すごいものを見つけてしまった。1973年、サンタナ・バンド来日公演におけるMichael Schrieveのドラムソロ「Kyoto」である。1973年というと私は中一、大阪厚生年金会館に来ることは知っていたが、「行きたい」などと言おうものなら鼻が折れるほど殴られたであろう、その後テレビでも放映されたが、「見たい」などと言おうものなら歯が折れるほど殴られたであろう家庭環境、また社会もそれを当然とみる風潮があった。当然、家庭用ビデオ録画機なんてない時代だ。その後、日本公演の模様は編集されてLP3枚組にまとめられ、「ロータスの伝説」として発売された。「ほしい」などとは口が裂けても言えなかった。LP3枚だからなにしろ高い。何年か経って、ようやく学校の友達同士の中で音楽の話ができるようになると、少ない小遣いを削り合うようにして、共同で欲しいレコードを買い、回し聞きをしていたものだ。誰だったかは忘れてしまったが、この3枚組をぽんと買ったやつがいた。我が家にはレコード・プレイヤーもなかったので、これを友達の家で聞かせてもらい、同時にカセットに録音した。それを親に隠れてベッドの下に仕込んだカセット・プレイヤーでこっそり聞くのである。ものすごい演奏だった。変幻自在、ロックとラテンという、全く聞いたことのない取り合わせの躍動的な感触、聞けば聞くほど、遠くない過去にすぐそこまで来ていたバンドを見に行かなかったこと、テレビでさえ見られなかったことを、悔やみに悔やんだ。映像のない、音だけの世界は、想像力を無限大に開放する。誰が、何を、どのように演奏してるかなんて、皆目見当もつかないほど複雑に絡み合った音の奔流、魔術としか言いようのない陶酔、こんな世界が、自分の住んでいる外には広がっているのか・・・子供ごころに海の彼方への憧憬は狂おしく悶えるしかなかった。
情報を制限することによって、確かに想像力は育まれるだろう。音楽なんてその最たるもんだ。音楽の現場を「見る」ことができなかったが故に、われわれはどれほどの好意的な勘違いと、ありもしない意味づけを音楽に与えてきたか計り知れない。そして妄想に肥大した想念を持って音を紡ぎ出してきた。それこそ何十年もたゆむことなく。その結果、我々は人からどのように評価されようが、とにもかくにも「俺の音はこうである」と言い得るだけの演奏をものすことができるようになったのだ。それは素晴らしい勘違いでありながら、実は大変重要なことだと考える。私はMichael Schrieveを見たことがなかったが故に、彼の「構え」を知らずにドラムを叩いてきた。その結果、いまでは日本に二人といない、コンゴ風のルンバを叩きこなせるパーカッショニストになった。お呼びがかからんだけだ。
「ロータスの伝説」は、まさに先刻まで私にとって音だけの世界だった。インターネットとはありがたいもので、夢にまで見た公演の映像が検索したら出てきたのだ。全編通しではなく、何曲かに限られているけれど、謎の演奏はいくつも見ることができた。実は、Michael Schrieveは、私にとってJaki Liebezeitの次に尊敬するドラマーである。なにがといって、とにかく音が綺麗で粒立ちが揃っている。スネアの音色なんてお手本中のお手本だ。この映像、3分過ぎから上下に画面が分割されて、ステージ真上に設置された別カメラの映像と同時進行する、当時としては離れ業に近い編集が施されている。43年前だから、当然画像は粗い。しかしスティック捌きはよく見えるし、頭上カメラはハイハットとキックの動きを克明に捉えている。就中、スネアをロールしながらストレイナーのスイッチを切り替える離れ業まで捉えられている。永年の奏法の謎が、いくつも氷解した。これは、そんじょそこらのドラム教則ビデオよりも、はるかに優れたお手本だ。これを見れば、誰でもはっきりわかるはずだ。本物のドラマーはテクニックではない、エモーションだということを。アップになった若き日のMichael Schrieveの表情、それだけで十分だ。
映像をもっと早い時期に見ていたら、あるいはリアルにライブを見ていたら、すくなくともテレビを見ていたら、私の人生は変わっていたかもしれない。大げさではなく、私にとって「ロータスの伝説」はそれほどの値打ちがある。もちろん音楽はコケ嚇かしで商業主義でまやかしに満ちている。そんなことはどうでもよい。エンターテインメントなんてそういうものだから。そのウソの世界を、これほど勢いに満ちて、全力で、和気藹々と、満面の笑みで、真剣に、希望を持って演奏することこそが音楽の本質であり、そのありようは若いうちによく見ておく方が良いからである。無駄な遠回りをしなくて済む。この映像、クリップして生涯の家宝にさせていただきます。見てよかった。
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