2020年04月19日
20200419 Proensa: Paul Hillier
20200419 Cantigas de Santa Maria
Cantigas de Santa Maria, Des oge mais quer’ eu trobar, CSM 1
「引きこもりの美学」・・・ピレネー以北に伝わった抒情詩人や吟遊詩人の音楽は、イベリア半島にも影響を及ぼした。特にカスティーリャ王アルフォンソ10世 (Alfonso X, 1221_1284) は、政治家としてはちょっと残念だったようだが知性を愛し、詩作や音楽に通じた。音楽における彼の功績は、「聖母マリアのカンティガ集(Cantigas de Santa Maria」という419曲からなる歌集を完成させたことにある。名前が示す通り聖母マリアを讃える歌が中心だが、古くからの民謡や俗謡など、当時知られていた古今東西の様々な楽曲の断片のほかに彼自身の作曲によるものも含まれていて、楽譜や挿絵とともに、現代に貴重な資料を残している。したがってこれを取り上げた現代の音楽家たちも多く、まさに演奏法が指定されていないからこそ許された多種多様な解釈が花開いて、古楽の楽しみ面目躍如の観がある。その醍醐味は、何と言ってもイベリア風の異国情緒であろう。当時、イスラム勢力からのキリスト教徒による奪還 (レコンキスタ) が進行中であり、二つの大きな文化が合流している。それは使われている弦楽器の響かせ方、打楽器のリズムなどに顕著に表れている。もちろん私の聴いたものはそのうちのごくごくひとかけらであるが、ここで取り上げたアルバムは、その中でもきわめて実験的でありながら、響きが繊細で美しく、全く他に類を見ない独創的なものだと思う。声・ハープ・ダルシマー・打楽器というシンプルな構成で、静かに、彫り深く、研ぎ澄まされた感覚の音世界が広がっている。これより100年くらい後になるが、バルセロナ近郊のモンセラート修道院に伝わる「赤い本」(Llibre Velmell de Monserrat) も、ほぼ同じ時代に広まっていた傾向の曲が集められている。また、ドイツのバイエルン近郊にある修道院から19世紀になって発見された「カルミナ・ブラーナ (Carmina Burana)」も、ほぼ同じ時期に書かれたものとされており、13世紀ごろまでの中世ヨーロッパ音楽を探索する上で、この三つは大きな道しるべとなるであろう。これらに関連するキーワードで探索していけば、キモチノヨイ音楽体験ができるに違いない。その代わり欲を出せばまた一財産くらい飛んでしまうであろうが・・・
20200419 Thibaut de Champagne
Thibaut de Champagne: Chançon ferai, que talenz m'en est pris
「引きこもりの美学」・・・中世ヨーロッパのキリスト教会で用いられていた聖歌のほとんど大部分はグレゴリオ聖歌だが、その発祥の紆余曲折や議論については無視したうえで、きわめて乱暴で大雑把にいうと、それは単旋律で詩篇を朗詠し定型句をひたすら繰り返すだけの退屈なものであった。それが退屈であったからこそ、そこにいろいろな工夫が生まれ、異なる要素を取り込んで複雑化することは自然であった。異なる要素とは、地域による差異、民族や宗教、身分などによる差異が挙げられる。当時の多くの人々は文字が読めなかったので、彼らに教義を伝えるにあたって、それをわかりやすく面白おかしく語って聞かせ、やがて演じて見せたことが、のちのバレエやオペラにつながる。その過程で、様々な地域の庶民に広まっていた歌が取り入れられ、また洋の東西を越えて往来する吟遊詩人の影響も取り入れられた。なにごとも、混ざりはじめが面白いのである。熟成された味というものは、好き嫌いが分かれる。そういう意味で、13世紀頃までの古楽はとても面白い。当時はまだ現代用いられている五線譜は存在せず、音の抑揚を記しただけの様々な譜面が断片的に残る。これらのほとんどはリズムが明確でなく、メロディ・ハーモニー・テンポという考え方もない。使う楽器も指定されていないし、そもそもどの音域のものかもわからない。全てが厳密に指定された現代の楽譜音楽とは全く異なるアプローチが必要になる。どんな響きが飛び出してくるか驚かされることが多い。演奏家によるところも多いが、元々の楽曲の良さが今に伝わるものも非常に多い。という点で、きわめて宗教的であり才能の塊であったドイツのHildegard von Bingenと同時代に、フランス南西部大西洋側のイベリア半島に近いアキテーヌ地方 (ボルドーが中心) が大きな役割を演じる。その領主であったアキテーヌ公ギヨーム9世 (Guillaume d’Aquitaine, 1071-1126) は最初の抒情詩人として世俗音楽と当時の典礼劇の即興に影響を与えたと言われ、その孫娘のアリエノール (Aliénor d'Aquitaine, 1122-1204) は自ら芸術を愛し自らも吟遊詩人として活動した。この時代にベルナルト・デ・ヴェンタドルン(Bernart de Ventadorn (1130?-1200?) など中世を代表する作曲家が多く庇護されて世に出ている。この後、彼女は姻戚関係からフランス王妃、さらにイングランド王妃にまでなり、このときイングランドはフランスの半分を領有して、のちの百年戦争、薔薇戦争へとつながることになる。これによって吟遊詩人の芸術が北フランスに伝わり、当時勃興しつつあった騎士団すなわち武装勢力と結びついて、ルネサンス期の宮廷音楽に代表されるフランス音楽文化の基礎となる。ただ、そっち方面へ行くとだんだん「クラシック臭く」なるので私は関心がない。そうなるずっと前、アリエノールが亡くなる数年前にフランス北東部に生まれたシャンパーニュ伯ティボー4世、Thibaut de Champagne (1201-1253) も姻戚関係によって、アキテーヌ地方の南西、ピレネー山脈を隔てる形で隣接するナバラ王国のテオバルド1世となるが、彼自身も吟遊詩人であり、この時代にしては珍しくその作品が多く残されていて、旋律のつけられたものもある。この後、14世紀に入ると少しずつ音楽の性格が変わってくる。教会音楽から派生して、自由な施策と作曲が出始め、それが熟成しつつある安定期として、これらの土地や人物を追うのもまた一興と思われ・・・
20200419 Hildegardt von Bingen
「引きこもりの美学」・・・6年分録り貯めた「NHK古楽の楽しみ」の音源から選んだ私のベスト古楽10選。放送でかかったものから選んだものなので、全ての古楽録音をベースにしたものではない。選んだものが名演なのかどうかというより、全くの独断と偏見で、時代順に並べることにする。
先にも書いたが、私は「クラシックくさい」ものが嫌いである。そこで一気に1600年以前に飛んでしまったのだが、とはいえグレゴリオ聖歌はあまりにも宗教的すぎて、もう少し人間的な匂いのするものから・・・ということで Hildegardt von Bingen (1098-1179) の最も好きなテイク、演奏しているのはBingenの研究に一生を捧げていると言っても過言のない愛が熱く伝わってくるSequentia (1977- ) 古楽の好きな人には常道の選択なので、興味のある人は詳細データについてはインターネットに譲る。とにかくこの音空間の異様さ、この強烈な匂いと不毛と安らぎ・・・反復がもたらす精神的高揚・・・これですわ。Sequentiaさんすんません合唱より器楽合奏の方が好きなもんで・・・