2016年07月17日

20160717 Fethullah Güllen

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 私がブログやFBでトルコについて書くことが多いのは、行ったことがある、友人が多い、音楽が好き、歴史や文化にとても興味がある・・・などの理由にもよるが、今回の軍事クーデター未遂事件によって、一層トルコの動きに注目するようになった。というのは、トルコと日本は相違点も多いが、意外に共通点も多く、しかも元首の独裁的傾向という点では、日本の先を行っているからである。


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 日本とトルコは、アジアの東西の両端にあり、日本はさらに東のアメリカと、トルコは西のEUと結びつきを深めようとしている。両国ともに政教分離を国是としているが、政治の根幹をなす民主主義は国民が勝ち得たものではなく、西側陣営に組み込まれる過程で外からもたらされたものである。しかし年月の積み重ねで、民主主義は国民に広く浸透している。その間に経済が発展して国は安定した。その政教分離を規定した憲法を、政権与党が変えようとしている。それに賛成する政権支持者と、反対する勢力が伯仲している。そのなかで独裁化が進んでいる。その方向は復古主義的であり、宗教色が強い (トルコはイスラム、日本は国家神道) 。両国民のメンタリティが非常に良く似ている。近隣諸国の動向による緊張が増している (トルコはロシア・イラン・ISIS、日本は中国・北朝鮮)
 トルコについてよく見ていくことは、日本の将来を占うヒントになる。トルコ共和国が成立する前は、イスラム国家であるオスマン帝国であった。トルコ共和国建国の父であるMustafa Kemal Atatürkは、クーデターで政権を取り、初代大統領に就任し、政教分離を取り入れ、アラビア文字を廃止してローマ文字を採用するなどして、トルコを西洋近代国家へのレールに乗せた。彼は「トルコの父 (Atatürk) 」と呼ばれ、今でも国民統合の象徴である。このAtatürkの思想が広く底辺にあるトルコ人の価値観であり、多数の一般的トルコ人のメンタリティは、ほぼ西洋化されていて、公共の場では無宗教でリベラルな市民として振る舞う人が多い。


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 現在のRecep Tayyip Erdoğan (エルドゥアン) 大統領は、近年になって、よりイスラム回帰主義へと傾きつつある。その方向性は、政教一致であり、すなわちイスラム法による国家統治を目指している点で、一種の原理主義と言える。それ以前は、かなり慎重な多方面外交を展開していたが、近年では孤立しつつある。
 三人目のキーマンとしてFethullah Güllenという学者が挙げられる。彼はアメリカに亡命中なのだが、その思想は寛容で、イスラムと世俗主義は矛盾しないと説き、トルコ国内各地に文化施設や学校などを建設して、教育を中心に広範な事業に尽力した。多くの国民から尊敬されていて、その運動母体はもともとはErdoğan大統領の支持母体であったが、その勢力が大きくなるにつれて内部に対立が起こり、創設者であるGüllen氏本人が追放された。しかし現在もトルコ国内に支持者が多く、特に軍の一部に支持基盤がある。しかし思想の基盤がイスラムにあり、Atatürk以降西洋化されたトルコ人の世俗化がより進んだため、近年はGüllen運動に対する支持が下がってきている。20163月に、Zamanという大衆紙が政府によって接収され、それに抗議した群衆を政府が催涙弾などで排除した事件があり、西欧メディアはこれを言論の弾圧として報道したが、トルコ国民の反応は冷ややかだった。これはGüllen運動の低迷を表している。


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 今回のクーデター未遂事件について、Güllen氏本人はこれを否定しているが、Erdoğan大統領は、Güllen氏を分裂主義者とみなして攻撃することによって派内の結束を図り、国際的にも国内的にも自己の政権の正統性を主張する根拠としている。今後の政権側の出方についてよく見ておくことは、独裁というものがどのように進められていくかを見ることにつながる。国民は割れている。ほぼ半数は大統領支持派で、軍に対して民主主義を守ったかのように演出されている。しかし、軍内部でクーデターに参加したグループは、独裁に傾く政権をなんとか止めようとしたのである。しかし時期尚早であり、国民の広範な支持はおろか、軍内部の全面的な支持も得られないまま見切り発車した感がある。なぜこのような極端な手段に打って出たか、そこをよく見ておく必要がある。純粋な反独裁クーデターだったのか、なんらかの国際的陰謀が働いているのか、今のところはわからない。しかし、Bosphorus橋を占拠した装甲車上の軍人が市民に説得されている様子を見ていると、反乱軍のうち少なからず純粋な憂国の念で行動した人があったに違いない。しかし流血の事態となり、多数の犠牲が出た。私はトルコの人達が好きだ。その犠牲がとても悲しく心が重い。また6千人以上が関与したとして拘束され、彼らは政権の怒りをもって裁かれるだろう。彼らの行く末にも心を痛めている。どうか国民的な和解が成立してほしい。


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 そして日本人は、トルコで何が行われようとしているか、よく見ておくことだと思う。おそらく日本でも近い将来、同じことが起こる。起こってほしくはないが、両国は同じ向きに進んでいる。日本はまだ、話し合いの余地がある。軍隊が国民に銃を向けることはない。しかし、国民投票、選挙と度重なるうちに、偶発的に世の中がガラッと変わる可能性がある。だから、そうならないうちに、私たちも対話の努力を・・・

posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | cafeminhos | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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