Uyghur-Pamir 2017.05.20.1 Passu
きょうはPassuを発ってHunzaの中心地Karimabadへ行く。Naseerさんが「氷河を見ていけ」と言うので、簡単に道を教えてもらって山に入る。照りつける太陽と石ころだらけの斜面・・・遠くから「山」として見ていただけではわからないこの実体感。足元から転がり落ちる石ころの音が、鉱物の谷間に響き渡る・・・それ以外には、自分の呼吸以外、何も聞こえない。レコード盤の音溝の縁を歩いているように、V字型の谷がずっと前方に続く。それらはいつしか眼前に鎮座する巨大な山塊に続いているのだろう。しかし、この一歩一歩は、とてもそこまで到達するものではない。ただ、V地肩の石ころだらけの地面と、その上に広がる青をもっと青くしたような空と、耳を圧するばかりの静寂が、ここにあるだけだ。生物の気配のない、無機的な世界・・・だったが、非常に遠くの高みから、「ホーーウ、ホーーウ」と声が聞こえた。はじめは動物か鳥の声かと思ったが、なんとなく人間臭い。斜面を石が転がり落ちてくる音が聞こえた。その方向へ目をこらすと、はるか彼方にうごめく塊がある。羊の群れだ。それは石の明暗に紛れてわからない。しかし、一旦見出すとよく見える。声は羊飼いのものだったのだ。群れ全体でさえ、ほんの木の葉程度の大きさにしか見えなかったので、人影を識別するのは至難の技だったが、彼が大きく両手を振っているのでそれとわかった。「ホーーウ、ホーーウ」・・・その急峻で脆く崩れやすい斜面を、羊の群れは長いことかかって少しずつよじ登りながら、積み重なった頭上の尾根の一つに消えた。
また静寂に戻った。私は歩みを進めた。巨大な谷の右岸の斜面を細々と踏み跡が続いているので迷うことはない。しかし自分はそのV時型の斜面に刻まれた無数のひだの隙間に入り込んで、見通しがきかないのだ。谷底は見えない。二時間ほど歩いて、ようやく踏み跡が山肌を上っていくのを遠望できる程度に前方の開けた場所に出た。のみならず、かすかに水の流れる音が聞こえた。右手の石垣のようになった襞のひとつに這い上がってみると視界がひらけ、遠い対岸との間に土にまみれた分厚く長くテロっとした巨大な舌のような地形を見た。その下はえぐれてつらら状のものが無数に垂れ下がっており、中は泥水のようだ。これが氷河か・・・私は白い氷の塊をイメージしていたし、タシュクルガンから峠を越える手前で、バスの窓越しに幾つかの氷河は見た。目の前の巨大な風景は土をかぶってはいるが、しかしまさしく氷河であった。それを確信したのは、その先端が崩れる時に鳴き声が上がったからである。気圧が低いせいか、静寂が深すぎるせいか、日射が強すぎるせいか、ともかく、頭がぼうっとして、巨大で荘厳なものを前にしているというより、透明な無感情に心が洗い流された感じがした。
短いトレッキングから戻ると前庭に地元の人が集まっていた。誘われてチャイをご馳走になった。促されるままに旅のことなどをとりとめもなく話すと、そのうちの一人がジープで南下するから便乗しないかと誘ってくれたのだが、なんだかもうちょいぎりぎりまでここに留まっていたかったので、感謝を述べて丁重にお断りした。Karimabadまでは一時間程度である。緊張の連続だった中国から出て、平安の時の中へ私を放置してくれたPassu InnとNaseerさんともお別れだ。
今いる場所のはるか北方に世界に冠する山々があり、そのまた向こうに広大な砂漠があって、そこは中国なのである。自分自身そこから出てきたくせに、なんだか想像しづらいものがある。中国ではここの5倍程度の物価で世の中が動いていて、インフラは整備されており、道路やホテルは立派で清潔である。停電もないし、おそらく世界でもトップランクのネット社会が実現されている。しかし、今回の旅では、人と親しく話す機会も、別れを惜しむこともなかった。私はPassu村を去るのが惜しい。パキスタンの物価は、感覚的に中国の1/5程度である。頻繁に停電する、というか、通電するのは夕方の数時間程度である。だから飲み物もそんなに冷たくない。そのかわり、ここには厳しい自然環境の中でごく普通に生きる普通の人の姿があったし、彼らは特に私を外国人旅行者だからと言って特別扱いしなかった。むしろ、私が何を考えて何を感じてここにいるのかを知りたがった。私はそれをうまく説明できていない。しかし話すことによって徐々に明らかになりつつある。そろそろチェック・アウトの時間だ。「どうせ満室にはならないから夕方までゆっくりしてろ。部屋は使っていいから。Karimabadはすぐそこだ」と言うNaseerさんの好意だけをありがたく受け取って、次の目的地へ向かうことにした。
宿は出たものの、少し放心状態のまま、荷物を持って村の中の道を下流へ降りてしばらく行くと、昨日、目をつけてあった丘の上のカフェが見えたので、それも一興と思って長い階段を上った。そこはあんずのケーキがオススメのようだったので、コーヒーとともに注文し、絶景の中で、音楽を聴きながら旅日記でもつけようとしてテラスに座った。mp3プレイヤーは、都合よく静かな曲を奏ではじめ、数曲目にCaetano VelosoのSamba e Amorがかかった。もう、なんといいますか、ただただ感無量。こんな透き通るような、視覚を貫通する風景の中で、こんなタイミングでこんな曲を聴くことになるとは・・・朝のトレッキング経験と、この寛ぎ・・・本当に生きててよかったと実感する時間であった。テラスは私一人だった。そこからもう一つの氷河へ一時間半程度で行けると案内されたが、活動するより、ここで絶景の変化をのんびり眺めつつ、好きな曲を聴くなんて最高の贅沢だと思って辞退した。店の人は私を放置してくれた。・・・・ ・・・・どれほど時間が経っただろう、少し日が傾きかけたかなと思ったが、小一時間ほどだった。私の心は満たされ、次の目的地へ向かう呼吸も整った。私は旅人に戻った。K.K.H.へ降りて、「Karimabad, I can pay 250 PKR !!」と大書きした紙を広げて待つと程なく一台の車が止まり、Karimabadへの拠点の街Aliabadへ向かった。
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