて鉄のカーテンの向こうに見えなくなり、ソ連本国を富ませることとなる。終戦直前にソ連は日本に宣戦布告し、中国や朝鮮半島の大日本帝国や傀儡政権の領土を占領したが、それも連合国と協議の上での軍事行動だった。このように、終戦当時、既に共産主義勢力は対外勢力としての実態を持ちはじめていたが、連合国にとってはファシズムを根絶することの方が喫緊の課題であったので、その状況を反映して制定・施行 (1947) された日本国憲法は、その文面を素直に読めば、日本を武装解除して完全な非武装中立国家にすることを目的としている。

 その数年後 (1950) に朝鮮戦争が勃発したが、その当時は日本に軍隊はなかったので、当時制定された旧日米安保条約 (1950) は、日本国憲法に従って連合国により軍事力を解体された日本が、日本の防衛を在日米軍に求めたことになっている。しかし在日米軍を朝鮮半島に動員させることになったため、その後の日本の自衛力の空白を埋めるために、GHQは日本に警察予備隊の編成を命じ、これが現在の自衛隊のもとになった。さらにベトナム戦争の勃発 (1960) で米ソの対立が表面化したことによって、アメリカは在日米軍を反共の砦と位置づけることになり、在日米軍基地の固定化が始まった。その状況を反映して締結された新日米安保条約 (60年安保) の内容を素直に読むと、旧条約がアメリカが日本を守るとされているのに対して、日米相互防衛すなわち集団的自衛権の容認と解釈出来る表現になっている。

 私見としては、日本国憲法の主旨は非武装中立であり、自衛力を含むいかなる武力の所持も認めていない。一方で日米安保条約に於ては既に集団的自衛権が前提となっており、これを締結した時点でそれは容認されている。このふたつは明らかに矛盾していて、戦後70年間日本の武力行使がなかったがために、その矛盾が表面化しなかっただけのことと思われる。

 朝鮮戦争やベトナム戦争は、米ソが直接戦火を交えることのない東西代理戦争であったが、それは、両国がその影響下にある第三国やその勢力の隣接する対立国や勢力との紛争などに乗じて、互いの影響力を誇示し合うものであった。そこには武器弾薬の供与を含むあらゆる兵站、日本政府が言うところの「後方支援」や、軍事訓練などが含まれ、さらに最新兵器の性能実験も行われた。最も恐ろしい例は、米軍がベトナム戦争で使った「枯葉剤」であろう。代理戦争という、大国が直接手を汚さない形での紛争の拡散は、当然のごとく武器そのものの拡散を招き、最新兵器の導入は旧式兵器の下部組織への分散を招く。

 米ソが直接核弾頭を交える寸前まで行ったキューバ危機を機に始まった米ソによる緊張緩和が行われるまでは、両国は軍事力やそれを支える科学の分野において互いに競争した。抑止力という考え方がこの頃産まれた。これは要するに相手より強い武力を持てば、相手は攻撃してこないだろうという予測に基づく考え方だ。1970年代に緊張緩和が始まった頃、米ソに蓄積されていた核爆弾は威力にして地球を数十回壊滅させられるほどのものだったという。そしてさらにアメリカは、核先制抑止論という病的な戦略を推進していくことになるが、地球は一回壊されれば人類が滅亡するのだから、抑止力を理由に集団的自衛権を語ることがいかにナンセンスかがわかる。ここで言いたいことは、要するにアメリカの軍需産業とそれにまつわる利権というものは、膨張するに歯止めが効かないということである。

 その後、ソ連の崩壊によって、世界は、事実上イデオロギーの対立による勢力版図の二色刷りではなく、おもに民族と宗教による対立に細分化された。東西冷戦の構造が続いていた時代に米ソによる間接統治の手先として温存されていた独裁政権も次々と滅ぼされ、その版図は分裂して抗争を繰り返し、それまである程度集中管理されていた武器が、紛争地域の隅々にまで流れ込むようになった。需要があれば供給されるのが市場経済である。性能が向上して命中精度が高まれば、使用する武器を減らすことが出来るという名目で、更に新しい武器の開発が進む。しかし廃棄された筈の武器は横流しされて紛争地帯に流れ込み、誤射や誤爆を頻発させる。それを抑えるという名目で更に武器は製造される。つまり、世界が混沌とすればするほど武器は売れるのである。

 私は、人類が戦争をやめられない本当の理由だと思う。立場や見解や主張の異なる相手と交渉するのは時間と根気が要る。しかし武器を使えば一瞬で解決すると、ひとは思いがちである。そのときは人を殺そうとは思っていない。血を見ることは想像もしていない。しかし引き金を引いてしまうと、内蔵が飛び散り血が噴き出すのである。引かないまでも相手は黙る。しかしそのときは黙ってしまうが、相手に対する恨みはより一層体内に燃える。そして横流しされた武器を手に取って反撃に転じる。その連鎖を止められなくなっているのが、今の紛争地域である。


 さて、日本は不景気である。多くの企業がブラック化していて、社員は深い絶望の中で不毛な長時間労働を強いられている。上司は上層部に気に入られることだけを念頭に行動し、それ以外の尻拭いは全て部下に押し付ける。部下はそれがどんなに理不尽で馬鹿げたことであっても従わなければならない。業務の効率化のために流れを改善しようと提案することは、それを考案した本社の担当の無能を明るみに出すことになるので、迂闊に質問すら出来ない。現場たたき上げの上司が現場を活性化してくれるとの期待はたちどころに粉砕される。なぜなら現場のどこを叩けば自分を脅かすかも知れない後続が這い上がってこられなくなるか、良くわきまえているからである。リストラは極限に達し、もはやぱりぱりの雑巾を絞ってバケツに水を溜めようとしているようなものだ。競争は過激さを増し、まさに匕首を喉元に突きつけ合うようなものだ。単位当たりの営業実績は下がり続け、それを規模拡大などでカバーしている有り様である。つまり、拡張を続けなければ回転出来ず、拡張すればするほど内実が空疎になる。車輪からナットが外れるのは時間の問題だ。私は何十年にもわたっていくつもの会社を経験してきたが、バブル崩壊以降、大手企業を含め、どこも同じようなものであって、ということは日本という国家も同じであると見ることが出来る。

 戦争というものは、現代においては多くの場合、経済的な動機をもって行われる。きっかけはなんでも良い。宗教的な衝突であったり、民族的な紛争であったり、本当の目的ときっかけは別の方が良い。というのは、そのほうが民衆を動員しやすいからである。とにかくそれを始める首謀者は大抵「やむをえず」と言う。開戦の責任は相手側にあると言って始めるのが常である。つまり、国民は当局によって合理化された理由しか知らされず、そこには厳重な言論の統制がある。つまり、内部に潜在する問題を明らかにすると、体制が揺らぐことになるので、それを隠して不満を外部に向ける。もっともらしい理由付さえあれば、苦しむ庶民は熱狂的にそれを支持する。攻撃対象の不当性が共有されれば、略奪は正当化される。しかし実際の侵略戦争では、富は支配層の一部にしか分配されない。敵と味方に関わらず、戦闘員と非戦闘員の区別なく、国民の大半は戦争によって失うものの方が遙かに多い。それを我々は歴史を学ぶことによっていやというほど知っている筈である。しかし地球上から戦争はなくならない。深い絶望の中で、不毛で理不尽でどんなにばかげたことにも従わなければならない者にとっては、戦争は刺激的である。なにより新しい制服が貰えるし武器が配給される。銃口を向ければ人は自分にひれ伏すのである。毎日を絶望の中で過ごすよりは、恋人や家族のために闘って死んだ方がましというものである。経済を牛耳る者にとっても状況は同じである。構造的な不況は、もはや自助努力ではどうにもならない。メスを入れるには身を切らねばならない。であれば、身に危険の及ばないところで戦争が発生してどちらかの勢力を援助するか、戦争を煽動して国民を闘わせることが有効な手段である。

 つまり、特定秘密保護法・消費税増税・原発再稼働・労働者派遣法改正・憲法解釈の変更と集団的自衛権の容認の全ては、日本の閉塞した現状を一気に解決する切り札である。言論の自由の基礎になる知る権利を先ず制限した上でアメリカと連合する機密情報を秘匿し、所得ではなく消費に対して増税することで確実に国に金が入るようにし、平和利用と抑止力に名を借りたアメリカの核先制攻撃の確実性を担保するために原発を維持し、労働者は物言わず適宜適切に配置出来るモルモットたるべしという経済界の要請に応え、アメリカのエネルギー安全保障の恩恵に浴し続けるために憲法解釈を変更して自衛隊を海外へ送りだす。そうすれば、昔の侵略戦争ほどではないにしろ、とにかくある程度継続的な収入が期待出来るのである。この複雑な事情を説明するには、大変微妙で立ち入れない問題を含んでいるから、明確には答弁出来ないのである。これらのひとつでも放棄することは、行動の一貫性が損なわれ、日本は今までのような豊かな暮しが出来無くなるのである。だから反対することは許されない。そうして得られる利益の配分は、当然為政者の手にゆだねられねばならない。以上が、だいたいの日本の政治経済に関する私の現状認識である。

「X」


→さて、いくつかの重要な問題については補足説明が必要と思われるので、簡単に付け足す。

 日本国憲法と日米安保条約は、先述したように二律背反の関係にある。法理論上は、日本国憲法を厳密に解釈するならば自衛隊の存在は違憲となり、また日米安保条約の締結も違憲である。一方、日米安保条約を遵守するならば、法理論上は、日米同盟の一翼を担うために憲法を改正しなければならない。しかし現実には、自国を防衛することは憲法以前の自明の権利であるという解釈によって、自衛権及び自衛隊を合憲とし、そのかわり自衛隊を軍といわず、仮に国外で活動する時も、イラク戦争の兵站を担当した以外は、平和維持活動に限定された。

 日本国憲法がGHQに押し付けられた憲法だから改正すべきという、いわゆる自主憲法制定論の殆どは、論拠が成立過程の形式的要因に偏り過ぎ、現行の憲法が持つ国際的意味を内容から理解したものではないと思う。もちろん完璧な憲法は存在しないとは思うが、法理論上自衛隊の存在を合憲と出来るのであれば、憲法改正の必要は全く感じない。それが出来ないのであれば、自衛隊の存在の根拠を明文化した条文を、憲法に追加すれば良いだけである。改憲論議が起きるのは、それだけでは我慢出来ず、更に拡張して得られる利権を貪りたいという欲に駆られてのことといわざるを得ない。

 日米安保条約は破棄を含めた検討を求める。最高裁がこれを判断の外に置いたように、これは日本人の意のままにならないからである。アメリカが日本を守るために米軍が日本に駐留しているという言論があるが、私は、米軍はアメリカの世界戦略上、東アジアに存在を誇示するために日本に駐留していると考えている。つまりアメリカの国益のため、古くは共産主義勢力との対峙、現在は中国を牽制するためである。アメリカは、日本と韓国と東南アジアの国々にインドやオーストラリアを交えた12カ国で中国を包囲するための新しい軍事同盟を結成しようとしている。イランの核疑惑に関する衝突は回避されたが、シーレーンの防衛は残った。しかしこれらも日本の存立とは直接関係のない、エネルギー資源の確保という経済活動の一環としてそこを利用する世界の国々に共通の問題であって、日本の自衛の問題ではない。「存立危機事態」という概念を新設したのは、世界共通の経済問題を日本の自衛問題にすり替えるための口実にするために過ぎない。

 仮にその口実を使って日本の自衛隊が武装して紛争地帯へ乗り込んだとしよう。武装している以上、銃口を誰かに向けるのである。一体、誰に向けるのであろうか、誰に向けろと誰が指示するのであろうか、外交センスの全くない安倍総理が指示するのか、それとも米軍の現地の司令官が指示するのか、いずれにしろ絶望である。しかも自衛隊は地上での実戦経験が全くない。さらに今まで日本の自衛隊は絶対に自分たちに銃を向けないと思ってきた人たちに向かって、結果的に銃を向けることになる。現地の武装勢力の対立関係は複雑きわまりない。対立している勢力と対立している勢力が、その対立している勢力と必ずしも協調しているわけではない。その中に、彼等とはなんの利害関係もない自衛隊が武装して乗り込んで発砲したら、誰に命中しても紛争を更に複雑にするだけのことである。自衛隊員が紛争に巻き込まれるからではなく、紛争を複雑化してしまうから、日本の自衛隊は出るべきではないと考える。

 私は何度かの海外旅行で紛争の危機にある国々を訪れたことがあるが、そこを無事に通過出来たのは、日本という国、日本人という人は、絶対に侵略目的で他国を蹂躙しないという認識が、そんな国々にまでも行き渡っていたからだ。「日本人を傷つけるな」という空気は、皮膚感覚として先ず間違いない。そういう意味で尊敬される日本人であることを、私は誇りに思った。だから私は日本人として、武力によってしか解決出来ない紛争を、平和裏に解決するための説得力を持つことは、日本人に最も適した国際貢献だと思う。それに逆行する憲法解釈の変更と集団的自衛権の容認に、私は明確に反対する。

 安倍政権に外交センスが全くないことは、ISISに拘束されていた2人の日本人を救えなかったことで明らかになった。テロリストと条件交渉をしないということと、外交ルートを使って説得することとは、全く話が別である。安倍政権は、仲介者としてISISと完全に対立するヨルダンを選んだことで、2人の命を見捨てた。本当に人命を最優先に考えていたとしたら、トルコ政府に相談した筈である。しかしトルコとアメリカは、当時トラブルを抱えており、それは日米同盟のスポンサーと関わるものであった。これにより、安倍政権は日本人の命よりも、日米同盟から得られる利権の方が大切だという事が証明された。だから政府のいうままに自衛隊を出す事は出来ないのである。なぜなら、彼等は安倍政権の軍隊ではなく、我々の自衛隊なのだから。

 日米安保条約とは直接の関係はないが、日米間の協定として日米原子力協定というものがあり、これが日本の原子力政策を決定している。すなわち、日本はアメリカから濃縮ウランを借りて原子力発電をし、使用済核燃料をアメリカに返還するというものである。その主旨は核拡散防止条約に基づくものであるが、それは表向きであって、裏向きにはアメリカの核兵器産業を常に回しておくことによって戦略核兵器の性能を維持しておくという狙いがあるという。それが本当であれば、この協定がある限り、日本は日本の意思で原子力発電をやめる事が出来ないことになる。この点について突込んだ論議が国会で交わされたのを聞いたことがない。現在の協定は1988年に締結され、2018年に失効するので、原発を止めたければ、そこを狙うべきだと思う。お知り合いに反原発派の国会議員がおられれば次のように質問することをお願いしていただきたい。この協定の存在の有無と、日本の原子力政策との関係、それがアメリカの核兵器産業と関わっていることを日本政府が認識しているかどうか、両国の利権関係を調査したうえで、偽証罪をちらつかせながら糺していただきたいものだ。あと3年しか猶予はなく、それを逃せば次の更新は30年後である。国会議員と学者が協力すれば、調べはつく筈だ。

 私は原発再稼働に明確に反対する。私は大学在籍時に反原発運動に関わったことがあるが、その当時私が論点にしたことはたったひとつだけであった。それは使用済核燃料の最終処分方法が決まっていないのに、何故原発を推進するのか、という疑問だった。あれから30年以上経つがこの問題は解決していない。当時は、原発推進を唱える人たちとの議論に出くわすと、原子物理学の専門用語が頻発して泡を食ってしまったものだが、今では問題点ははっきりしている。核物質というものは、すべて崩壊しはじめると放射線を放出しながら他の核物質に変化してゆき、それぞれの核物質の放射線量が半減するまでに膨大な年数がかかる。その年数の間、人類がそれらを完全に封じ込めて冷却し続ける事は不可能であり、仮に可能であったとしても冷却に膨大なエネルギーを要する。再稼働したいのなら、この問題を片付けてからにすべきである。このような問いを向けると、科学者はそれまでの科学的答弁をやめて、「それは技術の進歩で必ず乗り越える」とか「どんな技術にも完璧という物はない」とかいう精神論で逃げる。私は学者でも技術者でもないが、原子力発電が危険な装置である事には変わりなく、ならば問題を乗り越えてから、完璧を期してから欠陥について議論してもらいたい、ということくらいは解る。その論理破綻をきちんと追求してくれる国会議員に改めてこの質問を突きつけてもらいたいものだ。原子力規制委員会が認めたのは、原子力発電「所」が一定の基準を満たしたというだけの事であって、燃料の製造から廃棄までを含めた「原子力発電」全体の安全性を承認した訳ではない。再稼働は、それが承認されてからにすべきであると考えるがどうか。それができないのなら、出来るだけ早期にすべての原子炉を廃炉にし、使用済み核燃料を最終処分する具体的方法について検討を始めるべきだと考えるがどうか。上の協定の関係で、日本では最終処分できないからやらないことは、なんとなくわかってるのだが・・・

 つまり、すべては一連の動きである。要するに、いわば日本はアメリカの属州であって真の独立国家ではない。戦後70年間、日本はアメリカのおかげで平和に暮らせたと思い込まされてきた。しかし実はそれがアメリカに阿ることによって甘い汁を吸おうとする極く一部の人たちによる作り話であった可能性がある。その甘い汁は余程官能的であるらしく、歴代政権は、政党が変わろうともそれを吸うのをやめなかった。今の政権が信用ではないのは、法案そのものの文面やお題目は立派だが、上に挙げた素朴な疑問に正面から答えないからである。国民の理解に関わらず粛々と進めるという態度が一貫して見られ、それが非情に危険な方向へ向かっており、それについての質問には答えずにはぐらかすからである。いまは無防備な終戦直後ではない。国民はバカではない。日本の内実は、技術も経済力もあって良識を備えた有能な国民が居住する立派な国である。アメリカの頸城の全てを断ち切るための具体的な行動を、冷静に、平和裏に、粘り強く交渉によって勝ち取っていく方向に、日本は向かうべきだと思う。

 繰り返しになるが、私は、遅かれ早かれ人類はエネルギー資源を失って産業革命以前の自給的生活に戻らざるを得なくなると思う。だから、今の便利で物質的に豊かな生活を、いかに自給的生活に軟着陸させるかを模索しなければならない。そのような立場から、私は安倍政権の退陣を望む。

 最後に、知り合いに自民党の国会議員のおられる方にお願いしたい。強行採決された法案は、所謂「60日ルール」で衆議院で採決され、出席議員の2/3の賛成で可決されるはずである。いまいちど、党議拘束や政治生命を賭けてでも、この議案に反対してもらえないだろうか。そのような拡散は不可能だろうか。自民党の議員にこの際お願いするしかない。また、お知り合いに野党の国会議員のおられる方にお願いしたい。自民党を引きずり下ろすために大同団結して欲しい。選挙協力と政治生命を賭けて、自民党の暴走をなんとか食い止めて欲しい。いまのうちにやるべきだ。真剣に考える機会を与えてくれた総理に心から感謝する。

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2015年07月18日

20150718 摩耶山

天候は回復し、表六甲側からの公共交通機関によるアクセスは可能なのですが、裏六甲側からは不通区間 (明石神戸宝塚線・小部峠ー丁子が辻間) が有り、参ることが出来ません。イベント自体は行われると思いますので、ご参加いただける方、よろしくお願い申し上げます。真に残念です。
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2015年07月17日

20150715 新畑除草終了

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 本日をもって夏野菜の救出をほぼ完了とした。これは新畑の北側から3畝ずつ順に、オクラ・日常野菜・大根予定地。

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 既にオクラに蕾がついている。

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 空心菜も良く生長している。

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 マメ科3畝、両端は冬越しのエンドウとソラマメの跡地であるので、大根の種蒔きまでお休み、真ん中は青大豆・その奥に落花生。

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 青大豆に花が咲いているので、盆には枝豆が頂けそうである。

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 落花生は、黄色い花が落ちたあと、このようなヒゲが出てその先端が地中へ潜って地下に結実する。したがって周囲の草をシビアに抜き取って土を露出させておくと、収量が上がる。

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 ウリ科3畝、ニガウリとツルムラサキ・カボチャ各種・胡瓜と冬瓜。

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 ニガウリも稗に取り巻かれて青息吐息であったものを救出、本来この三倍ほどの株数があった筈だが、5月の暑さで発芽は早かったものの、その後の長雨と梅雨寒で半分は枯れ落ちた。救出出来たものはその後なんとか生長し、小さな実をつけているものもある。

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 緑のカボチャなのでCabo Verdeと命名してある。

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 おいおいこの胡瓜、たった2本ほど採っただけでもうアガリかいや・・・いやな予感・・・今年はウリ科は良くない。

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 次の3畝、花オクラ (左の草むらの反対側) ・トマト・ナス。

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 花オクラは茎が細いので南側の除草は台風通過後にする。

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20150714 東畑除草終了

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 本日、東畑の夏野菜の救出を完了。明日は新畑に移り、台風が近づいているので、対策を施した後台風通過まで休養、その後、畔豆周囲の草刈りを手でやった後、借りている圃場周囲全体の草刈り、田んぼの本格的な除草と補植に移る。梅雨明けまでに終らせられれば良いのだが・・・

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 先ずは東畑の西側から、トウガラシ類は南国のものが多く、いずれも不調、今年のピリピリは種も新しくしたにも関わらず、植えた状態のまま成長しない。やはり気候が合わないのかも・・・

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 救出されたオクラは間引かずに、最良の一本のみを支柱に結わえる。

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 こぼれだね発芽を移植し、無肥料でも結実したキャベツ !! これは私の畑では奇跡的な出来事である。

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 次はマメ科3畝、左からインゲン類・七夕豆予定地とこぼれ種の丹波黒大豆移植分・花オクラ。

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 インゲン類の作では、ネパールの三尺豇豆が若採り適期を迎えている。

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 台風が近づいているため、七夕豆の定植と柵たては後回しにして、寸法だけとっている。

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 稗に取り巻かれて育っていた丹波黒大豆は、逆に稗の支えを失って倒れるので支柱を立てる。

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 花オクラにも支柱。

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 次はウリ科3畝、トルコの白ズッキー・カボチャ各種・バターナッツ類。

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 今年は白ズッキーが好調で、次々に力強い結実が見られる==Э.:・'゜。

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 その次3畝、エンドウの跡地に夏の葉物野菜を植えている、その右はジャガイモの採り跡で、手前はヤーコンと菊芋。

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 除草はすべて鎌である。丁寧に畝にかぶせて堆肥とする。草の亡骸の層をこのように広げて土を露出させ、そこへ苗を植え込む。これは空心菜。

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 ハーブ園は出来るだけ渇き気味に管理する。

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20150713 マメ科とオクラの救出

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 くどいようだが引き続き夏野菜の救出を続行、マメ科とオクラが急を要する。これはインゲン類の柵、手前はfeijão canario (黄豆) 、その奥に四角豆があるのだがこれは絶望的、その奥にfeijão blanco (白豆) とネパールのcow peas (三尺豇豆) 。

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 白豆は出来はじめているが、これは鞘では食べにくい品種であるので、鞘取り用には日本の七夕豆を別の柵にして栽培する予定。

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 稗の高波から救出されつつあるオクラ。

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 古いコンパクト・デジカメでは、なかなか狙い通りにピントが合わない。写そうとしたのは、オクラの茎に入り込もうとする何かの幼虫、移植後にこれにやられることが多いので、一本立ちに間引くのは茎が硬くなってからの方が良い。

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 こちらは今年初めて栽培する花オクラ、オクラよりも茎が細く弱い。

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 途中で立ち枯れに気付いたので、追加で蒔き足した花オクラ、稗の除草中に発見、幸運なことに救命された。

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 除草中に偶然収穫出来た採り忘れのジャガイモ、珍しいことに、茎から芋が噴き出す途中の状態を目にすることが出来た。
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20150712 梅雨の晴れ間の猛暑

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 梅雨の晴れ間で連日の猛暑、台風が3発もご来日の予定なので、登熟したコリアンダーを黴びる前に収穫して脱穀して干してしまう。脱穀というても指で扱き落とすとすだけなのだが・・・

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 そうしている間に田んぼでは、いったん除草された稗が復活。稲を凌ぐ勢いになる前に、今度は田んぼの除草の序章・・・

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 遠くから見るとワケなさそうに見えるが、近くによって見ると区別が難しい。行と列を整然と植えておかなければ、ただでさえ体力を激しく消耗する除草作業に疲れが追い討ちをかけ、ミスを誘発する。

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20150711 白サツマイモと黒インゲン

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 今日も引き続き夏野菜の救出であり、左は埋もれて見得なくなった白サツマイモと、右は黒インゲン。

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20150710 ウリ科の救出

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 更に続いてウリ科3畝を除草。上はビフォア、一番下がアフター。

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 稗の猛威にその1/3がヤラレてしまっていた中で結実を発見。

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 昨シーズンの採り残しが生長したジャガイモ。

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 胡瓜の初なり。下の写真真ん中の列はカボチャ各種。

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20150710 ハーブ類の救出

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 引き続いて、緊急対応で埋もれた部分だけを除草しておいたハーブ園を本格的に救出。

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 バジルは、稗の強靭な根に大半が絞め殺されていたので、稗の根の位置に細心の注意を払いながら除草。

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 写真のように、ハーブ園には膨大に稗が蔓延り、その上からカボチャやヒョウタンの蔓が覆いかぶさっている状態だった。手前が救出されたバジル、奥の左がコリアンダー、その右がオレガノ、その右に数種類のハーブが植わっていた筈だがこれらは全滅、枝が見えているのはローズマリー。
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20150709 初蝉

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 続いてナスとトマトを救出する。このハッカの亜種、ちょっと甘い顔したらこんなに蔓延りやがって・・・

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 整枝すれば腋芽も多く採れたから、それらも指し芽にして支柱を立てて誘引する。

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 ランチは昨日収穫したジャガイモと、牛肉と畑の野菜類。

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 続いてナスを救出する。私はこのように、ガードレール方式でナスを支えるようにしている。

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 今日はバイトが休みなので、ちょっと一杯・・・

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20150708 新名神高速

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 ふと南を見はるかすと、建設中の新名神高速が見える。上に乗っているのは工事用の足場 (?) で、実際の高架橋はその下に水平に伸びている高さである。奥はかすんでいるが六甲山系、雲に隠れて山頂と、その下におぼろげに有馬温泉が見える。新名神高速は、右手が神戸JCTで左手が高槻方面になる。宝塚や猪名川、箕面、茨木の奥の山間部を切り崩して来年度中には開通予定という。子供の頃遊んだ長尾山系の美しい渓流や穏やかな森林は既にない。これからひとも車も減少していくというのに、年に数回おこる程度の深刻な渋滞を回避するためのバイパス道路としてのためだけに、二度と戻らない自然を壊し莫大な予算をかけての大工事、事業計画から50年以上が経ち、今見えている範囲だけでも村人の深刻な利害の対立を引き起こし、人の心を裂き、平和で協力的であったろう集落同士を、妬みあい憎しみ合い、互いの足を引っ張りあって、複雑な境界線で分断してきたこの事業、その上に構築される利便性、走ってしまえば数十分のこと、しかしその根元では何世代も消えない遺恨を確実に残す。恐らく沿線の全てでこのようなことが起ったであろう。公共事業と称しているが、利益を得るのはごく一握り、その事業の完遂のために住民を分断し、賛成派を囲い込んで砂糖漬けにし、買収予定地に山を持っていた家の床の間には隠しきれないほどの札束が積み上がり、有力者の一言でことがどうにでも動くムラ社会を固定化してしまう。誰が望んだわけでもない、事業によって儲かる者と一部の地権者のためだけの工事、いまさら止めることも出来ず間もなく完成する。数十年後には必要なくなるが、使われなくなった橋脚の膨大なコンクリートや鉄骨を解体して処分し、美しかった渓流や穏やかな森林をもとに戻すための事業など、想定すらされていない。原発だけではない。日本の公共事業は、後始末は考えず、行けるとわかれば突っ走る。後日、晴れた日に撮影したのが下の絵。

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20150708 ジャガイモの収穫

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 昨日は一日枕が上がらなかったので、今日から畑の方の夏野菜の救出に取りかかる。15日も田んぼにかかりきりになっていたので、全くの緊急事態以外は畑は放置されざるを得ない。明日から長雨の予報であり、今日も本来は雨の予報が出ていたのだが、幸い薄日が差し続けているので、ジャガイモを収穫してしまう。

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 一昨年昨年と、ジャガイモはネズミの食害によって全滅したのだが、今年は不耕起栽培をやめて圃場を奇麗に除草して耕起し、高畝にして植え位置も浅くした。本来ジャガイモは、種芋に位置よりも上に芋が出来るので、日焼けによる緑化を防ぐ目的で土寄せをする。そのためには余り高畝にしないのが常識なのだが、今年は敢えて高畝にした。ネズミによる地下の作物の食害は、おもにモグラによって空けられた穴をネズミが利用することによる。モグラはミミズを食うために土中を走るので、ミミズが多く生息する位置より植え位置を高くすれば、モグラによるトンネルが減り、ネズミによる食害が減るのではないかと考えた。この作戦は成功し、平常通りの収穫が得られた。

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2015年07月16日

20150718 台風余波

台風が接近しています。7月のアコースティックピクニックは、18日(土) 15:00〜19:00の開催予定ですが、当日12:00時点での天気予報で兵庫県南部の降水確率が50%以上の場合は中止です。ご注意なさって下さい。

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2015年07月08日

20150718 摩耶山

 折り入ってお願いがございます。
 実は、今年の春より、「摩耶アコースティック・ピクニック」というイベントに関わっているのですが、どんなイベントかと申しますと、楽器や歌の出来る人も出来ない人も、バンドやユニットを組んでる人もそうでない人も、音楽を作ったり演奏したり歌ったりすることに関心のある人なら誰でも、ジャンルを越えて気軽に集まってみようという、ゆるい集まりなのです。場所は、摩耶山の頂上のロープウェイ「星の駅」前広場「掬屋台」です。いままでやってみただいたいの感じはこんな感じで、天気さえ良ければ非常に気持の良いロケーションです。で、せっかくなので9月に今まで来てくれた人を集めてライブみたいなことをやってみたいと思っているのですが、この機会に、あとひと押し、仲間を増やしたいと思っています。

 http://www.mayasan.jp/mayalog/?p=1463
 https://www.facebook.com/pages/摩耶山アコースティックピクニック/803367129744363

 ジャンルは不問ですが、あまりにもシロートが集まり過ぎた場合、核のないだらだらとした時間を過ごすのもどうかと思ったので、一応テーマを決めました。「テキーラ」です。あの有名な、で、テーマとそれに続く「テキーラ」の掛け声だけ決めておいて、その間のインター・プレイは参加者によるソロ回し、ということにしたいと思っています。いままでやってみた結果、もちろん人に聴かせられるというほどではないにしろ、ジャンルを越えた意外な展開が即興的に繰り広げられて、なかなか面白い瞬間がいくつかありました。到達するには忍耐が必要でしたが。インター・プレイのある部分はジャズ的に、次の部分はブルースで、またラテンで、ブラジル風に・・・と、遊べます。その場で提案してもらって、どこまで対応出来るかを試すのも一興、FBなどを通じて、事前に連絡をとりあってアレンジを決めて当日発表するという形でも良い。また、「テキーラ」に捕らわれず、自作の曲や歌を持ち寄って、居合わせたミュージシャンがばっキングをつけてみるというのもOK。多く集まれば分散しても良い。とにかく自由参加型の緩い集まりなのです。どうでしょうか、よかったらちょっと広めてみて下さいませんか ??
 7/18(土)は「トワイライト・リュックサックマーケット」に合わせて夕方15:00〜19:00の開催予定です。夜景もいいですよ〜☆
 場所: 摩耶山上「掬屋台」(摩耶ロープウェイ「星の駅」前)
 http://www.mayasan.jp/?page_id=64
 ご参考までに、JR六甲道駅からの場合、往復交通費\2,000程度、片道所要時間乗り換え時間を含めずに40分程度かかるのが難点ではありますが・・・ちなみに車で上がってしまって、「天上寺駐車場」に駐めれば終日\500です。
 http://www.navitime.co.jp/poi?spt=60006.CPZ000208&from=view.around.list_005fparking.name

 ご参考までに周辺情報などを・・・
 http://tokiwatrekking.web.fc2.com/page_arekore/a_maya_kikuseidai.htm

 そんなわけです。なにとぞご協力願えれば幸いです。

伊丹 正典
Itami Masanori
please reply to: jakiswede@mac.com
http://jakiswede.com
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20150706 田植え終了

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 今年は6/22に開始しているので所要15日、昨年は6/25-7/09であったので全く同じ日数かかっていることになる。昨年は、初めて作ることにした品種の特性が解らず、苗作りや圃場作りに失敗して作業が二度手間になったり、その後の発育が予測と全く合わなかったりで、田植えは難航を極めた。今年はその点はクリア出来たはずなのに、結局同じ日数がかかっている。田植えを始めた当初の予測では、一週間ないし十日の行程の筈だったのだが、三日目からそれが狂いはじめ、後半には二度のダウンをとられ、終末には割れた腰を浴衣の帯で縛り上げ、火を噴く肩甲骨を保冷剤で冷やしながらの作業であった。まさに命がけ、田植えは何度やってもわからないこと、辛いことの連続である。しかし、雨の中で苗取りをしている最中、ふと見上げると霧雨の向こうから薄日が差す、辺り一帯が不思議な乳白色の光で満たされ、夢か現か、雲の中を彷徨うような浮遊感に包まれることがある。また、静寂の中で腰の痛みに耐えながらひたすら植え続けていると、突然カエルの合唱が始まり、それがいくつかのグループの掛け合いとなって、複雑に錯綜する周期的なリズムを刻みながらグルーブを伴って飛翔していくのを聴くことも出来る。とりあえず田植えは終った。が、15日かかっているということは、植えはじめた部分は既に苗が草に埋もれている。畑は応急措置以外は放置したので、これも全体が高い草に覆われている。明日からは、まず畑の作物を救い出さねばならない。夏が来る前に、夏野菜が実るための手当てを終えなければ収穫は期待出来ない。

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 これが、農薬や肥料はおろか、農業機械すらも使わない栽培の実際である。化石燃料の枯渇は数十年後に迫っている。あるいは、その頃には今のように安価に調達出来なくなっているだろう。ということは、食糧を調達するには、誰もがこれをやらなければならない、避けて通れない道である。今の時期が農作業のひとつのピークである。農薬・肥料・農業機械を使わずにやるとすれば、私が現在利用している1反5畝の平坦な農地で精いっぱいであろう。人力のみでは、一人当たりこれ以上は無理だ。しかし実態はどうだ。こんなことをやるバカはどこにもいない。集落内でも、私は変人の爪弾きである。田植えは大型機械で一反あたり15分、日本の穀倉地帯を見渡してみるが良い。機械がなければ到底出来る筈のない圃場整備がなされてしまっている。機械はいずれ使えなくなる。化石燃料が無くなれば、農薬や肥料も生産出来なくなる。数十年後に迫るその事態に、農村が全く危機感を持っていないのは、一体どういうわけだろう ?? 私は数十年後に生き残っている可能性は低い。私には妻も子もないが、多くの同年代の友人たちの子供は、数十年後をどう生き延びるのだろうか ?? そのことを親たちはどう考えているのだろうか ?? 私は、慣行農法の欠点を批判して自然農を始めたわけではない。慣行農法を支える前提が崩れた時に為す術がないから、それに頼らないやり方をするとこうなる、ということを身をもって体験してみたいと思っているだけだ。日本人なら誰もが米の飯を食う筈だ。しかしそれを生産するということが、これほど命がけになるということを、一体どれほどの人が感じているだろうか ?? 日本の食糧生産という、日本人が生存するための最も基本的な部分を、硬直した制度で部外者を排除し、一握りの農家に押し付けてアメとムチで飼いならす、一方の「消費者」も全く別世界の出来事のようにそれを傍観している。誰も切り込まない。手をこまねいているうちに気がついたら食べるものがなくなってしまうだろう。これはどこからどう見ても現実だ。

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 だから、私は引き篭もって孤高の仙人を気取ったり、収穫物に付加価値を付けて高値で販売したりすることに全く興味はない。農作業をレクリエイションではなく、生きるための命がけの手段との認識を共有していただくために、機会ある度にご案内申し上げているのは、私のやっていることが一定の社会性を保つための細いパイプであり続けたいと願うからである。しかし、そこで実際に見ることは、残念なことに余りにも非力な人の心と体、「自然」や「農」を美談として語るための体験、それに応えなければならない自分がいることである。田植えでも、五葉期の稲苗の状態で、稗との区別がつかなければ田植えは出来ない。なぜなら純粋培養された苗を購入しているわけではなく、苗代とはいえ自然環境下で様々な草にまみれて苗は育つからである。畑の除草も同じ。作物となるべき植物は至るところに芽吹いている。その形を知らなければ、除草をしている筈が作物を葬り去っていることになる。全てを予見して予め対策をとることは不可能だ。覚えなければならないことは無数にあって、それを作業前に伝達することは出来ないし、想定外の事態も頻発し、それに対処しきれないからだ。全く私の不徳の致すところ、常々、毎度のことだが、私の試みに共感して下さり、応援して下さる方々に対して、私はなんと心無い態度を採ってしまうのであろうか、しかし、何ヶ月もかけて見守ってきた作物や、何ヶ月も先の状態を想定して作り込んである圃場の設備を、何の気なしに破壊されてしまうその瞬間を、心穏やかに見ることは不可能だ。「あっ、そこは・・・」でも殆どの場合、時すでに遅く、しかも修復不可能である。そうして、その人たちとの関係も修復不可能になる。私はどうすれば良いのか、嵐の過ぎ去った後に、憂鬱の夏が来る。
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2015年07月06日

20150705 梅雨寒いもち

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 梅雨時期の湿気と寒さのために、稗にいもち病が蔓延し、弱った熱帯性の作物の葉に侵食している。バジルの葉は方々で蝕まれ、ウリ科の苗にも飛び火している。放置すれば甚大な被害になりそうだが、稲の苗の方も青息吐息であり、ともに応急処置で騙しあいながら、ぎりぎりの隙間を走り抜けようとしている。

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 田植えも最終段階である。苗代にしていた部分を潰して代掻きし、このうえに田植えをしていく。右奥から赤米「神丹穂」、これは植付けた全てが活着しているので心配ない。膨大に余った苗は処分する。手前に順に、「豊里」も大量に苗が余り取っていない部分の良いところだけを土ごと箱に入れて温存し緊急事態に備える。「サリー・クイーン」は100%近い発芽率が災いして苗代が混みあい極小苗ばかりが出来てしまって良い苗が不足した。「タイの香り米」は適度な株間を保って発芽したが間に稗に入り込まれ殆ど稗の独壇場となって良い苗が採れなかった。結局、東畑脇田に植えはじめたのだが、1/3を植えた段階で残りを「豊里」に譲ることにした。これらはインディカとジャポニカの不自然な交配種であり、もともと性質が弱く、栽培条件に影響されやすいのであろう。落ち着いたら研究すべき課題である。

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 全ての苗を撤去する。種の交雑を防ぐ意味で、徹底的に掃除しなければならない。最後の植付けは「サリー・クイーン」である。左は本来望んだ姿だが、こんなものは極稀にしかない。殆どは三葉ほどの幼苗で、それも黄色くなりかけている。さてこれを稗やセリの押し寄せる圃場に植付けて、果たして育つのであろうか・・・

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 私はカネを失うよりも食物を失うことの方が辛い。食物のもととなる苗をこのように大量に廃棄する罪悪感は喩えようがない。

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 温存された「豊里」・・・代掻きをして、急ぎ明日は最終の田植え。

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2015年07月03日

20150702 稲苗黄弱

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 どうも苗の様子が思わしくないんよね。

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 苗代では黄緑色になりやすいのはわかってるんやけど、下葉の枯れ具合とか、葉の色や状態、斑点などが気になる。いろいろ調べてるが・・・

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 悩みながら田植えしてると手が遅くなる。そこへ稗が追い討ちをかけてくる。

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 除草しながら植えていくので遅々として進まぬ。特に東畑本田は水走を変更したため、旧の溝の周囲が不安定で尚更植えにくい。植えはじめた部分は、既に青々と稗やセリが勢いを盛り返している。

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 ほぼ腰は割れ、背中は火を噴いたように熱い。稗の根を掻き取る爪ははがれかけ、右の二の腕は何度も引きつけを起す。保冷材を取り換えつつあちこちを冷やしながら進む。

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 新畑脇田に水が溜まらんと思っていたら、なんと頑強に打ち上げた畔に巨大なトンネルが掘られていた。握りこぶしが余裕で入る。こんなのモグラじゃないよな。内側を探すと、すぐ上にすり鉢状の陥没、泥で応急手当して、明日本格的にやり直す。田植えも終らんうちに、草や虫だけでなく、獣との戦いも始まった。
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20150702 白ズッキー

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 トルコ原産白ズッキー早くも4本目が・・・昨年漬込んだ最後の粕漬けをアテに一杯やりつつ世代交代の儀式・・・

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2015年07月02日

20150630 サリークイーン田植

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 梅雨も中盤に入り、田畑が水で膨らんで、地表に近い部分が蒸れている。稗にイモチ病が多く発生していて稲への感染が心配である。

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 苗代の状態。いずれも催芽処理を行ってから播種しているが、苗代への定着率が様々であるので、ついつい厚く播いてしまう。これは播種は初めての「タイの香り米」で、ほぼ1cm感覚で播種したが、間に稗が入り込んで稲を凌駕してしまい、苗の成長を阻害している。

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 これは「サリー・クイーン」・・・例年、定着率が低いので厚めに播いてしまったのだが、結果的に高い定着率になり密植状態となって苗の生育を阻害している。下は苗の様子で、色も薄くいまだ三葉であり、第一葉の枯れた色に病的な印象を受ける。

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20150627 またもや雑念

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 なんとトルコの白ズッキーの初なり。

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 集落内の茅葺の家で、屋根の葺き替えが始まっている。

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 畑に蔓延る草の一種で、オレガノやミントに似たとても良い香りがするので、てきとーに料理に使ったり紅茶に入れたりして楽しんでおるのですが、コイツ、なんという植物なんでしょね ?? まさか毒では ?? どなたかご存知の方おられませんか ??

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 畑の方は草ボウボウの状態、これは胡瓜、花が咲いたのでそろそろ実が生る。一番果は早く採って結実を促す。

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 こちらはニガウリ、これも稗に取り巻かれつつなんとかネットをよじ登りはじめた。

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 カボチャも初なり・・・

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 コリアンダーも熟成・・・

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 キャベツが次々と・・・田植えどころではなくなってきた・・・やっぱしこのタイミングはきついなあ・・・来年から縮小しよ。

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20150625 腰割れ

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 こうして見ると、ナスとシシトウが同じ仲間だということを実感する。なんて感心してる場合やない。ナスは吊らな実の重みで萎縮する。雑用が多過ぎて田植えが進まん・・・

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 なんとか割れた腰を帯で縛り上げて新畑涌田の「豊里」田植え完了。東畑涌田の「タイの香り米」用の圃場の除草に採りかかる。き・・・きびしい・・・

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20150624 雑念の日々

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 雨の日と夜は取り込んだ作物の保存にかかるのである。エンドウやソラマメの殻をむいて、タマネギやニンニクの茎を切って束ねて干して、

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 貴重な梅雨の晴れ間に天日で干す。全力を振り絞って腰が割れる痛みに耐えながら、なんとか「豊里」一筋半植え込み。

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20150623 「豊里」田植え

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 取り込んだソラマメのカゴにハエがうろついてるので、もしや、と思ってみてみたらカビが生えていた !! 急いで全体を点検してカビたものは除去、今夜から殻をむく。

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 とみるまに畔に植える大豆類が限界に近づいているので、これも明日の仕事に・・・

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 とにかく苗とりを始めようとしてジャガイモの脇を通りかかったら、これが収穫期近しのサイン・・・なにもかもが重なってくる。

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 まずは「豊里」を新畑涌田に植える。右は苗代に入り込んで稲になりすました稗・・・

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20150622 田植え開始

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 田植え開始。その前に、おそらく2週間程度畑の世話が出来ないので、どうしても気になる部分だけは手入れしておく。

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 オクラとカボチャを取り巻く稗を刈って敷いておく。

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 先ずは生育順調な赤米「神丹穂」を苗採りして植えていく。僅かであるので難なく終了。

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20150621 音楽三昧

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 田植え前だというのに休みまでとって音楽三昧なのである。
6/15 (月) 楽天太鼓 @ 有馬グランドホテル

6/18 (木) Ortiz Consort with 佐野健二 + 平井満美 @ ムジークフェストなら

6/19 (金) Roda de Choro com João Lyra + João Camarero @ Chove Chuva

6/20 (土) 摩耶アコースティック・ピクニック @ 摩耶山上掬屋台

6/21 (日) Estrellas @ ねぎくら/ 5組の対バンライブ 12:00〜16:00 (Estrellasの出演は13:40〜の予定) \800 (1ドリンク付)
 http://negikura.han-be.com/live2.htm
 やはり、なんとしてでも少しのチャンスを活かして演奏を続けていかないと、ただのドンビャクショウになってしまう。現地の一流の演奏家の間に入って音を重ねさせていただくことは、全神経を研ぎ澄まし、音の表情を聞き分け、その襞の中に入り込んでいくことである。すっぽりはまったときの、何とも言えないフィット感、そこから音として動いていく感触は、セックスよりも確実に気持いい。
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20150619 水走の変更2

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 水走の変更、東畑本田は草が多いだけに難航した。新しい溝から掘り上げた土で古い溝を埋め戻すのだが、理屈では解っていても、草と土が混ざりあってうまくいかないのだ。上の写真で、黒い部分が以前の溝、これは田植え枠2-3枚分おきに切ってあった。それを1枚ずつに切り直したのが新しい溝、こうすることによって不耕起の田んぼの水持ちを良くし、溝に入って横方向に除草する目論見である。溝を切った後、田植え枠のガイドロープを張るピンを畔に打ってから、圃場全体の除草に採りかかる。

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