2017年01月05日

20170105 ベッドDIY

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 農作業の終了とほぼ同時に年末より部屋の改装に取り組んだのであった。というのは、一昨年は友が10人、昨年も3人と旅立ち、生きている同世代の演奏家も散り散りになっていくなか、世の中はますます生き辛く、安心して働けるような場所もなく、このままでは単なる食えない鈍百姓で一生を終わってしまいかねないので、思い切って持ち物を徹底的に処分、部屋の空間を再編して、常に音楽と接し、いつでも楽器を手にとって演奏できる空間を手に入れ様と目論んだ。所持品の不用品のうち、オークションにかければ売れそうなものは分別して和室に並べた。音源や資料は吟味した上で分類するので、これらは嵩を減らして一旦収納する。膨大なレコードは、カラーボックスを横置きにして何台も積み上げてあったのだが、そうするとカラーボックスの幅の45cmが、LPレコードの高さの30cmちょいを大きく超えるので、これを圧縮すべく寸法きっちりのものを作った。写真の両端にある4つの木箱がそれ、合わせてデスクサイドの本棚も一つ、入れる本の寸法に合わせて変則的な棚組とし、これらに収納できないものは処分するという切り方でいく。もう人並みの人生なんて望み得べくもなくなった裏街道、やれるうちに好きなことやっとかんとホンマにいつ死ぬやわからんのでね、今まで寝てた和室は所持品を順次オークションにかけていく作業スペース、パソコンと机の他は大量の音源や資料庫になっていた真ん中の部屋をスタジオ兼寝室にしてフル活用、光陰矢の如し、成年老いやすく学成り難し。


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 知性が、民主主義が、論理的思考が、人を幸せにする、少なくとも人が幸せを掴む道標になると信じていたし、少なくとも日本やこれらを是とする社会に生きる国々の人達にとって、広く共通に是認されているものだと思ってきた。しかしそれは、衣食足りて礼節を知る人の認識であって、今じわじわと足許から衣食が崩れ流されているのである。社会的経済的肉体的精神的に弱い人から流されていくのである。その割合は、かつては社会のセフティ・ネットで吸収できる程度のものだったが、おそらく今は、実感として2割から3割にのぼるだろう。貧困が最も大きな原因だが、必ずしも経済的弱者が犠牲になるのではない。裕福で社会的地位を確立した人であっても、別な要因で流されるように見える。彼らの多くは「知性が、民主主義が、論理的思考が、人を幸せにする」という価値観に反発する。むしろその多くは、これに反発することによって自己を確立してきたとさえ言える。私には、人がそういう向きに進む原因がどこにあるのかはわからない。しかし察せられることは、この価値観の共有によって一定の社会性を得たと意識している人たちの側にある種の仲間意識のようなものを醸し出す要因があって、我々はそれを快く感じ安堵するのだが、それを嫌悪する性質の人も少なからずいるということ、そして我々はそのことを意識しなかった、彼らが仲間外れにされていると感じていることに気がつかなかったのではないか、その気持ちを汲みとる努力をあまりにも長い間怠ってきたのではないか、と思うのである。なぜなら、それは知性的でも、民主的でも、論理的でもないから。しかし人間は感情で動く生き物である。彼らは、学校で教わり、社会で叩き込まれ、メディアを通じて押し付けられるこの社会通念を、苦々しい気持ちで耐え忍んできたのではないか。知性的で民主的で論理的であるがゆえに、自分たちの本当の力がないがしろにされていくのではないか、と彼らは長い間気を揉んできた。しかしそれを言葉にすることは憚られ、また論理的に説明することに疎かった。彼らの気持ちは封じ込められる。そして社会との違和感に打ちのめされた者は貧困に落ちてゆき、逆手にとってビジネスに転嫁し得た者は実業家になる。そこに彼らの悔しさを吸収する一つの思想が生まれる。それは当初全く目えず、その実態も明らかにならなかったが確実に浸透を続け、社会の上下を分け隔てなく不満分子の受け皿となって、気がついたら大きな勢力を形成していた。


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 形こそ違え、安倍政権とトランプ政権とトルコのエルドゥアン政権とシリアとイラクの「イスラム国」は、そういう点で成立要因が共通する。中国やインドや韓国は夫々にちょっと違う。世界にはもっとたくさんあるだろうし、人が集まる組織は多かれ少なかれ同じようなものだ。要は程度の問題である。その最も重大な危険性は、自分たちの弱さを認めないことである。論理というものは人間の欲得に影響されないから、「不都合な真実」をも白日の下にさらす。弱さを認めない者はそれをなきものとし、その論理性を封殺しようとする。知性と民主主義と論理的思考はひとつながりであるので、結局これらを否定することにつながる。その結果、彼らは「不都合な真実」のないバラ色の未来を描くことができ、繰り返し繰り返しそれを宣伝することによって、人々の脳裏に虚構の安心感が浸透していく。一方、知性的で民主的で論理的な人々は、その思考行動が知性的で民主的で論理的あるがゆえに「不都合な真実」を量産する傾向にある。人類が多様である以上、合意を得ることは難しい。民主主義は「決められない」ものなのである。攻撃されると最も痛い脇腹である。そしてマンの悪いことに事態は緊迫している。活動すればするほど伸びしろがあった時代なら共存できた思想家や指導者たちも、何かを壊さなければ自分たちの伸びしろが確保できない。壊すのも人間なら、壊されるのも人間、深刻化すれば戦争になる。人は「戦争反対」と言う。私も「戦争反対」と言おう。しかし戦争は起こる。人間に欲がある以上、人間が全き知性的で民主的で論理的存在でない以上、そして欲のない人間には将来もない以上、人類は戦争を止められない。我々がこの敗北主義という「不都合な真実」に足を取られている間に戦争は勃発する。どこかで誰かが、いずれかの段階で、彼らの暴走を阻止してくれることを期待するしかない。それができなかったら、その責任の一端は我々にもある。つまり、いい気になって論理万能主義を高く掲げるあまり、彼らの長年の気持ちに寄り添えなかった自分たちの傲慢さに、その結果不満を持つ人たちを量産してしまっていることに今の今まで全く気がつかなかった我々の無神経さに、平和を叫びながらその真実についてはオブラートで包み続けている自分たちの不条理を知ろうともしない論理的姿勢の欠如に。


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 社会への関心にとらわれるあまり、自分を省みることの少なかった半年を深く反省して、私は来シーズンギリギリまでは農作業をしない、シーズンに入っても得意中の得意品目しか基本的に栽培しない、苦手な野菜はスーパーで買うことに決めた。とにかく生活に音楽を取り戻さなければ、その時間を作らなければ、自分がダメになってしまう。私は自分の農業を事業化できない。その道を歩まない。そのかわり多様態をめざす。農閑期中に環境を整えて、夏までにはある程度形にしたい。まずは自分を大切にする。この土地の冬の、地面からひしひしと上がってくる湿気を帯びた寒さに、畳一枚布団一組で対抗するのは疲れた。私は生まれてこのかた、ずっとベッド生活だったのである。ある程度高い位置でないと落ち着かない。急ぐ。勢いに任せてこれらのベッドのすのこ製作。棚に乗せてハイベッドとして使うつもり。木工はどちらかというと苦手なんやが、既製品では到底収納できず、背に腹は代えられんから強行突破。別に難しくはないが、カホンを作るのんと違て2メートルの長ものの場合、ねじれが強烈で修正に手間取った。棚類を設置してすのこを乗せたら、頭に描いていた部屋のイメージが現実のものとなる。マットレスが来た。セミダブルなんでね、細身の女性ならご一緒できまっせ。


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posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする