2016年07月23日

20160722 夏

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 夏の風情である。ドクダミも程よく乾いてきた。


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 二日続けて干した小麦を粉に挽いて、篩っておく。


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 花豆はいきなり突出してくるので、植え場所を先に確保しておく必要がある。


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20160721 梅雨明け三日

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 梅雨明け三日という言葉がある。さっそく穀物類を日に干す。


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 友人のご子息がアレルギーでお悩みという。ドクダミが効くそうなので、中庭になんぼでも生えてるやつをまずはざっと刈って干しておく。連続三日ほどかかる。


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 羨ましいほど力強く屹立するトルコ原産白ズッキーSakiz Kabak


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 命をつなぐ。「べんりな」というアブラナ科の葉物野菜。


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 蒔きなおして手元で管理したら、やはりちゃんと結果が出た。


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 トルコ風焼きなすにしてみる。日本の焼きナスとの違いは、焦げ臭を生かして水に取らないこと。


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 これをタタキのように細かく叩いて風味を出し、塩胡椒とオリーブ・オイル、レモンなどの酸味や唐辛子の辛味でいただく。勝手気ままに付け合わせ、鶏の唐揚げをメインに、近頃友人たちの間で話題になったスベリヒユの天ぷら・・・


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 昼から草刈り、畦に生えるならまだしも、土の固い土手に力強く根を張って育つ稲、たぶん苗取りの時に弱々しくて放棄されたものか。すごいやつ。こんなやつもいるから百姓は辞められない。


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 うわ、ジャガイモが青葉のまま匍匐前進しはじめた !! こんなん初めてや。


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20160718 近畿地方梅雨明け

近畿地方本日梅雨明け・・・


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天然の日傘があるうちに田んぼもう一周しときたかってんけど、夏や。


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ぼちぼちいろんなもん実る。


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さっそくいただく。


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意外な生命力に驚き、生きていこうという力が湧く。


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今シーズンの田んぼの除草は剪定ばさみ。


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これ結構つかえる。暑中みなさまお見舞い申し上げます。ほな失礼・・・


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2016年07月17日

20160717 Fethullah Güllen

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 私がブログやFBでトルコについて書くことが多いのは、行ったことがある、友人が多い、音楽が好き、歴史や文化にとても興味がある・・・などの理由にもよるが、今回の軍事クーデター未遂事件によって、一層トルコの動きに注目するようになった。というのは、トルコと日本は相違点も多いが、意外に共通点も多く、しかも元首の独裁的傾向という点では、日本の先を行っているからである。


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 日本とトルコは、アジアの東西の両端にあり、日本はさらに東のアメリカと、トルコは西のEUと結びつきを深めようとしている。両国ともに政教分離を国是としているが、政治の根幹をなす民主主義は国民が勝ち得たものではなく、西側陣営に組み込まれる過程で外からもたらされたものである。しかし年月の積み重ねで、民主主義は国民に広く浸透している。その間に経済が発展して国は安定した。その政教分離を規定した憲法を、政権与党が変えようとしている。それに賛成する政権支持者と、反対する勢力が伯仲している。そのなかで独裁化が進んでいる。その方向は復古主義的であり、宗教色が強い (トルコはイスラム、日本は国家神道) 。両国民のメンタリティが非常に良く似ている。近隣諸国の動向による緊張が増している (トルコはロシア・イラン・ISIS、日本は中国・北朝鮮)
 トルコについてよく見ていくことは、日本の将来を占うヒントになる。トルコ共和国が成立する前は、イスラム国家であるオスマン帝国であった。トルコ共和国建国の父であるMustafa Kemal Atatürkは、クーデターで政権を取り、初代大統領に就任し、政教分離を取り入れ、アラビア文字を廃止してローマ文字を採用するなどして、トルコを西洋近代国家へのレールに乗せた。彼は「トルコの父 (Atatürk) 」と呼ばれ、今でも国民統合の象徴である。このAtatürkの思想が広く底辺にあるトルコ人の価値観であり、多数の一般的トルコ人のメンタリティは、ほぼ西洋化されていて、公共の場では無宗教でリベラルな市民として振る舞う人が多い。


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 現在のRecep Tayyip Erdoğan (エルドゥアン) 大統領は、近年になって、よりイスラム回帰主義へと傾きつつある。その方向性は、政教一致であり、すなわちイスラム法による国家統治を目指している点で、一種の原理主義と言える。それ以前は、かなり慎重な多方面外交を展開していたが、近年では孤立しつつある。
 三人目のキーマンとしてFethullah Güllenという学者が挙げられる。彼はアメリカに亡命中なのだが、その思想は寛容で、イスラムと世俗主義は矛盾しないと説き、トルコ国内各地に文化施設や学校などを建設して、教育を中心に広範な事業に尽力した。多くの国民から尊敬されていて、その運動母体はもともとはErdoğan大統領の支持母体であったが、その勢力が大きくなるにつれて内部に対立が起こり、創設者であるGüllen氏本人が追放された。しかし現在もトルコ国内に支持者が多く、特に軍の一部に支持基盤がある。しかし思想の基盤がイスラムにあり、Atatürk以降西洋化されたトルコ人の世俗化がより進んだため、近年はGüllen運動に対する支持が下がってきている。20163月に、Zamanという大衆紙が政府によって接収され、それに抗議した群衆を政府が催涙弾などで排除した事件があり、西欧メディアはこれを言論の弾圧として報道したが、トルコ国民の反応は冷ややかだった。これはGüllen運動の低迷を表している。


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 今回のクーデター未遂事件について、Güllen氏本人はこれを否定しているが、Erdoğan大統領は、Güllen氏を分裂主義者とみなして攻撃することによって派内の結束を図り、国際的にも国内的にも自己の政権の正統性を主張する根拠としている。今後の政権側の出方についてよく見ておくことは、独裁というものがどのように進められていくかを見ることにつながる。国民は割れている。ほぼ半数は大統領支持派で、軍に対して民主主義を守ったかのように演出されている。しかし、軍内部でクーデターに参加したグループは、独裁に傾く政権をなんとか止めようとしたのである。しかし時期尚早であり、国民の広範な支持はおろか、軍内部の全面的な支持も得られないまま見切り発車した感がある。なぜこのような極端な手段に打って出たか、そこをよく見ておく必要がある。純粋な反独裁クーデターだったのか、なんらかの国際的陰謀が働いているのか、今のところはわからない。しかし、Bosphorus橋を占拠した装甲車上の軍人が市民に説得されている様子を見ていると、反乱軍のうち少なからず純粋な憂国の念で行動した人があったに違いない。しかし流血の事態となり、多数の犠牲が出た。私はトルコの人達が好きだ。その犠牲がとても悲しく心が重い。また6千人以上が関与したとして拘束され、彼らは政権の怒りをもって裁かれるだろう。彼らの行く末にも心を痛めている。どうか国民的な和解が成立してほしい。


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 そして日本人は、トルコで何が行われようとしているか、よく見ておくことだと思う。おそらく日本でも近い将来、同じことが起こる。起こってほしくはないが、両国は同じ向きに進んでいる。日本はまだ、話し合いの余地がある。軍隊が国民に銃を向けることはない。しかし、国民投票、選挙と度重なるうちに、偶発的に世の中がガラッと変わる可能性がある。だから、そうならないうちに、私たちも対話の努力を・・・

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2016年07月15日

20160716 cafeminhos

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cafeminhos @ 摩耶リュックサック・マーケット
2016/06/18 (土) 11:00-16:00 一切無料・予約不要・自由参加・自由撤退
 場所: 摩耶山上「掬屋台」(摩耶ロープウェイ「星の駅」前)
 http://www.mayasan.jp/?page_id=64

今回のメニュー
山羊のシチュー インディカライスのセット (8食限定) \500
自家製小麦自家製酵母のパン \100から
インディカ米 \500/ 2合
三色もち米Mix \500/ 2合

あわせて「摩耶山アコースティック・ピクニック」にも乱入予定です。よろしければぜひ・・・

 ご参考までに、JR六甲道駅からの場合、往復交通費\2,000程度、片道所要時間乗り換え時間を含めずに40分程度かかるのが難点ではありますが・・・ちなみに車で上がってしまって、「天上寺駐車場」に駐めれば終日\500。

https://www.facebook.com/摩耶山アコースティックピクニック-803367129744363/

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2016年07月14日

20160714 共生への扉

 安倍ソーリダイジンがいろいろ面白い提案をぶっ続けてくれたおかげで、日本にもいろんな考えの人がいるんだなあと感心させられる毎日を送らせていただいており、また生まれて初めて投票とやらへ参加させていただく機会も与えられ、ご厚意に心から感謝しております。

 私は厳しい独裁的空気に満ちた家庭に生まれ育ち、幼少期には一軒だけ地区から離れた家だったために地域の友達コミュニティから壮絶ないじめを受け、小学校でも教師に脅かされる日々を過ごしたので、圧力に屈すること、生き存らえるためにコミュニティを抜けること、越境した先には別の世界が広がっていることを、子供心に体験した。今では幾分社会との折り合いのつけ方も心得、いろいろあっても命ばかりは取られる心配のない生活をしているが、ふとしたきっかけで、このような幼少期の刷り込みが表面化することがある。平時では何事もないのだが、世の中が窮屈になってくると、ある程度ガス抜きをしないと苦しくなってくる。しかしやり方をよく考えなければ逆により苦しい立場に追い込まれたり、思考が過激に走ったりする。

 私の思想的傾向が十分左翼的であるのは、以上のような原因からだと思う。本来、思想というものは個人ーによって自由に客観的に選び取られるべきものだが、そういうものが刷り込まれる時期というものは一生に一度しかないので、今となっては他の思想についてじっくりと比較検討することができない。手遅れである。たとえば朝鮮半島では、彼らにとって身に覚えのない、突然決められた境界線を隔てて思想を押し付けられたわけで、彼らは地域という、思想とは何の関係もない要素を根拠に、それぞれの陣営に勢力として取り込まれ、それぞれの思想を刷り込まれたのである。生い立ちや環境に影響されずに、思想というものが、それそのものの純粋な論理的対決として議論されることがいかに困難であるかがよくわかる。

 つまり多くの場合、対立しているように見えても実は同じことを言っていて、案外解決策は別のところにあったりする。ただ、お互いに対立し合うことによってアイデンティティを確立しているような場合、問題の解決は双方にとってアイデンティティの喪失につながるので、双方共に解決されることを阻害する傾向がある。その場合、そこにいる部外者が最も大きな被害を被る。

 さて、この一年間いろんな考えの人と話をしたりやり取りをしたりご高見を拝読させていただいたりしたのだが、私のように反自民・反安倍政権・反原発・改憲反対・反アベノミクスを、議論の余地なく当然と考えている人間にとって、これらに賛成する人々の存在を一年前にはほとんど想像できなかった。しかし最近ではそういう人たちが身近にもだいたい3割程度いることがわかったので、なるべく彼らとコミュニケーションを取るよう努力してきた。あくまで印象だが、その結果を順不同で羅列してみる。もちろんこれは相手の落ち度を詮索して罵倒するのが目的ではない。どちら側の主張にも落ち度はある。それをほじくり返して罵倒し合うのはやめたい。相手を理解するための拙い努力の一歩だと思って、不適切な表現などあればご容赦いただきたい。

 論理的思考が苦手で共感を重視する・社会的に成功して地位を確立している・社会に絶望している・よそものが嫌い・人権が嫌い・共産主義が嫌い・外国語が苦手・組織への忠誠心が強い・帰属意識が強い・変化に直面したとき保身に走る・統一動作が好き・団結力が強い・・・まあもっとあるけど、ネガティブな表現が多くなったのは、自分と異なる考え方には違和感が先に来て、その良さには気づきにくいからだと思う。できれば相手側からの分析を聞いてみたいものだ。裏返せば、上に挙げた要素の反対が私に当てはまる。

 さて、私は理解しにくいものに出会ったときにはそれを理解しようとして論理的にアプローチするのだが、それをここでやっちまうと相手に疎んじられる。なぜなら相手は論理が苦手で共感してくれることを望んでいるからだ。しかしこっちは無条件に共感することができないので、何らかの足がかりを求め、その手法としてますます論理を使う。すると相手はますます遠ざかり、やがて相互不信に陥る。運悪く対立してしまったとき、論理的に相手を批判してしまうと、相手は振り上げた拳を降ろす場所がなくなり、ますます態度を硬化させることによってこちらを弱体化しようとする。場合によっては力づくで排除する。相手にとっては、こちらへの憎しみはたいそうなものだと推察されるのだが、こっちはわからないことを率直に訊いただけである。従って論理的には対立しておらず、一方的な反感が原因で不幸が起こっている。解決するには、お互いの思考パターンの不備を改善するしかない。

 社会的に成功して地位を確立している人は既得権益を守ろうとするので、それが脅かされる恐れのあるものを本能的に排除する。また逆に、社会に絶望している者のうち、論理的に物事を解決することの苦手な人は、大樹に擦り寄っておこぼれを期待する傾向があって、その大樹の権益を守ろうとする。世の常として、富を得たものが積極的にそれを分かち合おうとすることは少なく、擦り寄って分配を望んでも叶えられないことの方が多い。自分の努力で財を成した人ならなおさらである。それを富の偏在だ不平等だ再分配だ革命だと叫ぶのは、たいてい持たざる者である。持てる者と持たざる者の対立は固定化されることが多く、世論が分断され、往々にしてその対立は為政者の思惑に利用される。中立で信頼できる政治権力によって、社会奉仕の一環としての富の再分配がストレスなく制度化されるようコーディネイトされれば、対立は解消に向かう。逆に言うと独裁者がつけいるチャンスでもある。

 よそ者が嫌いである。理解しにくいものに出会ったときに、反射的に警戒する傾向がある。おそらく保身の裏返しと思われるが、相手を理解しようとする気のなさ、興味のなさは相当に強い。逆に言うと、相手から理解されようとする気持ちや、理解を得て行動しようとする配慮にも欠ける。極端な場合、自分の行動に周囲の理解は必要ないとさえ考える。例えば自動車の運転でウィンカーを出したことがない、つまり右へ曲がろうが左へ曲がろうが自分勝手で、止まるべきは相手であると本気で思ってる。運転免許など、自分が自動車を自由に使うための手形程度にしか認識しておらず、交通ルールなど忘れて久しい。程度の差こそあれ、排他的傾向を持つ人とのコミュニケーションは難しい。いつどんなタイミングでどの程度の破壊力を持つ地雷を踏むかわからないからだ。これといった対処の仕方が思い浮かばない。

 人権が嫌いというか、「お前には人権の匂いがする」と言われたことが何度かある。意味がわからないのだが、たぶん全体で何かの行動を取ろうとするときに、個人としてその行動の是非を論じてしまう傾向に対する反感ではないかと思う。何度も経験したことだが、クラスで特定のやつをいじめようということになって、私にもそれに加担するよう迫られる、私がそれに与しない場合、同じような言葉を吐きかけられることがある。人権は民主主義の根幹であって、これを認めてしまうといろんなやつが自由に入ってくる。特に共産主義者が入ってくることに、非常な警戒感があるようだ。表向きは国民主権・基本的人権・平和主義を堅持する精神を支持しているふりをしているけれども、本音の部分ではこれらに対する反感、特にこれらを認めてしまった場合に自分に降りかかってくるかもしれない事態に対する不安があって、それに対処するくらいなら、自分を守ってくれる大きな力に依存した方がマシだという価値判断となる。この心情について理解する必要がある。

 共産主義は、富の再分配を論理的に体系化したイデオロギーであるので、その利権から恩恵を得ている、得ようとするすべての人から敵視される。現代社会では、非常に多くの人を敵に回している。逆に言うと、これを支持するのはどこからも恩恵を得ていない、得ようと思わない人たちである。ところが現実の共産主義政権は、富の再分配にはある程度成功したが、指導力という権力の再分配を行わなかったため世界中で崩壊した。従ってマルクス・レーニン主義を原理的に実行に移すことはありえない。日本共産党でさえマルクス・レーニン主義と決別して久しい。しかし反共を掲げる人たちはそれを認めず、攻撃対象を維持して自己のアイデンティティの確立と集団の結束を図るため、架空の共産主義者をでっち上げて攻撃している。頭を冷やせばわかることである。

 これ以上はきりがないからやめておこう。要するに、彼らは何か大きな力があって、それが自分を守ってくれることを期待しているのではないか。それが国であり政府であり、だから国が決めてみんなで団結しようとして気分が高揚しているときに、それに異を唱えたり、理解できない理屈を並べられたりすると、興ざめになり鬱陶しくもあり、腹立たしくもあって排除したくなるのではないか。だとすれば、その大きな力とやらが、本当にあなたを守ってくれるのだろうかということを、きちんと説明するのが最も良い方法だと思っていろいろ試すんだが、気分の高揚しているところへ水を差すと反撃されるんでね、難しいんよね。でも私はあなた方を理解しようと努力するよ。だからいろいろ書いてきてくれた方が助けになる。



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20160713 独裁への扉

 多分、これは私の推測だが、日本の社会や経済もこの先あまり明るくなくて、国際情勢も緊迫してて、何事もこれまでのんびりと平和だったような状態はではなくなりつつある、という現状認識は大方の人が共通して持っていると思う。そこをどう切り抜けるか、様々な階層で意見が分かれて、複雑な対立構造になっているのが、今の日本の世論だと思う。問題の整理が必要だ。伊丹のくせに偉そうなこと言うな、なんて言うな、みんながやればいいんだ。

 世界は多様な方が良い。モノカルチャーは破滅する。特定のイデオロギーや信条が強すぎる社会では生きていけない人が出る。だから政治体制は寛容な方が良い。国内的にも国際的にも厳しい世の中になったことは認める。武力をもって武力を抑止するという考え方も、一定の厳しい制限の元で認めた方が良い場合もあることは理解する。しかし人間は弱い。力を手にすると暴走することがある。武力を持った人間が暴走すると無辜の市民を巻き添えにする。だから戦争反対というスローガンができる。私は軍事的な抑止力を、国際紛争の解決方法として用いる考え方を全否定するつもりはない。ただ現状において、世界中の武力を軍事的に抑止できるだけの中立的で信頼できる統制力を持った文民組織がないから、この考え方に反対しているのである。したがって、日本の集団的自衛権の行使容認や、軍事力の拡大へと向かう憲法改正には反対する。

 もう少し説明したい。世界中の国家を中立的に統制できるような組織がこの世にあるなら、その文民統制の許での集団的自衛権の行使は認められるべきだと思う。しかし国連にしても、その他の国家連合にしても、その主要なグループの利権を温存するための組織であるので、そんな役割を果たしていない。だから現状としては、すべての国の集団的自衛権の行使は、実情として紛争を解決する手段になっていない。その段階で、軍事力の拡大へと向かう憲法改正について議論することは、特定の利権を温存するための行動であり、国民の側から見た国益に反しているので、私はこれに反対する。

 問題は、愛国心や国防という切り口で国民の心情を味方につけ、実は特定の利権の温存を図ろうとする別の動きに、それが利用されようとしていることである。このようなトリックは安倍政権になってから多く見られるようになった。例えば原子力発電所の安全性をいくら議論しても核物質を自然に戻すことなどできないにもかかわらず、原子力発電の全行程の一部にすぎない発電所の安全性の議論を以って、原発再稼働の論拠とするなど枚挙にいとまはない。つまり、普遍的な一般論で国民の合意を取り付け、そのうち政権に都合の良い部分だけをつなぎ合わせて自分たちの有利な向き、すなわち独裁に向かって政治を進めている。

 独裁が始まってしまうと永年にわたってそれは維持される。国民の多くは自由の制限された状態に置かれ、思考停止し、独裁体制によって利益を得る人は保身に走り、自分の有利な方へ駒を進めることによって生き延びようとする。ごくわずかな恩賞をありがたがり、結局、社会全体としては小さなコストで大きな労力を動員できるようになる。それは実に巧妙に、徐々に、洗練された方法で行われるので、気付かれにくい。しかし、文化の多様性は確実に失われるので、より大きな変動に耐えられるかどうかはわからず、社会としては極めて脆弱なものになる。

 独裁の過程で、国民の団結を維持するために、しばしば共通の敵が設定される。外国であったり、国内のマイノリティであったり様々だ。独裁者は、何度もなんども執拗に新たな線引きをして、体制に忠実な者を選りすぐり、より効率的に体制を安定化させようとする。その陰で多くの命が犠牲になり、才能が流出したり消えて無くなったりする。これらの損失も、社会を次第に脆弱にしていく。こうしたことは、歴史上イヤと言うほど繰り返されてきたことであり、その都度破滅を招いてきたのである。安倍政権が、これと全く同じ轍を踏んでいることは、その口から実際に吐き出された欺瞞に満ちた受け答えを聞くだけで十分だと思う。要するに、厳しい状況を切り抜けるために本能的に身を軽くして、身内だけに利益を集中して生き残りを図っているとしか思われない。つまり多くの国民は、いざとなれば切り捨てられる。右も左もない。国のために命を捧げるという模範的国民の本望通りになる。

 だからこそ、そうならないために、全く別の世界観が必要ではないのか。厳しい状態は、要するに経済発展の余地がなくなってきたことに起因する。好むと好まざるとにかかわらず、不都合な真実を認めなければならない。経済発展どころではない。いかに痛みを和らげつつ縮小していけるかだ。究極的には、ほぼ原始的な生活にまで帰着することを想定して、人類の英知の全てを結集し、人類そのものがめでたく自然界に帰ることができるようにロードラインを模索するべきだ。それはできるだけ緩やかであってほしいが、地球環境の状態と、人類が製造したすべての人工物を自然に戻すことのできる速さとの関係を、全く利権に左右されることなく、純粋に科学的に割り出さなければならない。あるいはもう間に合わないのかもしれないし、全人類が合意することなど、これも不可能に近い。しかし、何世代か後の我々の子孫が、人類と地球環境の悲劇的な破滅を味わうことを思えば、少なくとも議論を始める勇気だけでも持つべきだ。

 私は現在、一切の動力やケミカルを使わずに営農し、自給生活をしているが、日本経済の30分の1程度の経済規模しかないので、社会生活が破綻寸前である。残念ながら、あと一年余りで破産する見込みなので、一旦農業から撤退し、資金を作り直してから再挑戦する。本来、こんな目に会うこと自体、間違った社会だということを痛いほど感じている。しかしそれが現実だ。

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20160711 大阪兵庫護憲派全敗の謎

 参議院選挙の結果は、全国的には想定内だったが、兵庫と大阪で護憲派が全敗したことには大変驚いた。これが民意なのか。「維新」にあれほど撹乱されてもなお、彼らに期待をつなごうとする人がこんなにも多いということが、まず理解できない。しかしこれが民意なのだ。何を望んでいるのだろう。やはり力か、強い日本か、苦しみから解き放ってくれる誰かなのか・・・この事実をどう理解して良いのかわからないままに、時は過ぎていく。改憲の最後のハードルは国民投票だが、願わくば自由な議論が深まることを期待する。

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20160710 参議院議員選挙

 投票日になってしまった。投票の制度がいまいちよくわかってないんやが、諸般の状況を考えると、選挙区も比例代表も共産党でいこうと思ってる。

 自分なりに、ないアタマを絞って考えたんやが、まずほぼ間違いなく自民党は初志を貫徹するだろう。なぜなら私より上の世代は、上へ行けば行くほど、また一票の比重の重い地方へ行けば行くほど、「これまで世話になったから」自民党に投票するし、世代に関係なく生活の苦しさは景気の悪さが原因だと思い込まされている大多数の国民は、景気対策を期待して自民党に投票するからだ。いかに別の価値観を謳ったところで、これまでの価値観を変えまいとする人の方がはるかに多い。

 「これまで世話になったから」人も、「これからもお願いします」と思ってる人も、要するに今の生活から転落することを極度に恐れてる。原発に反対でも、戦争に反対でも、貧富の格差の広がりに不満を持っていても、現在のところ景気対策と称してカネを動かせるのは自民党以外にないからだ。しかし残念ながら、これらはセットになっている。原発に反対で戦争に反対で貧富の格差の広がりに不満を持っているが、景気は良くなってほしいというのはないものねだりだ。景気をよくしようと思えば、このセットを丸ごと受け入れる以外にない。それが嫌なら景気回復は諦めることだ。実際、身の回りを見渡せばすぐにわかる。もうどこにも景気を回復できそうな余地はない。余地を作るには、何かを破壊せざるをえない。最も効果的なものは戦争だ。戦争は、経済的な動機で行われるものだ。

 もちろん野党はこれに反対しているが、どれもこれも第一に自己保身があって、そこからの反対でしかない。あるいは論拠に厳密性を欠く。民進党とやらは呉越同舟どころか、もうなにがなんだかわけがわからんし、生活の党の三宅洋平氏の情熱には共感するが、細かいところで論拠が脆弱で、自分に都合の良いものを繋ぎ合わせて論陣を張っているように見える。山本太郎氏の言うことはもっともだが普遍性を欠き、もと役者だから致し方ないにしてもパフォーマンスが強すぎる。それに第一、その隣でじっと様子をうかがってる古狸が一番信用できない。だからどうしても私の一票 (厳密には2票) ・・・選挙区が違うから無理だけれども・・・を投じる、あるいは人に勧める気持ちにならないのだ。

 その点では、共産党は主張が首尾一貫していて最も体系的である。しかしながら理詰めで考える癖が強すぎて人心の動きに添いきれない。共産主義から出発しているから、既得権益を再分配することがイデオロギーの柱なのは理解するが、その達成を目指すベクトルと、景気回復を目指すベクトルが、最終的には衝突せざるをえない矛盾について論理的な整合性が見られない。

 要するに野党はいずれも、原発に反対で戦争に反対で貧富の格差の広がりを是正し終えた後の世界について描ききれていないから、人心は不安に煽られて、今の生活が壊されるくらいなら自民党に入れておこうとなるのだ。かくして、原発は再稼動し、戦争はいつかどこかで起こり、経済的弱者は切り捨てられる。そうしないと日本社会がこのままのギリギリのところを維持することさえ難しいということを、生活実感として共有しているからだ。

 原発を止め、戦争を放棄し、人々が平等になるには、経済発展を諦めなければならない。これは自明のことだ。しかし、私を含め大多数の日本人に、その勇気がない。国際情勢は、勝ち組か負け組か、どちらかに属することを強いられる。中立は極めて困難だ。ましてや、日本は長年勝ち組のさらにトップ・エリートだったのだ。勝ち続けることがいかに困難か、負けるとどうなるか、識閾下に日本人はよく知っている。電気もガスも水道もない生活に戻る勇気はないのだ。

 自民党が勝つのは、そういう国民の意識の表れであって、これも民主主義の帰結である。様々な陰謀があるかもしれないが、詰まるところ、国民は客観的に自分のできることとできないことを認識していると思う。不都合な真実は封印されて自分の身に降りかかって来ない楽園に住むことを、国民は望んでいるというわけだ。

 自民党を打ち負かすには、原始的な生活も悪くないということを国民の意識に浸透させる必要がある。原発を止めたら、日本は国際的なエネルギー利権のネットワークから除外されることになり、全てを人力で動かす必要に迫られる。戦争を放棄したら、日本は国際的な外交ネットワークから除外されることになり、もしかしたら鎖国を迫られるかもしれない。人々が平等になったら、ごく普通の一般的日本人が途方に暮れて社会秩序が崩壊するかもしれない。

 しかし、自民党を打ち負かすには、そこから出発することが、持続可能な社会の始まりであり、そこへ軟着陸するためのロード・ラインを示し、その着地点から一つずつ積み上げる社会を、明確なビジョンとして提示できなければならない。そのためには、お互いに到底受け入れがたい主張であっても、一つの国に共に暮らしているという意識を共有することを、寛容に友好的に忍耐強く話し合った上で、やはり持続的な社会に導くためには他に方法がないことが合意される必要がある。それは政治家の仕事ではない。安全な食品や安心な生活に気づいた人たちの草の根の運動になる。それができて初めて、我々は、我々の反対する根拠と、その反対の先にあるものを、明確に提示し、既存の政治的価値観を乗り越えることができるだろう。

 国際貢献のために武力を行使するのだと自民党は言っている。では武力を使わずに同じ国際貢献ができるという、明確で落ち度のないビジョンを提示することができれば、彼らはその論拠を失うことになる。その明確なビジョンがまだ誰にも提示できていないので、自民党は勝つのである。

 兵庫県では、改選議席のうちの一つを自民党に渡さないためには、野党第一党である民進党に入れることが有効とされている。しかしその一票が、その後に分裂するであろうわけのわからない魑魅魍魎の肥やしになることをも考慮せざるをえない。したがって私はこの歳になって生まれて初めての一票は、共産党に投じることにする。わかっとるやろな。

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20160707 全滅街道

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 ジャガイモの収穫、ある程度実っていた株は写真のほか数株で、あとはほぼ全滅状態。ちょっと原因がわからんが、とりあえず先に進むしかない。


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 ポット巻きした豆類もほぼ全滅。これは多雨と高温による過湿であろう。軒下の日陰でやるべきだったかな。

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20160706 サリークイーン補植

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 「サリー・クイーン」・・・発育が遅れていたために、苗代を再度代掻きしてトロトロ状態にしといて植え直したのだが、ここへきてなかなか良い状態に育ってきた。


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 全部苗取りしたら結構な数があるので、一部は苗代を三たび整えてそこへ田植えした。


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 その他大多数は、ちょっと過酷な環境だが、田んぼの脇で今シーズン減反する部分に植え込んだ。枯れ草を積み込んだままの畑状態だが、右の田んぼからの染み出しと地下水位で結構水分があるので、まあ育つやろ。


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 とすると、もしかして「サリー・クイーン」は「極晩稲」・・・こんな言い方があるのなら・・・なのではないか、いままで苗の成長が遅い遅いと思っていたのは、実は浸水が早すぎ、おまけに催芽処理までするのが早すぎただけで、7月中旬の田植えを目指して逆算すれば、もしかしたらうまくいくのかもしれない。その方が作業の集中が防げて良い。熱帯仕様のインディカ種の「パスマティ」と寒冷地仕様の「日本晴」の合いの子なので、ちょっと難しいんやな。

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20160705 泥だんご

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 福岡正信大先生のやり方を真似て、みなもすなる泥だんご農法といふものをわれもせんとてすなり。


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 おいおい、ちょっと気が早えんぢゃないのか・・・


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20160704 丹波黒大豆

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 丹波黒大豆、発芽したものとしてないものを仕分け、してないもののうち食われた形跡や腐ったらしきもものを除外して再度蒔き足す。同時に「七夕豆」と「ガルバンゾ」・「オクラ」・「花オクラ」・「고추」の種まき。梅雨後半の雨を期待する。


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 ところが、またヤラレた !! 今度はドームに覆って裾を固めた不織布を破って鳥が中に入った形跡・・・穴の手前に食い残しの発芽した種が落ちていた。スズメやな、とすると水を含んで膨らんだ大豆は全滅の可能性がある。とりあえず不織布を二重にして、他の作業を優先。


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20160714 WARABE is over

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 安倍ソーリダイジンがいろいろ面白い提案をぶっ続けてくれたおかげで、日本にもいろんな考えの人がいるんだなあと感心させられる毎日を送らせていただいており、また生まれて初めて投票とやらへ参加させていただく機会も与えられ、ご厚意に心から感謝しております。

 私は厳しい独裁的空気に満ちた家庭に生まれ育ち、幼少期には一軒だけ地区から離れた家だったために地域の友達コミュニティから壮絶ないじめを受け、小学校でも教師に脅かされる日々を過ごしたので、圧力に屈すること、生き存らえるためにコミュニティを抜けること、越境した先には別の世界が広がっていることを、子供心に体験した。今では幾分社会との折り合いのつけ方も心得、いろいろあっても命ばかりは取られる心配のない生活をしているが、ふとしたきっかけで、このような幼少期の刷り込みが表面化することがある。平時では何事もないのだが、世の中が窮屈になってくると、ある程度ガス抜きをしないと苦しくなってくる。しかしやり方をよく考えなければ逆により苦しい立場に追い込まれたり、思考が過激に走ったりする。

 私の思想的傾向が十分左翼的であるのは、以上のような原因からだと思う。本来、思想というものは個人によって自由に客観的に選び取られるべきものだが、そういうものが刷り込まれる時期というものは一生に一度しかないので、今となっては他の思想についてじっくりと比較検討することができない。手遅れである。たとえば朝鮮半島では、彼らにとって身に覚えのない、突然決められた境界線を隔てて思想を押し付けられたわけで、彼らは地域という、思想とは何の関係もない要素を根拠に、それぞれの陣営に勢力として取り込まれ、それぞれの思想を刷り込まれたのである。生い立ちや環境に影響されずに、思想というものが、それそのものの純粋な論理的対決として議論されることがいかに困難であるかがよくわかる。

 つまり多くの場合、対立しているように見えても実は同じことを言っていて、案外解決策は別のところにあったりする。ただ、お互いに対立し合うことによってアイデンティティを確立しているような場合、問題の解決は双方にとってアイデンティティの喪失につながるので、双方共に解決されることを阻害する傾向がある。その場合、そこにいる部外者が最も大きな被害を被る。

 さて、この一年間いろんな考えの人と話をしたりやり取りをしたりご高見を拝読させていただいたりしたのだが、私のように反自民・反安倍政権・反原発・反改憲・反アベノミクスを、議論の余地なく当然と考えている人間にとって、これらに賛成する人々の存在を一年前にはほとんど想像できなかった。しかし最近ではそういう人たちが身近にもだいたい3割程度いることがわかったので、なるべく彼らとコミュニケーションを取るよう努力してきた。あくまで印象だが、その結果を順不同で羅列してみる。もちろんこれは相手の落ち度を詮索して罵倒するのが目的ではない。どちら側の主張にも落ち度はある。それをほじくり返して罵倒し合うのはやめたい。相手を理解するための拙い努力の一歩だと思って、不適切な表現などあればご容赦いただきたい。

 私が感じる彼らの一般的傾向とは、概ね次のようなものだ。論理的思考が苦手で共感を重視する・社会的に成功して地位を確立している・社会に絶望している・よそものが嫌い・人権が嫌い・共産主義が嫌い・外国語が苦手・組織への忠誠心が強い・帰属意識が強い・変化に直面したとき保身に走る・統一動作が好き・団結力が強い・・・まあもっとあるけど、もちろん、それぞれの主張をしている個人が、同時にその他の主張をも是認しているとは限らないので、これらを一括りに一般化することは危険である。しかし、率直にそう感じられることは事実だ。ネガティブな表現が多くなったのは、自分と異なる考え方には違和感が先に来て、その良さには気づきにくいからだと思う。できれば相手側からの分析を聞いてみたいものだ。裏返せば、上に挙げた要素の反対が私に当てはまる。

 さて、私は理解しにくいものに出会ったときにはそれを理解しようとして論理的にアプローチするのだが、それをここでやっちまうと相手に疎んじられる。なぜなら相手は論理が苦手で、論理を越えて共感してくれることを望んでいるからだ。しかしこっちは無条件に共感することができないので、何らかの足がかりを求め、その手法としてますます論理を使う。すると相手はますます遠ざかり、やがて相互不信に陥る。運悪く対立してしまったとき、論理的に相手を批判してしまうと、相手は振り上げた拳を降ろす場所がなくなり、ますます態度を硬化させてしまう。場合によっては力づくで排除する。相手にとっては、こちらへの憎しみはたいそうなものだと推察されるのだが、こっちはわからないことを率直に訊いただけである。従って論理的には対立しておらず、一方的な反感が原因で不幸が起こっている。解決するには、お互いの思考パターンの不備を改善するしかない。

 社会的に成功して地位を確立している人は既得権益を守ろうとするので、それが脅かされる恐れのあるものを本能的に排除する。また逆に、社会に絶望している者のうち、論理的に物事を解決することの苦手な人は、大樹に擦り寄っておこぼれを期待する傾向があって、その大樹の権益を守ろうとする。世の常として、富を得たものが積極的にそれを分かち合おうとすることは少なく、擦り寄って分配を望んでも叶えられないことの方が多い。自分の努力で財を成した人ならなおさらである。それを富の偏在だ不平等だ再分配だ革命だと叫ぶのは、たいてい持たざる者である。持てる者と持たざる者の対立は固定化されることが多く、世論が分断され、往々にしてその対立は為政者の思惑に利用される。中立で信頼できる政治権力によって、社会奉仕の一環としての富の再分配がストレスなく制度化されるようコーディネイトされれば、対立は解消に向かう。逆に言うと独裁者がつけいるチャンスでもある。

 よそ者が嫌いである。理解しにくいものに出会ったときに、反射的に警戒する傾向がある。おそらく保身の裏返しと思われるが、相手を理解しようとする気のなさ、興味のなさは相当に強い。逆に言うと、相手から理解されようとする気持ちや、理解を得て行動しようとする配慮にも欠ける。極端な場合、自分の行動に周囲の理解は必要ないとさえ考える。例えば自動車の運転でウィンカーを出したことがない、つまり右へ曲がろうが左へ曲がろうが自分勝手で、止まるべきは相手であると本気で思ってる。運転免許など、自分が自動車を自由に使うための手形程度にしか認識しておらず、交通ルールなど忘れて久しい。程度の差こそあれ、排他的傾向を持つ人とのコミュニケーションは難しい。いつどんなタイミングでどの程度の破壊力を持つ地雷を踏むかわからないからだ。これといった対処の仕方が思い浮かばない。

 人権が嫌いというか、「お前には人権の匂いがする」と言われたことが何度かある。意味がわからないのだが、たぶん全体で何かの行動を取ろうとするときに、個人としてその行動の是非を論じてしまう傾向に対する反感ではないかと思う。何度も経験したことだが、クラスで特定のやつをいじめようということになって、私にもそれに加担するよう迫られる、私がそれに与しない場合、同じような言葉を吐きかけられることがある。人権は民主主義の根幹であって、これを認めてしまうといろんなやつが自由に入ってくる。特に共産主義者が入ってくることに、非常な警戒感があるようだ。表向きは国民主権・基本的人権・平和主義を堅持する精神を支持しているふりをしているけれども、本音の部分ではこれらに対する反感、特にこれらを認めてしまった場合に自分に降りかかってくるかもしれない事態に対する不安があって、それに対処するくらいなら、自分を守ってくれる大きな力に依存した方がマシだという価値判断となる。この心情について理解する必要がある。

 共産主義は、富の再分配を論理的に体系化したイデオロギーであるので、その利権から恩恵を得ている、得ようとするすべての人から敵視される。現代社会では、非常に多くの人を敵に回している。逆に言うと、これを支持するのはどこからも恩恵を得ていない、得ようと思わない人たちである。ところが現実の共産主義政権は、富の再分配にはある程度成功したが、指導力という権力の再分配を行わなかったため世界中で崩壊した。従ってマルクス・レーニン主義を原理的に実行に移すことはありえない。日本共産党でさえマルクス・レーニン主義と決別して久しい。しかし反共を掲げる人たちはそれを認めず、攻撃対象を維持して自己のアイデンティティの確立と集団の結束を図るため、架空の共産主義者をでっち上げてそれを攻撃する始末だ。頭を冷やせばわかることである。

 これ以上はきりがないからやめておこう。要するに、彼らは何か大きな力があって、それが自分を守ってくれることを期待しているのではないか。それが国であり政府であり、だから国が決めてみんなで団結しようとして気分が高揚しているときに、それに異を唱えたり、理解できない理屈を並べられたりすると、興ざめになり鬱陶しくもあり、腹立たしくもあって排除したくなるのではないか。だとすれば、その大きな力とやらが、本当にあなたを守ってくれるのだろうかということを、きちんと説明するのが最も良い方法だと思っていろいろ試すんだが、気分の高揚しているところへ水を差すと反撃されるんでね、難しいんよね。でも私はあなた方を理解しようと努力するよ。だからいろいろ書いてきてくれた方が助けになる。


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2016年07月07日

20160703 奈良ボッサ夜会

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 「奈良ボッサ夜会」・・・どんなジャンルであるかにかかわらず、音楽は表現である。その人の生き方、その人がその時に行っていることなど、いろんなことがさまざまに関わり合って、その時どんな音楽になって現れてくるかが決まってくると思う。内から出る叫びが聞こえれば、それが研ぎ澄まされていればいるほど、私の心は動かされる。ジャンルなんてどうでも良い。音楽は自由な表現だ。


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2016年07月06日

20160703 近鉄8459

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 今日は、長年待ちに待ってようやくお誘いをいただいた「奈良ボッサ夜会」に参加するため田原本へ行ってきた。ルートはJR関西線で王寺まで行って、近鉄に乗り換えて西田原本下車。ところが、JR王寺駅で降りて生駒行きはあるのだが、田原本行きが見つからない。降り口を間違えたと思ってJR王寺駅を反対側へ出たがロータリーしかない。また戻って近鉄の駅で訊いてみたら、なんとJRの駅沿いに100メートルほど行くと別の駅がある。


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 生駒から王寺、王寺から田原本と、近鉄はつながっているものと思っていたが分断されていたのだ。長らく関西に住んでいるが、こんなケースは生まれて初めてだ。しかも100メートルほど離れて隣接していて、間には通路しかない。なぜ繋がないのかわからない。


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 とにかく、次の電車には間に合った。古き良き昭和30年代の近鉄電車、欲を言えば全面マルーンでいってほしかったのだが、正しい電車の形をしている、もう数少なくなったタイプのものに乗れた。


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 終点の西田原本駅・・・ここでも戸惑う。よく調べていかなかったのだが、ここも橿原線田原本駅と別なのである。駅の北側に引込み線があってレールはつながっているのだが、営業的には孤立している。西田原本の次が田原本と思い込んでいたので、終点と案内されて戸惑ったのだ。


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 完全にローカル私鉄の鄙びた終点の風情である。建物の向こうに見えるか線の鉄塔が橿原線。


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 このように路線を調べていかなかった私でも、途中すれ違った電車のある特徴には反応したのであった。この妻面のカーブ・・・これはかつて先頭車であったものを、運転台を撤去して中間車に改造したものにちがいない。しかもかつての先頭車両はダブル・パンタのいかつい表情、就中、白の縁取りがされる前のマルーン一色の旧塗装。妻面の塗り上げには縁取りを入れないものなので、この曲面がそのありし姿を今によく伝えている。こういうのん好きなんよね。


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 車両番号を記録して、帰ってから調べてみたら案の定、編成替えの時に組む相手がなくなって改造されたものだった。しかも同じグループからここに編成されたものに何両かの仲間がいて、そのうちの一両は、なんと奈良線での爆弾テロ事件を生き延びたものだったことも分かった。異種混合編成なので、微妙に車高が違う。もと鉄道少年の血がこれを見逃すはずはないのであった。おっとっと・・・約束の13時になってもた。瓜ちゃんごめんね、遅れたのはそういうわけやってん。


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20160701 サリー・クイーン養生中

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 苗床に植えなおして養生中の「サリー・クイーン」の苗、幾分成長が見られるが、依然として小さい。


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 ミズガヤツリといたちごっこの真っ最中の古代米と糯米の圃場、右手前の苗の色が黄色いのは除草直後のためまだ体力が回復してないのであろう。その左はいくぶん葉の色は良いが、ミズガヤツリが勢いを盛り返している。その奥、その奥もいたちごっこ中のため状態にばらつきがある。


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 ソラマメと遠藤の柵の撤去は終わり、除草して、縁に植えたインゲンの成長に合わせて柵を設置した。


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 「豊里」の圃場はまだ放置中、もう少し草が伸びて扱えるようになったら除草を始める。


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 その手前のハーブ園のメインはバジル。


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 その横、キクイモが成長中。


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 なんとか全体の除草が終わった畑の全景。


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 あわせて共有部分の土手の草刈りも終えた。


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 梅雨末期の多雨に備えて用水路の清掃も終えた。


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 新畑の全景、こちらも生き残るものは生き延び、草との競合に敗れたものは枯れ果てた。豆とウリは残るが、葉物野菜とナス科はほとんど全滅、残ったもので食いつないで行かざるをえないのが現状。生きていくのは厳しい。


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20160630 丹波黒大豆受難

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 初キュウリ !! 


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 初ナスビ・・・は、早速食われてる。


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 丹波黒大豆の発芽が始まって喜んでいたら、なんと不織布を割いて芽 (というか、もともとの実) が食われてる !!


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 場所によっては不織布を剥がして食われてる !!


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 やっぱり手ぇ抜いたらあかん、隙間を作らな・・・


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 改善して数時間後、今度はほじくり出して食われてる・・・そこまでやるか・・・油断も隙もない (`へ’っ


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20160626 さなぶり

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 「さなぶり」というのは一つの集落で田植えが終わった時期に、それを神に感謝する節目のことである。たいてい私の田植えはこれより遅く、7月上旬にまでずれ込むのだが、「さなぶり」の触れは、それに関係なく出されている。今の品種に変えてから、「さなぶり」までに田植えが終わったのは初めてのことである。


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 「さなぶり」では田の水の入り口に苗を植えて、田の神に感謝する習わしがある。季節はまた一歩、夏に向かって進む。


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20160625 ジャガイモの不調

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 ジャガイモの不調が深刻。もうすぐ収穫時期だというのに、みるみる瘦せおとろえ小さく黄色くなっていく。ツユクサの強烈な根っこに取り囲まれたからか ??


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 豆のような瘤を残して枯れていく株・・・


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 ネキリムシにやられたような断面を持つまだ青みの残る茎、その周囲には枯れて時間のたった茎が散らばる。なんなんだこれは ??


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 また、本体に傷はないのに、ただ黄色く萎れていくだけの株も多い。この時期でこの大きさはあかんでしょ・・・


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 初めての年はモグラの穴を通ってネズミが食害するものと考えたが、これは違う。明らかに生育不良。


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 わずかに残っていた健康な株も、先日の大雨と突風で倒されてしまった・・・今年もジャガイモ全滅か。三畝も植えたのに全滅か・・・草を敵にしない、虫を敵にしない、動物も敵にしないというが、全滅は辛い。どこに原因があって対策をどうするか、いろいろ調べているが、全く見えてこないのだ。

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20160625 放置された畑

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 一連の田植え関連作業に手を取られ、畑の方はどうしてもという作業以外は疎かになりがちなのである。合間を見てなんとか手当てしてきたものもあり、放置された結果消滅して諦めたものもある。白さつまいも「イズミ」は例年生死の境目を彷徨い、昨年は全滅したのであるが、今シーズンは元気に活着した模様。


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 4/22に植え付けたウコンの葉が出ていた。初めて見た。それにひきかえ、同時に植え付けた日本のショウガはまだ姿を現さない。植え付けから2ヶ月以上経過しているので諦めて他に転用するか、しかし種ショウガに3千円もブチ込んだので未練はある。 


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 トルコ原産白ズッキーはとても元気。


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 アブラムシにやられながらも青息吐息で生き延びたケール、冬越しして二年目の夏を迎える。


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 これは何年生き延びているかわからないほど長命のキャベツ、千切り収穫で延々と頂き続けている。


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 まあ要するに手入れが行き届かんわけですわ。

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20160624 田植え終了

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 写真を上げるのを忘れていたが、「豊里」の田植えは06/14に終了。葉色も濃くなって安定し、一部は分蘖も始まっている。この圃場はあまり草が多くないので、しばらくは放置できる。


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 一方、古代米と糯米の圃場はカヤツリグサの楽園で、抜いても抜いてもいたちごっこのように蔓延る。何周かやらないと鎮圧できない。田植えは「豊里」よりも早かったが、草との厳しい競合に曝されてストレスが高く、葉色は黄色く丈も伸びていない。一部はやせ細ったり枯れたりしているものもある。除草を進めつつ、苗代に温存してある苗を補植する。


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 休耕する田んぼの裏で作付けしてきたソラマメとエンドウの柵を撤去する。生き残っていた青いエンドウも枯れた。


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 その脇、元来畔を作る部分には、縣取りだけして畝立ての後、インゲンの系統を植えた。手前から、Feijão Preto・四角豆・Garbanzo・・・左へ曲がって七夕豆・赤花豆・黒花豆・・・と続く予定で、柵の間に生えていた小麦の跡地に丹波黒大豆。


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 「サリー・クイーン」の圃場の田植えも昨日終えた。苗は、やはり育たなかったのだが、実に残念な出来事があって苗の大半を失ない、打ち捨てられた苗や万一に備えて予備的に種まきしたものをかき集めての田植えとなった。それでも苗が足りず、止むを得ず一部「豊里」の余り苗を植えた。残念な出来事の内容は、ここでは書くことができない。全く残念いたしかたなく憤懣やる方もないが、ここに住み続ける以上、致し方のないことだ。


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 この圃場の脇には、昨シーズン「豊里」に混じって育った赤くない赤米「神丹穂アルビーノ」を試験的に植えた。アルビーノの名に似合わず極めて強壮だ。

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20160622 雨かと思えば晴れ

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 雨かと思えば晴れ、晴れかと思えば土砂降りで、空模様に翻弄されまくるこの時期、予報に反して今日は晴天で空気も爽やかなので、小麦を大々的に干し、大根の実を剥いて種取り、そしてソラマメの鞘剥き・・・


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 エンドウはええ感じに仕上がってきた。


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 ソラマメの鞘も午前中でカラカラにひび割れてきたので、先ずは筵に広げて砧で叩き、唐箕で飛ばしてみたのだが、粉々になった鞘で実が汚れるので、それを掃除する手間を考えると面倒でも一つずつ剥いたほうが楽。


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20160619 カヤツリグサ

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 まとまった雨の来る前にややこしい仕事に手をつけておく。まずは抜いても抜いても蔓延ってくるカヤツリグサの除草。そして、前倒して予定の狂った田植えのために延び延びになっていた丹波黒大豆とオクラの種まき。鳥害の予防のために不織布をベタ掛けしておく。


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20160618 梅雨の晴れ間

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 梅雨の晴れ間を利用して、すばやく乾きものの処理をしておく。まずはソラマメとエンドウの実取り収穫。


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 エンドウは一部青いものが残っているので、柵を撤去するまでその株は温存し、他は株ごと抜き取りながら収穫。


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 とちり会えず並べて干し、莢が乾くのを待って実取りする。


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 引き続き、生育不良のため早取りして取り込んでおいた玉ねぎとニンニクを吊るす。


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20160617 作業重なる農繁期その2

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本来、明日は摩耶山へ行くつもりで、山羊のシチューは仕込んだしパンも焼けてるんやが、明後日以降4日続きの雨の予報、してみると今日明日はまったく貴重な梅雨の晴れ間となり、これを逃すと一週間単位で作業がずれ込んで、夏場に地獄を見ることになりそうなんで、まったく残念ながら明日は不参加とし、田植えに勤しみます。百姓は天気次第で約束すっとばすから、ほんま堪忍どっせ。

https://www.facebook.com/摩耶山アコースティックピクニック-803367129744363/

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20160616 作業重なる農繁期

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本来、今夜は友人の追悼ライブへ行くつもりだったのだが、サツマイモの苗は届くし、花豆の花は咲くし、朝からちょうどええ具合に雨がピリピリ降って (当地方の方言で降ってるか降ってないかわからんぐらいの弱い降りかたをこう表現する) 満遍なく水が浸みわたって畦を塗るには絶好のコンディションやったんで、誠に失礼して農作業を優先させてもらった。


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 深々とした枯れ草マルチに植え付けられた、farminhosの人気商品白さつまいも「イズミ」


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 またかよ・・・ジャガイモが3年連続の不調で嫌な予感・・・しかし田植えは迫り小麦も放置したままで、いくつもの作業が折り重なっているので、今は深く考えている時間がない。全体的な傾向としてナス科が苦手なので、その原因については、いつか時間をとって解決しておかねばならんとは思う。対処できないまま畦塗りに取り掛かる。おかげで最後の田植え、新畑脇田サリークイーン予定地準備完了。百姓は天気次第で約束すっとばすから堪忍どっせ。


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20160614 豊里田植え

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 雨が続くので田の準備を急ぎ、「豊里」の田植えにかかる。五葉を越えて一部は分蘖しはじめている。大きさによって幾つかのグループに分け、圃場の状態によって使い分ける。基本的に一本植えである。


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 浮き苗が混じるのを防ぐために、選別は箱の中で行う。


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 三日前に整地したのに、すでに草が伸びはじめている。除草しながら田植えをするので、一般の田植えよりも何倍もの手間暇がかかる。


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 特に深刻なのは、稲にとって最大の強敵「ミズカヤツリ」である。先日の田植えの際に除草したものが、すでに植えた苗をしのいでいる。しかも稲の葉の色が黄色くなり始めており、これを放置すればこいつは枯れる。


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 この草は一株できると地下茎によって爆発的に増え、その根は強靭で時には稲の根幹に巻きついてこれを枯らしてしまう。しかも、抜こうとすると表皮だけがずるっと剥けて茎と根が残り、翌日には表皮が逞しく再生する。指を根の下に差し込んで根から抜き取るのだが、その際周囲の土とともに稲の根も抜けてしまうことが多く、除草するにも非常に厄介である。結局、田植えの直前に徹底的に根絶する勢いでやるしかない。自然農は草を敵視しないというが、とんでもない。やられる前にやっておかないと収穫が見込めない。

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20160612 小麦の脱穀

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 旅から戻って空模様とにらめっこした結果、田植えの準備よりも小麦の脱穀を優先することにした。小麦は吸水が早い。脱穀と選別と収納は一連の作業として完結しなければならない。途中で降り出したら全体がおじゃんになるので、品種ごとに分けて作業する。


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 案の定、一つ目の選別作業中にピリピリ降り出してきたので、広げたセットのまま、ブルーシートごと無理やり納屋へ突っ込んだ。直後に本降りが始まった。滑り込みセーフ・・・


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2016年07月03日

20160611 紀勢・東紀州

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 さて帰途である。鳥羽で何を見たかったかというて、これを見たかったのである。「マコンデ」というのは、タンザニアとモザンビークの間の高原地帯に居住する民族の名前で、その抽象的で独特の彫刻美術で有名である。1989年当時のザイール旅行の復路にケニアのナイロビで一つの彫刻を買ったのがきっかけで惹かれるようになった。その彫刻は震災を乗り越えて今も手元にある。やはり本物が語りかけてくる迫力は違う。彫刻美術の中で、マコンデほど特異で複雑で美しいものは他にないとさえ思う。日本でここだけ、いつまでも続けて欲しいと思う。


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 さていよいよ旅もおしまいだ。勢和多気まで高速を飛ばし、そこから伊勢街道を遡って名張へ出るはずが、どこで間違えたのか参宮街道を馳せ参じて東吉野の手前まで来てしまった。今日は第二土曜であるから「赤目自然農塾」が月例会をやっているはずである。


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 まあいろいろ友達も増えたことだし、ちょっと寄り道していきたいと思っていたので、高見山を巻いたあたりで山道へ入り、曽爾高原を経て室生へ出、赤目へ戻り、知った顔たちと再会することができた。


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 名張が近いので、いつかラジオで聞いた「花筏」を風流に鑑賞して旅を締めくくる。


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20160611 紀勢・東紀州

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 外宮から内宮へ、徒歩にて参宮街道を歩いてみる。


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 きわめて豪勢な近鉄宇治山田駅、かつての伊勢参宮の終着駅であった栄華を忍ばせる。


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 外宮から弓なりに続く旧参宮街道は、生活臭いっぱいの街道筋で、ところどころに古い建物がある。


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 神宮の三つの博物館のうち農業館、農業館とつくものを見れば入る癖がついてしまった。それは、おもに機械化される以前、どのように農作業を進めていたか、そして彼らの生活は幸せであったかをそこに見たいと思うからである。そういう点で、神宮農業館は、神に供える稲の扱いに重点が置かれていて目論見は外れたが、日本人が稲に対して抱いていた特別な畏敬の気持ちについて、推し量ることができた。


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 神宮徴古館、建物はベルギーの王立博物館を彷彿とさせるヨーロッパ調のものであるが、展示内容は、そう、これこそまさに日本国家神道の文化財を正しく継承するものといえる。神社の造作、調度、装束、刀・・・綺麗や祭礼の次第や意味・・・普段何気なく触れている神社の伝統行事などが、できる限り実物を使って展示、解説されているところは素晴らしいと思う。このような博物館がきちんと日本の伝統を守り伝えていることを誇りに思う。これはすばらしい。


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 午後になった。伊勢とはお別れだ。名残惜しいが、戦災で焼け残ったという川崎地区の街並みのそぞろ歩きを最後に、この町とお別れするとしよう。


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 やたら「伊勢うどん」の看板が目立つので、土産代わりにいっちょ食うていったろかと思て注文したらこんなん出てきた。なんやこれ、ダシは真っ黒で麺はクタクタで全然なっとらんやんけ・・・と思たんやが、これが名物だそうだ。帰りに川沿いに止まるカリーナちゃんをパチリ。


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20160611 紀勢・東紀州

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 鳥羽で朝を迎えたので、そのまま日の上がるまで待って鳥羽を観光し、そのあとでお伊勢参りをしようかとも思ったが、行動が先走る私は、先に伊勢を回ってから鳥羽に戻り、帰途につくことにした。伊勢神宮というものを知らぬ私は、それが二つあることも、外宮を回ってから内宮へ行くものだという習わしも知らなかったので、とりあえず道なりに走って内宮の駐車場へ入れた。これは正解だった。


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 神社そのものはどうでもええんよね。別に参拝することもないし。この佇まいから噎せ返ってくる霊気が大切、礼拝はしないけれども、神聖な場所に入る礼儀は弁えてる。ここがヴァーラーナーシーなら沐浴の人だかりに市も立つことだろう。


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 日本の神社は、それに比べて自然の中に人を置くふくよかさがあり、決して人を威圧するものではない。


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 ただ、日本有数の神社ともなると、広大な敷地に玉砂利の広大な道が延々と続く。その整頓された有り様は、私にとっては威圧的である。なぜなら乱してはいけない場所に入って行く気がするからだ。


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 早朝に来て正解だった。なぜならほんの一時間後にはこんなことや、


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 こんなことになっていたからだ。


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20160611 紀勢・東紀州

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 こういう日の出は生まれて初めてか、余ッ程゜稀に見るほどの荘厳さであった。赤い光というものが、これほど美しいとは。


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20160610 紀勢・東紀州

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20160610 紀勢・東紀州

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 ということで、要するに志摩半島は全体がリゾート地ということが分かったので、鵜方・賢島・志摩半島を今日一日かけて隅々まで見てやろうと思ってあちこちドライブ・・・


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 「志摩地中海村」へ行ったのなら「志摩スペイン村」へも行かな不公平やと思たんやが、


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事前に調べてなかったんで、行くまでわからんかったことなんやが、「志摩スペイン村」というのはリゾートホテルの名前で、


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併設された「パルケ・エスパーニャ」というのは遊園地の名前であり、


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いくらなんでも私には関係ないので、


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その間に立っとる「ひまわりの湯」という温泉施設だけ利用して・・・


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これがなかなか良かった・・・「パールロード」という観光道路沿いのちょっとした広場・・・たぶん私有地・・・に無断駐車して3泊目の寝ぐらとした。


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20160610 紀勢・東紀州

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 志摩半島というと、私の世代で音楽活動を志していた者にとっては、ヤマハが設立した音楽保養施設「合歓の郷」は、一度は見てみたい音楽の聖地であったはずだ。なぜなら、ロックをやる、バンドを組むなんてことは、青少年の健全な育成の観点からいかがなものかというオトナたちの弾圧が厳しく、曲を作るにも、集まってアレンジを練るにも、オトナの目をかいくぐり限られた時間と格闘しながら、まさにマンホールの下に潜ってこそこそとやらざるを得なかった。


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 我々の望んだことは別に贅沢な望みではない。思う存分に音を出して試行錯誤して良い時間と空間である。まあそれが最も贅沢だと言われればそうかもしれないが・・・ともかくそこから生まれた「音楽的共同生活」の構想を見果てぬ夢として抱き続けた我々にとって「合歓の郷」は、まさに心のよりどころであった。どこかの富豪が中世の城をぽんと買ってくれるわけでも、某巨大レコード会社が環境の良い快適な廃校を自由に使わせてくれるわけでも、自由に出入りして良いヒッピー好きの金持ちのお屋敷が近所にある訳でもなかったからである。


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 さて、現在「合歓の郷」は「Nemu Hotel & Resort」として経営者も変わって広大なリゾート施設として運営されている。その一角に、サイトにもパンフレットにも掲載されていない「Music Camp」という一角があり、それがかつて我々のあこがれた「合歓の郷」である。


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 結論から言おう。音楽施設としての「Music Camp」は、現在すでに入っている予約のみを終了したら今年2016年9月をもって閉鎖されるという。だから、施設の表玄関までは行けるが、中には入れない。


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 「Nemu Hotel & Resort」は、受付棟に車止めはなく、施設内は自由に入ることができる。「Music Camp」の前庭は綺麗に手入れされているが、表立った三つの建物は、近づいてよく見ると痛みが激しい。特に中央のホールに至っては鍵がかかっていない。またガラス越しに見える内部は、非常に荒れたまま放置されている様子が見て取れる。しかも、右側に鎮座する大仰な車、なんぢゃこりゃあ・・・こーゆー世界だったのか、夢は崩壊し現実をつきつけられ廃墟を後にする。残念な気持ちだけが残る。まあ、世の中なんてそんなもんだ。


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2016年07月02日

20160609 紀勢・東紀州

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 東紀州の太平洋岸を国道42号に沿って伊勢方面へ向かう。七里御浜という長い海岸線を見渡し、尾鷲を経て紀伊長島に至る。そこで国道260号に入り、南伊勢の平野部を東進する。これらのエリアは、紀伊半島の西半分と異なって、山と海の間がなだらかで、比較的穏やかな景観である。農村も多く移住するには良さそうだ。特に南伊勢は、人も柔らかくて良い。


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 今回の旅の主な目的地である「志摩地中海村」には夕刻に着いた。もちろん予約もしていないし宿泊するつもりもない。ただ、スペインやイタリアの街を本物を使って再現したというのに惹かれて来てみただけだ。


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 入場料も特にない。宿泊棟以外は夕刻には閉店して、特に店が営業しているわけでもなく、かといって門扉が閉まっているわけでもなく、人気のない街並みをぶらつくことは問題ないようだ。


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 現地プロデューサーを招いて本格的に再現したとあって、細部に至るまで作り込まれた調度が実に素晴らしい。こんなことをやる会社があるのかと懐の深さを実感する。と同時に採算のことを心配してしまう。中に入れないカリーナちゃんも外構をちょっとだけあしらってショット。ここでねぐらとしても良かったんやが、宿泊者のせっかくのリゾート気分を壊してもなんなんで、近隣のなんの変哲もない道の駅で夜を明かすことにした。


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20160609 紀勢・東紀州

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 吉野から熊野へ、大峯奥駈道と並行する車道を下り、気がついてみたらカリーナの導きに従って日本の聖地を巡る旅になっていた。思えば仕事でこの地を訪れていた頃には、自分の通っている道の何たるかさえ知らなかった。カリーナは、まだ私たちが若かった頃、何も見ずに失踪した道の意味を、今改めて我々にふさわしい歩調で辿り直して見せてくれようとしているのかもしれない。


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 熊野本宮大社。わが心から尊敬する博物学者の南方熊楠氏の特別展をやっていたので、参拝を後回しにしてこれを見る。なんといっても圧巻は彼の直筆の著作ノートである。その細かい字、几帳面な筆跡、複雑な構文を一発で書き記していること、何より教訓、とにかく筆写する、筆写して覚えてしまうやり方は、私も子供の頃からよくやった。多言語を操る。彼の逸話の多くが頭に叩き込まれているので、一つ一つの展示物が生き生きとした実体を持って迫ってくる。


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 本宮前の観光目抜通り、辺りを散策してみたが、まあ特に感じるものはなかった。巨大な神社の駅前商店街なんて、まあこんなもんだろ。


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 宝物殿の中に展示されていたイベリア半島様式のタンバリン、装飾とジングルのハンマリングの妙、独特の淵の加工など、おそらくここからチューナブル・タンバリンの発想が生まれたのではないかと思わせる造作である。詳しいことはわからない。もしかしたら西アジアの方が先かもしれない。


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 熊野川に沿って海に向かいつつ気のついたことがある。川沿いの山肌に、道路の高さとは別に一定の高さで樹木の色が異なる帯が見られるのである。これはもしかしたら、5年前の紀伊半島大水害の爪痕か、水がこの高さまで上がった可能性は十分考えられる。とすれば本宮の宮前目抜通りの不自然な広さや建物の新しさ、人気のなさも頷ける。以前訪れた熊野那智大社や那智の滝周辺の、凄まじい破壊の様相を思えば、おそらくそうだろう。


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 熊野速玉大社、この河原屋敷のように、いざとなったらパタンと閉じて、大八車一つで夜逃げできるほどの身軽さが望ましい・・・海・・・太平洋・・・


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20160609 紀勢・東紀州

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 名勝「瀞峡」断崖絶壁に囲まれ、流れの淀んだ池のような空間である。水の色が濃い。


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 一旦廃業されたのを近年カフェとして再開されたらしいのだが、何も調べず予約もせずに行ったため、営業しているとは思えずスルーしてしまった。朝が早かったからかも・・・


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 瀞峡回りの高速舟も来るらしい。むしろそっちの方がウリらしいのだが興味がないのでこれもスルー・・・


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 苔むしたええ感じの木造建築の周りにいるだけで満足。


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 南下するに従って山が穏やかになり、道も広くなり、下界の香りがしてくる。途中で出会ったカフェ・・・


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 開店時刻前だったため、ここもちょっと外から見ただけでスルー・・・


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20160609 紀勢・東紀州

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 北山川を熊野に向かって南下する。川沿いの少し開けた場所に現れては消える小さな集落、斜面に寄り添うように建てられた質素な家、家庭菜園程度の畑を見ることはあっても、田んぼは見かけない。歴史的に林業で生き抜いてきた村である。しかし、木を伐っても食べられない。山の暮らしを知らない私には想像がつかない。


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 北山村は三重県と奈良県に挟まれた和歌山県の飛び地の村である。村全体が飛び地であるのは日本唯一で、それは伝統的に林業業者の間で、北山川→熊野川下流の和歌山県新宮市との結びつきが強かったからだという。切った木材を運搬する手段が筏であった。北山川は水運の路である。紀伊山地の多くの川に見られるが、北山川は特に水流が激しく、渓谷美が際立っている。流れの淀んだところには、たいてい集落が開けている。いまでは水運は国道による陸運に代わり、大きな集落には道の駅が出来て、観光が産業になる。筏による木材流通も観光筏として保存され、筏師が村へ戻った山道はハイキングコースになっている。


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 北山の山村集落には独特の雰囲気がある。石垣の上にプレハブに似た木造の質素な板壁の平屋が載っている。複雑な構造を持つものは少ない。空間的にも経済的にも、また精神的にも甍を競う気風はなさそうである。これは山深い紀伊半島の集落全体の傾向のように思われ、それが独特の景観をなしている。同様のシンプルさは、富山県の山深い山村集落や、中国地方日本海側の漁村にも多く見られる。大屋敷ばかりの丹波の山村集落とは全く趣が異なり、私としては紀伊半島の方が親和力を感じる。


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 途中、観光筏下りに使われる筏置き場の脇を通った。7連で1編成となり、沿道沿いにいくつか積み上げられた場所がある。


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 材料は変わっても、結束方法は伝統的なものらしい。幾つかの様式があるようだが、北山川は激流が多く、紀伊半島の他にはない様式を発展させたという。それを操る筏師という専門職は高嶺の花で、村のあちこちにそのプライドが見て取れる。その気風が、私をこの村に引き寄せるのかもしれない。銀山の坑夫、漁師など、刹那的な生き方を選んだものたちの気風、彼らが定着した集落の独特の空気感、そうした緊張感が今も残っていることが素晴らしい。


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 谷に吸い込まれそうな、まったく雄大な景観である。こんな素晴らしいところが、さほど遠くないところにあったのか・・・

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20160608 紀勢・東紀州

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 ふと思い立ち、梅雨の晴れ間が4日も続く、しかも四連休が取れたので、あまり調べもせず、いつものように愛車カリーナちゃんに寝具と着替えとわずかな資料、それにカメラとポータブル・オーディオを積んで、紀勢・東紀州へと旅に出た。移住計画なんてもはや夢のまた夢、今回の旅は気楽に日本を見て回る観光の旅である。


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 出荷が重なっていたので実際の出発は午後になった。昔取った杵柄、ハンドルを握る私よりも愛車カリーナの方が道をよく知っている。紀伊半島の東半分を狙うには、吉野から南下するのが良いとタイヤが導いてくれた。ここは大和上市、吉野への玄関口だ。穏やかな飛鳥の風情を懐かしく目に焼き付けて、山岳ドライブに突入する。


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 山々の連なりの中に、水を収め、木を利用した人々の営みが蓄積されている。紀伊半島の魅力のひとつは、その有り様を具に見ることだ。


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 谷底を這うような旧道に並行して中腹にへばりつく新道、ところによっては更に高規格道路が宙を舞うように山野を貫く。難所一つを越えるのに三重のルートがあったりする。食品業界で営業をしていた頃、担当していた和歌山拠点の地方スーパーの店舗巡回で最大の難関を「新宮串本コース」と呼んでいたのだが、それは紀伊半島の最南端へ山越えで直達するルートだった。当時はまさに大型車との離合は困難、ヘアピンに続くリアスで沢に沿った細かいひだを丹念に縫うような細道を、延々と辿ったものだ。トンネルは大腸内視鏡状態で照明もなく、晴天から突入すると目くらまし、トンネル内部に何箇所か退避スペースがあったりと、時計を気にしながらの長時間ドライブで現場に到着するだけで消耗するような状態だった。今では道路の線形も改善され、まったく隔世の感がある。


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 南下する道路は国道169号すなわち東熊野街道吉野路である。大峯奥駈道にほぼ並行する。山上ヶ岳・伯母峰峠・大台ケ原・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳・前鬼の里・・・と霊場ゆかりの地を通り過ぎて上北山村に至る。紀伊半島の主要幹線で雄大な景色が続くが、時として日本らしいコンパクトな曲がり角に心が癒される。


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 下北山村、熊野と尾鷲への分岐点の池原ダムに憩う。雲に隠れる紀伊の山並みを見晴るかす。行けども行けども山、また山・・・不信心な私でさえ、ここが霊験あらたかな日本の聖地であることを肌で感じる。


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 池原ダムは巨大なダム本体に立ち入ることのできる数少ないダムだ。見ているだけで指が汗ばみ、下腹が縮む。


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 身を乗り出して下を覗いてみると、奈落への階段に吸い込まれるようだ。


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 見あげると、なんと、ダムの脇の山を開いてログハウスが数軒みえる。どこかの保養施設かと思ったが、なんとかアクセス道路を見つけて近づいてみると、いやこれなんともおしゃれなコテージ村であった。敷地入り口に門もなく鍵もかけられておらず、まったくの無人であったので、ちょっと失礼して無断偵察、気に入ったので、まだ寝るには早いがここを今夜の寝ぐらと決めた。


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 正しくは「下北山スポーツ公園」である。ダムの下にかなり広大な施設があり、中にレストランや温泉もある。山の上のコテージ群は、様々な宿泊環境の中のひとつのヴァリエイションであったわけだ。レストランで食事をし、温泉に浸かって体をほぐし、何食わぬ顔でコテージ村に車を入れて、さも宿泊者であるかのように駐車してカリーナの懐に抱かれる。


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 疲れが出たためか開放感からか熟睡。早寝早起き幻想的な山間の朝霧を眺めつつ、静かな山の空気の中でコーヒーを沸かし朝食をとる。眼下のダム湖を包む雲海、山から寄せてくる霧雨、鳥の声しか聞こえぬ静寂、孤高の時間を過ごした後、トイレもあって体調万全。


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2016年07月01日

20160605 田植え開始

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 田植え開始、例年より2週間も早い。まずは古代米と糯米から。苗取りの時間が、実は全農作業中で最も幸せな時間だったりする。


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 三種類あるので、竹を渡して区分してある。通常の田んぼとはずいぶん様子が違うのでわかりにくいかもしれないが、よく見ると植わっているのがわかる。この状態で田植え完了。


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20160604 苗代の観察

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 左から「朝紫」と「神丹穂」、いずれも順調な仕上がり。


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 「緑糯」と「豊里」、古代米ともち米は、計算上は時期尚早だが、状態としては植えても大丈夫。


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 ところが「サリー・クイーン」の不調が目立つ。左の「豊里」と比べても一目瞭然。インディカの「バスマティ」とジャポニカの「日本晴」という異種の掛け合わせに無理があるのか、状態が安定せず、出足が特に悪い。種の入手ができなくなったので自家採種に頼っているが。年々悪くなる。苗代に置きすぎるとイモチ病が多発する。


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 ウリ科の発芽は順調で、特にズッキー系の一部は定植可能。


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 雨模様なので、取り外しできるように竹棒を重りにしたシートで覆う。


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 降り出した雨を利用して畦塗りをする。今シーズンは畑の半分を休耕にしているので、そこへ大豆を植えることにし、畔豆にはしない。これは畔の草刈りの省力化にもなる。とにかく農作業を減らすこと。


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20160603 梅雨前最後の快晴

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 おそらく梅雨前最後の快晴、無駄とは思いつつも全体を鳥よけネットで覆い、余った部分を使って下からの攻撃にも対処する。実際こんなことしても無駄である。鳥達はわずかな隙間をかいくぐり、そこに集中して穴を開け、ネットの内側を自由に移動する。裸で置いておくよりちょっとはマシかなという程度の効果しかない。従って長く干すことはできない。さらに雨が降る。とりあえず干したら、雨の止み間をついて脱穀し、穀物貯蔵庫に放り込んでおく。梅雨が明けて強い日差しが来たら、改めて網戸に広げて干す。


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20160601 タマネギ早取り

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 葉色が悪くなったので、玉ねぎは未熟のまま収穫。ニンニクは取り時を迎えたのと、タマネギからの病気感染を警戒して収穫。


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 小麦も一部青いものが残っているが、鳥害を警戒して早めに刈り取る。


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 穂が白っぽいのが特徴の「ユキチカラ」が束ねられて夕陽に映える。


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 芒の長い「ミナミノカオリ」のはヨーロッパ的な色調。

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20160529 小麦刈り取り

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 なんてことを言ってる間に小麦がヤラレはじめた。鳥は片ッ端゜から引き倒して穂を地面に落として実を食らうので、みるみる畑中の麦を引き倒されるし、食い残しは畑に残って発芽するしするので、これが始まったら食い尽くされないうちに刈り取って干して脱穀してしまわねばならぬ。しかも梅雨間近・・・


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 麦の刈り旬は、実を爪で押してみてわずかに型がつく程度とされているが、げんじょうはとてもとても、まだ乳液状態である。しかしこの乳液を取りは好むので、放置すれば全滅する。昨シーズン以来の全滅シリーズの続編はごめんやし、ここは嫌でも刈られてもらう。


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 周りの田んぼでは田植えが始まった。


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 これは田植え、すなわち移植栽培ではなく直播栽培の例・・・近くにいろんなやり方をする師匠達がいるので幸せだ。


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 あれこれ翻弄されてる間もなく、私もとにかく畔作り、いよいよ農繁期突入。

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20160527 便所サンダル

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 いわゆる「便所サンダル」略して「便サン」・・・昔はどこにでも売られていて、数百円で何年も持つ丈夫なものが当たり前だったのだが、希態に小洒落たサンダルが幅を利かせてこーゆー基本アイテムが入手困難になった。先日インターネットで千数百万円もするのんを探し出してようやく注文できたのだが、昨日たまたま通りかかった履物屋に懐かしくぞんざいに置かれてあったので、種類の異なるものを二つ購入して、これから履き比べてみることにする。左のものが日本製、右二つは中国製である。

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20160525 ソラマメ・エンドウ最盛期


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 遊んでる間に、麦やソラマメはは熟成の時期にさしかかった。




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 ソラマメは、初期に病害にやられてかれてしまう株があるが、放置しても周囲に影響しないようだ。葉色が衰えても結実は旺盛で、特に摘芯などしなくても大きな収穫が得られる。この土は豆と相性が良い。ありがたいこっちゃ。




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 エンドウも本格始動、合間に生える小麦も色づきはじめた。




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 セリと並んで出荷を待つ。


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20160522 たまたまザイール

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 続く日曜日、京都堺町画廊にて、コンゴにディープに関わる日本人の集まるイベント、私とともに写っているのは、なんと中央が山極壽一京都大学総長 !!!! 、右は昨年『たまたまザイール、またコンゴ』という本を出版された作家の田中真知氏・・・全く異なるアプローチでコンゴに迫る3人の、それぞれの立場による同じ国の見え方感じ方が大変面白かった。


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山極教授はゴリラの研究のフィールドワークで40年以上もコンゴと関わられ、その研究成果を人類の平和共存の模索に繋げようとしておられる。




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また、田中氏はジャーナリストとしての豊富な体験をバックに、コンゴ河を下るという場面に現れては消えていく現地の人間模様を、ありのままに浮かび上がらせる。




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私は私で遥か彼方に見える光明に向かって、手段も方法も選ばず闇雲に突っ走る音楽バカ。それぞれの生き方、それぞれにまつわる秘話、そしてそれぞれの立場を共にする人々が、普段は全く接点を持たないのに、今日この場所で一堂に会したことが、このイベントの意義。ひとつのありかたとして、三者三様のコンゴへのアプローチを、一般に向けて公開していくことができれば面白いことになるだろう。


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posted by jakiswede at 15:03| Comment(0) | 変態的音楽遍歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20160521 摩耶山

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 cafeminhos @「摩耶山リュックサック・マーケット」x「摩耶山アコースティック・ピクニック」のFeijoada


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 肝心の小遣い稼ぎの方はそっちのけで・・・


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 ええ音が聞こえてくるとつい・・・


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 人の迷惑も顧みず見知らぬ人の演奏に乱入し・・・


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 あきれつつも温かく包み込んでくれる古い仲間に守られて・・・


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 今日も一日幸せにすごしました。

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