2020年07月31日

20200731 子猫要りませんか

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生後約3ヶ月、完全外飼い、自分で狩もしますので、ネズミは毎日のように捕獲します。健康診断は受けてませんが極めて元気です。そろそろ乳離して各自縄張を求めて散っていくと思われますが、生き残れるのはわずかなので、飼ってみたい人がおありならお譲りします。いかがですか ?? 名前は、順に「まっくろ」・「ツキノワ」・「セジロ」・「ハナクソ」・「コテツ」(紅一点) です。動画には、スズメ・ネズミ・ヘビを捕食しているシーンがありますので閲覧ご注意ください。

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2020年07月24日

20200724 Patti Smith: Horses



Patti Smith: Horses (CD, Arista, AL 4066, 1975, US)
Gloria: 5:54
In Excelsis Deo
Gloria (Version)
Redondo Beach 3:24
Birdland 9:16
Free Money 3:47
Kimberly 4:26
Break It Up 4:05
Land: 9:36
Horses
Land, Of A Thousand Dances
La Mer(de)
Elegie 2:42
理想の女性・・・いろんなことが立て続けに終わって、また始まる時がある。
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2020年07月23日

20200723 Talking Heads: Naked



Talking Heads: Naked (LP, Sire ‎– 9-25654-1, 1988, US)

Blind 4:58
Mr. Jones 4:18
Totally Nude 4:03
Ruby Dear 3:48
(Nothing But) Flowers 5:14

The Democratic Circus 5:01
The Facts Of Life 6:26
Mommy Daddy You And I 3:58
Big Daddy 4:01
Cool Water 5:08

David Byrne (vo., g.)
Jerry Harrison (g., vo.)
Alex Weir (g., vo.)
Bernie Worrell, Jerry Harrison (key.)
Tina Weymouth (b., vo.)
Chris Frantz (dr.)
... and so many guests

 だいぶ外野が五月蠅いみたいやけど雨ばっかりざあざあざあざあ降りやがるし表は四連休で行き場のないガキどもが待ち構えとるから、こーゆーときこそ好きな音楽を聴き続けながら暮らそう。Talking Headsは全部カッコエエんやが、やはりなんといっても彼らの実質的なラスト・アルバム、パンクからファンクへ、そしていわば脱国境音楽へ・・・当時のロック・ファンはかなりの割合で、この同じ轍を踏んで人生を棒に振ったはずだ。あるものは後先のことを全く考えもせずに両手を上げてわぁぁぁぁっと飛び込んだ。またあるものは知性の裏付けがあるから、わぁぁぁぁっ・・・ではなくて裏に冷静な計算と緻密な構築があった。おれたちにそんなもののあるはずはなかった。しかし、俺たちのほうが早かった !! Karly ChockersのほうがTalkin Headsより2年ばかり早かったんだ嘘じゃない !! あの当時、みんな等しくこのようなことに関心を持ってこのような音を求めて、それがロックだったりパンクだったりブラックだったり、そこから発展してレゲエだったりサルサだったりアフロだったりしたもんだ。だからそれらの音楽にあまり区別はない。もちろんホンモノには敵わないが、面白おかしく演奏できる。それで良いんだ。楽しむためにあるんだから。もちろん我々のように飛び込んだ濁流の坩堝で溺れ死んでしまうのも良いし、Talking Headsのように、クールに知性的に、しかし情熱的に完成されたカッコエエ演奏がこの世に残されることは素晴らしい。でもな、いわせてもらうがKarly Chockersのほうが2年も早かったんだ。しかも後半のギター・ソロ、俺たちならもっとカッコよく演奏してやる嘘じゃない。「そうかお前らもやっぱりこの道来たか」とほくそ笑んだという意味で、人生の天気に自信を持てた一枚。なんの根拠もない自信を俺たちに植え付けてくれた師匠プロフェッサー・ピリピリの12回目の盆に改装オープンが間に合った「ピリピリ公式ホームページ」とともに、音楽に乾杯 !!

http://jakiswede.com/2music/21acts/219pilipili/2190pilipili_fr.html
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2020年07月22日

20200722 Talking Heads: Stop Making Sense



Talking Heads: Stop Making Sense (LP, Sire ‎– 1-25186, 1984, US)

A1 Psycho Killer 4:20
A2 Swamp 3:50
A3 Slippery People 3:35
A4 Burning Down The House 4:10
A5 Girlfriend Is Better 3:32
B1 Once In A Lifetime 4:34
B2 What A Day That Was 5:08
B3 Life During Wartime 4:52
B4 Take Me To The River 5:36

David Byrne (vo., g.)
Jerry Harrison (g., vo.)
Alex Weir (g., vo.)
Bernie Worrell, Jerry Harriso (key.)
Tina Weymouth (b., vo.)
Chris Frantz (dr.)
Steve Scales (perc.)
Backing Vocals – Ednah Holt, Lynn Mabry

Recorded at the Pantages Theatre, Hollywood, December 1983.

 ニューヨーク・パンク・シーンに言及したからにはTalking Headsに触れないわけにはいかず、Talking Headsに言及したからにはこの映画に触れないわけにはいかんでしょう。当時のセンスでですが・・・もう、カッコエエの一言に尽きた。涙が出るくらい・・・突然ぶかぶかのスーツ着て出てくるのにまともに感化されて、ぶかぶかのスーツ着てアタマ刈り上げてぼそぼそ歩いとった。今思い出したら滑稽以外の何者でもないんやが、当時のDCブランドのデザインも極端に大きく作られていて、バブルの頃だったので、何もかも大きく見せたがるのが流行やった。和服で言う「ぞろりと着る」というセンスをさらに突き詰めた感じでした。この映画は1983年のものだが、Talking Headsの結成は1975年で、日本にパンクが紹介されたはじめの頃に、CBGBやMax's Kansas Cityの常連バンドとして入ってきた。このアルバムの頃までは全部持ってるが、どんどん変化する上に、全て良い。異次良いし研ぎ澄まされてるし・・・やっぱりカッコエエ。それに尽きる。
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2020年07月21日

20200721 Television: Marquee Moon



Television: Marquee Moon (LP, Warner Bros./ Elektra, P-10308E, 1977, JP)

A1 See No Evil 3:56
A2 Venus 3:48
A3 Friction 4:43
A4 Marquee Moon 9:58
B1 Elevation 5:08
B2 Guiding Light 5:36
B3 Prove It 5:04
B4 Torn Curtain 7:00

Tom Verlaine (vo.)
Richard Lloyd (g., vo.)
Fred Smith (b., vo.)
Billy Ficca (ds.)

 こんな大事なもん忘れとった。ほぼパンク素通りしたけど、いくつか手許に残ってるんで続けていきます。私の記憶では、当時は「ニュー・ウェイブ」と呼ばれていた。今では「ニューヨーク・パンク」として位置づけされている。1970年代後半、「プログレ」的な音の広がりは、つまるところ電子音の可能性を探究していけば意識改革につながるなどという、漠然とした楽観主義によって完全に行きづまってしまい、まったく皮肉なことに精神の高揚を追い求めたものが、実に経済的な理由、すなわちオイル・ショックの余波をまともに食らって崩壊した。その精神的経済的両面の行きづまりの向こうへ突き抜けようとするかのような先鋭的な演奏表現、つまり、ロックのさらに先鋭化を求めた音楽が「パンク」と呼ばれた。それまでの反動が大きく、演奏スタイルは極めてシンプルであった。特にギターの音色にしのぎを削ったと言えるほど過激なものがあった。当時の日本では、ちょうど「ロック・マガジン」が創刊されて数年後に、それまで数年遅れで日本に入ってきていたロックが、数年分の遅配をまとめて配達したように混乱して入ってきた。「パンク」と書けば売れたのでなんでもパンクだった。本来数年遅れて始まった「ロンドン・パンク」もほぼ同時だったので、当時のアタマからアップ・デートされていない私のようなものには、全て一緒くたに聞こえる。しかし、そのなかでも心に惹かれたのはTom Verlainの声であった。もともと彼と一緒にバンドを始め、Television結成直後に脱退してしまったRichard Hellとの共演を聞きたかったのだが見果てぬ夢。しかし当時の音はシングルでいくつか残されている。改めて聞き直すと、聞くに絶えないほど下手くそだが、やっぱりシーンが始まった頃の勢いというものは、すごい。物の弾みではあるけれど・・・
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2020年07月20日

20200720 DNA: DNA On DNA



DNA: DNA On DNA (CD, comp., No More Records, No.12, 2004, US)

You & You 2:07
Little Ants 2:06
Egomaniac's Kiss 2:11
Lionel 2:08
Not Moving 2:39
Size 2:15
New Fast 1:14
5:30 1:04
Blonde Red Head 1:52
32123 0:54
New New 2:49
Lying On The Sofa Of Life 1:52
Grapefruit 5:00
Taking Kid To School 1:31
Young Teenagers Talk Sex 1:05
Delivering The Good 2:09
Police Chase 1:38
Cop Buys A Donut 1:09
Detached (Early Version) 1:45
Low 1:56
Nearing 2:14
5:30 (Early Version) 1:54
Surrender 3:48
Newest Fastest 1:14
Detached 1:20
Brand New 2:13
Horse 2:47
Forgery 0:59
Action 1:04
Marshall 1:52
A New Low 1:43
Calling To Phone 2:15

Arto Lindsay: Guitar, Vocals
Robin Crutchfield: Keyboards on tracks: 1 to 6, 19 to 23; Vocals on tracks: 5, 21, 23, 25.
Tim Wright: Bass on tracks: 7 to 18, 24 to 32.
Ikue Mori: Drums
Lyrics By – Arto Lindsay (tracks: 1 to 3, 6 to 9, 11, 12, 19, 22, 25 to 31), Ikue Mori (tracks: 32), Robin Crutchfield (tracks: 5, 21, 23)
Written-By – Lindsay, Mori, Crutchfield (tracks: 1 to 6, 19 to 23), Wright (tracks: 7 to 19, 22, 24 to 32)
Producer – Brian Eno (tracks: 3 to 6), DNA (4) (tracks: 7 to 18)

 V.A.: No New York (LP, comp., Antilles, AN-7067, 1978, US)というコンピレーションLPを買ったのがきっかけであった。思い返せば、1970年代はロックの歴史にとって激動の時代だった。特に後半が速い。高校時代は大体3年遅れで情報が入ってきていたが、それも早くなった。おかげでパンクを素通りしてポスト・パンクやオルタナあたりで時代に追いついた。ちょうど大学に通いはじめ、人生初の外へ向けての音楽活動であった"Viola Renea"に加入した頃だ。プログレが終わってパンクには馴染めなくて、King Crimson人脈の延長でBrian Enoにたどりつき、ひとしきり環境音楽に入れあげた後、ほぼ同時に入ってきたLPである。もっとも共鳴したのがB面後半の4曲、アーティストは"DNA"とあった。
 "DNA"は、Arto LindsayとRobin Crutchfieldによって結成されたが、実質的な活動期にIkue Moriを迎えた。このバンドはCrutchfield以外は全くといって良いほど楽器の演奏ができなかったにもかかわらず、強烈な音のせめぎ合いを見せている。それ以降、"DNA"を追いかけてシングルを何枚か手に入れた覚えがある。彼らはポスト・パンクを引き継ぐ形でMaxi's Kansas CityやCBGBで演奏された録音が残っているが、ほとんどはコンピレーションかシングルでのリリースだった。2004年になって、彼らの集大成的な編集CDが発売され、ここにその全容を聴くことができる。しかし、極めて短いフレーズの断片だけで一曲となっているものが多く、これをたくさん聴くのはファンであっても辛いものがある。
 彼らの音楽を言葉で表現したり定義づけたりするのは難しい。しかし、そのつんざくような音の感触や、ランダムに投げかけられる言葉の端々に、制限されるもののない直情的な突発と一瞬で消えゆく美を感じ取ることができる。ニューヨークのポスト・パンクをふくめ、アメリカに産み落とされた音楽を追ったのはこれ限りであったので、次回は海を越えて南米大陸の音楽大国、ブラジルへ渡ることにしよう。
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2020年07月19日

20200719 Astrud Gilberto: Now



Astrud Gilberto: Now (CD, re-issued, P-Vine Records, PVCP-8026, 2004, JP, originally issued as LP, Perception Records, PLP 29, 1972, US)

Zigy Zigy Za (A. Gilberto)
Make Love To Me (E. Deodato)
Baiao (H. Teixeira, L. Gonzaga)
Touching You (D. Jordan, P. Adams)
Gingele (A. Gilberto)
Take It Easy My Brother Charlie (A. Gilberto, D. Jordan)
Where Have You Been? (A. Gilberto)
General Da Banda (J. Alcides, S. De Mello, T. Silva)
Bridges (F. Brant, G. Lees, M. Nascimento)
Daybreak -Walking Out On Yesterday (B. Bingham)

Acoustic Guitar, Arranged By – Eumir Deodato
Backing Vocals – Astrud Gilberto, Eumir Deodato, Maria Helena Toledo, Nick La Sorsa
Bass – Bob Cranshaw, Patrick Adams, Ron Carter
Drums – Billy Cobham Jr., Mickey Rocker
Electric Guitar – Al Gaffa
Keyboards – Mike Longo
Percussion – Airto Moreira

 私が物心ついた頃、実家は大家族であった母方一家とともに暮らしていた。母は6人きょうだいの3番目であって、母と伯母以外は未婚であったので、若き日の4人のおじおばがいた。東京オリンピックが終わり、日本は高度経済成長真っ只中、おじおばの上の方は結婚適齢期、一番下の叔母は高校生だった。家は広く、応接間にステレオ・セットがあった。私はまだ小学校低学年の子供だったが、そこで毎夜遅くまでレコードを聴いて過ごすのがワクワクするほど楽しい時間であった。そこでかけられていたレコードは、ほとんど全てが映画音楽やジャズ、そしてボサ・ノバだった。もちろんBossa Novaはブラジルで生まれた。しかし、当時の朧げな「感じ」としては、映画音楽やジャズと一緒に入ってきたアメリカ音楽だった。当時の社会を圧倒的に支配していた空気、それは要するに泥臭さからの脱却であった。「戦後は終わった」と言われていた。実家のあった場所は、開発中の新興住宅街であった。阪急沿線であり、父はサラリー・マンであり、やっと家庭に電化製品の三種の神器が揃いはじめた頃だ。そろそろカラー・テレビが出回っていたが、うちにはなかった。真空管ラジオがあり、母屋の応接間には、やはり真空管式のステレオ・セットがあった。当時の日本の都会人が羨む新しい生活様式に向かって着々と進みつつあった。しかし目の前の道はまだ土道で、あちこちに農地が残っていた。山に入ると、山で暮らす人もまだいた。そんななかで、とってつけたような清潔な空間で、それを当たり前のように暮らすことが美徳であった。音楽の影響は大きかった。映画は模範となった。その音楽をレコード盤として所有すること、それをいつでも聞くことができるということ、それは稀有な、大変素晴らしいことだった。その中でも、子供心に、ボサノバは、その不思議な響きで私を魅了した。アストラッド・ジルベルトという名前と、「ウィンディー」のジャケットをよく覚えている。
 日本語表記英語発音でアストラッド・ジルベルト、ブラジル発音でアストゥルージ・ジゥベールト、もちろん知らぬ人のないBossa Novaの歌姫。神様ジョアン・ジルベルトの最初のパートナーであり、すぐに離婚するが、同じ姓を名乗り続け現在も活動中。しかし実質的な活動時期は、このアルバムの出た1970年代前半までといって良いだろう。ボサノバの歌姫として名高いにもかかわらず、実際にはそんなに多くのボサノバを歌っていない。むしろ英語に翻訳したボサノバや、ブラジル風でありながら歌詞は英語のポップスが多い。代表作とされるアルバムは評価の固まったものであり、特に思い入れもないが、ボサノバかBossa Novaかという垣根を外れて、歌手として、その声や歌い方が私は非常に好きである。アメリカン・ポップスの入口がカーペンターズであり、ソウル・ミュージックの入口がロバータ・フラックであるように、当時語られていた「ボサノバ」の入口が彼女であったことは疑いない。そんな彼女の最盛期最後の作品は、シンガー・ソングライターとしての面が色濃く出たもので、私はこのアルバムが最も好きである。残念ながら、この後の彼女の音楽活動は、あまり良いとは思えない。しかし、ブラジル音楽へ私を誘ってくれた最初の歌手として、どうしても書き留めて置きたかった。
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2020年07月18日

20200718 Eva Cassidy: Live At Blues Alley



Eva Cassidy: Live At Blues Alley (CD, Didgeridoo Records/ Hot Records, G2-10046, 1998, UK)
Cheek To Cheek (Irving Berlin) 4:03
Stormy Monday (T. Bone Walker) 5:49
Bridge Over Troubled Water (Paul Simon) 5:33
Fine And Mellow (Billie Holliday) 4:03
People Get Ready (Curtis Mayfield) 3:36
Blue Skies (Irving Berlin) 2:37
Tall Trees In Georgia (Buffy St. Marie) 4:05
Fields Of Gold (Sting) 4:57
Autumn Leaves (Jacques Prevert, Johnny Mercer, Joseph Kozma) 4:57
Honeysuckle Rose (Fats Waller) 3:14
Take Me To The River (Al Green, Mabon Lewis Hodges) 3:51
What A Wonderful World (Bob Thiele, George David Weiss) 5:50
*Oh, Had I Golden Thread (Pete Seeger) 4:46
Bass Guitar – Chris Biondo
Drums – Raice McLeod
Electric Guitar – Keith Grimes
Electric Guitar, Acoustic Guitar, Vocals – Eva Cassidy
Piano – Lenny "The Ringer" Williams
*Organ [Hammond Organ] – Hilton Felton
Recorded Live at Blues Alley January 2 and 3, 1996, Georgetown, USA, except * (track 13) recorded at Chris Biondo's Studio
 ギターを持って弾きながら歌うスタイルには、なかなか興味が持てなかった。聞き知ったその多くはフォークでありブルーズで、絶叫調であるのがほとんどだった。無理もない。思いの丈を歌に込める最もシンプルでストレートで一般的な方法だから。しかし、自分と関わりのない人が、顔を引きつらせて絶叫している様は、見ていて辛いものがある。特にまだ音楽の経験の浅い若かった頃、限られた予算で、そのような個人の思いを表現した作品に手を出すより、もっと普遍性を感じるものを優先したし、身の回りのその手の音楽の演奏者たちとは全く気が合わなかった。土地柄、フォークであれブルーズであれ、おっかないオトナ達でシーンは出来上がっていたので、ちょっとでも青いことを言うとぶん殴られそうな空気だった。なぜ好きな音楽について喋っただけで殴られなければならないのか、さっぱりわからなかったので、自然と足は遠のいた。そして、気の合う仲間ができるまでにはかなりの時間を要した。しかしそれは間違ってはいなかった。
 当時仲良くしていただいていた阪急かっぱ横丁にあった洋書の古美術書店のオーナーから勧められて買ったCDがこれである。何も知らずに聞いた。一曲目で失敗したと思った。当時は、ジャズなんて全く受け付けなかったからだ。続くブルーズやフォーク調の曲で切り上げようとしたとき、あることに気がついた。それは、リード・ボーカリストであるEva Cassidyを含め、バッキングを務めるミュージシャンが、極めて慎重に、一つ一つの音を丁寧に奏でていることであった。いまとなっては、そんなことは当然とした上で音楽や演奏を評価するのが当たり前だが、まだ若気の至りの鼻息の方が荒かった。歌唱や伴奏の妙味にまで気が回らなかった。ある意味、そこに気づかせてくれた初めてのライブ・アルバム、そしてきちんと身を入れて聞いた初めてのジャズ・ボーカル作品、もちろん彼女のレパートリーは、上のクレジットにもみられる通り、ブルーズからR&B、フォーク、あるいはそれを基調としたロックにも広がっている。それらをこのようにまとめることの良さに気づかせてくれた初めての歌手と言えるだろう。この時のライブが映像化されていることを知ったのは、この記事を書こうとした時である。あのとき気づいたことが間違いではなかったことが、これを見ていると確認できてよかった。
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20200718 カリーナちゃんオーバー・ヒート

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不要不急の外出自粛を冒して、梅雨時の高野龍神スカイラインへロング・ドライブと洒落込んだのだが、カリーナちゃんヤッチマイマシタ。今回は全く予兆はなく、たまたまトイレを借りに立ち寄った道の駅で、車を離れたときエンジン・ルームからの異音に気づき、ボンネットを開けてみると、ラジエータのクーラント・リザーバ・タンクから「ボコッボコッ」という音ともに水が滴り落ちていた。霧雨の中を走ってきたので露かなとも思ったが、ピンク色だったのでクーラントとわかった。それまで異音・異臭はなく、水温計も正常だった。しかし念のためオーバー・ヒートを疑い、その先の行程を諦めた。すぐJAFに連絡し、廃業した旧修理工場にアドバイスを求めた。エンジンが冷えてからキャップを開けると、クーラントそのものは、タンクのものを含めるとほとんど減っておらず、漏れ始めてすぐ気がついたことになる。しかし乳白色になっていたので、完全アウトを覚悟した。

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紀伊山地の最も山深い場所であったので、救援は2時間後だった。簡単なチェックの後、やはりオーバー・ヒートということで、下ろすべき工場も開いていないことから、なんと神戸まで4時間近くかけて長途陸送していただいた。到着したのは翌日未明、田辺市からの派遣であったので担当者がご帰宅になられたのは、おそらく朝であったに違いない。不要不急の外出をした上、私がこんなことさえしなければ救援できたかもしれない何台かの車を待たせてしまったことを反省するとともに、多くのJAF会員様の会費、自動車保険の加入者の皆様の保険料のおかげで、今回なにごともなく陸送帰宅できましたことを心から感謝いたします。さて、症状であるが、結果的にラジエータの水漏れ。クーラントが白濁していたので、エンジンのヘッド・ガスケットの破損を心配したが、それは正常とのことだった。しかし、あの時点で止めていなければ、おそらくエンジンが焼き付いて、そこからの連続下り坂で油圧を失い、制御不能となって谷底へ落ちていたかもしれない。すぐに異常を知らせて私の命を守ってくれた愛車にますます・・・

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2020年07月13日

20200713 梅雨時のしゃのあ

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猫たちも梅雨の間は行動が制限される。止み間を見計らってお母さんは子供たちに狩を教える。

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降り出せば雨宿りするも、すぐに子供たちに乳を迫られる。子供達が寝てしまうと、少し離れた場所で仮眠をとるが、

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子供たちの生活サイクルは早いので、彼らはすぐに起き出してお母さんに襲いかかる。

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かわいそうに、お母さんは綺麗な黒猫だったのに、今ではすっかりやさぐれて茶色になってきた。

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この中庭は子供たちが暴れるにはもってこいの場所だ。唐箕の使い方も覚えたようだし、どこの農家に草鞋を脱いでも役に立つだろう・・・しかし、どうすればこうなるの ??

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2020年07月11日

20200711 jaki's homepage更新

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 jaki’s homepageを約7年ぶりに更新しました。思い切ってHTMLタグを直接編集しました。プログラマーでもないのにそんな暴挙に出た理由は、もうマック対応のアプリケーションに振り回されるのが嫌だったからです。どんなに便利なものでも、サポートが終了してしまえばメンテナンスもできませんし、新しいアプリケーションで読み直すと不具合が続発します。しかも、ただ見栄えを良くするためだけに生成されるコードが膨大で、その見せ方の技術が高度になればなるほどサイトの構成が複雑になり、自分のサイトのどこに何が書いてあるのか見つけ出すのにとんでもない労力がかかります。ファイルが重くなりすぎるのを嫌ってサーバ依存のサイトを作っても、結局そこがサービスを終了して仕舞えば全ての苦労が水の泡です。自分のものは自分の手の内になければ気が済まない性格なので、もうこれ以上振り回されるのはごめんなのです。

 私のサイトごときに特別な技術は必要ありません。それぞれのページにわかりやすくご案内できれば事足ります。従って、ハイパー・リンクとフレーム・セット、ロール・オーバー、あとはせいぜいテーブルくらいで用が足せます。要は内容です。レイアウトに凝る時間があったら文章の校正に使いたいのです。今回の更新は、アプリケーションに依存した記述を全て、シンプルで自分に分かりやすいタグに書き換え、全体のリンクを見直してソース・コードを大幅に削減しました。これにより、サポートされなくなった技術で書かれたために破綻していたリンクやレイアウトや内容をきちんと表示させることができ、同時に文面に関する明らかな事実誤認や誤植の訂正ができました。また、主要な作品である『地震をめぐる空想』と『ザイール・ヤ・バココ』はオリジナルの状態に戻すことにしました。

 実はこの二つの作品は、かつて、とある出版社より刊行に向けて編集が行なわれていたのですが、私の文章の長いことが問題になり、一行か二行ごとに改行を入れるように求められたのです。私は嫌々従いましたが、本来、文章というものはスピード感が大切だと思っています。一気に畳み掛けるには矢継ぎ早に言葉を連発した方が良い。改行が多くなってしまうと、いちいち息継ぎが入るし、どこからどこまでが一塊の話だったのかがわかりにくくなります。だからこの期にこれを元に戻しました。

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 もうひとつ、かつて.Macというサーバがあったときに、マック・ユーザ向けにセットで提供されていたiWebというアプリケーションがあったのですが、これで作ったものに「ピリピリ公式ホームページ」というものがありました。私のホームページも.Mac上にあったのですが、程なくしてそのサービスは終了、iWebで作られたサイトも、移転はできても更新ができなくなっていました。移転に伴いリンクを書き換える必要がありましたが、それすらできませんでした。しかも、iWebというものは、自分の書いたものが、どの階層のなんというフォルダにどんなファイル名で保存されているのか全くわからない仕組みになっていましたので、これを編集することを断念し、全て私のホームページの形式と統合しました。レイアウトは素っ気なくなりましたが、内容やリンクの破綻は解消されました。

 まあ、そんなこんなで長年の懸案をひとつ片付けましたので、在宅で時間を持て余しておられる方がおられましたら、これにアクセスしてあちこちリンクをクリックしてみてください。私の方での動作確認は終わりましたが、他の環境でどのように動作するのかが検証できていませんので、もしお気づきのことがありましたら、お知らせいただければ幸いに思います。ページの下のほうに入口が並んでます。そこから入られたら、今度は上のほうに、続いて左の方にメニューが並んでますので、暇つぶしにどうぞ。

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2020年07月03日

20200702 突破

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 田植えをしたらスイッチが入ってしまった。亡くなった村の顔役の敷地との境を区切る溝を復元して、田んぼの排水路を確保する (ホースの右)。生い茂った立木の根が多数溝を横切っているので、それらを全て断ち切りながら深さを確保していったのだが・・・農地の中に謎の塩ビ管と、硬くて鋸の歯も立たない太い根っこの下を潜らせる形で、なんとか完成。

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20200701 半夏生

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 自然農の先達、Morning Dew Farmの中野さんの田んぼの田植えにお邪魔しました。田んぼの作り方、田植えの仕方・・・私は人に教わることなく体当たりで田んぼを借り、いきなり農作業の循環の中に身を置いてしまった。あとは、ひたすら作物の成長と季節の移り変わりに追われて、走れるだけ走り続ける日々・・・考える余裕も、人様の考えを取り入れる時間もなかった。ある意味、自分のアタマで考えたことしか実行できない、聞く耳を持たない性格は生来のものだ。その結果、集落で対立し、謹慎処分状態にあって、いわゆる農家資格剥奪の危機にさらされている。自業自得だ。この、私の置かれた状況について、深く考えさせられる良いチャンスをいただいた。

 田植えの仕方、田んぼの作り方・・・それだけをとってみても、土台から考え方、実践に至るまでの一貫した哲学が、中野さんの田んぼと田植えには、しっかりと息づいている。しかも、毎年、時間・季節・仕事に追われながらも、ブレることなく連綿と続けておられる。それを人に伝えようとする気迫が違う。人徳という言葉があるが、私はそれを見せてもらったような気がした。だから彼のところには人が集まるのだ。私は、自分がまだまだ甘いなと思い知らされた。行動でしか物事を考えることのできず、きちんと学ぶことをしてこなかった私の欠点だ。人に伝えることができないから、人と対立してしまう。その結果が、今シーズンの私である。

 私が今シーズンの謹慎を強いられたのは、村人の陰謀ではない。そうせざるを得ないように、私が持っていってしまった結果である。私が田圃を借りて、周囲と違うやり方を始めたとき、周囲に理解されるように努力したか。百姓を始めたことをネットで言いふらして人が集まってきたとき、周囲とトラブルになることを予測しなかったか。ここで暮らすということは、心を開いて村の一員になるということだと思って移住してきたのか。すべて「No !!」ではないか。だから村人は不安を抱き、その不安を取り除くために法に縋った。それを、法を盾に自分を排除しようとしていると解釈した私は、法を以て対抗しようとした。法理論上は、私を排除することはできない。しかし、人の心は理論で動くものではない。だから、村の顔役と激しい口論の直後、その人が死んでしまった原因を、持病ではなく、私との口論にあったと解釈するのは、心情的に理解できる。法を盾に取れない以上、嫌がらせするしか、残された方法はなかったはずだ。そこまで彼らを追い込んだのは私だ。いくら理論上は正しくても、やって良い時と場所を弁える必要があったのだ。だから、このような仲介がなされたのだ。

 もし私にしっかりとした哲学があれば、理論ではなく、心のこもった正しい生き方の哲学があれば、必ずや理解は得られたはずである。私はここへ移住してきてからの13年間、間違った道を来てしまったようだ。正しい道があったはずだが、それに全く気づかず、自分の不遇ばかり嘆いていたのではないのか。そのようないじけた心で田圃を作り、田植えをするから、私の中途半端が田んぼに映し出されるのであろう。それをプロの百姓が見抜くから、村人は不安になるのであろう。正面突破したなどと粋がって、その実、自分の都合の良いようにしか農作をしてこなかったではないか。だから結果が出ないし、足りない分を経済のせいにする。ダメだこりゃ・・・

 それが証拠に、私の田んぼは、形だけは自然農風であるけれども、生物多様性の循環の中に作物が組み込まれているわけではない。稲苗の植え方もまちまちである。それより、私自身が、土や水の状態を、よく把握できていない。結果として、収穫量が低い。これでは「農」とはいえない。
posted by jakiswede at 00:11| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2020 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする