2015年12月31日

20151219 Angel Canales

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Angel Canales: Different Shades of Thought (LP, Selanac, LP-8882, 1982, US)

Tenemos Que Echar Pa'lante   
Quantanamo   
A Usted   

Nadie Como Tu   
Faro De Luz   
Baby Please Don't Go   
La Sombra

 サルサいきましょか、その膨大な音楽シーンと華麗な演奏やダンス、おしゃれで開放的で華やかで、男女のロマンスをこれでもかこれでもかというくらい肯定的に押し付けてくる音楽もこの世にまたとないといえよう。日本にもファンは非常に多く、私ごときがなにかものを申し上げることは非常に憚られるのであるが、敢えて言いたい。「わたしはアンヘル・カナレスがこよなく好きだ。」サルサといえばアンヘル・カナレス、なにをもとりあえずアンヘル・カナレス、もろ手を上げて、泣きながら笑いながら「わぁぁぁぁぁぁぁぁいっ」て、もう全身全霊でアンヘル・カナレス、本当に大好きなんですよこれが。
 なにが良いかといって全部良い。とにかく良い。しかし私が良いというからには何かある、そう考えるのは至極当然です。アンヘル・カナレス・・・はっきり申し上げて、好き嫌いが極端に分かれるアーティストです。なぜなら、サルサの真骨頂である構成美、美しさ、軽快さというものを、言わば土足でぶち壊して行くように聞こえる、あるいは全く解ってない、はっきり言って下手、たんなる下品、などなど、散々な酷評を聞いたことがあります。しかし、演奏を良く聞いてみれば、ものすごく強固な土台の上に、緻密に構成されたバッキング、しかもそれでいて、全ての音符に濁"点"がついているのかと思われるほどのアクの強さ、雑味の厚さ、エグだらしさ、なんといってもティンバレス奏者がキックを踏んでいるのをみたのは初めて、それらをミュージシャンたちが実に楽しんでいる様子が録音を通してさえありありとわかる。それは想像しにくいことです。きちんとした楽譜によるアレンジがなければ実現できないアンサンブル、楽譜に基づいて演奏されていながら、それをぶち壊して行くような躍動感とセンス、まさか楽譜にその様な指示があるわけでもなかろうに、それがものすごいのです。更に、その上で暴れまくるようなスキンヘッズのおっさん、彼こそはアンヘル・カナレス、自分のレーベルを設立し、名字のアルファベットを逆さ読みして「Selanac」と名付ける人をくった性格、要するに変態はげおやじ・・・だから嫌いだという人と、だから好きだという人に、評価はまっぷたつ。
 LPが8枚出ていて全部持ってます。調べてみると、まだまだレア音源はあるようですが、持ってるもので充分です。これらは盤としてはもう入手困難ですが、音はいくらでも聴けます。そのなかで紹介するのは1982年の7作目、もうこのジャケットで私ヤラレました。破天荒な彼の音楽世界の中でも、心・技・体が充実しきった溶岩のような演奏です。それでいてジャジーで、ブルージーで、ラティーノで、ゴージャスで、派手で、えぐくて、もう堪りません。なんとトランペットに若き日の大野俊三氏の名前、ボクサーのようなギラついた顔してはりますなあ・・・
 言葉だけでは足りますまい、ちょっと古い曲で故郷Puerto Ricoを歌った曲の、おそらく故郷でのライブ、壁にバンド名が書かれてあるので、おそらく本拠地でしょうか、また、多分曲が出来た当初でしょうか、イントロがシャープに始まって彼が歌おうとすると、なんと観客が歌詞を大合唱し、その歌声はマイクを通した彼の声を上回って、彼は感激のあまり泣いてしまって歌になりません。でも観客が後を引き継いで合唱し、演奏と観客が呼応して盛り上がっていくのです。彼は目を泣きはらしながら、ようやくBombaに入って行きます・・・私ももらい泣き。



posted by jakiswede at 14:40| Comment(0) | 変態的音楽遍歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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