私はBossa Novaが好きである。Bossa Novaを、当たり障りのないオシャレなカフェ・ミュージックだと思っている人も多いようだが、とんでもない。João Gilberto をよく聴くが良い。リズムと言葉の緊張感極まりない即興的なせめぎ合いである。しかもSambaの基本的なグルーヴが全体に通底していて、そのせめぎ合いを有機的に支えている。ここが大変重要なところだ。つまりそれはブラジルの音楽であって、ブラジルの国境を越えたからこそ得られた普遍性だと思うからである。だからこそ、世界中の様々なジャンルからのアプローチがあり得た。しかしオープン・マインドであるということは、好き勝手な解釈も可能なのであって、技術的に繊細で高度な演奏を求められることや地理的に近いことも影響して、ジャズからのアプローチがもっとも多くなった。しかしそれは往々にしてブラジル的なセンスを捨ててアメリカ風の合理的な解釈を生んだ。結果的に、ジャズ・メンによるBossa Novaの演奏は、Bossa Novaが超越しようとしたにも関わらず最も大切にしていたニュアンスを、ほぼ完全に無視する形で捨象され、安易に展開されることになった。つまり、もともと「ブラジルの音楽」でさえなかったかのように演奏されるようになった。それが良いかどうかは別として、「ブラジルの音楽であって、ブラジルという国境を越えた」ものでなければならなかったはずのものが、性質を変えて拡散してしまったことは否めない。かくてBossa Novaは、当たり障りのないオシャレなカフェ・ミュージックになりやすかった。私が初めてBossa Novaを聞いたのは、たぶん小学生の頃だ。まだ実家には、母方の祖母とその子供たち、すなわち私にとってはおじやおぱが住んでいた。応接間にはステレオ・セットがあり、毎夜「軽音楽」が流れていて、そのなかにAstrud GilbertoやSergio Mendesがあった。そして映画のサントラ盤に混じってPierre Baroughもあった。1960年代のことなのでリアル・タイムだ。いまから考えると、よくあんなものが片田舎にあったものだと思う。子供だった私は、もちろんものの区別などわからないから、それらを一緒くたに聞いていた。したがって比較的大人になるまで、Bossa Novaはフランスの音楽だと思っていた。Pierre Baroughの ≫Ce n'est que de l'eau ≫すなわち ≫Aqua de Beber ≫の印象があまりにも強烈だったからだ。それ以後、ブラジル人の手によるものでないBossa Novaに興味を寄せるようになった。特にフランス人の感性とBossa Novaはよく合う。Bossa Novaは、やはりギター一本を軸にして、その音が届く範囲で演奏されるのが基本だと思う。みんなで輪になって演奏するようなものではない。本質的には内向的な音楽である。それがChansonとよく調和する。だからフランス的な、もっと言えばパリ的な、あの陰鬱な空気感とよく合う。ところがパリを出て南下し、地中海のほとりを東に向かってフランスからイタリアへ渡ると、Ventimigliaという国境の町を経て空気が変わる。幾分山を越えた感があるが、同じ晴れた景色でも、幾分くぐもった丸さを持つ陽射しが急にシャープになる。言葉も味覚も、音楽もシャープになる。ここに手にしているのは、たまたまネット上で見つけたBossa Novaの良い歌を調べて行ってたどり着いたNossa Alma CantaというイタリアのBossa Novaグループである。日本では手に入らないし、国外のAmazonなどでも売られてなかったので、彼らのホームページ上からメールを送ったら、なんと返事が来た。全5枚セットで安くしとくよ、てんでPayPalで送金したらすぐ送ってきた。内容は、半分くらいは既存のスタンダードなBossa Novaのカバーだが、半分近くオリジナル曲がある。全体を通して、当たり障りのないオシャレなカフェ・ミュージックとしての味に加えて、かなりエキセントリックなアレンジが施してある。ヨーロッパらしく、エレクトリック・ハウス的なものもある。おもわず昔訪れた南イタリアの古城で行われたフェスティバルで、夜通し暗い石壁の中でアンバー系のハウスに踊り狂うイタリア人と遊んだことを思い出した。ブラジルのものとは明らかに異なる、ヨーロッパ独特の暗さと彫りの深さに、イタリアの地質が持つラテン的なシャープさの加わった良質のBossa Novaである。私の好きな多くのフランスのBossa Novaの作品と同様に、彼らの演奏からも「ブラジルの音楽」に対する敬意が感じられた。そしてそのうえで、彼らの文化や風土、彼ら自身のアプローチを込めて作品化した。良い買い物をさせてもらった。お礼に私が伴奏した唯一のBossa Nova作品をお送りしたら、先日お礼のメールが来た。こういう心の通じ合いがとても嬉しい。
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