2020年02月29日

20200229 なにゆえ国々は騒ぎたち


 Claudin de Sermisy (1490?-1562) 作曲Missa "Quare Fremuerunt Gentes?"から"Kyrie"・・・これは旧約聖書の「なにゆえ国々は騒ぎたち」という文句から始まる詩篇第二によるミサ曲から「主よ憐れみたまえ」に始まる冒頭の部分である。詩篇は以下のように続く。Quare fremuerunt gentes, et populi meditati sunt inania? Astiterunt reges terræ, et principes convenerunt in unum・・・すなわち公的な日本語訳によると、「なにゆえ国々は騒ぎ立ち、人々はむなしく声をあげるのか。なにゆえ地上の王は構え、支配者は結束して主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか。・・・」セルミジによるメロディとDouls Memoireによるこの演奏に耳をヤラレて調べてみたらこのような内容・・・これはたまたま耳に入ったミサ曲、その出自は旧約聖書の詩篇、しかし今の我々の置かれた状態にも通じるものを感じ寝るのだが・・・
 Nicholas Ludford (1485? – 1557) 作曲Missa "Missa Benedicta et venerabilis"から"Gloria" ・・・当時のフランス王フランソワ1世が、同じカトリック内で敵対するドイツ神聖ローマ帝国のカール5世、すなわちハプスズルクケによる兄弟王国スペインのカルロス1世をくじくために、半ば宿敵状態であったイングランドのヘンリー8世を招いてカレー近郊の草原で「黄金の祝宴」を行なった。その際に行われたミサでフランスとイングランドのミサ曲が交互に演奏されたという。このアルバムはその趣向に沿ったものである。時代はまさにルネサンスの黄金時代であった。フランソワ1世はレオナルド・ダ・ヴィンチを保護し、アメリゴ・ヴェスプッチの北米への航海を援助した。ヘンリー8世は、何と言っても随一のカリスマ性のある文武に長けた王であったし、イングランド国教会のカトリックからの独立と宗教改革をまねいたが放漫な財政によって身を持ち崩した。ドイツは東からスレイマン1世の率いるオスマン・トルコ帝国に脅かされていたが、なんといってもスペイン・イタリア・ドイツ・オーストリアを含み今のフィリピンあたりまで勢力を伸ばす「陽の沈まない国」であった。要するに世界史愛好家なら、湧き上がる記憶を落ち着かせるのに幾晩もの眠れぬ夜を過ごさなければならない歴史の激動期であった。「なにゆえ国々は騒ぎ立ち」・・・まさにそうだったはずだ。Sermisyのシャンソンやミサ曲の多くが、どちらかというと清透でわかりやすいのに対して、イングランドのLudfordの曲は各声部が複雑に絡み合って独特のうねりを出し、背後から闇が、darknessが、湧き上がるというか、英語的にはfallおちかかるのである。古楽が複雑な様相を抱え込んで毒味を醸し出すのは、宗教心や信仰心がもまだ上から下まで人々の心に恐れを持って住み着いていたこの時代までで、だいたいこの時代から後は、音楽の中心が宮廷の舞踏会や国王の耳を慰めるための阿諛追従の輩どもによるオナニー合戦に堕落してしまってちっとも面白く無くなるように感じるのは、私だけかもしれない・・・
posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 変態的音楽遍歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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