梅雨が明けた。燦々と降り注ぐ光に誘われて、つい前に住んでいた場所へ行って見た。ここは大阪平野を見下ろすことのできる高台の一等地で、南斜面に瀟洒な家が立ち並ぶ高級住宅街である。私は田舎暮らしをする前、ここに住んでいた。懐かしい坂道をいくつも登って、複雑な迷路のような路地で対向車と譲り合いながら進む。道を譲れば必ず笑顔が帰ってくる。なかには12年も前の私を覚えていて、「おっ、このクルマまだ動いとんや、元気か ??」と窓越しに声をかけてくれる。
隣近所の住人や周辺の店も、ほぼ変わっておらず、「ああもう帰って来い、そんなややこしいムラ」「お前帰って来んねやったらバイト二、三人クビにしてお前雇うたるわ」「そうか、ほなギャラも二、三倍くれるか ?? 」「おお、やろうやないかい」・・・会話とはこうでないといかん。
それにひきかえ田舎、こちらからかけた言葉を受け取った相手が言葉を発する前の数秒間に入れ替わる表情の意味について推し量り、そのいくつかの可能性のそれぞれの展開を予想してこちらの返答を複数用意しておかなければ口も聞けないようなムラ人との会話・・・常に監視され少しでも周りと違うことをやるとどこにどんな嫌がらせをされているのかわからず足元を調べ尽くしてからでないと一歩も動けないような緊張感・・・俺は一体何をやっているのだろうという自問自答・・・でありながら風光明媚な田園・・・
一方ここではこの開放感・・・阪神間随一のリゾートといっても過言ではないこの風景・・・慣れ親しんだ人々・・・帰りたい。以前住んでいたアパートを訪ね、そこの家主に訊くと、建物が傷んでいるのでそれを了解してもらえるなら格安の家賃でという申し出・・・そして今のバイト先の別の店が近くにあるので訊いてみたら、今やっている私のポジションが学生アルバイトなので年度の変わり目には交代できるとのこと・・・
さて、これで住と職は確保できる見込みは立った。では本当に実行するのか・・・田畑を捨て、食品加工のすべの道具を整理して、すなわち製造手段の全てを放棄してここへ移って来た場合、私に何が残っているのだろう。経験や知識は確かに蓄積された。しかし実践する場を失うのだ。「農」は捨てざるを得ない。別の「生きる核」を持たなければ、夢破られて逃げ帰った単なるバイトおじさんだ。それはそれで気楽で良いのかもしれない。ありがたいことに生活はなんとか成り立つ。もともと浪費家ではない。好きな音楽でも聞いてバイトして、ただ気楽に生きる・・・もう、それでいいか・・・移住して来ては追い出されていく家族を見ながら、俺は頑張りすぎたのかもしれない。夢破られるなら早い方が良かった。いまとなっては、彼らの判断の方が正しかったというべきか・・・帰宅してふと目にしたこの記事に身がつまされる。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07251100/
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