Ruben Blades: Crossover Dreams (LP, Elektra, 9 640470-1-E, 1986, US)
Elegua
Good For Baby
Rudy's Theme (Chase)
Todos Vuelven (Apt.)
Todos Vuelven
Liz's Theme
Goodby El Barrio
Llora Timbero
Sin Fe
Ecue-Yambo-O
Ban-Con-Tim
Otro Dia Otro Amor
El Down
Todos Vuelven (Rooftop)
Reprise
Rudy's Theme (Credits)
1985年に公開された同名の映画のサウンド・トラック編集盤である。日本に回ってきた時に映画を見に行って買ったレコード。ストーリーは若くて夢のあるラティノ・アメリカンの歌手が、ニューヨークの音楽シーンの中で、ラティーノに対する様々な圧力に耐えながら、自身のルーツを疑い、探し求め、新しい音楽スタイルを確立していくというもので、Ruban Bladesの半生や信条と重なる部分もある。しかし作品を通じて特筆すべきは音楽の内容であって、物語の中で、主人公を演じるRuben Bladesが自身の音楽的ルーツを探し求める過程で出会うVirgilio Martiとその音楽が大きく取り上げられていることに尽きると思う。
Virgilio Martiは、1919年CubaのHavanaに生まれ、1995年にNew Yorkで亡くなった歌手、パーカッショニスト、作曲家である。作品は多くない。このレビューのキューバ音楽のコーナーで紹介した「Grupo Folklorico」の代表曲”Cuba Linda”の作曲者として有名、リーダー・アルバムは「Saludando A Los Rumberos (LP, Caiman Records, CLP 9006, 1984, US)」と、ほかにPatatoとの共作「Patato & Totico (LP, Verve Records, V6-5037, 1967, US)」があるが、これはアルバムタイトルにクレジットされていない。いずれもコンガの深い音色を中心に、打楽器とシンプルな弦楽器の上にコーラスを絡めた彼の美声が乗る、典型的なRumbaのスタイルで演奏される作品で、形式はSonやGuaguancoが中心である。
この作品”Crossover Dreams”では、ヴォーカルのほとんどをVirgilio Martiが担当し、あたかも彼の作品のようであるが、アルバム・タイトルに見えないので、なんだかかわいそうである。特筆すべきは”Todos Vuelven”という曲であり、私がこのアルバムをお勧めするのは、まさにこの一曲に尽きる。どこにも書かれていないがこの曲がこの作品のテーマ曲である。
”Todos Vuelven”は、もともとValse Peruano、ペルーの都市部に起こった黒人奴隷たちによる三拍子のワルツで、張り詰めた音色のギターを掻き鳴らし、乾いた音色のカホン (cajon) で伴奏する、緊張感あふれる歌ものの名曲である。カホンは、すっかり日本でもおなじみになったが、もともとは太鼓の皮を取り上げられた打楽器奏者が木箱を叩いてリズムをとったことが起源で、決して高級な楽器ではない。
”Todos Vuelven”は、César Miró作詞、Alcides Carreño作曲による1943年の作品で、この曲の誕生によって、クリオーリャの音楽に一つの核ができたと言われるほど重要な作品であり、多くの演奏家によって歌い継がれているスタンダード的な名曲である。その一例を聴いてみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=kKd4BmdNd_k
Virgilio Martiは、この曲をGuaguancoのなかに取り入れてレパートリーにしていたが、実はこれはとんでもないことであって、何がとんでもないかというと、そもそも三拍子のワルツを四拍子のルンバの中に置き換えていくことが非常に難しい。もちろん楽譜の上では造作もなかろうし、両者の音楽スタイルには親和性があって曲やフレーズの往来は幾つかあるものの、原曲の情感を移し替え、しかもGuaguancoのグルーヴに生かすとなると困難である。しかし彼はそれに成功した。そのヴァージョンは、1984年にまとめられた上記のリーダー・アルバムに収録されている。その曲はこの作品”Crossover Dreams”でも取り上げられ、それは主人公が自身のルーツを探して、伝統的な音楽の歌手であるVirgilio Martiを訪ねる場面に現れる。自分の考案した新しい感覚の曲を披露して、逆に伝統に一旦立ち還れ、その上で俺はこの曲をものにしたんだと諭される (たぶん) 場面である。そのカットを見てみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=Xc0rcn7gvCQ
映画では、主人公は教えられたGuaguancoのヴァージョンをさらに発展させて、現代的な自分の感覚に仕上げていく。ちょうどその時期、サルサは爛熟期に入って久しく、正直言って作品はマンネリズムに陥ったものが多かった。かつての熱気溢れたデスカルガは、当時のニューヨーク感覚からしてすでに厚ぼったい重く暑苦しいものとして疎まれた。都会的で軽い恋愛ものを歌にした曲がもてはやされ、それらはまるで日本の演歌そのものだった。それに不満を抱く音楽ファンは、きっと多かったに違いない。より激しいリズムのメレンゲのニューヨーク・スタイルが流行ったり、ラテン・ジャズへ刺激を求めたりする動きもあった。そこへ発表されたRuben Bladesアレンジの”Todos Vuelven”は、往年の名曲のカバーでありながら、Virgilio Martiの感性とも全く異なる都会的なセンスを放っていた。最も大きな違いは、それまでサルサにはあまり用いられてこなかったドラム・セットが、リズムの根幹を担ったところである。ドラム・セットは、ジャズ的またはロック的に時間を刻んでいく、つまり直線的なリズムには向いているが、ラテン音楽によくある、らせん状に回転していくリズムの表現には向いていない。ドラムを取り入れたサルサもなくはなかったが、大抵その重さがサルサの軽快さを損ねてダサさが際立つ結果となる。せいぜいティンバレス奏者が、アクセントを入れるためにシンバルとともに踏む程度が適当と考えられていた。ところがRuben Bladesのアレンジは、そのロック的な感覚をラテンの美学の中に見事に散りばめることに成功している。この曲はVirgilio Martiに次いで、二度もラテン音楽の金字塔に返り咲いたのである。そのヴァージョンを聞いてみよう。
https://www.youtube.com/watch?v=KlVa5nK6ETw
このようにして、映画は主人公の音楽的遍歴をなぞりながら、当時のラテン音楽の現状を、様々なジャンルとのクロス・オーヴァーによって乗り越えていく有様を全体像として描き切っている。その象徴としてペルーの古曲”Todos Vuelven”が取り上げられ、二度の換骨奪胎を経て「Crossover Dreams」の実現に繋がるストーリーが、この作品の味わいどころである。名作名演。
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