2012年09月20日

20120917 我々は「六甲山カフェ」

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我々は「六甲山カフェ」です。それだけなのに保健所や警察に何度も通報され、「大谷茶屋」のおでん販売のお手伝いという位置づけとなり、それに関して我々がどう対処するかが問われた夏だったと思います。私は、個人的には犯人探しは不毛との考えに立ち、我々は「六甲山カフェ」であるという希望を全員が明確に共有することによって、「六甲山カフェ」が何であるかを明確に提示することが解決につながると考えました。訳の分からん新参ものが「大谷茶屋」の軒先を借りて好き勝手やっとると思われたので、苦情が出たのではないかという判断です。だから、我々がどのような人間で、なぜここでこのような希望を持っているのかというビジョン、その具体化としての店作りやサービス、メニュー内容、伝統ある「大谷茶屋」でカフェを運営する意義などを、より明確に伝えることこそが「大谷茶屋」の存続のみならず、あの場所が末永く後世に引き継がれて行くための最良の手段という結論に達しました。そのために、まずは「大谷茶屋」と「高座の滝」と「六甲山カフェ」に関するシンプルなホームページを制作すること、「六甲山カフェ」に関する部分では、我々の希望する「山カフェプロジェクト」を明確に提示すること、次いであの場所に関わるあらゆる人たちの協力を得て「大谷茶屋」と「高座の滝」に関する資料を収集して同じホームページに残すことを目指します。そしてこれらをきちんと整えた上で、次のような文書を添えて保健所に正面から直談判に行く計画をもっています。すなわち「六甲山カフェ」の部分では、食品衛生法上「大谷茶屋」に許可された品目以外は絶対に販売しないこと、「六甲山カフェ」は屋号ではなく洞窟部分の便宜上の呼称であること、「山カフェ」・「ATEYA」・「どいぱん」・「cafeminhos」・「ROCKCAFE」等は「マスター」名ではなく担当者のニック・ネームであること、「六甲山カフェ」は明確に「大谷茶屋」の一部であり、世代を越えて受け入れられてこそ「あの場所」の歴史的な意義も継承されると結論づける文書をです。ところが私には最後の部分すなわち、我々が「六甲山カフェ」を運営することによって、保健所が廃止に追い込みたいと思っている「大谷茶屋」を存続させることを通じて、実はそれがもっと大きな価値につながっていると主張する根拠があやふやだったのです。そこを上手く衝かないと、結局保健所は物事を狭義に狭義に解釈して提案は破棄され、我々はまたぞろ「大谷茶屋」のおでん販売のお手伝いということになってしまう。しかし我々は「六甲山カフェ」でありたい。私は登山家ではなく、厳密には山の愛好家でさえないかもしれない。私は、六甲山の北麓に広がる田園地帯で農業を始めたばかりの、元都会人です。だから私が「六甲山カフェ」をやる意義は、自分の作った米や野菜を料理として提供して、そのおいしさを感じてもらうことによって、都市生活に農業を取り入れてもらいたい、その意義を共有できる人を増やすことによって、持続可能なライフ・スタイルを目指していきたいということです。各「マスター」それぞれにやる意義は異なると思いますが、価値観の多様性が内包されていることは豊かさにつながります。その多様性が散在するのではなく、「アルピニズム」という明確なコンセプトのもとに集約できるという視点を与えてくれた人がありました。山を愛する人、山に興味を抱きはじめた人は、当然、都会にない異種のものを求めて山に入る訳で、単に山に登るという征服欲のためではなく、生活の豊かさを求めてのことであることには間違いない。その実現を何に求めるかは人それぞれであって、たとえば私はそのうちの「食」の部分を提案しているということで有機的につながりうる、すなわち「もっと大きな価値につながっていると主張する根拠」になりうることを彼は教えてくれたのです。農閑期になれば、私は我々の「六甲山カフェ」を「大谷茶屋」の場で再興する計画を、実行に移したいと思います。



posted by jakiswede at 00:13| Comment(0) | cafeminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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