2017年05月09日

20170509 出発

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 最も楽しいのは、旅を準備している段階である。何が起こるかわからない。どんでん返しに一喜一憂する。

 実際にこの旅を実行するきっかけとなったのは、バイト先が改装のため二週間も閉店することが決まったからである。それを知ったのは2月のことだった。当初それは10月に予定されていた。10月ならば十分に時間があるから、中国語とウイグル語を勉強して、ゆっくり旅の計画を練るつもりだった。ところが3月の半ばになって急に改装が5月に前倒しされた。1ヶ月半では、とても準備が間に合わない。言葉の習得は諦めた。電子辞書は高過ぎて手が出ない。間に合わない部分は現地ツアーを手配するか、ガイドを雇うか、ルート作りと並行しながら計画を練った。ところがさすがブラック企業である。1ヶ月半しかないというのに詳細な日程が決まらないのである。誰に訊いても「まだ決まっていない」の一点張り。改装を口にすることすら禁忌とされる空気になった。そんな中で、いち早く日程を教えてくれたのは、なんと顔見知りの出入り業者だった。納品計画に支障が出るためだろう。センター便のドライバーにも確認した。当事者である我々は何も知らされず、出入り業者には通知している。ともに文書を見せてもらったから間違いない。日程は5/11-25とわかった。そこから具体的な手配が始まった。

 日本の労働者にとって二週間もまとまった休みが取れることは滅多にない。もっと短ければ単純な旅行で終わっただろうが、二週間ということで欲が出た。かねてから思い描いていた、中国の西の辺境からパキスタンへ陸路境越、その先は「ナウシカ」のモデルともなったという秘境フンザ渓谷だ。こんな夢のような旅が実現するなど、人生のうちにそうあるものではない。人生は一度きりだ。会社に義理立てしてなんになる ?? 改装など俺の知ったことか、俺は人生を楽しむために生きている。

 運の良いことに改装期間は木曜日に始まって木曜日に終わる。私の公休日は水・木である。ということは、一日休みをゴリ押しすれば火曜日に出て翌々週の金曜日に戻り、その夜から勤務というアクロバットもできるわけだ。旅程18日。なぜ火曜日かというと、四川航空の関空発成都行きが火曜日だからである。もうそれで大枠は決まった。その時点でも店の従業員には改装日程は知らされていなかった。そんな会社である。結局私がそれを聞いたのは、改装の数日前のことで、もちろんそのころには全ての手配を終えて出発を待つばかりになっていた。

 四川航空・・・これを使えば、なんと中国の西の果ての主要都市カシュガルまで往復でも2万円台、これを片道だけ購入して、あとは陸路でパキスタンへ、帰路はイスラマバードから飛ぶより、さらに南のラホールから飛んだ方が2万円ほど安く上がることがわかったので、大枠はこれで決定。

 ところが中国は、個人の自由旅行者に対して少々手強い国だ。まず、四川航空の片道航空券を発注する段階で手こずった。なぜなら、日本の旅券を持つ者は、中国国内では原則15日以内の観光目的の滞在ならば無査証で滞在できる特例がある。ところが、これは中国から15日以内に出国する手段が確保されていることが確約されていなければならないという、言外の条件を含んでいる。私の旅程では、中国から出国するのは陸路で、現地の交通手段によるから、事前に予約することができない。これが帰国手段の確約という条件に抵触し、四川航空は片道航空券の販売に難色を示した。ビザを取るか往復航空券を購入するかしてほしいという。なぜ四川航空が難色を示すかというと、なんらかの原因で私が15日以内に中国から出国できなかった場合、無査証である私は強制送還されることになるが、その費用は四川航空が負担しなければならないからである。しかし復路便に予告なく搭乗しなければ罰則規定があり、私の旅の場合、パキスタンに出国できるかどうかは、まさに出国間際までわからないから、ほぼ確実に事前連絡できない。無駄な出費は避けたい。しかも中国のビザは高く、15日以内の旅程では申請しても却下される。いろいろ調べたり問い合わせたり、ほとんど答えてくれない中国当局の出先機関にイライラしつつ、結局出国先であるパキスタンのビザと宿泊予定地の予約表その他を提示することによって、なんとかゴリ押しで四川航空の片道航空券を購入することができた。

 さて、次なる不安要素は中国の入国審査をパスできるかどうかであった。予約した四川航空のフライトは関空発成都行きと、成都初ウルムチ行きである。中国の法律では、乗り継ぎのみであっても最初の寄港地で入国審査を受ける。情報によると、成都の入国審査は厳しく、特に片道航空券で入国しようとする者に対しては別室で取り調べを受けるという。その対策として、航空券e-ticketのダミーや中国旅行会社のツアー日程表のダミーを用意することも考えたが、中国は国家機関のネットワークが日本以上に進んでいるので、もし嘘がバレた場合にどうなるか予測がつかなかった。したがって、すべての旅程を中国語と英語で併記し、求められればいつでも提示して説明できるようにまとめて準備した。要は、中国から直接日本には帰国しないが、パキスタンから帰国する便は確約されているという旨を要点として説明した書類である。これで正面突破しかない。

 その次なる不安要素は、成都での宿泊をどうするかであった。関空発成都行きは出発翌日の午前1時到着、審査に時間がかかった場合、入国できるのは午前2時ごろと考えなければならない。成都発ウルムチ行きは、その朝の8時出発である。野宿するには長くホテルを取るには短すぎる乗り継ぎ時間である。とりあえず中国の代理店で空港至近の安いホテルをネットで予約したのだが、到着が深夜というか、翌日未明になることを伝えるべくメールを送っても返事がない。しかも他のポータル・サイトを当たると、そのホテルの位置は空港から遠く離れていて、ピックアップサービスもあるらしいが、ユーザーのコメントが最悪だったのでこれをキャンセル、近隣のホテルを検索したが、成都空港に隣接すると称するホテルのほとんどは、地図に表示された位置にはないことがわかったので、バックパッカーの原点に立ち戻って、最悪空港建屋の軒先で野宿を覚悟した。空港至近をうたうホテルの多くは、空港建物の写真とホテルの写真を合成して、いかにも空港の近くにあるように見せているが、よく見ると同じ素材を使いまわしているので虚偽とわかる。省都の表玄関で、こんな商売がまかりとおるなんて、嗚呼これから中国へ行くんだなあという実感をしみじみと味わった。

 ところが、出発一週間ほど前に、自分の手配した予約に漏れがないかと、旅程を再点検していたところ、四川航空の自分の予約ステータスで、成都発ウルムチ行きのフライトが変更されていることに気がついた。予約した朝8時発ではなく、その日の夕方18時発になっている。なんの連絡もなかった。四川航空に問い合わせると、予約状況は常にサイト上で確認してほしいとのことで、私の予約した8時成都発ウルムチ行きのフライトはないというのである。慌ててそれ以下の予定をすべて変更しなければならなかった。その時点で、私は最初の目的地をカシュガルではなくホータンに変更していたので、中国南方航空のウルムチ発ホータン行きを予約してあったのだが、これをキャンセルして翌日の便に変更、成都での宿泊先とウルムチでの宿泊先を別途手配しなければならなくなった。日本のLCCをはるかに下回る激安航空会社である。なにがあってもおかしくはない。

 ホータンからパキスタンのラホールまでは基本的に陸路移動なので、ほぼ現地の成り行きであるから予約に関するトラブルはなく、パキスタンのビザも、大使館の指示に従って書類を作成すれば難なく得られた。それより五月蝿かったのは外野である。冬の間に田畑に積み込む予定だった古茅が、現場の都合で春先になり、遅れを取り戻そうとトラックを借りて一気に田畑に積み上げたため、それを見た近隣農家が深夜に怒鳴り込んできて、即刻撤去しなければ「集落から出て行け」大合唱が再び始まりそうになったり、忙しさのあまり冬用タイヤのまま菜種梅雨の時期に走行していたら、水溜りにタイヤが浮いて危うく多重事故を引き起こすところだったり、車検の代車を運転してたらあり得ないタイミングで路地から飛び出した車と接触しそうになったり、最後の仕上げに土手の草刈りをしていたらいきなり目の前に落雷、たぶん高圧鉄塔に落ちたと思われるが、その瞬間視界が真っ白になって草刈機のハンドルが強い衝撃を受けたり、出発間際になって、なんかもう嫌なことばかり続いていた矢先、ママからメールが来て「そんな危ないとこへ行っちゃいけない」・・・うちは厳しい家庭だったからねえ・・・というわけで全てブッチ切って出発 !!

 旅というものは、自分の心の呼び声に従って行動するものだと思う。一切の無駄を省き、旅程に必要なものを全て背負い、なおかつ軽快に、淀みなく、しかも警戒を怠らずに楽しむ。私には流れ者の血が混じっているらしく、あまり長いことひとところにとどまっていると、血が濁るような気がする。だからこうして何年かに一度は、チャンスを見計らって自分を極限状態に置きたくなる。命の洗濯だ。旅を思い立ってから約2ヶ月、準備に集中できたかというと決してそうではない。これはまあ、書ききれないくらいのどんでん返しや厄落としがあって、実は心身ともにボロボロなのだが、おかげで気持ちは落ち着いて、感覚は研ぎ澄まされ、体力気力ともに充実し、何事をも寄せ付けない力が体内から発散されている。体調はすこぶる良い。私は旅にガイドブックを持たない。拠点から拠点へ、移動する手段ややるべきことを調べ倒した情報を、全て一冊のノートに書き込んでまとめる。大抵巻末は、その国や地方で使われている言葉の抜書きだ。真ん中の空白のページは旅日記で埋まる。当然、脱ネット状態、連泊する場所でなら、多分インターネットに接続できるから、ちょっとくらいは経過報告くらい書くかもしれないが、まあそんな時間もないだろう。特に中国では、自前のネットワーク環境を持参しない限りFacebookにも繋げないので、再登場はパキスタンに入ってから。中国では私の古いブログにアクセスできるか、試しては見るつもりだ。乗り継ぎの手間を省くために、手荷物は持ち込み制限の5kgに収めた。これひとつを背負って旅に出る。最後の厄落としか、外は土砂降りである。カッパを着込んで自転車乗って、そろそろ行くか・・・

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posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | Uyghur-Pamir 2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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