2013年03月01日

20130213 移住計画

KIF_0151.JPG

 「近隣の田舎を散策」などと暢気な事を書いたが、実は終の住み処を探しているのである。去年の終盤も激動したが、年が明けてからも次々と出来事が起こる。最も重大な出来事は、私が借りている住居と農地が、地主の都合で処分される事になったことだ。いますぐというわけではないのだが、その可能性がある以上、農作業はこれまで通りに続けながら、退去と移転の準備を進めなくてはならない。今年こそ冬の農閑期はゆっくり読書などして、自己反省の時を過ごしたかったのだが、なかなか天は私を許してくれないようだ。文句を言ってても始まらん。できるだけ動いて、出来るだけ多くの土地や物件、情報に接しておきたい。さて情報収集を始めて痛感した事、「田舎暮らし」にあこがれて情報収集したのは10年以上も前の事で、その頃とは隔世の感がある。まずは「田舎暮らし」物件情報を片ッ端゜から検索すると、それに応じた物件情報がたくさん出てくる。10年前とは大違いだ。それらをリスト・アップして、業者に連絡する前に、自分の目で確かめに行く。何故か私は子供の頃から、終の住み処は京都で、と漠然とイメージしていた。移住するなら、これが最後となるだろうから、先ずは第一志望の京都から始める。


 亀岡である。亀岡というと、阪神間の住人からすると能勢町の更に山奥にあるから、とてつもない田舎のように聞こえるのだが、よく調べてみると、京都駅までJRで30分弱400円、ここ道場よりも遙かに便利だ。しかも京都在住の友人達の誰に聞いても「あそこは田舎」と断言して省みないから、おそらく京都の人にとっては、阪神間の人が三田をイメージするよりも「田舎」なのであろう。前の仕事で地理の概略は頭に入っているので、三田から再び「近隣の田舎を散策」がてら篠山・園部を経て亀岡に入る。桂川の右岸は立て込んでいるので、左岸に上がってみると、広大な農村風景が広がっている。ええぞええぞ、旧の八木町から保津峡に吸い込まれるまでの桂川の左岸段丘は、西に大きく開けた平野が上の写真のように美しい。よし決めた。先ずはここを攻略する。


 こわいもの知らず、身の程知らず、世間知らずは私の信条なので、リスト・アップしておいた不動産業者から手始めに、農協と農業委員会をまわって、善くも悪しくもだいたいの事はわかった。端的に言えば、ここへ移住するにはカネがなさ過ぎるという事だ。だいたいやねえ、俺に移住して欲しかったら、風光明媚な農地と、清潔にして質素な家屋と、若くて明るくてきれいな嫁はんと、受け容れ準備金として、まあせやなあ、いちおくえんとはいわんが、せめて5千万円くらいは用意しとくもんやが、これほどカネがないカネがないと言われると、ええかげん腹たってきた。なんとなれば、10年前に移住を検討しはじめたときには貯金が約一千万あったんや。それから道場町へ移住して農作業を一通り体得するまでろくな仕事してへんから、貯金は減りに減っていまや底の岩が時々川面から顔を出す。借金をせな家を買ったり建てたりは到底無理やから、それを誰かが賄ってくれるか、どっかからなんとかしてくるしかない。で、その後は農業収入だけでは到底飯は食えんやろし、まあ切り詰めて年間200万円で暮らそう。ほな単純に割って25年で奈落の底へおさらばや。まあそんなとこがお似合いや。加えて、農地を取得するには、いろいろとややこしい手続きが必要で、いまいる神戸では正式には農家にはなれんから、家主との口約束で、法的な枠組みの外で農作業してる状態なんやが、一から捜すとなると、よほどのコネでもない限り、その手続きをきちんと踏んでいかんならん。さて、これについては私が聞きかじりの危うい知識を振り回すより、このサイトが実に親切に面白おかしく、しかも親身になって解説してくれているので、これから百姓しよかと考えている人は、ご一読を強くお勧めします。


 http://inakadenougyou.blog.shinobi.jp


 さあ、ここに書いてあった通り、いろいろとめんどい事や、10年前から様子が変わった事などがあるので、それをこれから逐一調べていかんならん。ま、制度は制度、それよりもなににも増して、金策が最も深刻かつ重要な案件であって、これはちょっと2年ほど心を悪魔に売り渡して荒稼ぎせんとどもならんようやな。ゆはり京の夕暮れはいとをかし。

KIF_0152.JPG

posted by jakiswede at 12:05| Comment(0) | 移住計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: