Uyghur-Pamir 2017.05.25.1 Lahore
旅の最終日である。泣いても笑っても今日で終わりである。しかしLahoreからの帰国便のフライトは23時である。楽しもう。というわけで、ホテルの朝食バイキングをゆっくり楽しんで排便をし、帰国に備えて髭を剃った後、歩きなれた目抜き通りを北上して城壁の中に入り、もう何度か通りかかって声までかかるようになった店先で手を振りながら宮廷を目指す。この風景はまさしくインドである。
Lahore Fort・・・素晴らしい、美しい、広大な宮廷である。下界の喧騒とは打って変わって、イスラムの信仰の空気に満ちた、荘厳な静けさがある。早朝なので余計そう感じるのかもしれないが、感じるままに、園内に設えられたあらゆる空間を楽しむ。柱・床・壁の細部に施された繊細な装飾、イスラム風のアーチのついた窓、その形に切り取られた風景、そぞろ歩く信者たち・・・どれをどうとっても美しい。私がイスラムを愛するのは、このように世界が美しいからだと思う。このような美しさは、おそらく昔の日本にもあったのだろうと思うが、今では日本人の多くが忘れ、手の届かないところへ行ってしまった。この美、この安息、神をこれほど近くに感じられることは、モスクの中を置いて他にない。トルコでも、エジプトでも、ウズベキスタンでも感じられたことだが、イスラムの世界は寛容、そこに真髄があると思う。見ず知らずの信者たちに混じって、モスクの中のさまざまな床でくつろぎ、寝そべり、彼らと共に神を感じる時を共有する。
やがて観光バスが何台か到着し、団体様のご到着となってあたりが騒々しくなる。学生の修学旅行か、たちまちのうちに珍しい日本人は取り囲まれて「セルフィー」攻撃に見舞われる。早々に退散して宮廷の外に広がる庭園を散策する。こちらも建築美、様式美に満ちていて、それらは外界を様々な角度から、様々な切り取り方で見せてくれる。幾何学的な遊び心に満ちていて、歩き回るだけで全く飽きがこない。しかし陽が昇るにつれて暑さは厳しくなり、手持ちの水も尽きたので一旦ホテルに戻った。
チェック・アウトの時刻が近づいていたので手続きをお願いし、帰国便が深夜であることを伝えると、快く荷物を預かってくれ、おまけに空港への車まで出してくれると言う。なんと、そこまでしていただかなくてもと恐縮していたのだが、私が終始このホテルを快適だと褒めたものだから嬉しいらしい。パキスタン人、気持ちで動きますね。その気持ちにお答えして、外で食べるより随分割高になるのは承知の上で、ホテルのレストランでランチにしたのでした。
さて、Lahoreから東へ30km、隣国インドとのWagah国境で、毎日行われているセレモニーがある。ランチの後は昨日道に迷った時に見つけた古本屋街を散策してからそのセレモニーに向かうことにした。古本屋街は、目抜き通りの一本西にあって、文房具や紙問屋、新聞関係などの印刷物を売る商店街の先にある。そこから道路を隔てるとパンジャブ大学や博物館があって、いわば文教エリアである。その周辺に露店を含めてたくさんの古本屋がある。特に目的があるわけでないのだが、アラビア文字で埋め尽くされた書物を何冊かほしかったので行ってみたら、これが骨董市などもやっていて大変面白く、ちょっとした大道芸なども見られて、つい時間を使ってしまった。
おまけに百姓の性で、種屋を見つけてしまって野菜の種などを数種類買い、そこの親父にバスマティの種籾か、せめて玄米だけでも手に入らぬかと交渉して見たのだが、結果的にダメ。政府の食料政策がきちんと徹底されていて、稲の種籾は許可がないと購入できず、しかもパキスタンでは、年中何処かで米が穫れるため、これを一年間貯蔵するという考え方がなく、籾から直接白米に精米するため、玄米というものがほぼ存在しない。まことに親切なことに、種屋の親父はわざわざ知り合いの米屋や農家にまで電話して尋ねてくれたのだが、結局外国人旅行者がこれを手に入れることはほぼ不可能なようであった。
セレモニーへ行くには駅前からバスに乗る。そこから駅へ行く交通機関を探す手間がないので歩いて行くうちに、急に暑さにやられた。間際に色々と盛り込む悪い癖が出たのだ。駅までたどり着いたはいいが、どうも頭痛がする。数ヶ月前には近所で自爆テロもあり、この界隈は危険だ。駅前のバス・ターミナルも常に混沌としていて、この雑踏の中でAgah行きのバスを探すと考えただけで、いつもならな立ち向かってゆく気力が、この時は全く出なかった。暑い、ものすごく暑いのだ。どうやら体力の限界がきたようだ。かといって休めるような場所はない。弱音は命取りだ。すぐさまタクシーを見つけて乗り込んだ。幸い、運転手はホテルの場所を知っていたので、すぐに車を出してくれた。汗びっしょりでホテルに着くと、レセブショニストは様子を察して、ロビーのソファに私を導き、冷たい飲み物を持ってきてくれた。いやもう、なにからなにまで・・・
結局そのソファで小一時間ほど休んでいると回復したので、無理をせずその周辺の散策で旅を締めくくることにした。後は帰るだけなので屋台料理を解禁、チャパティに羊の挽肉などの具材をたっぷりのせたピザ風のスナックやポテトフライ、サトウキビの押しつぶした甘い飲み物とアイスクリームなど、目抜き通りの屋台で最後の夜を楽しんだ。しかし、衛生状態は目に余るものだった。サトウキビ・ジュースの売り子はコップをろくに洗いもせず、ハエがどんどん機械の中に入り込むのも平気で、暑いからみんなそれをどんどん買うので、私もそれをわかっていながら買って飲んだら・・・あとで当然の報いを受けました。
その帰り道、いつも閉まっているシャッターの脇に固まる人影があって、さっと身を引いたのだが、そいつが腕に注射器を射し込んだまま崩折れていった。あの様子では、おそらくそのまま・・・そんなパキスタンの一面も最後に見て、ホテルのロビーに戻ると、ちょっと早いが運転手が到着していたので、深々とお礼を述べてホテルを後にした。車は一路空港を目指し、郊外の住宅街などの風景を見ながら快調に飛ばした。途中、大きなショッピング・モールをの前を通った。しまった・・・こういうところも見ておきたかったのだが、もうさすがに遅かった。車は空港連絡道路の手前で保安検査を受け、21時に空港に到着した。Lahoreの空港ターミナルは、こじんまりとしたロビーとカウンター、検査場と免税店がいくつかあるだけの、国際空港の割には小規模なものだった。結局Soustで人民元から両替した現金だけでここまで来れてしまったが、手持ちも1,000PKRを切っていた。際両替するのもなんだし、地元に落としていこうと思って、有り金叩いてパコールを買った。外で買うより3倍高くついたが、それでもお釣りが来たので、待合室にあった募金箱に残りを入れて、旅を終了した。
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