2019年07月29日

20190729 中畑中干し

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 夏が来た・・・村の様子も静かになったし体も休まったんで、盆までもう一仕事追い込んどきましょか。農作業の実際を書くこともなくなるかもしれないので、ちょっとでも興味のある人は、どうぞコピーしてもろてええんで保存しといてください。

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 代掻きをする一般的な田んぼは、田植えを終えて稲の根が活着して、分蘖がある程度進んだ頃に「中干し」というのをやります。これは、田んぼの水を故意に落として地下水位を下げることです。

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この田んぼに植えた品種はかなりの晩生なので今時分、コシヒカリなどの中稲は梅雨入りの頃、品種と成長の度合いに応じてやる時期を決めます。そもそも代掻きをする目的は、田植えを容易にすることでその期間をできるだけ圧縮すること、泥の層を作ることで根の伸びを早くすることと初期雑草の防除、水を張ることによる温度調整のしやすさを期待してのことです。代掻きを丁寧にすればするほど、その効果は確実に現れますが、田んぼが広ければ広いほど、動力なり家畜なりの力を借りなければ、実際には難しい。

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代掻きをすると、固い土の層の上に柔らかい泥の層ができ、その上に水の層ができる。田植えはその泥の層に苗を植えるので、稲の根は泥の中を伸びる。しかし硬いものに当たるとストレスがかかるので、根は横に広がり、脇芽を出して分蘖していく。そこで水を落として地下水位を下げていくと、根は水を求めて直下に伸びようとする。横張りと同時に、直立性を強めようとする狙いがあります。干す期間は天候によって異なり、数日から一週間程度で、表土が割れるほどやるのは良くないと言われている。なぜなら根張りを良くするのが目的なのに、土が割れてしまっては根が傷むからである。不耕起のやり方では「中干し」は必要ない。

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 中干し中は表土も硬くなるので、この機に徹底的に除草する。上からかがみこんで地面に手を伸ばそうとすると、稲の葉の先端が目を射る。育ちの早い稲は葉が顔を切るので、ほおかむりをして頭で稲をかき分けてその中へ潜り込んで除草する。私は田植え枠の幅ごとに一列分の溝を空けておいて、そこにしゃがみ込んで横からかき分けて除草する。その方が草の見分けがつきやすいし、顔を切られることも少なくなる。

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 中稲を栽培する多くの田んぼでは、この時期「稗抜き」という作業をする。腰近くまで育った稲の生える田んぼに分け入って、その中から伸びている稗を抜くのである。この作業は、暑さとぬかるみによる足場の悪さと湿気とヘドロの匂いに耐える大変な苦労である。この時期にやるのは、稲が出穂してしまうと田には入れなくなるのでその直前であることと、主だった稗は出穂して見分けがつきやすいからである。稗は多くの場合、稲よりも高く育つ。しかしこの頃までは注意して見ないと区別はつかない。広い田んぼを機械で田植えしてケミカルに頼るやり方では、そもそも見分ける「目」は育つまい。

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この田んぼでは、赤・緑・黒の古代米を栽培している。いずれも一般的な白米と違って、全草に特徴がある。例えば黒米の「紫黒苑」、これと非常に良く似た稗が多く生えている。しかもこの根は強く、稲と隣接して生えてしまうと、稲の根を取り巻いて枯らしてしまうほどである。多くの場合、田植えの際の苗取りで見分けがつかずに、苗として植えてしまったものである。小さな苗の段階ではともに色も淡く、選別したつもりでも、見落としが避けられない。白米の稲の苗と区別するときに使う基準がほとんど当てはまらない。株元や節が褐色になることは同じ。全草がやや青みがかっていることと、それに伴って褐色がやや薄く見えることくらいか、根は稲より太いので、苗取りの段階では見分けられるが、植えてしまってからでは抜いてみないとわからない。注意深く株元の根をほじくってみればなんとかわかる。私がこれを見抜けたのは、長年稗に悩まされた者の「違和感」である。

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さてこれはなにをやっておるのかというと、赤米の「神丹穂」という品種は非常に丈が高く倒れやすい。しかも膝から崩折れるように倒れるので、そのままにしておくと穂が水に濡れたり、稲刈りまで持ったとしても刈る手元に別の穂が絡み付いたりして効率が悪い。一般的には縦横3株ずつ9株を括って倒れるのを防ぐのだが、何せ膝から崩折れるので、その9株が隣の9株と絡み合って倒れるのである。そこで私はこのように予めキュウリネットを水平に張っておく。そうすると、稲はこの網の目をくぐって伸びてくるので、穂は網の上に顔を出す。登熟期に崩折れても、網に引っかかって穂は落ちない。しかも株元は単独で残る。しかし、これを張ってしまうと、今後の草取りはすべてこの中に潜り込んでやらなければならず、稲刈りも穂先に注意しながらそっと刈り進めることになる。しかし結果はこれが一番楽で歩留まりも良い。

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2019年07月27日

20190727 立木の問題のあらまし

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 写真の通り、かつて日陰であった部分は、雑草の伸びも良くない。集落内の、よく知らない数人の人からFacebookの友達リクエストがあったので。無視すると同時に、これまでの投稿を含めて、すべて友達以外には閲覧できないように設定した。この集落へ移住して来た頃にはADSL回線も通っておらず、インターネットにはダイヤル・アップでつなぐ有様だったのだが、今やほとんどの村人ないし世帯がスマホで、SNSで、主だったメンバーはラインで繋がっている状態。そこで何が話し合われて、何が決まっていくのかは知る由も無い。

 本来、今シーズンは私の農作業をもっと解放していきたいと思っていたし、そもそもFacebookもアカウントを持つ全ての人が興味を持って閲覧してもらえるようにして来たし、そのおかげで様々な考え方に触れることもできた。これは良いことだと思う。しかし社会的なネットワークというものは、便利な反面危険もあって、つまりなんら検証されていない情報が特定のネットワーク内で共有されてしまう。それがネットワーク内での仮想現実的な戯言で済めば良いが、人間社会ではなかなかそうはいかない。ネットワークが狭ければ狭いほど、現実との距離が小さければ小さいほど、それは実効力を持つことになる。

 猛暑の始まる前に農作業前半戦を終え、しばらく休んでいたのでだいぶ気持ちにもゆとりが出て来た。この間にも何度かの嫌がらせはあったが、完全に無視して作業の完了に向けて突き進んだ。平静を失った状態で投稿した記事があったので、それを読んでくれた人には過大な心配をかけてしまったようだ。全ての投稿を公開することにこだわったために、前回の説明は抽象的な表現で終わってしまったので、読んでくれた人にも実感が湧かなかったと思う。もう投稿を公開することはやめる。残念なことだが、自分を守るためには仕方がない。全ての投稿は、私の友達と共通の友達にしか公開されない。それ以外の人に見せたいからといって、コピペで公開されたことが過去にあったが、その相手の設定いかんでは、どこで誰に伝わるかわからないので、そういうことは絶対にしないでほしい。便利なのか窮屈なのか、あんまり気持ちの良い話ではない。

 さてとりあえず今回の事態について、具体的に書いておこう。「最後の田植えになるかも・・・」と書いたのは、この集落から退去することも視野に入れているということだ。その判断の要因は複数あるが、直接的には直近に起こった二つの出来事だ。

 一つは私の借りている田んぼの南側に隣接する家の立木が大きく張り出して日当たりを阻害し、稲に病気が出るなど実害が出ている問題。これについては、数年来当該家の主人に話し合いを求めて来たが全く応じてもらえず、今年に入って何度目かの接触の際に先方より暴言を吐かれたことに対して私も言葉を荒げてしまい、一部始終を目撃していた親族らに取り囲まれる形で喧嘩になった。その直後に当該主人が急死したため、私がその遠因を作ったという噂が流され、警察に事情を聞かれることになった。もちろん私に嫌疑がかかることはなかったが、忙しい仕事の手は何度も止められた。

 その後、私は、亡くなった主人の遺族と、借りている田んぼの地主と、使用者である私の三者で冷静に話し合って問題を解決するべきと提案したが、遺族側は私には当事者資格はないとして、あくまで地主との二者で解決すると主張した。私は地主を通じて以下の内容を伝えた。すなわちこれは単なる植木の問題ではなく、実害が出ていることと使用者側の法的責任が問われている問題であること。稲の病気については、防除のために病害株を全て除去する作業があり、それが大きな負担になっていること、特に昨シーズンはその範囲が田んぼの半分以上に及んでおり、農協の検査でその原因が日照不足によるものと推定されていること。また病害を見た隣接する田んぼの作付け農家から苦情があり、補償問題を持ち出されていること。病気が出るので作付けができない部分があり、これが「農地全体を使用することを以って新規就農の条件とする」旨の農地法に違反するとして、農業委員会から再三にわたり行政指導を受けていること。具体的な解決策としては、境界線を確定して、そこからはみ出している枝や幹は全て伐採する、はみ出していない部分については触れない事。以上である。

 これは地主にとっても看過できない問題であるので、私との間で問題意識は共有できた。遺族と地主は何度か話し合いをしたらしいが、結局問題解決は先送りされ、田植えの時期が近づいた。地主は、とある宗教団体の教会長であり、別の集落に住んでいる。遺族はその教会の親教会の存在する村に住んでおり、問題の解決をその親教会に相談した。その親教会の家の長女が私の住んでいる家の隣家に住んでおり、その主人がこの問題に介入することになった。このあたりから話がややこしくなる。地主は教会の立場上、これに逆らうことができなくなり、隣家の主人の手によって立木は伐採されることになった。当初、伐採は遺恨を残さないために三者立ち会いのもとで行われるはずだったのだが、予定された日より前に伐採が始まってしまったので、私も作業に加わって当初の要求通り伐採されるよう自らも作業をした。苗代の苗が限界に来ていたので、概ね目的が達成されたのを見計らって私は田植えの準備に集中した。

 おそらく遺族側としては、まず新参者の私の存在が気に入らないので、とにかくこれを懲らしめたいという意図があったのであろう。私の主張が正論であるのは分かり切っているが、その通りにやるのはボロ家の保守の問題、伐採や搬出、廃棄の手段と費用の問題が出てくるので、これをなるべく抑えたい。地主なら温和そうなので丸め込めるのではないかと期待した。ところが地主の方が実は強硬だったので、これを懲らしめるために、運よく同じ村にある親教会の力を借りようとした。伐採は最小限にするために抜け駆けして終わらせるつもりが私に見つかり、結局境界線上まで伐採されることになった。遺族の憤懣は側で見ていても分かるほどで、私のことを「人殺し」・「チョンコ」・「チャンコロ」・「過激派」・「テロリスト」などと呼び、「話し合いをしたい」と申し入れたメモを以って私をストーカーとして警察に通報したり、「こんなに深くまで切り倒して、木が枯れたら訴えてやる」・「家になんかあったら損害賠償請求するぞ」と、これは直接言われたことである。

 話し合いをしたいと持ちかけた時には私を除外しておいて、なんかあったら私を訴えるという、しかも家としての基本的な機能の欠陥による損害の原因を伐採に求めるという、全くの支離滅裂が通るはずもない。要するに揺さぶりをかけているだけなのことなので、ひたすら無視して自分のやるべきことに専念してきたのだが、とにかく妨害がひどくて、警察や農業委員会、懇意にしている農家の方の親切なアドバイスを聞くにも手を止めなければならなくなるので作業が遅れるのである。百姓仕事というものは、やったことのある人にしかわからないかもしれないが、とにかく段取りである。苗が育ってしまう頃には田んぼができていなければならず、田植えが始まると手が離せなくなるので、それまでに畑の方は概ね片付けておかねばならない。しかも田植えが終わる頃に植え付ける夏の豆などは、頃合いを見計らって苗づくりをしておかないと間に合わない。計算通りに行っても全てがパズルなのに、そこへ天候が絡むと週単位で段取りが狂う、せっかくの晴れ間に仕事を追い込んでる時に限ってパトカーがやってくるのである。

 そんなわけで、ふと「俺は何をやってるのかな」と思ったのである。移住して来て以来、いろんな問題が起こって、その度に凹まされたり空回りしたり失敗したりして、今回のは人一人死んでいることもあって村中の問題となり、しかも村の三分の一が遺族と姻戚関係にあるので、私に対する排斥の機運は今までにないほど強い。そう、私がいなければ、村は平穏なのかな、と思うと、ああ、俺はここにはいられないのだな・・・と、弱気になったのである。田植え終了以来、特に村人から悪態を吐かたりということはない。忙しかったので、特に仲の良い村人とこの件について話す機会もなかった。私の気分が持ち直すにつれて、やや物事を冷静に見られるようになって来たとは思うのである。どうすべきかは、まだ迷いの中にある。次はもう一つの問題について書こうと思う。また、田舎暮らしというものを考える上で参考になればと思うので、私がここへ来てから起こったことを一通り書いておきたいとも思う。長くなるけど・・・

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2019年07月25日

20190725 移住計画

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 梅雨が明けた。燦々と降り注ぐ光に誘われて、つい前に住んでいた場所へ行って見た。ここは大阪平野を見下ろすことのできる高台の一等地で、南斜面に瀟洒な家が立ち並ぶ高級住宅街である。私は田舎暮らしをする前、ここに住んでいた。懐かしい坂道をいくつも登って、複雑な迷路のような路地で対向車と譲り合いながら進む。道を譲れば必ず笑顔が帰ってくる。なかには12年も前の私を覚えていて、「おっ、このクルマまだ動いとんや、元気か ??」と窓越しに声をかけてくれる。

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隣近所の住人や周辺の店も、ほぼ変わっておらず、「ああもう帰って来い、そんなややこしいムラ」「お前帰って来んねやったらバイト二、三人クビにしてお前雇うたるわ」「そうか、ほなギャラも二、三倍くれるか ?? 」「おお、やろうやないかい」・・・会話とはこうでないといかん。

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それにひきかえ田舎、こちらからかけた言葉を受け取った相手が言葉を発する前の数秒間に入れ替わる表情の意味について推し量り、そのいくつかの可能性のそれぞれの展開を予想してこちらの返答を複数用意しておかなければ口も聞けないようなムラ人との会話・・・常に監視され少しでも周りと違うことをやるとどこにどんな嫌がらせをされているのかわからず足元を調べ尽くしてからでないと一歩も動けないような緊張感・・・俺は一体何をやっているのだろうという自問自答・・・でありながら風光明媚な田園・・・

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一方ここではこの開放感・・・阪神間随一のリゾートといっても過言ではないこの風景・・・慣れ親しんだ人々・・・帰りたい。以前住んでいたアパートを訪ね、そこの家主に訊くと、建物が傷んでいるのでそれを了解してもらえるなら格安の家賃でという申し出・・・そして今のバイト先の別の店が近くにあるので訊いてみたら、今やっている私のポジションが学生アルバイトなので年度の変わり目には交代できるとのこと・・・

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さて、これで住と職は確保できる見込みは立った。では本当に実行するのか・・・田畑を捨て、食品加工のすべの道具を整理して、すなわち製造手段の全てを放棄してここへ移って来た場合、私に何が残っているのだろう。経験や知識は確かに蓄積された。しかし実践する場を失うのだ。「農」は捨てざるを得ない。別の「生きる核」を持たなければ、夢破られて逃げ帰った単なるバイトおじさんだ。それはそれで気楽で良いのかもしれない。ありがたいことに生活はなんとか成り立つ。もともと浪費家ではない。好きな音楽でも聞いてバイトして、ただ気楽に生きる・・・もう、それでいいか・・・移住して来ては追い出されていく家族を見ながら、俺は頑張りすぎたのかもしれない。夢破られるなら早い方が良かった。いまとなっては、彼らの判断の方が正しかったというべきか・・・帰宅してふと目にしたこの記事に身がつまされる。


https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07251100/

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2019年07月20日

20190720 田舎暮らし

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 これから田舎暮らしをしようとしている人や、農業を始めてみたいと思っている人のために、参考になるかならんかわからんのだが、とにかく今回の事態について説明を試みてみようと思う。ムラ社会は混沌である。その混沌はまさに混沌であって、様々な歴史的要因や、農業を取り巻く数多の矛盾を抱え込んで、まったくわけのわからないドロドロの混沌の様相を呈している。その中に長年暮らしてきた人たちは、その清濁併せ呑んで日々を生き抜くすべを子供の頃から刷り込まれていて、その都度自分に有利な方へ、自分が生き延びられる方へと判断して行動するので、その行動に原理原則は、ほぼないに等しい。一方で、これから田舎暮らしをしようとしている人や、農業を始めてみたいと思っている人の多くは、個人主義と民主主義に守られた都市生活者であって、ほぼ自主的な判断に基づいたストレスのないフラットな状態で新しい生活を夢見、実現し、生活しはじめてしまう。受け入れる村人の多くは、学校で個人主義や民主主義について教わるが、それは単なる知識として知っているだけで、ムラ社会の中では全く通用しないことを知っている。だから決して自主的に判断して独自の行動をとることはない。一方、移住しようとする人の多くは、都市生活になんらかの限界を感じて、そのコミュニティから抜け出し、自主的な能力を発揮できることを期待して新天地を求めてやってくる。

 仮に農業の場面に絞って言うと、受け入れる側は、長い歴史の過程で、その村に割り当てられた作物の種類や生産高が決められていて、空き家は欠落農家の持ち物であることが多い。すなわちそこへ移住するということは、その家が受け持っていた作物の種類や生産高を肩代わりすることが期待されている。一方、移住を希望する側は、食の安全や安心を求めて、自らこれを生産しようという意欲を持っているので、作物の種類や生産高は当然自分で決めることができると思い込んでいる。当初、両者は互いの本音や、疑いを入れないほど当たり前と思っていることが、実は全くかけ離れていることを知るよしもない。受け入れる村人は、やってくる都会人を農業の素人と決めつけているので、どうせ何もできないと思っているから、「なんでもやってみたら良い」と言う。この言葉を真に受けた移住者は、当然、食の安全や安心のために、自然農や少なくとも無農薬有機栽培を目指して、ひたすら勉強して試行錯誤する。大抵、最初はうまくいかない。近隣農家は見るに見かねて手を差し伸べる。その手には多くの場合、魅惑の白い粉が握られている。

 想像を絶する作業の苦しさに負けた移住者は、その粉に手を出して脱落していく。また、希望に満ちて広い農地を請け負ってしまって夏場に手が回らなくなり、気がつけば劇薬のタンクを背負って噴霧器を振り回している。都会の友人からは憧れの田舎暮らしと羨望されているので、自分で作った野菜は安全だと言わざるを得ない。村からは通過儀礼に合格した者として受け入れられ、仲間入りを許される。

 ごくまれに、これに打ち克つ者が出てくる。彼は自然を観察し、合理的な判断と、慣行的な農法との違いに気づき、その違いについて実地に検証していく。その結果、必然的に自然農という考え方にたどり着き、現在行われている一般的な栽培方法とはかけ離れたやり方で農地の運営をしはじめる。百姓というものは、極めてプライドの高い人たちである。自分の飼い犬だと思っていた移住者に、自分のやり方をかたっぱしから否定されていくのを黙って見ている者はない。無農薬を目指していると知れば密かに農薬を振りまき、珍しい品種を育てていると知れば根こそぎ抜いてしまう。農地法など農業者でしか知り得ない数々の法的知識を駆使し、原理原則のない村人を焚きつけて、合法的に彼を村から叩き出す戦略を打ってくる。たいていは、このへんでムラ社会に絶望し、あるいは物理的に生活手段を奪われて、多大な投資を放棄して都会へ帰っていく。

 しかし、それでも耐え忍ぶ奴が出てくる。彼は法律を勉強し、法体系に不公平や矛盾のないことを突き止め、自分の権原を確定して全ての書類を揃えて正面突破を図る。ムラ社会とはいえ行政と対立することはできない。彼はすべての権利が認められ、全く合法的に自らの望んだ通りに食品を生産し、加工し、販売するに至る。しかし、人というものは気持ちで動くものである。相手が合法的存在であっても、自分たちは認めないという暗黙の態度をとる。行動に原理原則のない彼らは、相手が嫌がることならなんでもする。相手が被害届を出せない程度に証拠の残らないやりかたでいやがらをする。いざ出発というときに、四輪とも空気の抜かれた車の前で呆然としている彼を陰で嘲笑う。農協や警察まで巻き込んで苦情を言い立て、ありもしない被害について善処するようにと圧力をかける。苦情を受け取った機関としては、法律を厳密に適用せざるを得ず、彼は事情聴取や行政指導に度々呼び出されて、忙しい手を止めさせられる。おそらくこれが止むことはないだろう。

 村に入るときに、極めて慎重に話を持ちかけ、頼るべき相手をうまく選んでことを進めることができれば、このような苦労はかなり軽減されるはずだ。しかし大抵の場合、行政からのアプローチでは、村は嫌々受け入れることが多いので、集落の中で放置される。大抵の村には複数の実力者がいて、互いに仲が悪いことが多い。そのなかで本当に自分に協力してくれる実力者に最初から接触することは、非常に難しい。どの村にも歴史があり、今の民主的な法治国家になる以前から、様々な弾圧に耐えて存続してきた。農業は共同作業なので、村人の団結無しには成立しなかった。それだけでなく、権力からの弾圧や自然災害、様々な賦役労働などに耐えるためも団結が要求された。だから彼らは常に互いを信頼し、あるいは信頼できるか絶え間無く検証する必要があった。だから彼らにとって村とは、都会人が考える家の集まりではなく、領域すべてが一つの家であり、村人は家族であり、道路は廊下なのである。自分の家の廊下に道路交通法を適用する人はいない。個人主義・民主主義・法治・・・このようなものは家の外で行われることであって、家の中では家長が絶対的な権限を持ち、家長が法律なのである。勘当された者、すなわち八分になった者に財産はおろか、命の保証はない。そのような根性が彼らには何世代も前から刷り込まれていて、それは今も生きている。実際に私がここに移住してきてからも、三家族が命からがら逃げて行った。なかには比較的開放的な考えを持っている人もいる。そんな人がどれほど多いか、どれほど仲良くなれるかなど、事前にはとてもわかるものではない。結局、志あって始めたことであれば、その志が導く声に従って、淀みない心で前進するしか、生き延びる道はない。これが私の答えである。

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2019年07月18日

20190718 選挙

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だんだんどの国の食事やわからんようになってくる夏の訪れ・・・

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やれやれ選挙である。あっちもこっちもどっちを向いてもお先真っ暗なこの世の中で私が天寿を全うできるのか、というのが正直なところ今の最も深刻な関心事である。こんなときに選挙をやってる場合なのか、彼等はこの暗黒について、本当はどう思っているのか、揃いも揃って明るい未来を公約に掲げなければ当選しないものだから、誰も本当のことを言わない。選挙は国民の義務らしいが、不都合な真実を認める候補者がいない中で、一体誰に投票しろというのか。

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 全ての公約は、選挙で票を獲得するためにのみ、ある。全ての公約は、仮に実現されたとしても、そう長くは持たない。なぜなら、あっちのものをこっちにつけかえればわれわれが潤うという論法ばかりで、こっちに付け替えられたものを失ったあっちが壊れてしまった後のことには全く言及されていないからだ。

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 消費税を廃止する代わりにその財源は金のあるところから持ってくるという。そこに金がなくなれば、また別のところから持って来ざるを得ない。そうして次々と金を食いつぶしていかないと、彼等の公約は持続できない。これは要するにイデオロギーとしての共産主義が、現実の社会体制を維持する時に使われた論法と同じで、これが持続できないことは、資本家を食い潰し労働者によって構築された政権では、ほんの一部の例外を除いて経済が破綻してしまった歴史的事実が証明している。

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 ちなみに私は哲学としての唯物論的弁証法や、イデオロギーとしての共産主義を批判しているのではない。資本主義体制は歴史的必然として、階級闘争によって社会主義から共産主義へと移行し、最終的には階級制度のない平等な社会が実現する。それは理想主義として、否定されるべきものではない。本来、哲学や思想というものは、個人の自由が保障されて初めて成立するものだが、現実の共産主義社会体制は、一つのイデオロギーの中に地域ぐるみで民衆を抱え込んだために思想統制を必要とし、結局、体制の指導者たちは、共産主義が理想と掲げたものとは全く対極的で、彼等が最も忌み嫌ったはずの全体主義に頼らざるを得なくなった。

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 そして世界革命と称して世界を二分する新たな帝国主義に手を染めていくことになる。旧来の資本家は打倒されたが、主役が政治指導者に置き換わっただけで、階級制度そのものは解消されなかった。そして勢力争いは植民地時代の後を引き継いで、世界中に紛争の種をまいた。現実の共産主義は、民衆に幸福を与えるどころか莫大な犠牲者を出した。

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 これは結局のところ、共産主義が資本主義の存在を前提としているから起こった悲劇ではないかと思う。資本家と労働者の矛盾は弁証法的に止揚されるはずだったが、仮に資本家が消滅したとしても経済は必ず流動して資本の集中を生み、そこに新たな格差が発生することは避けられない。しかも、人間は経済の運動を制御できない。資本主義であれ共産主義であれ、経済の流動は加速度的に民衆の経済格差を広げてしまう。かつては高度な判断を要した仕事も、量産されて定式化されてしまえば、解体されて単純労働になる。その結果、経済的な富はさらに限定的に集中し、構造から振り落とされた単純労働者が鼠算式に増える。その集大成が現在の社会の暗黒である。

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 資本の分配を期待しても問題は解決しない。資本主義を前提としない社会体制のあり方とは、つまり自給経済のみによる社会以外にありえない。おそらく、現在の日本経済の規模と、考えうる自給経済の規模との格差は、1/30から1/50くらいであろうと思う。このケタ違いの格差を解消するには、双方が段階的に、数倍あるいは数分の一の規模での格差解消を目指さなければならない。最終的には、現在の日本社会の経済規模が、1/30から1/50くらいに落ち着かなければ持続可能な社会は来ない。

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 政治家は、もし資本家や大企業の内部留保に手をつけるのであれば、現在の日本社会の経済規模を1/30から1/50くらいに縮小するための具体的なアクション・プランを公約に掲げ、それをどう有効に使うかの議論を始めるべきである。しかも、たぶんそんなに時間は残されていない。数十年後に目標の何分の一かでも達成されていなければ人類の存続そのものが真剣に懸念される事態になるような気がする。

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 ここに書いたことは寝言だと思いたい。人類全てが一人残らず、抜け駆けや恨みっこなしで、みんなで手を繋いで「せーの」で自殺するのが最も平和、さもなくば適当な人数に減るまで果てしなく殺し合うことになるか、少なくとも原油がなくなればコメも作れないようでは、日本は滅亡する。

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20190718 シーズン前半終了

 唐突ですが、今シーズン農作業前半戦終了。田植えの間、放置してしまった畑の体勢を立て直す。今年は予報通りの冷夏で、夏野菜の生育が遅い。そろそろ実ってきて良いはずのウリ科が全く苗のままの状態だ。したがって私は毎日土手の雑草を工夫して料理している始末である。詳しくはそれぞれの写真を開いてもらうと説明があります。村は不思議なほど平穏。

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マメ科の柵立ての準備のため資材を分配する。

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今シーズン小麦を収穫した田んぼは稲作をせず、おもに丹波黒大豆と各種インゲン豆の栽培をする。

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ブラジル原産feijão preto

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収穫の目玉「丹波黒大豆」・・・必ず倒れるので早めに直立する癖をつけておく。

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腹の足しになるマメ類は増産。

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私のマメ愛はハンパない。収穫を終えた後に発芽したウスイエンドウに再チャレンジの機会を与える。

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オクラ。遅い。

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バジル、これもやや遅い。

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白サツマイモ「イズミ」周囲を除草、やや遅い。

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コンゴのピリピリ。苗まではうまくいくのだが、毎年ここからがなかなか成長しない。今年は思い切って燻炭を作って土質を中和して、さらに米ぬかで補ってみた。


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20190718 田の除草

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 代掻きをする一般的な田んぼでは、除草剤を使わない限り、植えた稲の出穂まで泥の中を這いずり回って除草するという苦行は不可欠である。それを一反もやるとなると、コシヒカリなどの標準的な品種では6月中旬の一番草から8月初旬の出穂まで、毎日朝から晩まで泥の中にかがみこんでひたすら表面をかき回すことになる。

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苗が小さいうちは良い。7月には屈み込む顔面の高さを葉先が超えてくるので、顔中をタオルでぐるぐる巻きにして、やがて腰の高さまで成長すると、それを頭でかき分けて株もとに顔を突っ込むということを、33m四方25cm間隔のグリッド全部やるのである。足を目一杯広げて7株、それを33mの帯状に除草して行くのに休憩無しで3時間、腰が破裂するので一日2セットが限界、次の7列、次の7列と進んでいって、実働で計算上10日はかかる。しかしそのころには10日前に始めた部分が草に埋もれている。これを休みなしで全体を5セットやる頃に稲は出穂を迎える。体力はもちろん、強靭な精神力が求められる。稲の葉は刃物である。どんなに守っていても顔中切り傷だらけとなり、顔面や腕が痒くてたまらず、それが夕方からひどくなって夜には全身が震え出す。これが毎晩続く。穂が出て花が咲けば、逆に田んぼに入ることは許されない。風が吹いてもいかん。それまでが勝負である。「農薬がないとできない」というのはこのことである。農薬無しでやれるもんならやってみるが良い。私が不耕起による栽培にたどり着いたのは、何度も上の作業で腰を破壊して、浴衣の帯で縛り上げ、保冷剤を服の中に詰めて毎日泥だらけになって、何度もダウンを取られたからである。そんなことやっとったら飯を食う前に死んでしまう。

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 そこで魅惑の白い粉が登場する。これを使うと見事に草が生えてこない。上の作業は夢のように消える。田植え後、葉の色が濃くなって活着した頃を見計らってこれを撒くと、出穂期までほぼ放置できる。これを初期一発除草剤といって、これを使用して栽培したコメは「特別栽培米」と表記することになっている。一般的には、さらに各種病気の予防やカメムシなどの防除のために、さらに多くの農薬が使われる。「無農薬」とも「特別栽培米」とも表記のないものは、このように複合的な農薬使用にさらされている。私は初期一発を一度だけ使ったことがある。作業の苦痛から逃れたかったこと、不耕起という手法にたどり着いていなかった頃、周囲の農家の圧力に負けて泣く泣くこれを撒いた。撒いてわかったことがある。粉を吸うと、どしんと肺が重くなる。体が「これは毒だ」と警告する。だからやめた。しかし思いやってほしい。一般的な農家は、ほぼ無防備な状態で、毎日これにさらされながら、あなた方の食卓に米を届けている。で、大抵は、空をかきむしるような仕草を繰り返しながら、目を見開いて死んでいくのである。

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 不耕起の田んぼの管理についてはのちに述べたい。今回は久しぶりに代掻きをした田んぼの除草である。広さは160平米なので、一反の1/6の労力なので屁みたいなもんである。田んぼの除草のために、昭和中期ごろまでに様々な道具が考案された。いかにその作業が辛いか、どうすれば少しでも楽になるか知恵を振り絞った結果がよく表れている。写真の右端は除草ぐるまといって、先端の舟形の内側が刃物になっていて、車を押し出した後引いてこの刃物で草を切って舟形に乗せ、さらに押して草を落として後ろの歯車で泥の中に掻き込むのである。と同時に次の動作で草を切って・・・という連続動作で除草する。確かに合理的だが、操作に慣れが必要なのと、ごく初期の除草にしか使えないので万能ではない。大抵の場合、除草する局面に立った頃には草ぼうぼうになっている。絡みついた根を中腰になっててでほぐすことは自殺行為である。そうしてこのような柄の短い鉄の爪が作られた。鋳物であり、これを現在注文すると特注になって結構高い。私はもっぱら、揚げ鍬の柄の折れたやつをそのまま使っている。先端を研ぎ澄まして、草の根を切ってひっくり返す。前に進む時に足で踏みつける。立ったまま鍬を使うと、よく手元が狂って稲を痛めてしまうので、このくらいがちょうど良い。まあそんなこんなで160平米なら1時間ほどで終了。遅い品種なので上のコシヒカリのデータとは日程が違う。田植え後3週間程度なので、草はまだ小さい。

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2019年07月10日

20190710 田植え終了

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田植え終了。紆余曲折ありトラブルあり外野の雑音ありでかなり翻弄されたが、6/26に始めて畑の世話もしながら二週間で終わったのは例年並みか。本来ならば事前告知をしてご希望の方にご体験いただけるように段取りしていたのだが、苗取りを始める数日前から隣家の親族が遺品整理に集まりはじめ、隣接する苗代で作業する私を睨みつけ、聞き苦しい台詞など吐くので、不愉快な思いをさせることになると思って断念した。

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とりあえず集中して田植えは終了。ひきつづき畑の手当てを梅雨空で天然の日傘があるうちに終えてしまおう。すでに戦いは始まっている。田んぼは常にモグラなどが穴を開ける。水圧がかかっているので、穴の出口を塞いでもすぐに破られる。かといって畔の内側を点検しても入口はなかなか見つからない。土手を探って穴を掘り当て、途中で埋めて踏み締めると効果がある。毎日のようにあちこちに開けられるので、溝をよく除草してわかりやすくしておくことが肝心。代掻きをした田んぼはすでに水性雑草が生えはじめている。後手に回すと倍返しで報復を受ける。

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ひたすら手でとる。戦いは人間界でも止むことがない。隣家の立木を伐採したことで、中のボロ家がむき出しになった。「こんなに切って、みっともない」「雨漏りしたら賠償してもらうぞ」すべて聞き流す。暴力まではふるえまい。「やる」といっていつまでもやらんからこういうことになるんや。迷惑を被ってるのは私ばかりではない。公道にこれだけはみ出して、公共にも迷惑をかけているという意識がかけらもないのだ彼らには。正すべきは正してもらうしかない。一方、反対側の隣家は、去年敷地内で堆肥を製造して猛烈な悪臭を放ち、こちらは真夏に窓も開けられず、45℃にせまる暑さの中で苦しんだのであった。苦情を申し立てたら、もう「やらない」と言ったのだ。しかしシーズン・オフに入ってまたぞろせっせと悪臭の元を積み上げている。まだ気温は低いが、ほのかにあの匂いが漂いはじめている。やれやれ、私もこれ以上、近隣ともめたくはない。しかしベッドの真下、台所の直下から直接立ち上ってくる悪臭に、またも一夏耐えるのかと思うと、結局平穏な暮らしは、戦って勝ち取らなくてはならないのかと・・・

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2019年07月04日

20190704 田植

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 大幅に予定を遅らせて田植え続行中。ようやく半分。しかし、これが最後の田植えになるかも。12年間、自分の最後の仕事として農業で身を立てるべく取り組んで来た結果、ほぼ人力のみで自給、収穫物の保存と、基本的な調味料などの加工は身につけた。それによって得られる金額の限界も知った。農業と両立しうる労働の対価と自分の体力の限界も知った。しかし何より思い知ったのは、ムラ社会というものが、いかに私に合わないかということだ。「やる」と言ったことをやらない。「やらない」と言ったことをやる。「やる」と言ったことをやっていたら梯子を外され、「やらない」と言ったことをやらずにいたら横取りされる。社会のルールや法治、民主主義などというものは学校で教えるものであって、ムラ社会は別だ。人間は感情で動く生き物だということは、アタマではわかっている。しかし、「ある程度」の論理性に依拠しなければ社会が成り立たないと思うのだが、その「ある程度」のさじ加減が違いすぎる。私は自分が子供の頃から正論を通しすぎるきらいがあることは自覚しているし、「ある程度」の社会的柔軟性は身につけているつもりだ。しかし、ここでの生活は手に負えないことの連続だ。

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 親しい友人から言われたことがある。「そこにいるからそうなるんよ」・・・その通り。すべては、私がここにいるから起こったこと。私がここにいなければ、何も問題は起こらない。要するに、理屈でもなんでもない。すべての問題の根本的な解決策は、私がいなくなること。これに尽きる。それを伝えたいがために、彼らは手を替え品を替え、執拗に粘り強く、何度もなんども、私に嫌がらせをして来たのだ。私はその都度、双方にとって損のない解決策を考え、提案し、話し合いを持ち、人を助け、共存に向けて努力して来たつもりだ。しかし昨日あのカラスは黒いと言った人が、今日になって白いと言いながら怒鳴り込んでくることの繰り返しが示すもの、つまりそれはカラスが黒いか白いかの問題ではなく、私に立ち退けということだったのだ。私を苛立たせ、失望させ、嫌気がさして自分から出て行くように仕向けること、しかし空気の読めない私はそれに気がつかなかった。カラスがなぜ黒く見えるかの論理的究明を、チリほどの破綻のないまでに構築して説得する。納得したはずのその人が、ついに口が裂けても言えないことを言った。これまでは、同じ百姓としての情けからか、田植えなどの繁忙期には休戦するのが暗黙の了解だった。しかし今年は違う。人ひとり死んでいるのだ。あのよそ者のために、あの朝鮮人め、過激派、サヨク、テロリスト、人に噛み付いてばっかりしやがって・・・何度パトカーが来たか・・・もう無理だろう。もう疲れた。ではどうする ?? 俺の作って来た米、作って来た麦、俺のパン、味噌、醤油、キムチ、ジャムその他色々・・・これらを守り続けるために、移住してもう一度百姓をやるには、もうひと財産と何年もの歳月がかかる。もうそんな力は残っていない。では、もとの都会暮らしに戻るか、そうすればもうこれらを作って食べることはできないし、貧乏老人になるのは目に見えている。なんとか自給だけでも維持できれば、では土下座しても這いつくばっても、ここにいさせてくださいと頼み込んで回るか・・・そんなことをしたら最後、彼らは私の「農」は崩壊させるためならなんでもするだろう。農協に加入させ、指定された農薬と化学肥料を使わせる。それが農地法の定める「肥培管理」だからだ。いったい何人の新規就農者が、そうやって初志を捻じ曲げられて行ったことか・・・どっちにしろ、お先真っ暗ということだ。やはり最善の選択肢は、食のこだわりを捨てて、もういちど別の人生を探すことか・・・還暦でもあるし・・・なんと美しい夕焼けであることよ・・・

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