2016年07月14日

20160710 参議院議員選挙

 投票日になってしまった。投票の制度がいまいちよくわかってないんやが、諸般の状況を考えると、選挙区も比例代表も共産党でいこうと思ってる。

 自分なりに、ないアタマを絞って考えたんやが、まずほぼ間違いなく自民党は初志を貫徹するだろう。なぜなら私より上の世代は、上へ行けば行くほど、また一票の比重の重い地方へ行けば行くほど、「これまで世話になったから」自民党に投票するし、世代に関係なく生活の苦しさは景気の悪さが原因だと思い込まされている大多数の国民は、景気対策を期待して自民党に投票するからだ。いかに別の価値観を謳ったところで、これまでの価値観を変えまいとする人の方がはるかに多い。

 「これまで世話になったから」人も、「これからもお願いします」と思ってる人も、要するに今の生活から転落することを極度に恐れてる。原発に反対でも、戦争に反対でも、貧富の格差の広がりに不満を持っていても、現在のところ景気対策と称してカネを動かせるのは自民党以外にないからだ。しかし残念ながら、これらはセットになっている。原発に反対で戦争に反対で貧富の格差の広がりに不満を持っているが、景気は良くなってほしいというのはないものねだりだ。景気をよくしようと思えば、このセットを丸ごと受け入れる以外にない。それが嫌なら景気回復は諦めることだ。実際、身の回りを見渡せばすぐにわかる。もうどこにも景気を回復できそうな余地はない。余地を作るには、何かを破壊せざるをえない。最も効果的なものは戦争だ。戦争は、経済的な動機で行われるものだ。

 もちろん野党はこれに反対しているが、どれもこれも第一に自己保身があって、そこからの反対でしかない。あるいは論拠に厳密性を欠く。民進党とやらは呉越同舟どころか、もうなにがなんだかわけがわからんし、生活の党の三宅洋平氏の情熱には共感するが、細かいところで論拠が脆弱で、自分に都合の良いものを繋ぎ合わせて論陣を張っているように見える。山本太郎氏の言うことはもっともだが普遍性を欠き、もと役者だから致し方ないにしてもパフォーマンスが強すぎる。それに第一、その隣でじっと様子をうかがってる古狸が一番信用できない。だからどうしても私の一票 (厳密には2票) ・・・選挙区が違うから無理だけれども・・・を投じる、あるいは人に勧める気持ちにならないのだ。

 その点では、共産党は主張が首尾一貫していて最も体系的である。しかしながら理詰めで考える癖が強すぎて人心の動きに添いきれない。共産主義から出発しているから、既得権益を再分配することがイデオロギーの柱なのは理解するが、その達成を目指すベクトルと、景気回復を目指すベクトルが、最終的には衝突せざるをえない矛盾について論理的な整合性が見られない。

 要するに野党はいずれも、原発に反対で戦争に反対で貧富の格差の広がりを是正し終えた後の世界について描ききれていないから、人心は不安に煽られて、今の生活が壊されるくらいなら自民党に入れておこうとなるのだ。かくして、原発は再稼動し、戦争はいつかどこかで起こり、経済的弱者は切り捨てられる。そうしないと日本社会がこのままのギリギリのところを維持することさえ難しいということを、生活実感として共有しているからだ。

 原発を止め、戦争を放棄し、人々が平等になるには、経済発展を諦めなければならない。これは自明のことだ。しかし、私を含め大多数の日本人に、その勇気がない。国際情勢は、勝ち組か負け組か、どちらかに属することを強いられる。中立は極めて困難だ。ましてや、日本は長年勝ち組のさらにトップ・エリートだったのだ。勝ち続けることがいかに困難か、負けるとどうなるか、識閾下に日本人はよく知っている。電気もガスも水道もない生活に戻る勇気はないのだ。

 自民党が勝つのは、そういう国民の意識の表れであって、これも民主主義の帰結である。様々な陰謀があるかもしれないが、詰まるところ、国民は客観的に自分のできることとできないことを認識していると思う。不都合な真実は封印されて自分の身に降りかかって来ない楽園に住むことを、国民は望んでいるというわけだ。

 自民党を打ち負かすには、原始的な生活も悪くないということを国民の意識に浸透させる必要がある。原発を止めたら、日本は国際的なエネルギー利権のネットワークから除外されることになり、全てを人力で動かす必要に迫られる。戦争を放棄したら、日本は国際的な外交ネットワークから除外されることになり、もしかしたら鎖国を迫られるかもしれない。人々が平等になったら、ごく普通の一般的日本人が途方に暮れて社会秩序が崩壊するかもしれない。

 しかし、自民党を打ち負かすには、そこから出発することが、持続可能な社会の始まりであり、そこへ軟着陸するためのロード・ラインを示し、その着地点から一つずつ積み上げる社会を、明確なビジョンとして提示できなければならない。そのためには、お互いに到底受け入れがたい主張であっても、一つの国に共に暮らしているという意識を共有することを、寛容に友好的に忍耐強く話し合った上で、やはり持続的な社会に導くためには他に方法がないことが合意される必要がある。それは政治家の仕事ではない。安全な食品や安心な生活に気づいた人たちの草の根の運動になる。それができて初めて、我々は、我々の反対する根拠と、その反対の先にあるものを、明確に提示し、既存の政治的価値観を乗り越えることができるだろう。

 国際貢献のために武力を行使するのだと自民党は言っている。では武力を使わずに同じ国際貢献ができるという、明確で落ち度のないビジョンを提示することができれば、彼らはその論拠を失うことになる。その明確なビジョンがまだ誰にも提示できていないので、自民党は勝つのである。

 兵庫県では、改選議席のうちの一つを自民党に渡さないためには、野党第一党である民進党に入れることが有効とされている。しかしその一票が、その後に分裂するであろうわけのわからない魑魅魍魎の肥やしになることをも考慮せざるをえない。したがって私はこの歳になって生まれて初めての一票は、共産党に投じることにする。わかっとるやろな。

posted by jakiswede at 19:25| Comment(0) | NO MORE ABE !! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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