丹波黒大豆の選別。
今年最後の出荷
選から漏れたクズ豆・・・さらに選んでいって粉に挽いてきな粉餅にして食てこましたる。
農作業の終了・・・終わった・・・やっと終わった・・・
東畑脇田のパン用小麦「ユキチカラ」と、それを挟むソラマメとウスイエンドウ。
茅を積み込んだ東畑本田。
生き残った多年生キャベツ。
新畑の様子、ここは来シーズンはオフになるので、茅をどんどん積み込む。
そこで育つパン用小麦「ミナミノカオリ」
結球せずにわき芽を出す白菜。下は新畑脇田。
気がつけば冬景色・・・
今年の大根は非常に小さい。
唐辛子類も採り納め。
乾かす準備。
冬の加工品ラインナップ・・・てほど量ないんやけどね。
まあそれでも毎週出荷できるのはありがたいこっちゃ。
久しぶりにクープがよく開いたパン・・・
追い込み。早く農閑期に入りたくてうずうずしてくる。田んぼの畦シートを外し、生育に問題のあった部分に一年食品残渣を積み込んだ堆肥を集中投下。
丹波黒大豆の脱穀、12月も中旬なので、あと2回しか黒豆を売るチャンスがない。
豆は、米や麦ほど細か聞くないので、シート養生も簡略で良い。
脱穀直後は、実も鞘もごちゃごちゃで、しかも開いてない鞘もたくさんあってその中に実が入っている。
分けては飛ばし、分けては飛ばしを繰り返して・・・
それでも開いてない鞘があるので砧で叩いて実を出す。
繰り返していくうちに、だんだん純度が上がってくる。これを網に広げて、さらに干す。
程よく皮が乾燥してきたら貯蔵する。湿気ている間に箱に入れるとカビる。
さつまいもは低温と密閉に弱いので、このように保温性と通気性のあるブドウのスチロール箱に入れて台所の水屋の上に積んでいる。春まで保存できる。
すでに傷んでいるものや、ネズミがかじって保存のきかないものは、先に干し芋に加工してしまう。
芋は適当な大きさに切って4時間蒸す。全体が飴色に透き通ってきたら頃合い。手で持つと崩れるほど柔らかいので蒸し布を使う。
火から下ろして蓋を開けて数分、粗熱が取れたら固まらないうちにスライスする。刺身包丁が良い。
しのぎが芋で粘り、それがすぐに固まって切れなくなるので、常に水洗い水切りしながら手早く切る。
切ったら網の上に並べる。べとついて埃が付着するので、網戸の上によく洗った網を敷いてから載せる。こうすると突然の雨の時にも対応が早い。三日ほど晴天が続けば糖分が粉を吹いて、美味しい干し芋ができるはず・・・
さて今シーズン農作業全体も、箇条書きにできるほどになった。終了まであとわずか。
丹波黒大豆収穫。「神丹穂」ハンモックでしばしお休み。
ウスイエンドウとちょっと足りなかったソラマメを撒き足した分の植え付け。それと、ためしにガルバンゾが冬越しできるかどうかやってみる。もしできるなら、その方が栽培の可能性が広がる。
パン用小麦「ユキチカラ」が発芽している。
干し柿もそろそろ食べられるか・・・
手を止める暇もない。干し芋用白さつまいも「イズミ」の収穫。出来るとなるとキョーレツ。
あんまり美味いんで、ネズミも残さず食うてまいよったんぢゃろ。
結構豊作==Э.:・'゜☆。
今年の米作り終了。籾摺り機を掃除する。かなりの小米や破砕米が出るので、それを回収して丁寧にゴミや石を取り除き、これを炊いて食べる。毎年、感謝の気持ちを込めて、初めての新米は、敢えてくず米をいただくことにしている。
さてシーズン終了に向けてラスト・スパート。手が回らないので、取り込んで干してあった豆類を剝く。
豆・種・唐辛子その他、細かいものが取り込まれていて、それらを仕分けしながら長期保存に耐えられる状態に持っていく。
結局花豆は、場所を食った割にたったこれだけの収穫だった。
合間にくず米ご飯を炊いていただく。
足踏み脱穀機の段取り、一番下に大きなシートを敷き、その上に小さなシートを敷いて、足踏み脱穀機を乗せる。その足回りを取り囲むようにさらに小さなシートを敷いてから、籾を受けるためのスチロール箱を置く。こうしておくと突然の雨にも撤収が早い。
脱穀機には専用の傘があって、それを覆うに足るだけのシートを洗濯バサミで止める。もみの飛散を防ぐためである。シートの裾は角材などで重石をしておくと風に煽られなくて良い。
脱穀を終えたら上からシートを外してスチロール箱を回収し、
脱穀機をどけて順次シートに残った籾を回収していく。
最後のシートにはほとんど落ちてないくらいが良い。
唐箕をセットする。これも何重かにシートを敷き、風で飛ばされる側にもある程度受けるものを用意しておくと回収が早い。
繰り返し風選してゴミを取り除く。
籾摺り機にかける。
晩稲は幸いにして天候に恵まれてカラッと乾燥、めでたく脱穀。
まずは「神丹穂」から。このキョーレツな芒を見るとほんまにうれしくなる。今年も元気やな、って。
何種類かの少量栽培品種を先に脱穀して唐箕で飛ばしてたら、空がにわかに掻き曇り湿気を帯びた暖かい風が吹いてきたので、大雑把に片付けて軒下に避難。
タマネギの植え付け。忙しくて結構雑に種まきしといたんやが、わりと育ってくれてる。
んで、しっかりしたやつ優先に植え付け。手前は初挑戦、「泉州」という大阪の固定種。
上は同じ無貯蔵種の「ネオアース」。田植え枠を定規にして3列植え、冬の間じゅう私のしょんべんをかけて肥培。
たまには鉄道少年に戻ってみる。男の子は多かれ少なかれ電車が好きだと思う。大きくて硬くて力強いものに憧れるからだ。しかしなぜか、おおっぴらに電車が好きだとはなかなか言いづらい空気がある。それはたぶん、「憧れる」ということは「持っていない」ことを認めることになるからであろう。昼間っから電車の写真なんか撮っているのは、世間からお呼びのかからない暇人であって、男として後ろめたいという思いがある。でも本心は堂々と、好きな電車を心ゆくまで撮ってみたい。その電車が最も美しく力強く格好よく映える撮影スポットを探し出し、何度も通い、季節や天気や光の具合を待って、ベスト・ショットをものしてみたい。しかし現実にはそんな時間などありはしないのだ。で、仕方がないから駅のホームで電車を待つ。狙い通りの車両がすぐ来てくれれば良いのだが、大抵そんな時に限ってなかなか来ない。もしかしたらその日は運用に就いていないかもしれない。何本も電車をやり過ごしていると、それがラッシュ時なら駅員や学生バイトに見咎められはしないだろうか、普通にも特急にも乗らなかったことをたまたま見ていた客に怪しまれないだろうか、いやいやもうやめよう、今日は諦めようなどと、なにも悪いことなどしていないのに、つい萎縮してしまうのである。
そうして私は数多くの取るべき車両を取り逃がしてきた。阪神淡路大震災から生活を立て直すゴタゴタの1995年秋に阪急京都線の特急専用車2800系がさよなら運転して廃止になったのを知らなかったことは致し方ないとしても、能勢電に移っていた旧1010-1100系が2001年まで残存していたことを知らず、近くは京都線で最も車齢の古かった2300系が2015年に廃車されることは知っていたが動けず、能勢電に移って1500系となった元宝塚線専用の旧2100系が2016年5月に廃車されたことを知らなかった。生まれ育って毎日のように乗っていた宝塚線の主力車両3100系の写真は幾つかあるが、つい先日全廃になった最後の姿は見なかった。残念至極断腸の思いであるが興味のない人にはわかるまい。今は神戸線の同期3000系が伊丹線に余生を送るが、これはこの冬の間になんとか収めておきたいと思っている。
さてこれらの写真は能勢電で今も残る1700系すなわち阪急の旧2000系である。その弟分である旧2100系すなわち能勢電1500系よりも車齢は古いが現役である。銘板にもある通り昭和35年すなわち1960年つまり私と同い年、なんと56年の長寿なのである。しかも、この1734号車は旧2000系のトップ・ナンバー「2000」である。ひとつの系列のトップ・ナンバーがなぜ中間車なのか ?? 良い質問だ。阪急の2000-2100系は全く不思議なことに、それまでの阪急の編成内の車両の並びに反して、梅田側先頭車にパンタグラフがなく、あたかも神戸・宝塚側が先頭であるかのような編成になっている。しかし編成を車両番号でくくる時には梅田側を基本とすることから、編成美的感覚としては神戸・宝塚側が先頭であるにもかかわらず、編成系統は梅田側から順列にするので、例えば2050Fは、2050-2000-2051-2001の4両ユニットとなって、トップ・ナンバーが中間に来てしまったのである。ああ、ここで前もって阪急2000系以降9000系までの車番のつけ方のルールを説明せんければ、なぜそうなるのかがわかってもらえんのだがまあええやろ。
この2000系は車両間通路にドアがなく、しかも幅広なので、冬は風が吹きすさんで寒かった。幅広は改良されたとはいえ、昔の名残を残しているのは懐かしい。で、1枚目の1701号車であるが、実は阪急の旧2044で、これはもともと2114だった。つまり宝塚線用に設計変更された2100系の電動車としてはラストナンバーであり、この車両は神戸線が昇圧された時に改造された2000系の余剰機材を試験的に積み込んだ2162Fの先頭車であって、この編成だけはそのまま2000系の仲間入りをして混用され、神戸線はおろか京都線にも移籍して、私の中学高校時代には強烈なモーター音と金属的なブレーキ音と焦げ臭い匂いと激しい横揺れと、しかも非冷房で主に急行に使われていたものであった。当時の編成は、2162-2112-2113-2164-2114-2058-2009であって、京都側にパンタグラフ一丁を掲げ、片方はもぎ取られたままの姿で轟音を立てて驀進する姿は、まさに荒鷲をイメージさせるものであった。ではなぜ2114が2044に付番されたかというと、いれ以前に、昇圧工事の関係で2000系を改良した2021系という系列があって、それが運用上孤立したグループになり、電装解除されて3000・5000・5200系の付随車に転用されていた。その際2021系は改番されて2171系となり、2021-2041が欠番となっていた。つまり2021系は廃止された後だったので、2021系の追番でも支障なかったのである。そこで、2162Fを2000系に編入するにあたり(当時すでに2162Fはバラされて編成をなしていなかったが) 、2162-2112-2163-2113-2164-2114を、2092-2042-2093-2043-2094-2044に改番した。で、この車両はそのラストナンバーというわけである。それがさらに1701に改番されて能勢電を走っている。ということは、この車両は支線運用はなかったはずなので、宝塚・神戸・京都の阪急本線のすべてを走破した上に能勢電まで走っているという強者なのである。同じ2162Fからはもう一両、1733 (旧2042←2112) が生き残っている。
阪急で最初の高性能車である旧2000-2100系のトップナンバーとラストナンバーが、同じ能勢電のレールを今も行き交っている。阪急の旧型車両には、開発の経緯から生い立ち、運用、境遇に至るまで、いろいろな変遷をたどったものが多い。年下の弟たちが先にばらされちゃったのに、運用という時の計らいで生き残った同い年の車両たちを見ると、つい愛おしさを感じてしまうのである。
(この車両は映画「片道15分の奇跡」で使われ後々まで愛されたものです)
柿の採り納め。
稲刈りの終わった田んぼに麦播き。
水はけ溝を深く切りなおして、上ッ面にすじまき溝を軽く掘って・・・
だいたいこんな密度で撒いて3畝で1.5kg。
引き続きまして、10月中旬にポット蒔きしたソラマメの植え付け・・・
愛車カリーナちゃんのフェンダー・ミラーの根元がいよいよ崩壊しはじめたので、替わりのパーツを探していたのだが、適当なものは見つからず、ミニ・クーパーの汎用品をネットで購入。
ちょっとかわいらしすぎるきらいはあるが、まあこの際、いたしかたあるまい。
フェンダーの内張りを外す。
従来のミラーを外そうとしたが、取り付けネジが細いフェンダー部分の奥にあるうえ錆びて固着して動かない。しかも車検対応でボンネットの突出部分が衝突時に人体に与えるダメージを最小限にするため、複雑な形状の斜め構造になっており、それを強いバネで維持しているため、ますます外れないのだ。仕方なく、ネジを回すのを諦めて、ネジはレンチで維持しながら、ボンネット脇へ手を伸ばして、非常に苦しい姿勢ながらミラー本体を無理やり回して引きちぎるように外した。カリーナちゃんに乱暴してしまった。
純正ミラーの取り付け穴はふたつ、今度取り付けるものは一つであるので、ひとつを内側から塞ぎ、塵取りをして塗装。さらに穴を保護するために白いカッティング・シートを買ってきて、ハサミで丸く切って貼っておいた。高級車みたいにノーブルな白ではなく、100円の白シートで違和感のない色調だったことは嬉しい。
「サリー・クイーン」を先に刈る。ちょっと早めだが、脇の防風林から熱い視線が注がれているので、彼らに食い尽くされないうちに確保するためである。吊るして登熟を待つとしよう。
苗づくりの段取りの都合上、この部分だけは「豊里」である。防風林の下はかなり倒れている。明らかに肥料過多だ。この時期になっても葉が青々としており、まだ真剣に実を結ぶ気はない。これは、稲にとっては腐葉土だけでも肥料分は過多になるということを意味している。とりあえず最後に回す。
稲置3本で約半分、だいたい終了が読めてきた。まあ100kgでOKかな。
月が明けたらしばらくは稲刈りにかかりきりになるので、畑裏の作物の状態を確認し、必要に応じて収穫や手入れをしておく。生姜はゆっくりとこれから太るようだ。
ペーちゃんはみずみずしく熟しているものをすべて収穫してペーストに加工しておく。
形の良いバターナッツは玄関に飾る。時間がすこし余ったので、手早く稲木を組んでおく。
稲の刈り旬の見極め。稲は穂首の茎から水が抜けて黄色くなった頃が刈り旬。これは「豊里」、もう刈り取ってもええ感じ。
「神丹穂」もいけそうな感じ。
「緑糯」もOK。
「サリー・クイーン」はまたもうすこし先・・・かな ??
続きを読む愛車カリーナちゃんの窓の開け閉めが硬くなってきたので注油。インパネの止めネジを外して開閉ハンドルを中心にぐるっと回せば、防水シートに開けられた注油窓が現れる。
窓ガラスは、ちょうどマジックハンドのような交差する金属ステイの上にガラスが乗ってる構造で、そのステイの脚を開閉して窓を上下させる。そのスライド部分に注油すれば開閉が軽くなる。
ステイは2点支持なので、両側とも注油。軽くなったところで、ヤフオクに出品してあったドラムセットPearl: President Export 22+12+13+16の4点セットが落札されたので納品に行く。神戸春日野道のクラブのライブ用に使われることになる。近場なのでメンテナンスもできるから、落札者にも喜んでいただき、大変良い取引となった。ドラムセットも嬉しかろう。
毒だ毒だと知りながら、やっぱり手を出してしまうイヌホウズキ。
ゴミをとったりガクを外したり、結構手間がかかるにも関わらず・・・
こうしてきれいにして、砂糖漬けにして翌日とろっと煮つめれば、もはや甘いものなど買う必要がない。
ほぼ一ヶ月ぶり、いやそれ以上待たされた秋晴れ。重く淀んだ空気がすっかーーーんと上に抜けた。
まずは湿気ていた穀物を順番に天日に干す。
晩稲の稲刈りのために田んぼの水を抜く。
今年は中手の天日干しは悲惨だったが、晩稲はるんるん。ここは「サリークイーン」ぽつぽ見える背の高いのは去年のこぼれ種の「タイの香り米」。
赤米「神丹穂」の養生も成功。
畑もるんるん。丹波黒大豆の枝豆が最盛期を迎えつつある。
ターメリックの原料となる「秋うこん」開花。
良いことずくめではない。白菜はこの通り、一ヶ月半経過しても植え付け時から育たず、虫に食われて葉脈標本状態。
この夏は不思議なことの多い夏だった。畑は絶好調で、特にナス科が大の苦手なはずなのに大豊作、まあトマトは全部割れてるんで出荷できずに即座にラタトゥイユの毎日なんやが、それはそれで健康的だ。マメ科もオクラも大根の間引きもサツマイモも空芯菜も絶好調。こんなペースで週三回は出荷している。出荷日はトリプル・ヘッダで、朝のうちに出してしまってから急いで弁当を作って、新しい仕事で夕方まで営業活動、帰って冷や飯かきこんで夜のバイトで深夜帰宅、それはそれでなんとかなる。
しかしなんともならんのが天候不順で、異常に長い秋雨で、刈り取りの終わった中生の稲にとってはまさに受難。生えている間なら穂が適当な間隔をおいて垂れるから良いのだが、秋晴れの前提で稲木にかけた後でこうも長雨に見舞われると、干すどころか水につけてるようなもので、ベッタリと穂がくっついて、中には発芽しているもの、中で発酵しはじめているものもある。そこへ中途半端に晴れると温度が上がって中が蒸れ、稲に潜在する納豆菌が動きはじめて悪臭を放ちだす。こうなると商品価値どころかも食うにも耐えられない状態になりかねないので、ままよとばかり無理やり脱穀しては土砂降りに見舞われてさらに事態は悪化する。広げるにも数百キロの米をどうすることもできず、行くもならず、戻りもできん私の人生のようなもんで、納屋にこもってひたすらうちわで扇いで徹夜なんて・・・コンバイン収穫してる農家や農協に泣きついて機械で乾燥させてもらおうとしても、品種が違うので全く無理。来年の半分はもう諦めた。
しかも高価で取引される黒米がまさかの高温障害で品質ボロボロ、早刈り気味だったのに割れが多く色も薄い。商品価値はなさそうだ。
一方、晩稲の方はそんな惨状などどこ吹く風とるんるん気分ですくすく育っとる。しかも、なんと今シーズン一度も除草していないのだ。跼みこめるように溝を広げ、ダイヤモンド砥石まで買って長柄の剪定ばさみを研ぎ澄ませて時期を待っていたのに、一度も使うことなく収穫期を迎えつつある。
もちろん草が生えていないわけではない。稲を凌駕してこないうちは手を出さなくても良かっただけだ。株元をよく見ると、生えた草の下に、冬の間に積み込んだ古茅の層がびっしりと重なって、その下は堆肥になっている。おそらくこれが最大の除草効果と肥育効果をあげたのであろう。私のメインの晩稲は、そんなわけで全くるんるんなのである。
肥育効果といえば、隣家の防風林の下の一角は日当たりが悪いことと落ち葉が堆積することで、稲が徒長気味に成長し、登熟が遅れる傾向にある。根も弱く風に倒れやすい。
逆に、赤穂が持ち味の「神丹穂」が「豊里」と交配してできた白穂の「神丹穂アルビーノ」は、こちらの方がたくましく育っていて、種が引き継がれたものと思われる。土手の除草の際に、ふとみると稲が自生していたので、もしやと思ってそこだけ守ってみたら、この通り、水から遠い硬い土の上でも、田んぼの中と全く遜色なくすっくとそそり立っている。こういうのんを見ると、生きる力が湧いてくるんよね、
コンクリートに根を張ったジャガイモとかね・・・
畑の方も過湿状態で、青いうちから割れてしまい、
花豆は蒸し暑いのは大の苦手で立ち往生。
かぼちゃやズッキーも根腐れを予防するために蔓を畝に上げ、
大根はなすすべもなく放置。
一方、保存がきく白サツマイモは生育旺盛で側根を整理しなければならないほどに良く、
天候不順なんてへっちゃらの菊芋も花が満開、初挑戦のウコンもなんだか元気そうで救われる。とりあえず冬の保存食はなんとかなりそう。
野菜の出荷は依然として絶好調なのだが・・・
異常なまでの秋の長雨で、光あるものは発芽し、奥のものは発酵熱を発しはじめている。田んぼに立っているうちは離れているものも、刈り取って掛けてしまうと密着し、乾くどころか雨続きで湿気が全体に回り、晴れたと思ったら乾く間もなくまた曇るので、温度が上がって蒸れるばかりである。ええい、ままよとばかり晴れ間を狙って脱穀を始めてみると・・・
急に降り出してブルーシートで覆ってみたり・・・
次の晴れ間こそと祈るように再開してはまた降られ、収拾がつかなくなって、納屋に緊急避難させたは良いが、どっしりと水を含んでいるので狭い納屋でシートに広げ、夜っぴてうちわで扇ぎ続けてみたり・・・今シーズンは中手の稲の天日干しは最悪。
トルコ風焼き茄子サラダが得意メニューに加わった。
ナスを皮ごと、中が柔らかくなるまで焼くところまでは日本と同じ。
違うのは、日本では皮の焦げ臭を取るために流水の中で皮を剥くが、トルコではむしろ焦げ臭を風味として味わう。
さらに全体を叩いて香りを引き出し、塩・胡椒・オリーブオイル・レモンで複雑な味のハーモニーを楽しむ。
加熱殺菌して脱気瓶詰めすれば、長期常温保存も可能。
先日、私の愛しいカリーナちゃんが居眠りねーちゃんにカンチョ→されちゃったんやけど、その修理が上がって取りに行ったら、工場でやむさい号と仲良く並んでた。ハイゼットのエンジン載せ替えで程度の良いのんを探してるみたい。お心当たりある方は、是非情報お願い !!
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