2016年04月18日

20160416 リュックサックマーケット

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 春の陽気に気分が昂揚しているところへ三連休が取れたもんだから、ひたすら農作業と食品加工に寝食を忘れとったんで熊本の地震を知らずにここまで来てしまった。それゆえのこの笑顔、あらためてニュースに触れ直してみると、蘇ってくる21年前の記憶、途端に咳き込み、悪寒が始まり、気分が落ち込んでいく・・・どうやらPTSDらしい。

 私は常々、私に対して向けられた言葉なり行動なりは、私自身を映す鏡だと思っている。人それぞれ、私に対する理解は様々だと思うけれども、ある人の理解が、私の本意とは違ったものになっている場合、その原因はその人にあるのではなく、私自身にある。自分一人で物事を進めていると、往往にして、自分の頭の中の鏡に照らすしかなく、それは狭い独断の中で窒息する。しかしいろんな人と話していると、あちこちから鏡を当ててくれるので、私の見え方が様々になって、大変面白い。

 私のブログなりFBへの投稿は、文章が理屈っぽくて長くてわかりにくい。端的に説明することが苦手なので、あることを説明しようとしてあることが舌足らずとなり、それを恐れるあまり、全体が饒舌になる。しかし、何人かの人が、私の言葉なり行動なりに興味を持ってくれていて、その成り行きを心配してくださっていることは、大変ありがたいことだ。

 そのうち、おそらく最も核心的な心配事のひとつは、「こいつ、ほんまにやっていけんのか ??  」ということだと思う。答えは、実は限りなく「No」だ。その結論を出して撤退する時期は、意外に間近に迫っている。現在、私の経済状態は地面すれすれに低空飛行しており、上昇はおろか、高度を維持するだけで精一杯である。想定外の出費があれば墜落する。その日に備えて、所持品の本格的な処分を始めている。音源・楽器・写真機材その他もろもろ・・・すべてを処分し終え、なおかつ貯金が尽きることが明確になった時、現在の住居を辞して都会に戻る。まことに残念だが、私が現在の生きかたを変えない限り、そうするしか生き延びる手段はなく、そうした場合、百姓も何もできないことになる。これが私の現実だ。


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 私は過去の長年の仕事において食品の裏側を舐め尽くした結果、その舌に癌が出来てそれを切除し、発音障害に悩みながら起死回生を図るために脱サラして、現在の地に移住して新規就農の道を目指した。合法的な就農にはなんとか成功したが、それを認めたくない (と思われる) 近隣農家との間に軋轢を生んでいる。その原因は次のようなものである。安全な食品を求めて農村に活路を求める気持ちは都市住民にとっては正当なものだが、それを求めるために農村への移住するのは極端な行動である。一方、農村とは、隣との一分の違いをも認めぬほどに保守的なものであって、それは21世紀の神戸市といえども極めて堅い。つまり両者は相容れない。私はこのことを甘く見ていた。だから、これから農業を夢見て移住を考えている人たちにお知らせしたい。全財産全人生をかけて農村に移住するのは非常にリスクが大きい。田舎暮らしブームとやらに惑わされるな。特に独身男性の中高年者で、生涯を全うできる財産を持っているわけでない人は、夢は夢として封印したほうが良い。

 何度かブログや投稿で繰り返しになるが、私の考えている百姓仕事のやり方は極端で、それは私流の「自然農」である。田畑には隣地とは違って草が多く、特に田んぼは代搔きをしないので、全く様子が違う。農薬・肥料はおろか、動力も公共部分の草刈り以外には使わない。それにこだわって始めたわけではないが、目の前に起こる事象を観察していってたどり着いたやり方である。いわゆる雑草や害虫あるいは害獣の発生源になっているという苦情や嫌がらせは日常的にある。農業委員会に通報されることも年に一回か二回ある。結局のところ、近隣との農法をめぐるトラブルを解決するには、農法そのものを変える以外にない。つまり、肥料と農薬をきちんと使ってきちんと耕す・・・しかしこれでは、なんのために百姓を目指したのかわからない。だから絶対出来ない相談である。

 経済はどうか、というと、上のようなやり方で一反5畝 (約15a = 1,500平米、計算上30m x 50m、実際には2箇所で不定形 ) を使って、米・麦・穀物と季節の野菜は一通り栽培し、ほぼ自家消費、一部を出荷したり調理加工してイベントなどで販売している。たとえばこの日の売り上げは\13,500であったので、この手のイベントとしては多い方であろう。それは、都市住民の関心の深さを表していると思う。しかし、だからといってそれで生活できるわけではない。自家消費の余剰分を金に換えても、せいぜい年間で50万円、バイトもせずに専念したとしても100万円いかない。しかも極めて不安定である。だから昼は農作業、夕刻から深夜にかけて週5日のバイト、それでほぼ月収8万程度、さすがにこれでは急な出費に耐えられないので、うち3日は昼過ぎから早出している。これで月収10万そこそこ。週休二日だが、その二日は暗くなるまで農作業に消える。冬場も食品の貯蔵と加工と研究にほぼ消える。百姓仕事を続けようとすれば現金収入が制限され、現金収入を増やそうとすれば百姓仕事がおろそかになる。つまり身動きが取れない。

 私が現状を書くのは、移住して百姓をすることの現実を、広く知ってもらいたいからである。決して泣き言を並べているわけではない。知らずに起こしてしまうトラブルを事前に回避する方法を具体的に書いているつもりだ。しかし人それぞれ、私に対する理解は様々なので、「貴方は出来るはずのことを、出来ないように出来ないように運んでいって、ああ出来ないと嘆いているだけだ」とか、「いくらでも出来ることがあるはずなのに、なぜ最低賃金のバイトにしがみつくのかわからない」という言葉を頂戴する。ありがたい限りだ。現在のところ、具体的な打開策は見いだせない。同じように移住して、同じような考え方で百姓をしている友達は、私より厳しい経済状況にありながら、将来に不安を抱かず暮らしている。私が現状を書くのは、頼れる人を探したり、困難を制度のせいにするためではない。困難があるからといって諦めることはない。しかし、現状は客観的に把握しておく必要がある。このままいけば二年後には破産する。だからとりあえず売れるものを金に換えながら、百姓仕事を続けながらどれだけの現金収入の上乗せが可能なのか、シビアに検討している。年内には結論を出そうと思う。打開策が見出されていなければ、借りている農地の利用権の更新を辞退して、フルタイムで働くなり、なんらかの手当てをしなければ生きていけない。そういう状況に追い込まれるので、農業移住を検討している人はよほど覚悟したほうが良いですよ。


posted by jakiswede at 00:22| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2016 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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