自宅で中国語を勉強していたら、さきほど村の「仲介者」が来て、一昨日の日曜日に村の主だった顔役が集まったという。文書回覧で決済した自治会総会の議題以外の村の課題を話し合ったようだ。かねてから顔役たちを悩ませているのが、ご多聞に漏れず移住促進と空家空農地解消の問題である。昨年度も集落で1世帯、自治会全体では8世帯もの欠落が出て、それだけの空家と耕作放棄地が増えることになる。市では、特にA町が移住者の受け入れに積極的で、若い人と地域を巻き込んだ盛り上がりを見せている。B町も、緩やかな地形を利用して里山風情を押し出したキャンペーンを始めている。C町は大型商業施設に隣接する敷地に新しく「道の駅」をオープンさせて繁盛している。そしてわが町は、他の町にない鉄道や高速道があって、都心との交通アクセスが最も便利な本格的農村なのだから、いくらでも活性化できるはずだが、第一種農地の大半を抱える地主の多くが互いに反目していて方向性が出せない。市や周囲の町や連合自治会からの圧力は年々強まるばかり、町民としても周囲の賑わいが羨ましくもあり、村が活性化することには賛成だが・・・と、その先が出ないのだ。私を含めて、ここ10年ほどで新規就農目的地区へ移住してきたのは10世帯をくだらないが、残ったのは結局私だけ。しかし、その唯一の存在をすら排除しようとする姿勢は変わらない。「だれかもっといい人が来てくれたら・・・」というのが本音らしいのだが、仲介者も呆れて「そんな自分らの都合のええようにばっかり行くかいや・・・」とは心の中で思ったらしい。
さて、いよいよ食品流通の現場崩壊が現実味を増してきた。以前から仲介者に、昨今の状況から村の禁を犯して今シーズン田畑の作付けをやろうかと打診していたのだが、とりあえず総会の様子を見極めてから、ということにしてあった。今日はその結果、というか雲行きを受けて、互いの意思の確認をしに来たというわけだ。田畑の準備は今ならまだ間に合う。村の雲行きとやらが、この非常事態を感知して幾分かでも寛容な雰囲気に向かっているのであれば、仲介者に取り繕ってもらって今シーズン再開に持ち込みたいところだが、温度差は絶望的だ。彼らは非常事態を都市部だけのものと考えていて、我々には関係ない、我々は大丈夫、という根拠のない安心感を持っている。総会がこういう形になったのも、要するに「集まっちゃいかんと言われたからやむなく従った」だけのことで、むしろそれは彼らにとって都合が良かったのだ。そんなわけで、幾つかの懸案も全て既定路線、とりあえず現状維持で確認されたとのこと。「やめとけ。今ヤッたらまた潰されるぞ」・・・やれやれ、終わっとるね。なにしろ「売らない、貸さない、使わせない」の三原則がモットーやった村やからね。私もこの村で生きていかんならんから、二転三転したけどやっぱり今年は耕作放棄。
さて、なぜ私がこの村にこだわるかというと、ただカネがないから動けんだけのことなんやが、このような構図は日本全国共通だと思うからである。自分だけ特別扱いされてどこかの山奥などに引っ込み、そこで何不自由のない自給自足をして暮らすなど、問題の解決にならん。そんな生活は、いつかはもろくも破綻する。今の日本社会がそうなってはいないからである。だからこの場で問題を解決できない限り、持続可能な生活を提言することはできない。バイトについても同じである。自給経済と日本経済をつなぐ細いロープが、時給899円、一日4時間のバイトである。私は首の皮一枚でこのロープにぶら下がって行き来しているようなものである。この距離が短くなればなるほど、日本は人間的な国になる。それができないようであれば、この問題の解決にはならない。私は自ら好き好んで退路を遮断してしまった。私の生きる道と目的地ははっきり見えている。あとは、どこまで近づけるか、首の皮がいつまで持つか、だ。