「引きこもりの美学」・・・実験的という観点から見れば、このアルバムは、もはや古楽というより現代音楽に近い。さすがECM、Manfred Eicherが仕掛けたんかPaul Hillierが持ち込んだんか書いてないけど、ものすごく良い。出典は、先にも出たGuillaume d’AquitaineやBernart de Ventadornなど、11-13世紀に活躍した吟遊詩人の曲ばかり。リュート、サルテリー、ハープ、ヴィエールという素朴な弦楽器の、なんと即興演奏がつけられている。この手の実験的な音楽は、まったく往々にしてつまらん駄作に落ちてしまうものだが、そこは楽曲の良さ、押しも押されもせぬHilliered Ensembleの指導者、ECMジャズの創設者、そしてStephen Stubbs, Andrew Lawrence-King, Erin Headley という古楽の名演奏家たち・・・しかも一曲目が「本当のからっぽについて」という例のアキテーヌ公が書いた、男なんてものは取るに足りない存在だとつくづく思い知らされるような詩を、大真面目に朗々と朗読するところから始まる。ハープが飛び散る・・・闇が唸る・・・こういうことを名演奏家たちが堂々と大真面目にやってくれるところが懐深い。本来、音楽は作って演奏して楽しむもの。ヨーロッパでは10世紀頃から、教会での典礼用の聖歌集以外にも、音楽を書き留めたものや、それらを筆写した歌集のようなものが散見されはじめる。そこに共通の歌詞やメロディ、作曲者名が見出されるようになるが、これらの特徴は、定旋律定型文の聖歌とは違って、全く自由で、中には取るに足りないありふれた内容の歌詞が多く残されていることである。これは、ずっと昔からこのような民衆の歌が存在していて、それが文書に現れてきたものと見ることができる。現代の多くの演奏家は、これらの文献を研究して実際の演奏に具体化するのだが、ほとんど歌のメロディしか残されておらず。リズムもはっきりしないので、仕上がった音楽の大部分は想像の賜物である。しかしその旋律の動きに一定の法則が見られることから、そこに和声の存在、おそらく音遊びや偶発的に生じた効果などを弄んだものが定式化したと思われるものがあって、それは合唱だけでなく、器楽伴奏として著された時に魅力的な特徴を発揮する。また、その頃までは教会の権威が絶対的に強く、音楽は民衆が聞くためのものというより、信仰のため、神のために捧げるという性格が強かったが、典礼音楽としてのグレゴリオ聖歌も、聖務日課によって様々なバリエイションを要し、また布教にも民衆に寄り添う必要があって、その題材に民衆の歌やその旋法を取り入れた形跡がある。例えば聖母マリアの純潔性を歌いながら、それを現実の処女を賛美する内容にすり替えて楽しんだものが、逆に教会音楽の歌詞の中に散見されるなどである。このように13世紀頃までのヨーロッパ音楽は聖なるものへの指向性が強く、超現実的な響きを持ちながらも、その広がりや多様性を民衆の歌が支えるという、一見矛盾した性格を持っている。そして全体としてはシンプルで、神に対する生身の畏怖、異質なものに対する生身の恐怖、ありのままの混沌などが楽曲ににじみ出ているため、独特の感触を持って耳に響くのであろう。そこが、この次の時代に顕著になる、ヨーロッパ的な構成美を主眼とする音楽との大きな違いではなかろうかと思う。その後の合理主義的価値観が当たり前になってから作られた宗教音楽とは、出来がまるで違うのだ。一方の世俗音楽は、ほとんど記録が残されていないものの、中世の教会音楽を聞くとき、より下った時代のものを聞くよりも荘厳な感銘を受けるのは、おそらくそのためだろう。13世紀頃までは、いわゆる「大作曲家」として後世に名を轟かせるような人物は知られていない。作曲者の主体は、主に吟遊詩人であり、これらありふれた民衆の歌を口伝で集め、そこへニュースや珍しい話などさまざまに即興を取り入れて日銭を稼いでいたものと考えられる。彼らの歌は、南仏から北へ流行し、やがてドイツに入り、またイベリアへも渡り、西ヨーロッパ中に流行した。それを支えたのは当時勃興し始めていた騎士団であり、騎士団を支えたのは地方の王侯貴族であった。歌や詩や踊りは人間の根源的な喜びであったけれども、いや、だからこそ、それは時の宗教勢力や政治勢力に利用されて、民衆をコントロールしたり、自己の権力を誇示することに使われた。良い歌を歌い、詩をたしなみ、優雅に踊ることは、騎士道の嗜みの一つと捉えられ、それが王侯貴族の館での社交につながって文化として花開いた。そのような安定したヨーロッパ中世の絶頂期が、だいたい13世紀頃になる。この頃までの音楽を聴くとき、しかしそれはやがて複雑に変容して、豪勢な歌劇や舞踏などに代表される宮廷音楽に発展した。一方、教会音楽は13世紀頃までは単旋律だったが、やがて上のような世俗音楽の荒波をかぶって変容したり、あるいは取り締まられたりしながら入り混じり、複雑に変容し多声音楽へと発展していった。やがて宮廷音楽にメイン・ストリームが移り、作曲家や演奏家は宮廷に庇護されて教会の楽長も務めるという構造が出来上がった。その主流は、宮廷で上演される歌劇や催される舞踏会に用いられる音楽であった。歌や踊りはキリスト教の布教のための寸劇などから発展して、演劇文化としてヨーロッパの音楽の主要な要素となったことは自然である。しかしこのことが、クラシック音楽のすべての歌曲の発声法を支配し、器楽合奏の音感の序列にまで影響を与えてしまったことは否めない。その精神が、神への畏れから、宮廷への阿りに変化していくとともに、ヨーロッパのクラシック音楽は、どうにも鼻持ちならない「臭さ」を身に纏ってしまったような気がしてならない。それはおそらく、その中にいる人には気がつかない自分の体臭のようなもので、外の人間にはなかなか越えられない一線のように思われる。私の場合、その一線が、だいたい西暦1600年ごろにあるようなのだ。古楽のファンが必ずしもクラシック・ファンでないといわれているが、これが関係しているのではないかと思う。
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