Ornette Coleman: Crisis (LP, impulse!, AS-9187, 1972)
Broken Shadows
Comme il fault
Song for Chè
Space Jungle*
Trouble in the East*
(*印の2曲については、内ジャケットでは表記が逆転しています)
注文していて待っていたうちの一枚が送られてきた。永らく幻の名盤であったのだが、探索の成果あって、スペイン盤で2010年に再発されていたものを、現地のトレーダーから中古で入手できた。1969年3月22日にNew York Universityで行われたコンサートのライブ録音。私にとっては、私が聴いたすべてのJazzの録音の中で、1959年に発表された彼の「The Shape of Jazz to come」が最高傑作、そしてこの「Crisis」がそれに次ぐものである。彼の2006年の来日公演では、彼の最初のひと吹きで、私の全身から体液が噴射しそうになったのを思い出す。70歳というご高齢にもかかわらず、ナマで聴く彼のアルト・サックスの音は、澄んでいて複雑で高くて低くて繊細で太かった。要するに美しかった。どんな言葉も不要である。全然関係のないピアノ弾きさえうろちょろせんかったら、コンサートは完全に楽しめるものになったはずだ。
このアルバム「危機」というタイトルの通り、これはキューバ危機を指すものであろうが、極めて緊迫した空気に満ちている。しかしメロディアスで美しく、どこか哀しげである。正直言ってフリー・ジャズというものは、往々にして無味乾燥で力任せのものが多いのだが、彼のフリー・ジャズは違う。エモーショナルで、極めて力強く、テーマがはっきりしている。おそらく、ひとつにはブルー・ノートや、南アフリカの、つまりZuluやTswanaの音階に忠実だからではないかと思う。しかし、これ以上の言葉は弄するだけ野暮というものである。手に入れ難いが、捜せばなんとかなる。手に入れて是非とも聴かれたし。
しかし、「書く」といった以上、これで終ってしまっては申し訳ないので、まあつまらんことですが周辺情報などを・・・上記したように、これは2010年にスペインで再発されたもので、オリジナル・ジャケットではあるが、オリジナル盤ではない。番号は同じ。観音開きになっていて、ジャケット内側はライナー・ノーツである。購入の際はそれを確認した方が良い。バーソネルは、Ornette Coleman, Don Cherry, Dewey Redman, Charlie Haden, Ornette D Colemanである。最後の人はOrnetteの息子、当時弱冠12歳、現在も父をサポートするDenardo Colemanである。
表ジャケットの写真は、アメリカの「権利章典」が燃やされている図。1960年代のアメリカは、未だ激動の時代であり、特に公民権運動が社会を二分していた。つまり、ほんの50年ほど前までは、アメリカの黒人には公民権がなかったのである。黒人もアメリカ国民として社会に生き、働いて経済活動もしていたし、兵役にも就いていた。芸術家は芸術活動をしていたし、それを売るプロモーターも存在した。つまり、なんら白人と変わることなく社会的義務を共有していたのに、公民権もなく、公共の場所などでは、黒人は白人から隔離されていた。なぜ白人社会と有色人社会が衝突するかというと、このような全く馬鹿馬鹿しい差別が存続するからにほかならない。「権利章典」を燃やしたくなる気持は理解出来る。
公民権法が制定されたのは1964年の事だ。しかし、保守的な白人の、有色人種に対する差別意識は非常に根強く、これは現在に至るも解消されたとはとてもいえない。ジャズが最盛期を迎えたのは、まさにそんな時代だった。公民権運動は、白人の暴力に対しても、概ね平和裏に行われた非暴力運動だったのだが、キング牧師が暗殺されたのを期に、過激化するグループが出る。彼等は、被差別の解消しない現実に失望し、マルカムXの思想に触発され、社会主義が標榜する平等を実現しようとして共産主義に近づいた。おりしもキューバ危機、米ソの対立はかつてないほどに緊迫し、レッド・パージの嵐が吹き荒れた時代でもある。一方、ベトナムでは南下するベトコンに手を焼いていた南ベトナムの軍事作戦に、アメリカが引きずり込まれる。国内では民主主義を謳うくせに、東アジアの戦争で現地人を殺害する自国政府の二枚舌に国民は怒り、広範な反戦運動が沸き起こって世界に波及した。それは世界中に様々な歌を生み、日本でもフォークからニュー・ミュージックへの進展を及ぼした。
"Song for Chè"は、もちろんアルゼンチン出身でキューバのゲリラ指導者であったErnesto Chè Guevarraのことを指しているが、曲のモチフは、Carlos Puebraの作曲でキューバの国家的名曲である"Hasta Siempre"のメロディに触発されている。ベースのCharlie Hadenの曲だが、Ornette Colemanが他人の曲を主体的に吹くことは珍しい。この曲は、「Crisis」と同じ1969年に録音され、1970年に発表された「Charlie Haden: Liberation Music Orchestra (LP, impulse!, A-9183, 1970) 」でも取り上げられているが、演奏のエモーションはOrnette Colemanの方が圧倒的に強く、戦争を憂う情感は冷徹なものがある。同じ曲を扱いながら平和協調路線を行くLiberation Music Orchestraの演奏とは全く対極的である。実は、「Crisis」に参加しているOrnette Coleman QuintetのDon Cherry, Dewey Redman, Charlie HadenはLiberation Music Orchestraにも参加しており、同じ曲でソロを採っている。Coleman親子がいるかいないかだけの違いで全く異なる演奏になってしまうのがジャズの面白さでもあり、怖さでもある。ちなみにCharlie Hadenは、このLiberation Music Orchestraが彼のリーダーとして最初の音楽活動であり、フリー・ジャズを中心に活動を続け、2014年11月に亡くなった。
"Trouble in the East"は、ベトナム戦争を指しているのであろう。この戦争は、フランスから解放されたベトナムが、今度は共産主義と資本主義のイデオロギーの対立に巻き込まれた東西代理戦争であった。自国に直接関係のない「東方の紛糾」で自国民が傷つき、ベトナム人を苦しめ、多大な戦費が浪費される現状を憂う反戦平和運動が巻き起こって、後に世界に波及した。当時のアメリカは、国内においては公民権運動の一部が共産化し、国外においては共産主義と対峙する代理戦争に手を染めはじめていた。民主主義を標榜するアメリカの、国内と国外に於けるこの矛盾と混沌、それに対する激しい怒りが、この曲のテーマになっているような気がする。ちなみに、この最後の2曲、裏ジャケットの表記と、内ジャケットのそれとが入れ替わっている。表記が入れ替わっているのか、曲の収録順位が入れ替わっているのかは解らない。しかし聴いた感じからすれば、B2の方が激しく盛り上がるのに対して、B3の方は宇宙的な効果音が多く、前者が"Trouble in the East"、後者が"Space Jungle"ではないかと思う。
歴史は戦争を繰り返す。白人の有色人種に対する差別意識は、恐らく根絶出来ない。彼等の優越感は、いわば本能的なものであり、それが遺憾なく発揮されてこそ、彼等は解放と幸福を感じるようだ。しかし世界には様々な人種があるので、その本能を理性でコントロールしている。有色人種はそれを鋭く嗅ぎ取ってしまう。だから、それがある限り、つまり未来永劫、人種差別はなくならない。これは、あらゆる差別に共通する。差別がある限り、それを解消しようとする理念が求められる。理念が生じると、それを認めるかどうかでひとは争う。それが錯綜して戦争になる。では逆に、そのような紛争のない社会というものは、あり得るのだろうか。もし人類の全てが心平らかであれば、欲というものがなく、それによって争うこともない。しかし、それによってひとが向上することもないだろう。つまり、それは死だ。良いとこ採りの出来る人はある。しかし出来ない人が地球上には圧倒的に多いので、不幸は繰り返され、消えることはない。
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