2020年01月24日

20200124 無法者の顛末

 24年前から私の正月は1/18に始まる。毎年年末から1月一杯にかけては精神的にどん底で、ほぼ廃人状態となり冬眠を決め込んでいる。まあひとことで言えば「冬鬱」というやつだ。去年は例の立木の問題と隣家の悪臭で惨々な目に遭った上にこの年末から更にメッタ打ちに遭って恰も産業道路で轢死したイヌの死骸が激しく往来する大型トラックに繰り返し繰り返し踏み散らかされてやがてボロ雑巾のようになり果てはアスファルトのシミと化してしまったくらい肉体感覚をすでに超越して軽やかな心持ちになってしまった。とりあえず来シーズンは農作をしないのでその準備がない分気楽なもので、ほんの子供の頃に全作品を読破した夏目漱石の、いわゆる「前期三部作」を読みかえしてみた。たしか小学校の推薦図書にもなっていたはずだが、そのオトナたちはこれらを読んでいなかったに違いない。よくもまあこんな三角関係のドロドロにエロ極まった複雑な話を子供に薦めたもんだ。読んだ当時は何やら艶っぽい話としかわからず内容など殆ど記憶していないのだが、いま読み返してみると明治という時代、急激な西洋化に対応する東京、それに引きずられるように経済が膨張して、やがて日本が帝国主義へと加速していく空気の中で、急に意識されはじめた「近代的自我」をもてあます主人公・・・ある意味、今の我々でさえ却って親しみやすい。全てが尻切れとんぼの結末で、その後どうなるかは読者の判断に委ねられているが、このような人たちがその後どうなるのかをあまた知っている我々からすると、筋立てそのものは非常にシンプルな、今から見るとありきたりなものと感じざるをえなかった。行間に詰め込まれた背景描写の凄まじい密度には手に汗が滲むほどだったが、しかし、それらが有機的に物語と結合していないどころか、その試みさえなく、むしろ投げやりな展開に堕ちていると思ってしまうのは私の傲慢かもしれない。なにしろ日本を代表する文学者・・・せっかくだから冬眠中は枕元に漱石の本を置いて年代順に読んでみることにした。そんなことをしている間にも日な夜な私はメッタ打ちにされ続けたのであるが、11月から昼の仕事を探しはじめ、運良く得意分野での契約仕事にありついた・・・はずだった。複数の転職エージェントで掲載されていたいくつかの求人に応募したところ、私のキャリアとうまくマッチして複数の応答があり、それぞれ別個に面接を受けて最終選考にまで残った。そのうち最も条件の良かった案件に返事して、初出勤の日を迎えた。ところが行ってみると先方と話がまったく合わない。最終選考までエージェントが行なったので、クライアントの担当者と会うのは初めてである。私の顔を見て怪訝な顔をする。その場でエージェントの担当者に連絡したが不在。とにかく私が採用されたわけではないことがわかって、しぶしぶそこを退場したのだが、時間が勿体無いので、即座に活動を再開するとともに、最終選考まで残っていた別の案件にもう一度トライしたものの、すでに別の人で決まった後だった。二週間ほど経ってエージェントから連絡があり、私が複数のエージェントから同じ案件に応募したために、募集先が私の常識を疑って採用を取り消したというのだ。ともにクライアントが非公開となっていて、エージェントによって表現や条件が異なったために、私は同じ案件とは気がつかずに応募したのである。その点について糾したが「転職市場の常識を知らない」と反論されてしまった。仕方なく一からやり直したが、そこから梨の礫となった。通常、求人情報に応募して不採用になった場合、「ご期待に沿えず申し訳ございませんが、あしからずご了承頂きたく存じます。〇〇様のより一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。」というメールが届くものである。この文末を略して転職市場では「お祈りメール」という。大抵の場合、私のような者は求人情報にエントリーしても年齢だけで振り落とされて、「慎重に検討」された結果、30分と経たないうちに夜中であっても自動的にこれが送られてくる。異なるエージェントに応募しても文面はまったく同じである。こいうい対応をされると、実に心が折れる。掲載された仕事内容を見て、それが手に取るように分かるものであればなおさらだ。その業務に私がいかに精通しているか、どれほど経験を積んできたか、すぐに動けるだけの準備も整えられていることを力説して応募しても、たった30分で「お祈りメール」がくると精神がかなりやられる。度重なると、いかに打たれ強い私でも心が荒んでくる。自分が全く社会から必要とされていないのではないかという思いにとらわれ、自分に何ができるかというポジティヴな発想ではなく、これだけのことができる自分をなぜ採用しないのかというネガティヴな発想に陥ってしまう。しかし序の口だった。この一件があって以降、別の求人にエントリーしても「お祈りメール」すら届かなくなった。おそらくエージェント間で情報の共有が行われたのであろう。そんなことを待っている時間はないので活動を続けていたら、別のエージェントから、身にあまる高条件のオファーがあった。そのエージェントは私のプロフィールを見て、「このままでは仕事の長続きしない人間が転職を繰り返しているとしか見えない。仕事の成果とともに報酬を明記した方が良い。」と助言されたので、それについて記載したら、すぐに10件ほどのオファーが来た。びっくりしたが、まったく畑違いのものを除いて、得意分野である加工食品業界に限って応募したところ、三社が残って直接の面談となった。私もこの業界が長いので、その会社は知っていた。おもに業務用ルートに乳製品を供給している会社だが、市販ルートに参入すべく新規事業を起こすにあたって、事業部長を募っているという。報酬は年俸制で4桁である。極端だ。最終選考に三人が残った。面接はその場で即興のプレゼンとなり、一人が落とされ、私ともう一人が残った。後日、一人ずつ呼ばれた。下町の商住混在地域にある、間口10メートルほどの4階建自社ビルだ。道に面した一階は駐車場で、バンが数台止まっている。その奥は倉庫兼仕訳場、2階が工場で3階が事務所、4階が社長室と役員室という、絵に描いたような中小企業だ。こんな会社が、私のような何処の馬の骨ともわからん男に、なぜ年俸4桁も出そうというのか、これは絶対何かある。社内を案内され、事業への関心を問われた。もちろん私は何をどんなところにどう売ればどう捌けるか、自分なりのノウハウと規模は予測できる。もう一人は、その筋では素人だ。社長にも会った。「是非、色の良いご返事を」とまで言われた。工場を見せてもらった。作業員の時給も聞いた。この仕事に就けば私はある程度やれるだろう。しかし、もはやその私は、今の私ではありえない。農作ができないとか、家事ができないなんて次元ではなく、わずかな睡眠を削っても、ひたすら仕事に打ち込むしか、生き残る道がないほど追い込まれるだろう。食生活なんてボロボロになる。この業界の空気も知っている。まったく別の人格、しかも魂を悪魔に売り渡し、今までの自分を全て葬り去らなければ務まるまい。これまでの主張は全て覆し、ひたすら金の亡者にならざるを得ない。環境問題 ?? 食の安全 ?? 原発問題 ?? 戦争反対 ?? ねぼけんじゃねえよ世の中そんな甘いもんじゃない。つまるところ世の中はカネで動いてる。カネは欲しい。私は心の弱い人間である。目と鼻の先に、輝かしい楽園が扉を開けて待っている。こんなチャンスは滅多にあるもんじゃない。降ろされた跳ね橋を渡れば済むことだ。渡りきったところで、良心のセンサーを切ってしまえば良いのだ。簡単なことだ。たったそれだけで、将来の経済的安定が約束される。私を取り巻く理不尽な状況も、金に物言わせて一気に解決することも可能だろう。いやそもそもこんな村に用はない。私は私自身を問われてしまった。三日間の猶予をもらって悩み抜いた末、私はこの話を断った。跳ね橋を渡る勇気がなかった。その下には奈落の底が口を開けていた。時給千円でこき使われる多くの作業員の苦痛の声が聞こえた。それを毎日聞きながら同じ建物に出勤する勇気が、私にはない。私は意気地なしである。負け犬である。しかも戦わずして負けたのだ。・・・・・・一連の活動は、履歴書を書き、職務経歴書をまとめ、相手が見やすいようにレイアウトして、自分を売り込む。自分を客観視して、採用したい人が興味を持つように編集する。自分のやってきたことを振り返るには良い刺激だ。振り回されたが良い経験になった。とりあえずどうするか、今は成り行きに任せよう。しかしその間にもメッタ打ちは続いた。年が明けてしばらくして、例の、村で仲良くしてもらっている「仲介者」が重い足取りで訪ねてきた。例の立木の件の遺族が、私を訴えたというのである。訴状は届いていない。おそらく裁判所で審査中なのであろう。年末に提訴したというから、遅くとも今月中には届くに違いない。訴えられて不利になる点といえば、隣家の立木を切ったのが私だという事実である。この事実のみが争点となるならば、私は敗訴する可能性がある。しかし法律上、立木は除去されなければならなかったのだ。では誰が切るべきだったのか ?? 争点はそこではなく、それに至った原因が考慮されなければならない。私からも、農会からも、農業委員会からも、公道に面している部分については警察からも、何年にもわたって繰り替えし繰り返し警告されてきたことなのだ。私が解決しなければ、さらに私が被害を被り続けていた筈だ。「知らなかった」では絶対に通らない。しかし「合意の上でヤッたのか」と問われれば弱い。絶対に合意しないんだから。これは緊急避難である。したがって提訴された場合、私は反訴することになる。全ての証拠は揃えてある。元々、私が穏便に協議して解決しようとして、また、農業委員会その他関係機関からの書類も含め蓄積してきたものだ。私は「仲介者」に、提訴されれば反訴する用意があると伝えた。これは彼らに伝えられるであろう。損害賠償をどの程度に算定したかは知る由もないし、そもそも相手が訴訟を起こして得をするとも思えない。あるいは、またぞろ私を揺さぶろうとして、そんな噂を流しているだけかもしれない。全ては訴状が届いてからだ。このようなことをいつまで続けなければならないのだろうか、ふと気がついて、窓の外、つまり隣家との境界、要するに悪臭の原因を確認してみた。また新たに残渣が積み込まれている。彼らは、私がいかに苦情を申し立てようと、その時は平身低頭して口約束をするが、決してそれを守るということがない。ムラというのはそういうところである。三代続かなければ人として認められない。それまでは彼らに隷属するか、鬼となって「無法に」振舞うしかない。「無法者」はムラ社会的に追放される。社会を変えるのか、自分を変えるのか、然らずんば死か・・・・追い詰められた状態で1月も終わりそうになった。本来、人はもっと楽に生きられるはずだと思う。それがなぜか、私が生きようとすると、その手足に様々なトラブルが纏わり付き、右足を一歩前に出すどころか、左腕をちょっと動かすことにさえ、膨大なエネルギーを消費する。道は、自然は、世界は、ごく普通にそこに存在する。私にも、他の人と同じ世界が見えている。しかし、そこへ降り立った途端、地面が急に泥沼に姿を変え、私はもがきながらそこへ沈んでいく。顔を地面に出し続けるだけのために、休むことなく泥の中で羽ばたいていなければならない。私は疲れた。そろそろギブ・アップか・・・

posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 農作業食品加工日誌2020 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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