緊急事態宣言を待たずとも、この状況で花見宴会はあまりにも非常識である。しかし残念なことに、そして信じがたいことに、私は勇気を持って何度も止めたにも関わらず、バイト先の会社では、今日花見の宴会が催される。感染予防に関するしかつめらしい回覧文書を作成し、読んだ者に押印までさせておきながら、自分たちは桜の名所に陣取ってバーベキューをするのだ。ルールは俺たちが作る、守るのはお前らだ、と言いたげである。
それを止めようとする者は、残念ながら他に誰もいない。日本の社会人のほとんどは会社員であろうから、先刻ご承知と思う。私が会社員であったのは大学卒業後のほんの3年間だけだったので、組織の中で生きるという経験がない。これは好き勝手に生きてきた者の世間知らずな戯言である。
ほとんどの場合、カイシャというものはオトコが牛耳っており、従ってボスザル社会である。うちのような小さな会社でも内部にいくつかの派閥があって、それらが小競り合いしつつ、全体のピラミッドが成り立っている。組織の中での個人の評価というものは、その属する派閥の力学に大きく左右され、その上下関係の良好な転換によって上昇し、そうでない場合に失脚する。
その派閥の重要な催しを成功させることは、自分の地位を高めることにつながる。だから、仮に明日の自分の命や大切な筈の家族が危険にさらされることがあっても、自分自身が自分の持ち場にウィルスを持ち込む危険性を認識しているにも関わらず、その場を離れることができない。逆に上首尾に切り抜けることで、より高い地位に控える可能性が手に入る。そのようにして人生は設計され、上昇を前提に家庭は築かれる。最も忌避されるのは、自分が「興醒めな男」と評価されることだ。せっかくの楽しい宴会を中止しようなどと言う勇気のある奴はいない。それどころか、そんなことを言う奴を排除する。ここをクビになったら生きる術がないので食い下がることはしなかったが、返す返すも残念である。
これが日本という社会であり、日本人が群れて作る会社であり、日本人のいう「和の精神」である。だから不要不急の外出を控えよと言っても徹底されない。個人主義者である筈の識者が個人の自由を制限せよと、いくら訴えても踏み切れない。その切っ先の鈍さの積み重ねが緊急事態宣言を今日まで遅らせた。私は紛れもなく日本国籍を持つ日本人であり、日本社会の一員であり、日本という国を愛しているが、このような総体としてのニホンジンは心から嫌いだ。
上のチラシ、特定の個人や団体を批判する意図はないし、よく知った仲なので、無駄な感情の行き違いを避けたいから修正したのだが、結局、自由人の集まりである筈の彼らでさえ、義理が通れば道理が引っ込む、言葉は通じない、という点では同じと言わざるを得ない。このようなときに、このようなかたちで露見するとは、全く残念である。
どうしてもやる、という人を思いとどまらせようと努力された形跡はある。しかし、親しい友人が、手を替え品を替え説得に努めても、頑として態度を変えない人もある。互いの理解が異なる場合、それをひとつひとつ説明しなければならない。一瞬でわかりあえる場合と違って、言葉を、その意味する範囲を確かめながら慎重に選ぶ必要がある。
意味を厳密に定義しようとすればするほど、使われる言葉は難解になりやすい。「感染爆発」を「オーバー・シュート」と言い、「都市封鎖」を「ロック・ダウン」と言う。その言葉遣いに反発を覚える人も多い。「横文字を使うな」と・・・だがね、あんたの歌ってる歌もほとんど横文字じゃないか・・・でもそんなこと言ったらますます彼を追い詰めることになる。
だからといって、平易な言葉に言い換えると、バカにされたと思って余計に態度を硬化させてしまう。同じ言葉でも互いのイメージするものが違えば、そこに曖昧さが生まれ、難解さを回避するために平明な言葉を使えば、意味の差異が生じる。「わけわからん」と言い捨てて勝手にふるまう。しかし「勝手と自由は違う」と言いかけた理屈を飲み込む。
音楽の精神は基本的に反骨であることは理解する。周囲が自粛する中で、その同調圧力に屈して自粛したとみなされることは、反骨の精神に背く。そこに重きを置いている人に、今は自粛するのが妥当だから自粛するのだと理解してもらうこと、自分の表現の自由が、誰かに危害を与えることになるかもしれないと理解してもらうことは難しい。それには、自分がすでに感染しているかもしれないと仮定して、その立場に立って考える、すなわち自分からの直接的発信でなく、一段別の位置から考えることが要求されるからだ。
それほど彼らの不安は強い。感受性が強いから尚更だ。すがるものはなにもない。自分がコブシを振り上げるしかない。おろしてしまうと自分が壊れそうになるのを、最も恐れている。そのことを理解する必要がある。しかし残念ながらその陰で、彼らの思わぬ事態が、情け容赦なく進行する。それを彼らにわからせる方法が、今のところ、ない。
結局のところ、日本国という運命共同体は世界に一つしかない。そこに乗り合わせてしまった我々は、相反する考えを持った人々の総体がぼんやりと指し示す方向に向かって、ずるずると流されて行かざるを得ない。力つきるまでそれに抗い続け、少しでを舳先を上に向けることを目指すしかない。
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