2016年02月10日

20160102 謹賀新年

KIF_1746.jpg

 世間様にはあけましておめでとうございます。新年のご挨拶が遅れまして、別に謝らんでもええんやが、この間なにをやっとったかというと、流通業に従事して以来30年あまり年末年始は物流手当に奔走していて、ついぞ正月らしい事などしないのですが、近年の平常運転ぶりは目に余るほどで、餅さえ元日に母と妹に会いに行った折に食った真空パック餅だけという、それと仕事以外の時間は、電源の入ってるあいだじゅう悲鳴を上げ続ける2006年製のMacBook 1.1を代替するために購入したiMac MK142にデータを移植しつつ動作確認を続け、ようやく一段落してこれを書いております。タイムマシンからごっそり復元すするか、あるいは「移行アシスタント」というご親切なアプリケイションを使えば造作もない事を、なぜ手作業でやったかというと、自分の残したものは、自分の手で扱う事を原則にしているからに他ならなくて、特に、愛用してきたMac Book 1.1を最後に、iCloudと同期させる事を前提に設計されているそれ以後のMac OSと関連アプリケイションに依存すると、データの存在自体が自分のものではなくなってしまうのではないかと、いらん危惧を排除できないからです。

 で、この新しいiMacを使いはじめてみて感じる事を順不同で書き連ねてみますと、まず立ち上がりも動作も遅い !! 遅いです。デスクトップだから重たいのか、1TBというディスク容量を振り回すにはCPUが力不足なのか、MacOSX El Capitanがどんくさいのか知りませんが、「えっ ?? ・・・まだ ?? 」ちゅうくらい遅い。MacBook 1.1 + MacOS 10.6.8では何のストレスもなくサクサクと作業できていた事が、とにかく遅い。でもこの上のモデルを買ったりメモリを増設する余裕はないので我慢するしかない。我慢は我慢するのだが、10.6.8の環境でできていた事が、できなくなっている事が多いのはたいへん困る。ユーザ切り捨ては得意技のMacなので今さらごねる気もないが、愚痴くらいは聞いてくれ。なんぼでもある。

 まずOS同梱のアプリケイションで、機能は同じで名前の変わったものは今まで通りには使えないと思った方が良い。例を挙げると、「アドレスブック」→「連絡先」メールアドレスなどを管理するものだが、vCardに書き出しても読み込まない。おとなしくMacのいうとおりにOSをバージョン・アップしていれば問題なかったのだが、古いOSで作成したvCardは読み込めない。全部手で打ちましたがな。おまけに苦労して作った「連絡先」が「メール」画面上に表示されない。かつては送信ボタン横に「アドレス帳」ボタンがあって、リストから選択すれば簡単に送信先に入力されたのに、「連絡先」は、わざわざアプリケイションを開いてカードを呼び出し、ドラッグしてこなくてはならない。非常に不便だが、最近の子らはメールなんか使わず、Facebookの「メッセージ」でやりとりするから機能が省略されたんかな。

 「ことえり」→「日本語」で「ユーザ辞書」が読み込めないので、長年の蓄積が反映されない。しかも私は長文変換が多いのだが (笑うな) 、変換文字を修正する際にカーソルで文字を指定すると、長文全体がひらがなで確定されてしまう。再変換からやり直しで二度手間。

 極め付けは「iPhoto」→「写真」、これなんか読み込んだ写真はファイルとしてではなく「ライブラリ」として保存されるので、個々に持ち出す事ができない。いちいちデスクトップに保存して名前をつけ、ファインダー上で分類していかなければならないので邪魔なだけ。自分で撮った写真を簡単に持ち出せないのには腹がたつ。かつてMacはiPhotoについて、「一生分の写真を一か所にまとめておきたいなら、iPhotoが理想的です」などと豪語していたはずだ。みだりに使い勝手を変えるな。だからすべてのファイル管理を手作業でやらざるをえない。まあこんなことをいうユーザは彼らにとってはとっとと消えてくれ、Macという会社は、自分らは完璧な製品を世に出しとる、使い方がわからなければユーザ同士で情報交換しろ、わしゃ知らん、という姿勢なので、おかげで自力解決の実力がついて結構なこっちゃ。

 まだまだこれから出てくるでしょうが、MacOSX El Capitanの仕様と思われる点で使いにくいところは、なにしろ画面のウィンドウがよく揺れる、あるいは誇張するためかアイコンが膨らんだり動いたりして、あらぬところへドラッグし損ねて、あわてて落としたファイルを捜しに行かねばならない。iPhoneに倣ったのか、マウス上をタップしたリスワイプしたりするとウィンドウの動きに反映される。ところがマウスを握る手は微妙に動くものなので、その動きまでが画面を揺らして目が疲れる。まだまだ出るだろうが、これらのものは仕様としてあって、環境設定で止めたくても止められない。あまり不必要に目的地が動いたり、一定のルールで整理してきたものを変えられたりするのは嫌だ。キーボードとマウスがワイヤレスになってケーブルから解放されたのだが、キーボードのCapsが左下の角に来ているので、手首が当たってロックされてしまう。かつては下から2段目だったのでこんなことはなかったのだが、これも鬱陶しい。

 さあ悪口ばかり先に書いたが、もちろん良いこともある。それは画面が大きくて距離が取れることから、目に対するストレスはかなり減ったということだ。特に老眼の進行著しい昨今にあっては、ラップトップからデスクトップの価値を再発見した思いがする。おまけに、ラップトップでは至近距離に立つモニタを境に、その向こうに未整理のゴミの山が築かれてしまうのであるが、手元が広いと片付けざるをえないので、文字通りデスクトップの整理整頓が徹底できる。そんなわけでだいぶ使い慣れてきた。

 実際何を作業していたかというと、要するに音源の整理であって、リハやライブの録音、それにFM放送のエアチェック音源など、特に後者は、タイマー録音でUSBにベタ取りしてきたものを、上のように波形分析にかけて曲を確定して分類、取捨選択、整理保存ということで、60GBくらいあったから、曲数や時間数にしたら想像もつかん。大半はNHKの「古楽の楽しみ」で、この番組はかつての「バロックの森」から変わったものだが、「古楽」とは言いながら内容はほとんどバロックであって、中世やルネサンスものはほとんどかからないので、大半は破棄された。ほかは日本の伝統芸能で、地唄箏曲・浄瑠璃・浪曲・能や狂言などである。世界のポピュラー・ミュージックの王道を全く知らずに裏街道をひたすら這って歩いてきたような私にとっては、ピーター・バラカン氏の「Weekend Sunshine」は毎回新しい発見があってよろしおまんな・・・とまあそんなわけで年末年始の引きこもり生活は幸せな時間でした。ほなバイトいこか・・・


posted by jakiswede at 11:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: