農家への道が開けた。ここへ来るまでに3年も苦しんだ。しかしこれで私の違法状態は解消され、大手を振って農産物を栽培したり利用したり出来る。農家でない都市生活者が自分のやりたいように農業をやるには、いくつか気をつけなければならないことがあるが、職業選択の自由は完全に保証されている。所定の手続さえ踏めば、不当な扱いは受けない。しかし、正しい知識を得ることが、現状非常に難しいことも事実である。そこで、私の体験をもとに、農家でない都市生活者が自分のやりたいように農業をやるには、具体的にどんなことに気をつければ良いかについて総括してみた。あくまで2014年時点でのことである。
この記事は、食の安全を求めて自分の好きなように自分の農業を実現する意思を持つ人のために書いている。農業を事業化する、過疎地の活性化に貢献する、日本の農業に将来に貢献する、とにかく田舎暮らしをしたい、補助金や支援制度を利用したいなど、別の目的を初めから持っている人には向かない。あくまで自給を基本とし、自分のために安全の食材を得たい、そのために農業が必要で、何をどのように作るかを判断するのはあくまで自分でなければならない、そして最後までやり切る覚悟が出来ている人のために書いている。
まず農地についての基本的な認識について説明する。農業に関心があるからといって、勝手に農地の所有者から農地を借りて耕作して良いというわけではない。農地は国の食糧生産手段として国が管理している。農地の所有者は、農地を認可された営農計画に従って食糧生産手段として利用する代わりに、固定資産税が低く抑えられるなど様々な優遇措置を受けている。だから農地の所有者といえども、勝手に農地を人に使わせることはできない。その実態を管理しているのは、農林水産省 (国) ・農林水産部 (県) ・農業委員会 (市区町村) であり、その根拠となっている法律は農地法である。農地法は、事実上、国民を農家と非農家に分類しており、非農家が農業をするためには、農業委員会で「新規就農」の手続をする必要がある。これとは別に、農家であれ非農家であれ、農地を利用するには農業委員会で「農地の利用権設定」という届出をする必要がある。これらの手続に際しては審査があるが、不当な差別を受けることはない。農地を利用するに当たり、農地法以外の法律に拘束されることもない。制度としては、非農家は新規就農して農家になり、その上で農地を利用する届けを農業委員会に出す。ただそれだけのことである。これを知らない農家・非農家が非常に多いことが、農業を都市生活者から縁遠いものにしている。しかし本来、所定の手続さえ踏めば、なんの問題もなく誰でも農地を利用出来る。この基本原則をしっかり理解していれば、あらゆる無理解と非協力的態度を乗り越える事が出来るはずだ。
新規就農と農地利用の手続の具体例については割愛する。なぜなら、これらは地方自治体によって制度が異なるし、訊けばわかることだからである。問い合わせる先は、各市町村に存在する農業委員会の事務局で、「新規就農と農地の利用権設定の件」と言えば通じる。ここでいろいろと難問が浴びせられるであろうが、上の基本認識をしっかり持って、強い意志と淀みない情熱を以て対処すれば、必ず道は開けるはずだ。
なぜこのように念を押すのかというと、「農地を使う」・「農家になる」ということに関して、世間では実に様々な誤解やデマゴーグが蔓延しているからである。一見、農業への道は閉ざされているように見える。法律を調べても、何が書いてあるのかさっぱり分からない。仕方がないので誰かに相談する。
一般に農業をしたことのない都市生活者が、農業をしてみたいと思って相談に訪れる窓口は、農協ではないかと思う。では農協が正しい情報を与えてくれるかというと、ほとんどの場合そうではない。なぜなら、農協は既存農家の既得権益を守ることが仕事であって、それを脅かす恐れのある者を事前に排除しようとする意識が働くからである。あるいは自分たちの権益に沿う形で取り込もうとするかもしれない。すなわち予め農協がセットした営農計画に乗れば、安心して農業に取り組み、生活も安定し、地域にも貢献出来るいう筋書きである。食の不安のもとになっている農薬や化学肥料については、国が示したガイドラインに沿って正しく使えば、安全性に「ただちに問題はない」と諭される。しかしこれには、莫大な施設・機械・農薬・肥料の購入と、その使用を前提とした栽培方法を強いられ、それ以外の方法では買い取ってくれないという条件がついている。つまり農協ビジネスの客となって商品を買わされていることになるのである。もちろんこういうことは表に出ない。使えとは言ってない。しかし、使わなければ達成出来ないような高いハードルが設定されてあるので、言いなりにならざるを得ないのである。農業をしたことのない人たちにとっては、聞いただけではそれがどれほどのことか分からない。しかし始めてしまった後では、莫大な借金を背負ってしまって、やめることが出来ない。
市町村などがやっている「田舎暮らしキャンペーン」も、よくよく話を聞いてみると大同小異である。キャンペーンを行っている自治体は、決まって過疎の集落を抱えている。過疎に困っている集落は、その集落から産出すべき農産物の確保が深刻な問題であるので、そこへ入るということは、離農した農家が担ってきた農産物の物量を穴埋めするということである。過疎であればあるほどその割合は大きく、助け合いのために農事組合が設けられていることが多い。そういうところへ移住するとなると、組合への加入が新規就農の条件とされていることもあり、作る品目や作り方など、恐らく自分では決められない事態になる。要するに、行政が行う支援制度に乗れば、それに見合うかそれ以上の代償を払わされると思った方が良い。そのかわり、煩わしい手続や近隣との利害関係も、全て行政が代行してくれるので、確実に田舎暮らしが出来るし農家にもなれる。ただし自由はない。
リベラルな新規就農希望者が陥りがちな強硬策は「モグリ営農」である。つまり、農業委員会には届けずに、地主との口約束だけで農地を好きなように使う。しかしこれには危険がつきまとう。まず農地法違反で3年以下の懲役又は300万円以下の罰金の対象(農地法第64条)になる可能性がある。次に、突然の約束反故・・・地主は自分の手の回らない農地を貸してくれるのであって、そこが手入れされて土が甦れば再び自分で栽培しようとする。似た事例としては、代替わりして地主の息子から口約束を反故にされることもある。あるいは、近隣農家から農業委員会への匿名の通報・・・「ムラ」にはどんなことでも新しいことが始まれば潰してやろうとする人が必ず1人はいる。これが最もタチが悪く、そういう人に限って農地法などに精通していて、あらゆる条文を「モグリ営農」者の排除のために曲解して総動員する。そのうえ絶対に表に出ないから根回しも出来ない。通報を受けた農業委員会は、ストーカー犯罪に対処するように、あくまで通報者の側に立って「事件」を処理しようとするので、法律の適用が厳密になる。私の被った状態がこれであったのだが、最も滑稽な適用例をひとつだけ紹介して次に進む。曰く、「非農家である貴方が農家である地主の不在のときに、友人たちが圃場に来てともに農作業することは、農地のまた貸しであり、不適切な農地の利用にあたる」・・・「ムラ」の全ての人と完全に仲良くなる事は不可能であるので、「モグリ営農」という手段は長期的に見た場合、非常に危険である。
純粋に安全な食を求めて農家でない都市生活者が自分のやりたいように農業をやるにはどうすれば良いか。正面突破しかない。非農家は新規就農して農家になり、その上で農地を利用する届けを農業委員会に出す。初めから機械を使うことを想定している人はないと思うので、鍬や鎌など、人力で扱える農具で取り組むとすれば、広さは1反までと思った方が良い。農地法によると、「農地の利用権設定」ができる要件として、「一定の面積を経営すること(農地法第3条第2項第5号)」という規定があって、これを「下限面積」という。たいていは「5反」など機械がなければ一人では出来ない広さであるのだが、条例などによってこれが「1反」に設定されている地域がある。これは調べれば分かる。そのうえで、その地域内の農地の所有者を農協や農業委員会などで紹介してもらって、地主と使用貸借に合意出来たら、申請手続を進めれば良い。まずは相談に行くべきである。相談にだけは行って、必要な情報さえ得たら、先方の持ちかける「甘い話」は聞き流して退出する。「甘い話」には絶対にウラがある。自由が確保されていなければ、自分の好きなように自分の農業を実現するという意思の切先が鈍るだけである。
では、その農業委員会が正しい情報を与えてくれるかというと、これも残念なことにほとんどの場合そうではない。だいいち農業委員会という組織自体が非農家には殆ど知られていない。農協は組合だからいざ知らず、農業委員会は行政機関であるにも関わらず、正しい法律の守り方を教えないのである。そればかりか、間違った法律の運用さえやっている。私が3年間苦しんだのは、まさにこのためであった。「農家でなければ農地を利用出来ず、農地を利用出来る者でなければ農家ではない」・「非農家が農家になるためには認定された機関の研修を終了する必要がある」・「農家になるには年齢制限がある」・「農家登録は世襲され、登録済みの空家では新規に登録出来ない」・・・などなど枚挙に暇がない。これらは全て出鱈目である。
事実、私は「新規就農」の申請書を提出したが、一度は上の理由で書類は不受理となり、各方面調べを尽してこれらが全く事実無根であることを確認した後、一年後に再提出した。そのときも他の理由をつけていろいろ言われたが、私には「正しい知識」に基づく確信があったのでこれらを論破した。書類は一旦受理されたが、地区の農業委員に諮るということになり、その会合に呼び出された。農業委員会という組織は、事務局は公務員であるが、委員そのものは一般の農家である。つまり公務員試験を通過した知識人ではなく、市町村が有力農家にお願いして就いてもらっている「特別職公務員」である。したがってその立場が「公」であるかどうかについて、私ははなはだ疑問を感じている。その場での主なやり取りは、以下のようなものであった。
曰く、「食糧自給率を上げるには集約的な農地利用が不可欠であるが、機械も使わず手作りするということはこれに反するのではないか ?? 」・・・「食糧自給率が下がったのは、集約的な農地利用を名目に資材を投入して人力を排除したこと、つまり、一人一人が自給しなくても農産物が確保出来る環境を作ったのが最も大きな原因であって、真に自給率を上げたければ、まずは就農を希望する一人一人が自給出来る体制作りから始められなければならない。機械化がどうしても必要ならば、そのとき考える。」・・・提出書類のひとつに「営農計画書」というものがあって、その「農業用施設・機械の保有状況及び導入計画」という欄に「導入予定なし」と書いたことをめぐっての質問。質疑の後、「導入予定なし」の文言を「必要に応じて導入」と書き換えることを求められ、渋々承諾した。
曰く、「無農薬・無肥料・不耕起栽培とあるが、病気が出たり土地が痩せて農地として利用出来なくなった場合どうするつもりか ?? 」・・・「その心配には根拠がない。収穫することは地力を衰えさせるという前提に立った考えだと思うが、むしろ、自然界とは異なるバランスの肥料を人為的に土に混ぜ、特定の植物の生育を促進を期待した結果、害虫が発生して農薬を使わざるを得なくなる悪循環のことを心配すべきである。耕さずに栽培を続ければ、次第に堆積した有機物が分解して地力が回復していく。私の圃場では年々収穫量が増えているし、歴史的にも農薬・肥料・耕起を基本としたのはここ数十年のことであって、それ以前は一般的ではなかった。にも関わらず農業は一万年も続けられてきた事実にもう一度目を向けるべきである。」・・・同書の「将来的な農業経営の構想」欄に「無農薬・無肥料・不耕起栽培による持続可能な生活の在り方の模索」と書いたことに関連した質問。
曰く、「農家としては農産物の流通への出荷が求められている。しかしこれらを調理・加工して収益を上げることは農地の私物化に当たると考えられるがどう思うか ?? 」(こいつか)・・・「野菜や穀物を作る本当の目的は食べるためであって売るためではない。食べるということを中心に据えて営農計画を立てず、売ることを主目的とするから単一品目の栽培に傾倒する。農地も自然の一部であって、その多様性が失われると回復が困難になることは、旧ソ連の農業政策を見ても明らかである。新規就農者に最初から出荷量を問うのは無理があって、まずは多様な品目の生態を知り、その圃場の植生に合ったものを見極めていかなければ、持続可能な栽培には繋がらないと考える。」・・・同書同欄に「食品の保存と加工を通じて食の在り方を考える」という表現を使ったことに関連した質問。質疑の後、「土壌に適した品目の生産を目指す」という文言の追加を求められ、渋々承諾した。
曰く、「1反5畝の営農計画であるが、拡張の予定はあるか ?? 」・・・「私は農産物やその加工品などを、付加価値をつけて高く売りつけたり、増産して規模拡大を目指したりする考えはない。そのかわり、一人でも多くの自給農家が増えてくれることを願っており、そのための一助となればと考えている。」「申請された地区の平均的な農家1戸あたりの農地所有面積は約3町である。そのうちの20分の1しかやらないというのはいかがなものか。残る広大な農地についてはどう思うか ?? 」「地主との話し合いで1反5畝ということになっている。その地主には現在遊ばせている農地はない。私は都市部から移住してきたので、それを見て同じように就農したがっている友達が多い。地主との話し合いがつけば、今後返還されてくる農地を友達と分け合っていくことで農地管理の一助となればと思う。将来的には彼等は独立して住居を確保することが望ましく、市街化調整区域に新しい住居を建てることが出来ない現行の都市計画法の規定が緩和されることを望む。例えば1反の農地ごとに、農業を続けることを確約の上で1軒の住居の新築を認めるという運用がなされれば、農業の後継者や農村の過疎化の問題は解決に向かうであろう。一人で3町もの農地を管理させようとすることに無理があるのであって、日本中の広大な農地を数少ない後継者に押し付けている現在の農業政策の方が間違っていると考える。」
もっと当たり障りのない答え方はあったであろう。しかし私は敢えて「正面突破」にこだわった。場の空気は険悪を極めた。アタマの硬い理屈屋にねじ込まれて憤懣やる方ないという感じだった。玉砕すれば事実を広く公表して徹底的に糾弾し、農地を放り出してとっとと都会へ戻る覚悟であった。なぜなら特例で認めてもらったり、本音を隠して手続だけを進めたのでは、問題の解決にならないからである。数週間の審議の後、冒頭の写真の通り私を新規就農者として公式に認める書類が届いた。「正面突破」を試みる希望者が続けば、この分厚い壁もいずれ崩壊するであろう。
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