2016年07月06日

20160703 近鉄8459

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 今日は、長年待ちに待ってようやくお誘いをいただいた「奈良ボッサ夜会」に参加するため田原本へ行ってきた。ルートはJR関西線で王寺まで行って、近鉄に乗り換えて西田原本下車。ところが、JR王寺駅で降りて生駒行きはあるのだが、田原本行きが見つからない。降り口を間違えたと思ってJR王寺駅を反対側へ出たがロータリーしかない。また戻って近鉄の駅で訊いてみたら、なんとJRの駅沿いに100メートルほど行くと別の駅がある。


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 生駒から王寺、王寺から田原本と、近鉄はつながっているものと思っていたが分断されていたのだ。長らく関西に住んでいるが、こんなケースは生まれて初めてだ。しかも100メートルほど離れて隣接していて、間には通路しかない。なぜ繋がないのかわからない。


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 とにかく、次の電車には間に合った。古き良き昭和30年代の近鉄電車、欲を言えば全面マルーンでいってほしかったのだが、正しい電車の形をしている、もう数少なくなったタイプのものに乗れた。


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 終点の西田原本駅・・・ここでも戸惑う。よく調べていかなかったのだが、ここも橿原線田原本駅と別なのである。駅の北側に引込み線があってレールはつながっているのだが、営業的には孤立している。西田原本の次が田原本と思い込んでいたので、終点と案内されて戸惑ったのだ。


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 完全にローカル私鉄の鄙びた終点の風情である。建物の向こうに見えるか線の鉄塔が橿原線。


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 このように路線を調べていかなかった私でも、途中すれ違った電車のある特徴には反応したのであった。この妻面のカーブ・・・これはかつて先頭車であったものを、運転台を撤去して中間車に改造したものにちがいない。しかもかつての先頭車両はダブル・パンタのいかつい表情、就中、白の縁取りがされる前のマルーン一色の旧塗装。妻面の塗り上げには縁取りを入れないものなので、この曲面がそのありし姿を今によく伝えている。こういうのん好きなんよね。


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 車両番号を記録して、帰ってから調べてみたら案の定、編成替えの時に組む相手がなくなって改造されたものだった。しかも同じグループからここに編成されたものに何両かの仲間がいて、そのうちの一両は、なんと奈良線での爆弾テロ事件を生き延びたものだったことも分かった。異種混合編成なので、微妙に車高が違う。もと鉄道少年の血がこれを見逃すはずはないのであった。おっとっと・・・約束の13時になってもた。瓜ちゃんごめんね、遅れたのはそういうわけやってん。


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posted by jakiswede at 23:53| Comment(0) | 鉄道少年の夢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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