2017年04月03日

20170403 Uyghur-Pamir

https://www.bing.com/maps?osid=1b95ee65-7f27-4c80-89cd-79e6a2df0ee3&cp=38.689546~81.752648&lvl=7&style=h&v=2&sV=2&form=S00027


 またやってもた。しかも今度のんはデカい。水呑百姓50代後半にしてしがないバイト人生のクセに16日間の海外旅行 !! いやあ・・・ヤフオクで不用品を処分していったら、秋からの累積でなんとまさかの50万突破 !! それに気を良くしてたところへ、バイト先が大規模改装で2週間の閉店、その間有給休暇発令 !! カネと時間に全く縁のない百姓人生、これを逃したらもう元気なうちにはでけんやろと気負い込んで、つい、赤い禁断のボタンをポチってもたんや、またやってもた・・・ああ俺はなんて我慢のできない人間なんやろ。

 私の赤い禁断のボタンはいくつかあって、金と時間があればどんなところへどんくらい行ってみたいかを何種類か調べ上げて、チャンスが来たらすかさずポチれるように用意してある。2週間のプランは最長で、まあ出来たらええな、くらいに考えてたのんが、まさかの実現に、これはポチらなあかんでしょ・・・と、やってもたんや。今回は、中国の西の最果てからパキスタンへ抜ける旅・・・大きく出たねえ危険度満点。で、旅程。

5/09 () 関空〜成都 (四川航空)

5/10 () 成都〜ウルムチ〜ホータン (四川航空/ 中国南方航空)

5/11 () ホータン〜ケリヤ

5/12 () ケリヤ〜ホータン

5/13 () ホータン〜カシュガル

5/14 () カシュガル

5/15 () カシュガル

5/16 () カシュガル〜タシュクルガン

5/17 () タシュクルガン〜中パ国境〜ススト〜パスー

5/18 () ススト〜グルミット〜カリマバード (フンザ)

5/19 () カリマバード

5/20 () カリマバード

5/21 () カリマバード〜ギルギット

5/22 () ギルギット〜イスラマバード〜ラワールピンディ

5/23 () ラワールピンディ〜ラホール

5/24 () ラホール

5/25 () ラホール〜バンコク (タイ国際航空)

5/26 () バンコク〜関空 (タイ国際航空)

 上の写真はGoogleMapsのタクラマカン砂漠の航空写真である。ホータンから北上する川筋の東に、もう一つ途中で切れてる川筋があって、その先端に緑の塊が見えるであろう。これは南の崑崙山脈から流れ出た川が砂漠に消えるところに地下の水たまりが出来て、その上に生えた森である。胡楊というポプラの仲間であって、秋の紅葉が素晴らしく、中国人が死ぬまでに一度は見たいと思うほどだという。この、砂漠の中に隔絶されたオアシスには何十もの村があって1,500人ほどの人が昔ながらの生活をしている。彼らの存在は、実は1980年代になるまで知られておらず、周囲のウイグル人とは異なった容貌と風俗習慣を持ち、その川の名にちなんで「ケリヤ人」と呼ばれている。白い肌に金髪と碧眼を持ち、明らかにヨーロッパ風の外観である。中国の同化政策によって、彼らは砂漠を捨てて町に家を持つように仕向けられており、「ウイグル人」に分類されているのだが、古のローラン王国から出土したミイラと骨格や服装まで酷似していることから、明らかに出自の異なる人たちであることがわかる。場所の名を「ダリヤブイ」という。

 せっかく二週間も休めるのだから、体力のあるうちに最後の冒険をしておきたいと思った。しかし結論から言うと、そこへ行くには中国政府と地元地方政府の特別な許可が必要であって、個人旅行は絶望的だ。しかも、そこへ至る道は途中から流砂に深く埋もれていて、砂漠を知り尽くした熟練の地元ガイドと、スタックした場合に助け出せるよう、砂漠専用の大型トラック二台以上で動かなければならない。その費用の点から見ても絶望的だ。そこへ至る起点となる町を、漢語で「于田 (Yutien) 」、ウイグル語で「ケリヤ」という。そこから不定期に物資輸送の便が出ているが、不定期であるためにいつ行けるかはわからない。そういう点で、日程的にこれも絶望的だ。なので今回は情報収集と、他の川とは全く異なる風情を持ったケリヤ川の風景を目に焼き付けて、次なる旅への準備としようと思う。

 この準備の過程で、現地旅行代理店に手配を見積もってもらったのだが、いずれもこちらの要望が伝わり難い。あえてはぐらかしているようにさえ思われる。いまやタクラマカン砂漠は、中国にとって大きな観光資源であるので、こちらの要望とは無関係に名所旧跡を訪問させて金を使わせようとする。要望について強調すると、私の書いた文面をそのままスケジュール表に乗せただけ、漢人経営の代理店はウイグル人に「やらせます」感満点で、料金も法外だ。あくまでウルムチ発着で砂漠を少なくとも半周させることに固執して、平気で20万円くらいの見積もりを送ってくる。現地のウイグル人経営の代理店ならちょっとマシだが、やはり政府の締め付けがきついのか、こちらの要望に耳を傾けつつも、お仕着せのスポットを巡回させられる。一日3万円くらいかかる。ダリヤブイへ行こうものならとんでもない数字が出てくる。もはや砂漠は自由と荒廃の楽園ではなく、中国による搾取の現場と成り果てているようだ。まあ、そんなわけなので、なーんにも手配せずに丸腰で乗り込んでみる。地元の一般市民は多分ウェルカムだろうから・・・

 中国から世界の屋根を超えてパキスタンへ至る道筋は、ある程度流れがあるので、天気さえ良ければアクセス可能である。その先に待っているのは現代の桃源郷、ちょっと季節的に遅きに失した感はあるが、死ぬまでに一度は行って見たいフンザ溪谷である。まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。クレイジーな世界の現実を尻目に桃源郷で魂の洗濯をしてきてやるわ。しかしその後が結構大変、パキスタンの北部山岳地帯は、インドやアフガニスタンと微妙な関係にあり、歴史的にも不安定であって、中央政府の力の届き難いトライバル・エリアである。天気が良ければひとっ飛びしたいところだが、あまり期待できないので、現地人に混じってかなりハードなバス旅行。下界へ無事に降りることができたら、あとは楽勝の観光旅行である。インドとパキスタンの友好の象徴「ワガ国境」の夕方のお祭り騒ぎでも眺めて旅を終えることにしよう。

 旅のテーマは、音楽と小麦食文化。とにかく見てみたいエリア、キョーレツな8千メートル級の山々、突っ切ってみたい国境、ウイグルとパキスタン、知り合ってみたい友達がわんさかとおる。スリリングで楽しみな旅になるであろう。と胸を躍らせていたのだが、中国はさらに手強い。全ての段取りを整えて、予約すべき要所は予約し、さて航空券を手配しようという段になって、なんと私の旅程では片道航空券が買えないことがわかった。日本国籍の所有者は、中国への15日以内の旅であれば、原則的にビザなしで渡航できる。しかし条件があって、15日以内に中国を出国できる手段が確約されている証拠書類がいるのである。要するに帰りの航空券だ。陸路でパキスタンへ抜けることには神経質である。正式にはビザを申請することになるのだが、私の場合そこでも引っかかってしまった。ウイグル問題を抱える中国政府は、民族の系統を同じくするトルコ系諸国への渡航歴のある者にビザを発給しないという方針がある。私の場合、トルコ・ウズベキスタン・カザフスタン・キルギスへの渡航歴があって、これは領事館に把握されてしまったので、申請して発給拒否となると、それが記録に残って二度と中国へ渡航できなくなる可能性がある。次善の策として、往復航空券を買って片道を捨てる・・・実はこれにもリスクがあって、結局大枚の費用がかかる。・・・いろいろ悩んだ挙句の結論・・・中国相手に強行突破。恐ろしいやり方だが、これしかない。成都空港で入国審査に引っかかって別室ご案内になるか、審査の手薄な瞬間を狙って突破するか、二つに一つだ。

posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | Uyghur-Pamir 2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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