2016年07月14日

20160714 WARABE is over

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 安倍ソーリダイジンがいろいろ面白い提案をぶっ続けてくれたおかげで、日本にもいろんな考えの人がいるんだなあと感心させられる毎日を送らせていただいており、また生まれて初めて投票とやらへ参加させていただく機会も与えられ、ご厚意に心から感謝しております。

 私は厳しい独裁的空気に満ちた家庭に生まれ育ち、幼少期には一軒だけ地区から離れた家だったために地域の友達コミュニティから壮絶ないじめを受け、小学校でも教師に脅かされる日々を過ごしたので、圧力に屈すること、生き存らえるためにコミュニティを抜けること、越境した先には別の世界が広がっていることを、子供心に体験した。今では幾分社会との折り合いのつけ方も心得、いろいろあっても命ばかりは取られる心配のない生活をしているが、ふとしたきっかけで、このような幼少期の刷り込みが表面化することがある。平時では何事もないのだが、世の中が窮屈になってくると、ある程度ガス抜きをしないと苦しくなってくる。しかしやり方をよく考えなければ逆により苦しい立場に追い込まれたり、思考が過激に走ったりする。

 私の思想的傾向が十分左翼的であるのは、以上のような原因からだと思う。本来、思想というものは個人によって自由に客観的に選び取られるべきものだが、そういうものが刷り込まれる時期というものは一生に一度しかないので、今となっては他の思想についてじっくりと比較検討することができない。手遅れである。たとえば朝鮮半島では、彼らにとって身に覚えのない、突然決められた境界線を隔てて思想を押し付けられたわけで、彼らは地域という、思想とは何の関係もない要素を根拠に、それぞれの陣営に勢力として取り込まれ、それぞれの思想を刷り込まれたのである。生い立ちや環境に影響されずに、思想というものが、それそのものの純粋な論理的対決として議論されることがいかに困難であるかがよくわかる。

 つまり多くの場合、対立しているように見えても実は同じことを言っていて、案外解決策は別のところにあったりする。ただ、お互いに対立し合うことによってアイデンティティを確立しているような場合、問題の解決は双方にとってアイデンティティの喪失につながるので、双方共に解決されることを阻害する傾向がある。その場合、そこにいる部外者が最も大きな被害を被る。

 さて、この一年間いろんな考えの人と話をしたりやり取りをしたりご高見を拝読させていただいたりしたのだが、私のように反自民・反安倍政権・反原発・反改憲・反アベノミクスを、議論の余地なく当然と考えている人間にとって、これらに賛成する人々の存在を一年前にはほとんど想像できなかった。しかし最近ではそういう人たちが身近にもだいたい3割程度いることがわかったので、なるべく彼らとコミュニケーションを取るよう努力してきた。あくまで印象だが、その結果を順不同で羅列してみる。もちろんこれは相手の落ち度を詮索して罵倒するのが目的ではない。どちら側の主張にも落ち度はある。それをほじくり返して罵倒し合うのはやめたい。相手を理解するための拙い努力の一歩だと思って、不適切な表現などあればご容赦いただきたい。

 私が感じる彼らの一般的傾向とは、概ね次のようなものだ。論理的思考が苦手で共感を重視する・社会的に成功して地位を確立している・社会に絶望している・よそものが嫌い・人権が嫌い・共産主義が嫌い・外国語が苦手・組織への忠誠心が強い・帰属意識が強い・変化に直面したとき保身に走る・統一動作が好き・団結力が強い・・・まあもっとあるけど、もちろん、それぞれの主張をしている個人が、同時にその他の主張をも是認しているとは限らないので、これらを一括りに一般化することは危険である。しかし、率直にそう感じられることは事実だ。ネガティブな表現が多くなったのは、自分と異なる考え方には違和感が先に来て、その良さには気づきにくいからだと思う。できれば相手側からの分析を聞いてみたいものだ。裏返せば、上に挙げた要素の反対が私に当てはまる。

 さて、私は理解しにくいものに出会ったときにはそれを理解しようとして論理的にアプローチするのだが、それをここでやっちまうと相手に疎んじられる。なぜなら相手は論理が苦手で、論理を越えて共感してくれることを望んでいるからだ。しかしこっちは無条件に共感することができないので、何らかの足がかりを求め、その手法としてますます論理を使う。すると相手はますます遠ざかり、やがて相互不信に陥る。運悪く対立してしまったとき、論理的に相手を批判してしまうと、相手は振り上げた拳を降ろす場所がなくなり、ますます態度を硬化させてしまう。場合によっては力づくで排除する。相手にとっては、こちらへの憎しみはたいそうなものだと推察されるのだが、こっちはわからないことを率直に訊いただけである。従って論理的には対立しておらず、一方的な反感が原因で不幸が起こっている。解決するには、お互いの思考パターンの不備を改善するしかない。

 社会的に成功して地位を確立している人は既得権益を守ろうとするので、それが脅かされる恐れのあるものを本能的に排除する。また逆に、社会に絶望している者のうち、論理的に物事を解決することの苦手な人は、大樹に擦り寄っておこぼれを期待する傾向があって、その大樹の権益を守ろうとする。世の常として、富を得たものが積極的にそれを分かち合おうとすることは少なく、擦り寄って分配を望んでも叶えられないことの方が多い。自分の努力で財を成した人ならなおさらである。それを富の偏在だ不平等だ再分配だ革命だと叫ぶのは、たいてい持たざる者である。持てる者と持たざる者の対立は固定化されることが多く、世論が分断され、往々にしてその対立は為政者の思惑に利用される。中立で信頼できる政治権力によって、社会奉仕の一環としての富の再分配がストレスなく制度化されるようコーディネイトされれば、対立は解消に向かう。逆に言うと独裁者がつけいるチャンスでもある。

 よそ者が嫌いである。理解しにくいものに出会ったときに、反射的に警戒する傾向がある。おそらく保身の裏返しと思われるが、相手を理解しようとする気のなさ、興味のなさは相当に強い。逆に言うと、相手から理解されようとする気持ちや、理解を得て行動しようとする配慮にも欠ける。極端な場合、自分の行動に周囲の理解は必要ないとさえ考える。例えば自動車の運転でウィンカーを出したことがない、つまり右へ曲がろうが左へ曲がろうが自分勝手で、止まるべきは相手であると本気で思ってる。運転免許など、自分が自動車を自由に使うための手形程度にしか認識しておらず、交通ルールなど忘れて久しい。程度の差こそあれ、排他的傾向を持つ人とのコミュニケーションは難しい。いつどんなタイミングでどの程度の破壊力を持つ地雷を踏むかわからないからだ。これといった対処の仕方が思い浮かばない。

 人権が嫌いというか、「お前には人権の匂いがする」と言われたことが何度かある。意味がわからないのだが、たぶん全体で何かの行動を取ろうとするときに、個人としてその行動の是非を論じてしまう傾向に対する反感ではないかと思う。何度も経験したことだが、クラスで特定のやつをいじめようということになって、私にもそれに加担するよう迫られる、私がそれに与しない場合、同じような言葉を吐きかけられることがある。人権は民主主義の根幹であって、これを認めてしまうといろんなやつが自由に入ってくる。特に共産主義者が入ってくることに、非常な警戒感があるようだ。表向きは国民主権・基本的人権・平和主義を堅持する精神を支持しているふりをしているけれども、本音の部分ではこれらに対する反感、特にこれらを認めてしまった場合に自分に降りかかってくるかもしれない事態に対する不安があって、それに対処するくらいなら、自分を守ってくれる大きな力に依存した方がマシだという価値判断となる。この心情について理解する必要がある。

 共産主義は、富の再分配を論理的に体系化したイデオロギーであるので、その利権から恩恵を得ている、得ようとするすべての人から敵視される。現代社会では、非常に多くの人を敵に回している。逆に言うと、これを支持するのはどこからも恩恵を得ていない、得ようと思わない人たちである。ところが現実の共産主義政権は、富の再分配にはある程度成功したが、指導力という権力の再分配を行わなかったため世界中で崩壊した。従ってマルクス・レーニン主義を原理的に実行に移すことはありえない。日本共産党でさえマルクス・レーニン主義と決別して久しい。しかし反共を掲げる人たちはそれを認めず、攻撃対象を維持して自己のアイデンティティの確立と集団の結束を図るため、架空の共産主義者をでっち上げてそれを攻撃する始末だ。頭を冷やせばわかることである。

 これ以上はきりがないからやめておこう。要するに、彼らは何か大きな力があって、それが自分を守ってくれることを期待しているのではないか。それが国であり政府であり、だから国が決めてみんなで団結しようとして気分が高揚しているときに、それに異を唱えたり、理解できない理屈を並べられたりすると、興ざめになり鬱陶しくもあり、腹立たしくもあって排除したくなるのではないか。だとすれば、その大きな力とやらが、本当にあなたを守ってくれるのだろうかということを、きちんと説明するのが最も良い方法だと思っていろいろ試すんだが、気分の高揚しているところへ水を差すと反撃されるんでね、難しいんよね。でも私はあなた方を理解しようと努力するよ。だからいろいろ書いてきてくれた方が助けになる。


posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | NO MORE ABE !! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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