2020年10月28日

20201028 新たな農地

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 ようやく、来シーズンから使わせてもらえそうな農地が見つかった。村の東の山の中腹に一段高く広がる荒れ地である。

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先日草刈りを終えてその上に立ってみた。ここから見ると村の様子がよくわかる。

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2枚目の写真真ん中の大きな施設の脇が私の使っていた農地のひとつだ。その周りに集中する家々は、この村の中心地の一つで、古くからの家柄である。一方、手前の道路から私の立っているあたり、すなわち村の外縁は、戦後の農地解放の頃に入植してきた人たちが開拓した農地で、彼らの家は村外れの斜面や川向こうの町筋にあって、家から農地まで通って農業をしている。私がここへ引っ越してきてから毎年のように農閑期になるとゴタゴタ揉めるのは、村の中心を牛耳る旧家の人たちであって、村全体から見れば少数ではあるものの、本来、村の入会であるべき山林や、水利その他の村のインフラの利権を握っていたり、それを争っていたりする。私は、そんな事情を全く知らずに、実にフラットな心構えでその真ん中に入ってしまったわけだ。そこでは、乗っ取り、裏切り、騙し討ち、居直りなどが日常的に起こり、要するに根性がカネに穢い。その最中に迷い込んで翻弄されてきた私を見るにみかねて、時々助けてくれたり仲裁してくれたりした人たちは、開拓者の家である。いまでは、その違いがはっきりと目で見てわかる。ここに立って村を眺めるとなおさらよくわかる。私が村に拘ったのは、このような人間模様と農業の現実が表裏一体であって、村の生活を考えることなくして次世代の農業を考えることはできないと思ったからだが、さすがにここは身を引こう。とりあえずこの農地であれば、誰も文句を言わないどころか、ここから村に侵入して荒らし回る獣たちによる被害を防ぎ、村の農地の保全に一躍買うことになる。しかも見ての通り、村のどこからでも見える場所にありインパクトは大きい。圃場整備以来ほぼ使われることなく、年一回の草刈り以外は人が立ち入らずに放置されてきた荒れ地で、村の誰もが手を出さなかった場所である。自然農には最適の状態だ。私はアカデミズムによる権威づけとはできるだけ距離をおきたい考えだが、ここまで理想的な環境が与えられるのであれば、せっかくなので徹頭徹尾完全な不耕起・無農薬・無肥料の考え方を実践できるかもしれない。やってみよう。

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posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2020 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする