2014年02月04日

20140118 Biotar 1:2 f=5.8cm

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 Praktiflex FX Nr.79528 + Carl Zeiss Jena, Biotar 1:2 f=5.8cm T Nr.3420325


 旧東ドイツのカメラである。ボディはアメリカ向けに輸出されたモデルで、東ドイツ本国で1952年に発売されたPraktica FXと同一のものである。カメラについては、十分インターネット上に情報が行き交っているので、特に説明しない。ドイツ的に繊細で上品だが壊れない、またドイツ的に無骨でいなたいが素直で愛すべきカメラである。中古市場で多く見かけたが、個体差がかなりある。私の所有しているものはあたりが良かったのであろう。


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 ボディの事はいずれ書くとして、ここで取り上げたいのはレンズである。M42スクリュー・マウント、所謂プラクチカ・マウント、Carl Zeiss JenaからBiotarは数多く出ているけれども、「cm」表示の完全手動のこのレンズが最も好きだ。おそらく、このカメラに標準装備して出荷され、そのままの状態で使われ、転売され、日本にやってきたのであろう。両者とも60年以上経っていることになる。

 

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 同じスペックでありながら、プリセット絞りや半自動絞り、そして完全自動絞りを取り入れて行った後の製品よりも遥かに小型で、しかもずっしりと重く、60年以上の年月を経てもなお各部の動作は、軽すぎず重すぎず、滑らかにどうさして、確実な手応えで止まる。


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 このレンズには、ボディと連動させる一切の装置がない。良い画像を得る事だけを考えて設計されたのであろう。完全手動であるので絞りを高速運動させる必要もない。その最たるものがこの絞り。絞り羽根の枚数が、たぶん18枚くらいあって、ほぼ真円形に絞られる。


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 例えばこの写真は完全自動絞りのレンズで撮ったものだが、絞り羽根は6枚であるので、フレアに絞りの六角形が映り込んでいる。この後のカメラとレンズは速写性を高める方向、すなわちすべての動作が自動的に高速に連動するように開発の主眼が移って行く。その結果、レンズそのものの性能は向上したのに、レンズの絞り枚数は減らされた。画質よりも光量調節が優先され、絞りの摩擦を低減するためである。そういう点で、まだ自動化を知らず、画質に集中して設計されたこのレンズが、良好なコンディションで手許にあるという事は、実にありがたい。


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 一つだけ不満な点がある。それは最短撮影距離が長く、被写体に90cmまでしか寄れないことだ。セレクティブ・フォーカスを活かした作品作りをしている私にとっては、この焦点距離なら、せめて60cm位まで寄りたいところだが、当時まだ35ミリ一眼レフの黎明期。多くのレンジ・ファインダー機の最短撮影距離が1mそこそこであったことを考えると、だいたいそれに倣ったのであろう。私は、ボディとの間に薄いスペーサーを入れている。もちろん無限遠にはピントが合わないが、そんな写真は撮らないから大丈夫。


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 作例である。古いドイツのレンズは、だいたいこのような描写をする。絞り開放で1m程度に焦点を合わせてある。背景の地面までは2-3mで、そこにまだら模様をなすものがあると、ボケが渦巻くように流れる。これを不愉快と感じるか面白いと思うかは、価値観の相違である。このような立体感と背景が、このレンズの持ち味と言えるだろう。


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 ほぼ真円に絞られていく特性を活かして、木漏れ日の中で枯れしぼむ枝葉と戯れる光を撮る。やや逆光に弱いので、フードは必須である。光は絞り羽根の形に歪められる事なく、柔らかく結像する。こういう当たり前の事すら出来ない便利なレンズばかり作られ、それしか知らない人が多い事は、写真芸術にとって大きな損失ではないかと、私は思う。なにごとも、価値観は多様であった方が良い。言いたい事、やりたいことができる自由があって、個々の表現が多様な価値観を生んで、それを出し合ってより良い社会が生まれていくのだと思う。自由が封殺されると、社会は後退する。


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posted by jakiswede at 02:29| Comment(0) | もちものじまん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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