Roberta Flack: Feel Like Makin' Love (LP, Atlantic, P-8473A, 1975, JP)
Feelin' That Glow
I Wanted It Too
I Can See The Sun In Late December
Some Gospel According To Matthew
Feel Like Makin' Love
Mr. Magic
Early Ev'ry Midnite
Old Heartbreak Top Ten
She's Not Blind
ソウル・ミュージックでまず何を上げるかというと、兎にも角にもRoberta Flackである。これはまったくリアル・タイムで、この辺りからぐっと洋楽ポップスにのめり込んでいった。時に私は中学三年。前々年に来日したサンタナのコンサートにどうしても行きたかったのだがとてもそんな金はなく、そんなことを親に言おうものなら鼻が折れるほど殴られる家庭環境であったため、悔し涙で枕を濡らしながら当日の夜を明かしたのであったが、ふと、ベッドの下にゲルマラジオとイヤホンを仕込めば、ラジオ放送がこっそり聞けることに気がついた。ラジオを聴くことさえ禁じられていたのである。その日からこっそり本屋でゲルマラジオの作り方を立ち読みして頭に叩き込み、わずかな小遣いを割いて最低限の素子を買い、銅線などは電気屋の裏口に野積みしてあるテレビの裏蓋をひんむいて調達して、なんとか配線図通りに組み上げて、絶対に見えないようにアンテナを窓の外側の木目の隙間に沿って這わせ、床板にキリで穴を開けてアースを出し、布団を挙げられてもベッドの枠からはみ出ないようにイヤホンのコードを隠し、夜な夜な耳をそばだてるように、雑音の中から漏れ聞こえる深夜放送に夢中になったものである。
当時はCarpentersの ≫Yesterday Once More ≫とRoberta Flackの ≫Killing me Softly ≫が大ヒット中で、アメリカには黒人という人たちがいて、その歌があることを知ったのはこの時が初めてだった。しかも・・・歌の出だしでひっくり返った、寝そべってたのにひっくり返るほどびっくりした。Strumming my pain with his fingers… Singing my life with his words…おいおい、耳元で何を歌うんや何を・・・彼は指で私の痛いところをかき鳴らす ?? 耳元で私の生を歌う ?? ああ、その歌で私をイカせてイカせて・・・(くりかえし) ・・・おい、お前ら大人たちよ、お前ら子供に向かってエラそうに暴力振り回すくせに、俺らが寝静まった後でナニしてケツかんぢゃコラ !! その二年後に発売されたのがこのアルバムである。邦題「愛のためいき」コラァ !! 英語は正しく訳せや !! 「アンタとヤリたくなったワ」でしょうよ !! ジャケット見てみいや、大股開いた太腿の間にベッドが置いてあって、アソコから大木が突き立っとるやないけ !! コレがアレでなくてナニやねんちゃんと言うてみいコラ !! 二年も修行したのである。その間には色々あった。見つからんはずのゲルマラジオがバレて鼓膜が破れて鎖骨が折れるほど殴られた。しかしそんなことで怯むような俺ではなかった。今度はベッドの足の真下の床板を切ってその下に全部収まるように仕込んだ。しかしそれも、床下からアンテナ線が出てるのを外から見破られて破壊され、鼻が曲がるほどしばかれた。こうなったら徹底抗戦である。まあそんなことは音楽とは関係ない。世の中というものがいかに複雑であるかを理解したのだ。
Roberta Flackの ≫Killing me Softly ≫は彼女の6作目、このヒット曲以外はどちらかというとゴスペルに根ざした地味な曲である。そして次作の ≫Feel Like Makin' Love ≫は、より実験的で濃い内容になる。ほぼ全曲、全く違った魅力に取り憑かれる。それは今でも変わらない。やはりタイトル曲、≫Killing me Softly ≫の次の大ヒットとなったのだが、両方に共通するのは反復の美学、アフリカ的なトランスの初体験である。≫Killing me Softly ≫は、短いフレーズの繰り返しと高まりによって曲が構成されており、それは定期的に鳴らされるトライアングルの印象的な響きによって夢へと誘われる。そして≫Feel Like Makin' Love ≫では、より短いフレーズの繰り返しが、低音だけで刻まれるシンプルなドラムによってコントロールされて、徐々に夢の中へ誘われ、やがて消えていくのである。音楽によって陶酔した、初めての経験であった。しかも、雑音混じりのAM放送で・・・
もう一曲、13分弱を費やして演奏される ≫I can see the Sun in Late December ≫は、特に後半のインストゥルメンタル部分が、宇宙に浮遊していくようなプログレッシヴ・ロック的音空間を現出させている。これがラジオで流れることはほぼなかったが、初めて聞いた時は自分の耳を疑った。こんな世界があるのである。外へ出たい。早く家を出たい・・・まあ、そんなことは関係ない・・・とにかく、このアルバムは全曲、ただのゴスペルを型通りにやったというお仕着せのものでない、極めて強い個性と意気込みが感じられる。バッキングも緻密でとてもソウルフルだ。しかも、ややかすれ気味でトーンが低く、それゆえに温かみがある彼女の声の魅力が、いろいろな曲相の中で発揮されているところが素晴らしい。私の人生をブラック・ミュージックの入口にセットしてくれた一枚である。