2017年07月03日

20170627 スローライフ

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 「スローライフ」というものは、ニンゲンがスローに生きるということではなく、ニンゲンが地球環境に与える負荷をスローにしようという生き方だと思う。ところがニンゲンというものは社会的存在であるので、どうしても社会と関わって生きていかざるを得ない。今回旅した中国やパキスタンは言うに及ばず、2010年に旅したブラジル・南アフリカ・コンゴ民主共和国・エジプト・ポルトガル・トルコなどでも、また2012年に訪れたウズベキスタンでも、主要都市ではすでに日本と同じくらいカネがかかった。1989年や1991年当時では、ザイール (現在のコンゴ民主共和国) の首都の物価はおしなべて日本の1/30くらいだったから私にも師匠を頼んで音楽修行ができたのだが、大多数の「発展途上国」のおかげでごく少数の「先進国」が豊かさを享受できた時代が過ぎ去った今、もはや呑気な貧乏旅行など過去の夢となりつつある。

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 ニンゲンが地球環境に与える負荷をスローにしようという生き方をしようと思えば、このようにおそらく世界中が自動車で走り回っている時代に、足でその速さに追いつこうとするようなものである。私が死ぬほど忙しい根本原因はまさにここにあるのであって、別に私が欲深いわけでも凝り性なわけでも性急なわけでもない (たぶん) 。だって、この梅雨の晴れ間で急に丹波黒大豆が伸びてきて、早く植えなければ徒長して倒れて水浸しになって腐ってしまうからである。

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 すべて自然のなせる業、それに寄り添って生きるということは、今やってる田植えを中断して、夕立が来る前に黒豆を畔に植え終わらせなければならないということである。西の空が暗くなり雷鳴が聞こえる。強雨に叩かれて幹が折れてしまう予備に半分を軒下に避難させておいて、脱水症状でクラクラする頭をシュマグで縛り上げ、どうにか日没までには田んぼのぐるりを終わらせた。田植えそのものも翌日なんとか終えた。くどいようだがニンゲンというものは社会的存在であるので、どうしても社会と関わって生きていかざるを得ない。つまりこのフラフラの足取りのまま深夜までバイトし、帰って一息ついたら日付が変わっているのである。ううむ・・・そろそろこの悪循環から脱却しないと、たぶん老いがこれを許してくれなくなるだろう。

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posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする