2015年08月06日

20150806 広島原爆の日

 今日は、広島原爆の日。九州電力川内原子力発電所1号機の再稼働が間もなくと伝えられ、私の友達などが反対の意思を表明する為に西へ向かう。私は田んぼの草取りをなんとか盆までに済ませてしまいたいので、それには参加出来ないが、ここに短文を寄せて明確に反対の意思を表明する。こんなことをしても原発は再稼働されるだろう。無駄とわかっていてもこういう意思表示をするのは、これによって社会を変えようと思っているからではない。自分自身が社会によって変えられないようにするためである。
 原子力規制庁のホームページには、福島原発事故後に新しく定められた規制基準について、それを満たすことによって原子力施設の安全性を保証したものでないことが明確に書かれてある。しかし政府は、原子力規制庁が新基準を満たしたと判断した原子力発電所は、「安全性が確認されたものとして」順次再稼働していく、と、原子力規制庁の「解釈を変更」して再稼働を正当化した。また、原子力規制庁は「原子力発電所」などの施設の安全性については審査するが、核燃料の製造から廃棄までを含む「原子力発電」全体の安全性を審査しない。ところが現状のところ、使用済核燃料の最終的な処分方法が確立出来ていないことは周知の事実であって、「原子力発電」全体の安全性というものはあり得ない。崩壊の始まった核物質を、安全な状態まで密封し冷却し続けることは、人類には不可能だからだ。人類は、核物質を扱うことが未だ出来ていないし、両者は共存出来ないと考えるのが、最も公平な解釈である。科学的な結論というものは、公平に扱われなければならない。都合の悪い結論の「解釈の変更」などしてはならない。
 原発再稼働にこのような「解釈の変更」が必要になるのは、集団的自衛権の容認にも、憲法の「解釈の変更」が必要なのと良く似ている。立派な政治家や科学者や有識者、つまり偉いおとなたちが、こぞって「解釈の変更」に走るのは、一体どうしたことか。「解釈の変更」・・・あのカラスは白いといったら白いのだ。とても容認出来ないことを、呪文のように唱え続ける大人たちよ、恥を知れ。
posted by jakiswede at 16:29| Comment(0) | NO MORE ABE !! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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