David Bowie: Low (LP, RCA Victor, PL 12030, 1977, UK)
Speed Of Life
Breaking Glass
What In The World
Sound And Vision
Always Crashing In The Same Car
Be My Wife
A New Career In A New Town
Warszawa
Art Decade
Weeping Wall
Subterraneans
David Bowieといえば、私にとってはこの作品。それまでの彼の作風とは全く異なる音に世界が驚愕したものである。1977年といえば、ロンドン・パンクがまさに爆発しはじめた頃、日本にも情報は入っていたが流行りだすのは1-2年後、やりだしたのはもうちょい後という感じで、私は17歳の高校生、まだ重厚なプログレ交響曲の霧の中を泳いでおり、精神状態は出口の見えないトンネルの中。世界の音楽シーン、世相は、そろそろそんな夢物語にも飽きて、厳しい現実から目をそらすことができなくなってきた頃、あるものはパンクに憧れ、それとは別にさまざまな可能性を模索して、たくさんの動きがあった。そのひとつに、このアルバムをプロデュースしたBrian 中略 Enoが関心を寄せてきたエレクトロニクスを駆使した様々な試みがあり、それがプログレ嗜好の音楽ファンの感性に受け入れられ、パンクとは別の流れとなって、のちのニュー・ウェイブやオルタナへ、あるいはミニマル・ミュージックへの発展に結びついていく。David Bowieは、言わずと知れたグラム・ロックの花形、Enoが初期に所属したRoxy Musicも似たような傾向を持つ華やかでアーティスティックなバンドであった。Enoがそこを去って、ミニマル・ミュージックの先駆となるObscure Recordsを設立するのが1975年、ちなみにこの年、プログレ最後の名盤「幻惑のブロードウェイ」を残してPeter GabrielがGenesisを去っている。またGary Newmanがポスト・パンク、オルタナ的な世界観を予感させるTubeway Armyを結成している。一つの時代が終わり、新しい胎動が始まって、様々な価値観が交錯して、シーンは混沌としていた。
このアルバム「Low」は、そのB面が「ワルシャワ」という曲で始まる独特な雰囲気を持つことから、当時ジャーマン・ロックに影響されたプログレへの遅咲きの回帰などといわれたが少し違う。David Bowieの、というよりは、Enoの率いるシンセ・ポップ路線とミニマル・ミュージックの可能性を、古巣のテイストであるグラム・ロック出身の音世界の中でどう聞こえるかを、バンドで面白く真面目にやってみたという作品ではないかと思う。David Bowieがこのテイストを気に入ったのかどうかはわからないが、その後「ベルリン三部作」と俗称されるアルバムを発表した後、肩が凝ってしまったのか、1983年に大ヒットしたディスコ・ミュージック「Let’s Dance (EP, EMI, 12 EA 152, 1983, UK) 」を発表して、またもや世界を驚かせるのである。その頃には、時代はとっくにバブルの匂いがプンプンしていたのを思い出す。
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