「処分します」と宣言しておきながら、やっぱりコレ見てるとつい愛着が湧いてきて、最後に一度だけ、自分で修理してみようと思い立った。物を大切にするのは確かに良いことなのだが、それには当然カネがかかる。ほぼ無職風情で所持金の底がくっきり見えているというのに、またしても万単位の散財、本当に悪い癖だと思う。もちろん家電量販店で新品のアンプも物色した。アナログ音源が綺麗に再生できないものは問題外。録音済みのテープと小型カセットデッキに、RCAラインケーブルを持ち込んで、サンプル機のLine Inに接続して音を聞く。しかし手の出る常識的な価格のものは、もう全然お話にならない音だ。結局、大阪へ出たついでに日本橋の試聴室付きの専門店でも話し合ったのだが、やはり数十万規模の出費でないと、アナログ音源のまともな再生は望めないという結論に達した。もちろん数十年前なら話は違う。しかし数十年前の機材は、ほとんどケミカルがヤラれているので修理前提となる。という堂々巡りで、結局コイツを修理するのがもっとも安上がりで、最も贅沢な選択肢だという助言を得て、意を決して新品の真空管を購入した。
今回の故障は原因が出力管に特定されているので、要するにこれを交換すれば良いのだが、真空管アンプの場合、「バイアス調整」という作業を要し、これに専門知識が必要なのである。単に差し替えるだけでは良い状態を保てない。真空管アンプの調整は、アウトプットを接続して負荷を規定通りにかけた状態で行う。配線はシャーシの裏側、バイアス調整用の可変抵抗器は表にあるので、重い電源トランスを下にして、本体側面を立てる。ハンダ仕事でなくテスターだけの作業なので負担は軽い。とはいうものの、刺し違えれば800Vという高電圧に感電する可能性がある。800Vといえば電車を走らせるような電圧であり、一歩間違えばこの屋敷が全焼、あるいは私自身が全焼する可能性も排除できない。良い音を聴くのは、本当に命がけだ。
回路図と、抵抗器のカラーコードと首っ引゜きで配線を確認する。幾つか変更箇所もあるので細心の注意を要する。読み慣れてくると、案外スラスラと解けていくものだ。
このアンプに使われている出力菅は6CA7といい、現行ではEL34などが代替品となる。今回購入した真空管はスロバキア製JJ社のE34Lである。動作環境を整えるために、特性の揃った4本を丸ごと交換する。テクニカル・ディテイルはあまりよく理解できていないが、要するにバイアス調整とは、真空管のグリッドにかかる電圧を調整して、プレートからカソードへ流れる電流を制御することである。従って、その電流値が適正か、いくらなら適正なのかを知っておく必要がある。これは専門家に訊かなければわからない。なぜそうなるのかは今後の課題として、今はプレート電流を50mAに調整することとする。しかし電流を測ることは、その区間の配線を外して直接テスターを入れなければならないので現実的ではない。そこで、前回の修理時に、その区間に電流測定用の抵抗が挿入されており、その両端の電圧を測って抵抗値で割れば、オームの法則によりその区間を流れる電流の値が求められるということになる。回路図上では理解した。
では実際の配線でどことどこの間を測るのかを示したのが上の写真である。真空管E34Lのピン番号で1 (アース) と8 (カソード) の間を測る。このアンプは、5極管である6CA7を三極管として使用する接続になっているので、カソードと第三グリッドを接続してある。そこに抵抗を割り込ませてあって、その両端を測っていることになる。適正電流が50mAだから、逆算してその10倍、500mV=0.5Vになるように、バイアス調整用ボリュームを回せば良い。そこまでは理解した。
で、その時のバイアス電圧を計測して確認しておくのである。バイアスはマイナス電圧で、いわゆるC電源を整流して、+/-を逆にして第一グリッドに送り込まれている。それが写真で指している左の先、すなわちピン番号でいうと5番になる。そこと1番のアースの間を測れば良い。テスターの+/-も逆にする。ちなみに右隣の6番にも配線があるが、6CA7 (EL34) の6番は空きなので、ソケットのピンをラグ端子代わりに使っているのである。で、1と5の電圧はだいたい-40V程度であるという。これも専門家に聞いた話。よし、どこをどうすればよいかは、だいたいわかった。
さて、真空管を挿して電源を入れようとして手が止まった。バイアス・ボリュームはどうするのか ?? ボリュームをどちらかに回しきった上で、徐々に戻して電圧を測定するはずである。右に回し切るのか、左か ?? それを調べはじめて、さまざまに錯綜する相矛盾する情報に戸惑ってしまった。幾つかの信頼できそうな情報源での表現は微妙である。「回し切る」とは書いてあるものの、右に回し切るのか、左に回し切るのかが書いてないのだ。バイアスはマイナス電圧であるから、ボリュームを右に回すとマイナス値が増え、電圧が下がるはずである。だから右に回し切ると思っていた。通常の音量調整とは逆である。しかし別の情報では、「バイアスをかける」というように、マイナス電圧をかけて真空管を効率よく作動させるということなので、バイアスをかけるということは、動作を促進させる方向に働き、調整はその逆で、動作を抑制する方向から徐々に上げていかなければならないとある。いくつかの情報では「左に回し切る」との表現があった。「バイアスを抑える」という表現もあった。「バイアスが深い」とか「浅い」という表現もあった。私は判断に迷ってしまった。そしてさらに調べた上で、やはりバイアスをかけない状態から徐々にかける電圧を調整するという表現を見て、どうせ調整なんだから全体としては微々たるもんだろうくらいに考えて、左に回し切った。
電源スイッチを入れた数秒後に、「ボン」と音がしてヒューズが飛んだ。やっちまったのである。なぜ専門家に三たび訊ねなかったのであろうかと、つくづく後悔する。「そんなこともわからんのか」と言われそうで怖かったのだ。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥。大枚の散財を、たった数秒で灰にしてしまったのだろうか。とにかくヒューズが飛んだということは、どこかに過電流が流れた結果であって、どこに流れたか、パーツの破損はないかを特定しなければならない。注意一秒、怪我一生。素直に4万円払っときゃ問題なく済んだものを、カネをケチったばっかりに、これを修理してさらに交換と調整にそれ以上のカネがかかる。安物買いの銭失い。
やれやれ全く、弱り目に祟り目、なにもかもがこのように自分に刃向かってくると、思わず武器をとって反撃に転じたくなる。しかし衝動に任せて行動すれば、必ず傷口が広がる。これは致し方のないことだ。ぐっと耐えて頭を冷やし、落ち着いてどうすれば良いのかを思い巡らし、原因を落としこんで最悪の事態に備える。あるいは昼寝したり、散歩に出るのも良い。子供の頃からそうして生きてきたじゃないか、気にするないつものことだ、そんなこんなのone of themだ。必ず打開できる。と、自分に言い聞かせて寝る。
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