2014年10月12日

20140926 西へ西へ・・・西へ西へ

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 たとえ4日間という短い旅であっても、旅の終りは必ずやって来る。2010年に世界一周旅行を終えて、イスタンブールから帰国の途についたとき、1989年に初めての海外旅行を終えて、ナイロビから帰国の途についたとき、全ての手続を終え、ボーディング・パスを持って待合室に向かうとき、その一歩一歩が、確実に旅を終らせる歩みである事を、否応なく実感させられた。今回の旅は、自ら車を駆って帰らなければならぬ旅である。自分で運転して自分で旅を終らせなければならない。いつまでも旅を続けていたい。しかしそうはいかない。現実に戻らなければならない。これは、非常に辛く哀しく切ない事だ。たとえ4日間といえども、予定を立てずに行うものは、「旅行」ではなく「旅」と呼びたい。日常生活では起り得ない事態の組み合わせ、その時々で対処し、その仕方によって、後の旅の在り方が様々に変わる。これが旅の醍醐味だ。


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 赤碕という漁村は、旅の最後を飾るにふさわしい強烈な印象を残した。はからずも旅の初日に予定していたものが狂って、旅路としては非効率なルートになってしまったのだが、もともと行き当たりばったりの旅でもあるし、結果的に良い締めくくりになったと思っている。台風の余韻であろうか、常に潮騒が耳につき、それは今もこびりついたように取れない。海は、何故か常にその中に吸い込まれて行く滅びの感覚とともにある。とくに漁村というものは、集落の在り方、家の建ちかた、その造作や普請に至るまで、滅び行く何かを常に予感させる儚さがある。波音は途切れない。一定の間隔を置いて反復される。そして永遠に続く。その音を聞いていると、漁村が滅びても、つまり人間が住まなくなっても、或いは人類が滅びても、未来永劫、延々と繰り返される音である事を痛感する。不毛でもあり、完全な安らぎでもあり、身を投げてしまいたいほどの誘惑に満ちている。特にここ、赤碕の漁村は、その崩壊感覚が色濃く息づいている。


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 塩谷定好という写真家は、いわば日本のピクトリアリズム写真の草分けといえるだろう。セレクティブ・フォーカス、ソフト・フォーカス、ベス単のフード外しなどの撮影技法と、ブロム・オイル、ゴム印画などのプリント技法を駆使した芸術写真を多く生み出した。その成果は、国内よりも海外において高く評価され、日本の写真界に大きな足跡を残した。絵画的表現を好む写真愛好家であれば、大抵その名を知っているはずだ。彼の作品展が開かれたことを聞いた事がないし、写真も印刷物でしか見た事がなかった。それが今春、彼の故郷である赤碕にその作品や資料を収集した記念館がオープンしたことを知ったので、旅の最後であっても是非訪れたかったわけである。


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 塩谷定好写真記念館は、赤碕の漁村の狭い通り沿いにある。車で行くには、国道9号の「道の駅ポート赤碕」から西へ漁村に入っていって、しばらく行った右手に広がる漁港の駐車場に車を止めると歩いてすぐである。廻船問屋であった実家は、贅の限りを尽した古民家で、そこを奇麗に改装して、ギャラリーとカフェが営まれている。おそらく地域のボランティアの人たちで運営それているのであろう、写真家自身とこの建物、そして赤碕の事についてガイドしてくれた・・・そうなのだ、彼の評価は日本国内よりも海外で高かったという事実は今も受け継がれていて、彼の作品を継承する記念館でありながら、彼の写真の表現技法の内容については、彼の記念館ですら継承されていない。ガイドしてくれた内容は、写真に写っているこの人は今も存命でどこそこに住んでいるとか、この漁港の岸壁の形がこうだからいつごろに撮影されたものだとか、建物の細部に施された装飾の事とか・・・そういう内容だった。私はそれを楽しく訊き流した。プリントが見られさえすれば、それで良かったのだから。


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 記念館を出たあと、暮れなずむ赤碕の町を少しだけ散策した。漁港の裏手は、すぐ高台になっている。急な階段を上がるとそこに小さな公園があって、そこから日本海を見渡せる。すとんと切り落とされたような芝生の台地の下に延びる漁村、その彼方に広がる日本海。空と海との境界が灰色の靄の中に溶け合っている。もはや、繰り返し打ち寄せる波の彼方がどこなのか、波がどこから来るのかもわからない。私の旅が、どこから来てどこで終るのかも、しばし靄の中に吸い込まれていきそうな感覚に陥る。塩谷定好が、山陰という日本の景観の宝庫を愛し続けたことに、少しだけ近づけたような気がした。


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posted by jakiswede at 16:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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