Uyghur-Pamir 2017.05.17 Kashgar-Tashkurgan
タシュクルガンへ発つために、朝9時に「晨光伊甸園 (zhěng kuǎng yī tièn yuěn)」へバスで行く。そこは、なんの変哲もない集合住宅の入り口で、車道から隔てられた歩道側の車止め付近に、何台かのワゴン車が停まっている。ここがタシュクルガンへ行くバスのターミナルだ。教えられなければ全くわからないだろう。情報サイトにも出ていない。バスを降りると仲介人らしき男からすぐ「タシュクルガン ?? 」と声がかかった。うなずくと白い一台のワゴン車を指して「あれに乗れ」と顎でしゃくってみせた。乗客はまだ集まってはいない。満員にならないと発車しない民間バスによくあるやつだ。しばらくすると、付近に物売りや旅行者や、わけもなく絡んでくる不審な男たちが集まって来て、ちょっとした賑わいになった。いろんな国で民間バスに乗るときによくある空気だ。漢人、ウイグル人も見られるが、明らかに顔立ちの異なる、赤ら顔で彫りが深く、眼窩が落ち窪んで碧眼、ハンチングを被った、おそらくイラン系と思われる男たちが目についた。そのうちのひとりが英語で話しかけて来たので、しばし旅の友として二人で揚げドーナッツと紅茶を買ってきて、冷たい縁石に座って通行人や乗客を眺めながら、成り行きを見守る。こういうひとときが旅の味わいだ。かれこれ小一時間ほどで人数が定員になったのか、さっきの男が手を叩いてワゴンへ手招きした。ぞろぞろとみんな乗り込んで出発。この時点では誰も金を払っておらず、外国人旅行者には必要とされているパスポート・チェックもない。むろん路上なので保安検査もない。なんか拍子抜けした感じだ。
バスは出発し、やがて郊外に開発された物流センターのようなエリアに入って行った。広大な駐車場を持つガラス張りの建物の前に横付けになり、全員降りてその建物に入っていく。ここが、カシュガル近郊から移転した国際バスターミナル (国际汽车客运站) で、近くの商業施設の看板に「廣州新城」とあったので、このエリア一帯をこう呼ぶのだろう。このバスターミナルには、カシュガル市内から20路のバスが来ていて、同じ路線は、このワゴンの出発点であった「晨光伊甸園」を経由してカシュガル老城の近くの「中國郵政」と「四小」、さらに郊外の観光名所「香妃墓」を経てカシュガルの鉄道駅「火車站」に至る。老城地区から鉄道駅へは、私が乗ってきた28路も連絡しているので、観光客にはこの2本がわかれば、たいていの用は足りることになる。
さて、ここではじめて切符を買うのである。私はワゴンはここが終点で、ここから大型国際バスに乗り換えるものと思っていたのだが、切符を買って同じワゴン車でタシュクルガンへ向かうという。さきほどもちらっとふれたが、外国人観光客がタシュクルガンへ行くには、パキスタンのビザか許可を得た旅行業者による通行証が必要である。なぜならタシュクルガンは国境の町であり、その先はパキスタンなので、外国人は正当な渡航許可を得た者しか通さない。そのチェックをここで受けることになり、不備のあった場合は切符を売ってもらえない。タクシーを雇うなどチャーターされた移動手段であっても、一旦このバスターミナルに立ち寄って、同じ手続きを踏むことになる。また民間の旅行会社で個人的に契約した場合、つまり公共の移動手段でなく、旅行会社のお抱えの車両で移動する場合も、検問で同じチェックを受けるので、通行証に関しては事前によく調査する必要がある。中国、特に新疆では、バスでもタクシーでも、長距離移動の場合は、このような正規の切符売り場で切符を買って移動する仕組みが出来上がっており、旅行者にはボラレなくて良いが、規則をいちいち踏む面倒があり、特に外国人の移動の際の規則は頻繁に変更されるので注意が必要になる。公共交通機関で問題なく移動できるのは中国の国籍を持つ者だけである。また、路線バスで「廣州新城」まで直接来て、このターミナルで切符を買うことは、おそらく難しい。というのは、ここを起点としてバスが運行されているのではなく、「晨光伊甸園」など、いくつかの起点で集めた客を一括して連れて来て、ここで検査して切符を売る仕組みになっているので、ここに来た時点でおそらくその車両に空席はないからである。
切符を手に入れてふと気がついた。カシュガルより前、新疆へ来てからのすべての移動に際して、必ずあったボディ・チェックとライター没収がない。もちろん空港や鉄道駅は言うに及ばず、都市間移動のバスやタクシーの切符売り場のゲートで、ライターは引っかかる。ボディ・チェックだけでなく荷物に入れてあるものもX線検査で必ず見つけ出す。無駄な抵抗だとわかってからは、素直にゲート脇のライター回収箱に入れるのだが、それを見ながらボディ・チェックしているウイグル人の警備員がタバコ吸ってやがる。私はどうしても「朝の儀式」のためにタバコが必要で、1日2本しか吸わないのだが、ライターは必需品なのだ。だから、中国へ来てから、ほぼ毎日のようにライターを買っては没収されている。今日Y.H.を発つ時も、どうせ没収されるのだからとカウンターに置いて来たのだが、バス・ターミナルでは保安検査もなかった。ライターひとつ損した気分。まあいい。全員が切符を買い終えるまですることがないので、敷地内をぶらついてみたが広大すぎて何もない。隣の商業施設まで足を延ばす時間もなさそうなので、さきほどの英語を喋る男と世間話になった。彼はタジク人であった。「タジク」は古代中国で「大食」と書き、色黒で肉食のイラン系遊牧民である。カシュガルへ出稼ぎに来ていて、これから故郷のタジキスタンへ帰るのだという。彼も羊飼いで、冬の間家族の羊を任せ、これからの季節太らせるのに男手が必要だと言っていた。ほどなく手続きが完了したと見えて、運転手が客を集め、再び出発となった。
バスは出発した。「廣州新城」は実に広大なエリアであった。途中、明らかに楽器のテーマパークと思われるところを通った。あああっ・・・何を措いてもここへ来るべきだったと、いまさら悔やんでみても始まらない。事前調査不足の最たるもんだ。まあしかし帰国後に色々調べたが、ここについては情報が得られなかったので、やむなしとしよう。出発して一時間ほど、「乌帕尔镇 (ウパール村)」で昼食休憩になった。国道沿いの旅行者御用逹という風情の繁盛したレストランである。みんなが注文するので私もつられてラグメンとポロフのセット、スープに見えるのは、実はハーブ・チャイ。いやいやなかなか、このセットは中国新疆の旅を締めくくるに足る味でした。で、店の人とも乗客ともわからぬ男が来て言うには、この村の名前は鉱物で宝石の原料になるオパールの語源とのことで、例によって「俺の家に素晴らしいオパールがあって、特にお前のために安く売ってやるから見にこい」というお誘いを軽く受け流してGo !!
さて車は走り出してカシュガルともお別れ。しばらくは砂の大地にポプラ並木や胡杨の林など、ウイグル的風景が続いていたが、やがて木が乏しくなり砂が石に変わって殺伐とした風景に変わっていく。標高も上がるので気圧が下がっていく。不毛な山岳地帯に入って間も無く舗装も途切れ、地道となって速度が落ちた。谷あいの崩れそうな砂利道を行く。時々斜面に頼りなく切り込まれたノコギリ目のような細い径を、離合に難儀しながらのろのろと進む。傍らでは大掛かりな道路改良工事、高架化された高規格道路が建設中である。その現場の一つで軍の検問か、あるいは工事の都合かで、かなりの間止められた。見る物もないところで待たされても全く無意味で、ただただ英語のわかる乗客と愚痴るしかなかった。
そこを脱出して悪路急坂を登りきると風景が一変した。進路右側になんと見事な、水墨画のような、淡く白い砂とも雪ともつかぬ山肌の色と、灰色とも水色ともつかぬ湖面の色が、ぼんやりと微妙に、憂鬱に内省的に、詩的に幻想的に溶け合っている。曇っていたのが幸い、なだらかな色のグラデーションに酔う暇もなく、ワゴンは湖岸を通過。そこは「恰克拉克(チャクラク)湖」、通称「白沙湖」というダム湖で、止められたのはそのダムの下、高架工事が大掛かりだったのは、悪路急坂をなだらかにのぼるための工事だったのだ。「白沙湖」の美しさに感動するあまり、10分程度で進路左側に現れた「克州喀拉库勒湖」、すなわち中国の「カラクリ湖」にほとんど気付かなかった。カシュガルからここを訪れるのにさえ、外国人には通行証が要る。カシュガルからのツアーに参加しなければたどり着けない場所だ。実は「カラクリ」は、ウイグル語あるいはキルギス語で、「黒い水」という意味で、ちなみにリンガラ語では「Maï Ndombe」であり、その名を冠する湖もあって、私もその湖畔に長く滞在したこともある。で、「カラクリ湖」は、実は隣のキルギス共和国のものの方が大きく有名であって、それゆえに中国のカラクリ湖は、その所属州「克孜勒蘇柯爾克孜自治州 (クズルス・キルギス自治州)」の略称である「克州」の名を冠している。気づいたのはもう湖の端で、浅いところだったのか、車窓から見える湖水はそう黒くは見えなかった。
ワゴンはさらに不毛の大地を登る。途中、いくつかの集落を過ぎ、「卡拉苏 (カラス)」というところで例のキルギス人の男が降りて行った。そこはキルギスとの国境に近く、両国の往来ができる「口岸」がもうけられている。ただし彼が言うには、中国人とキルギス人の往来はできるが、第三国の人間は通行できないとのこと。降りたのは彼一人であった。道路から人の踏み跡程度の細道が西へ伸びていて、その先に白い壁が見えていた。ここで彼は故郷に帰る。短い間だったが、重苦しくも優しい心の滲み出た、ダンディな男であった。ワゴンは15時過ぎにタシュクルガンの町に到着した。
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