Guillaume Dufay: Gaude Virgo, Mater Christi/ Cantica Symphonia
(CD, Cantica Symphonia: Quadrivium, Guillome Dufay, Motets, vol.1, Glossa, GCD P31902, 2005, EU)
(CD, Cantica Symphonia: Quadrivium, Guillome Dufay, Motets, vol.1, Glossa, GCD P31902, 2005, EU)
「引きこもりの美学」・・・多声音楽の魅力というものは、クラシックに限らずどんな音楽にもいえることだと思うが、幾重ものメロディが散発的に別々の動きを持って歌われることによる重層性である。単旋律の歌は純粋性を、多声音楽は複雑な苦悩をよく表現できるが、その内容は全く様々である。Guillaume Dufay (1397?-1474) の生きた時代は、ペストの感染爆発が鎮静したものの、ローマ教会の大分裂が深く社会を分断していた.人々の精神的支柱であったキリスト教世界観が、唯一絶対の揺るぎないものではなくなった.神は人々を助けてはくれなかったし、神を信じよと我々に説く者が権威をめぐって争い続けていた.それは、神性を普遍無謬のものとし、その前提のもとで社会が成り立っていた時代とは全く異なる。神が普遍的原理なのではなく、それは別にある。音楽に限らず、人間のあらゆる知性的活動の分野で、改めて原理を問い直し、追い求める衝動が、ルネサンス運動を後押ししたのである。
Dufayの音楽を調査研究して現代に復興させる試みのほとんど全てで、彼の楽曲にしか考えられない複雑で深刻で、しかも整った構成美を持つ独特の情感に触れるのはなぜだろう。もちろん演奏家による解釈や表現方法の違いは大きいけれども、多くの演奏で極めてDufay的な響きを感じざるを得ないのはなぜだろう。それまでの中世の音楽、単旋律で歌われる、純粋な信仰をイメージする清らかな聖歌、素朴で明るい庶民の歌を取り入れながら、「騎士道」という統一された美学のもと王侯貴族の館に開花した前宮廷音楽、両者を取り入れたり排除しながら発展してきた典礼音楽・・・さまざまな影響を受けながらも醸成されてきたヨーロッパ的な音楽の様々な要素が、一瞬にして彼のもとに結晶したかのような凝縮感を感じる。聞けば聴くほど、それまでに聞いた様々な時代の音楽の結果や、この時代以後に現れるいろんな音楽の萌芽が、多声のそれぞれの動きの中に組み込まれ、前衛的でありながら、全体としては美しい結晶のように聞こえるのである。
"Gaude virgo, mater Christi"・・・このタイトルは、のちのJosquin Des Prez作曲のものの方が有名かもしれないが、もともとは聖書の詩句によらない古くからの定型句である。「喜びたまえ、処女なる、キリストの母よ」・・・細かい解釈は別として、概ねこのくらいの意味になると思うが、聖母マリアが男との性交渉に依らず、精霊と交わることで処女を維持したままキリストを宿した、という考え方に基づく。この曲は典礼音楽ではなく、それと世俗歌曲との橋渡し的な性格を持つ「モテット」・・・すなわち、グレゴリオ聖歌の定旋律の引き伸ばされた母音の長音に、様々な解釈などを織り込んだ言葉を持つ音楽が、やがて独立してひとつのジャンルになったものである。分類としては宗教曲に含まれるが、内容は両者の中間的な意味合いを持つ。聖母マリアのイメージが、キリスト教文化の中においては、聖なるもの、美なるものから始まって、やがてそれを賛美する内容が、男が女に求める理想の姿を様々に重ね合わせて、やがて複雑化していく。その傾向は、音楽のみならず、宗教画に女性の裸体が多く描かれることにも現れる。これらが調和して存在することが、ヨーロッパ的なるものの不思議と思われて仕方がない。
重層する複雑さを統率する原理は、古来から数学的にアプローチされてきた.古代ギリシアで、一本の弦を鳴らした音の高さと、その半分の長さの弦を鳴らした音の高さが、同じようでありながら調和して快く聞こえたことをきっかけに「オクターブ」が発見され、やがて音階の数学的な分析に発展した.私は楽典を理解していないので、ここでDufayのこの分野における功績について書くことはできない。ただ、それによって構成された音楽が演奏された結果は、強く圧倒されるにもかかわらず、全体として深い安堵にに満ちたものだった.このアルバムのタイトル、"Quadrivium"・・・すなわち中世の大学における基礎学科「文法学」・「論理学」・「修辞学」に次いで修めるべきとされる四学科「算術」・「幾何学」・「音楽」・「天文学」・・・も、胎内に統合されたDufayの魅力を暗示しているようである。このアルバムは、サブタイトルが示す通り彼のモテット集である。長大な代表作ではなく、珠玉の短編集という趣がある。私は歳を取ったとはいえ自分ではロック・ミュージシャンの端くれのつもりなのだが、この700年もの時を越えてなおかつ奏でられる音楽の生気に触れる時、たかが数十年のポピュラー音楽の歴史が色褪せて見えるのはやむを得ないように思う。
Dufayの音楽を調査研究して現代に復興させる試みのほとんど全てで、彼の楽曲にしか考えられない複雑で深刻で、しかも整った構成美を持つ独特の情感に触れるのはなぜだろう。もちろん演奏家による解釈や表現方法の違いは大きいけれども、多くの演奏で極めてDufay的な響きを感じざるを得ないのはなぜだろう。それまでの中世の音楽、単旋律で歌われる、純粋な信仰をイメージする清らかな聖歌、素朴で明るい庶民の歌を取り入れながら、「騎士道」という統一された美学のもと王侯貴族の館に開花した前宮廷音楽、両者を取り入れたり排除しながら発展してきた典礼音楽・・・さまざまな影響を受けながらも醸成されてきたヨーロッパ的な音楽の様々な要素が、一瞬にして彼のもとに結晶したかのような凝縮感を感じる。聞けば聴くほど、それまでに聞いた様々な時代の音楽の結果や、この時代以後に現れるいろんな音楽の萌芽が、多声のそれぞれの動きの中に組み込まれ、前衛的でありながら、全体としては美しい結晶のように聞こえるのである。
"Gaude virgo, mater Christi"・・・このタイトルは、のちのJosquin Des Prez作曲のものの方が有名かもしれないが、もともとは聖書の詩句によらない古くからの定型句である。「喜びたまえ、処女なる、キリストの母よ」・・・細かい解釈は別として、概ねこのくらいの意味になると思うが、聖母マリアが男との性交渉に依らず、精霊と交わることで処女を維持したままキリストを宿した、という考え方に基づく。この曲は典礼音楽ではなく、それと世俗歌曲との橋渡し的な性格を持つ「モテット」・・・すなわち、グレゴリオ聖歌の定旋律の引き伸ばされた母音の長音に、様々な解釈などを織り込んだ言葉を持つ音楽が、やがて独立してひとつのジャンルになったものである。分類としては宗教曲に含まれるが、内容は両者の中間的な意味合いを持つ。聖母マリアのイメージが、キリスト教文化の中においては、聖なるもの、美なるものから始まって、やがてそれを賛美する内容が、男が女に求める理想の姿を様々に重ね合わせて、やがて複雑化していく。その傾向は、音楽のみならず、宗教画に女性の裸体が多く描かれることにも現れる。これらが調和して存在することが、ヨーロッパ的なるものの不思議と思われて仕方がない。
重層する複雑さを統率する原理は、古来から数学的にアプローチされてきた.古代ギリシアで、一本の弦を鳴らした音の高さと、その半分の長さの弦を鳴らした音の高さが、同じようでありながら調和して快く聞こえたことをきっかけに「オクターブ」が発見され、やがて音階の数学的な分析に発展した.私は楽典を理解していないので、ここでDufayのこの分野における功績について書くことはできない。ただ、それによって構成された音楽が演奏された結果は、強く圧倒されるにもかかわらず、全体として深い安堵にに満ちたものだった.このアルバムのタイトル、"Quadrivium"・・・すなわち中世の大学における基礎学科「文法学」・「論理学」・「修辞学」に次いで修めるべきとされる四学科「算術」・「幾何学」・「音楽」・「天文学」・・・も、胎内に統合されたDufayの魅力を暗示しているようである。このアルバムは、サブタイトルが示す通り彼のモテット集である。長大な代表作ではなく、珠玉の短編集という趣がある。私は歳を取ったとはいえ自分ではロック・ミュージシャンの端くれのつもりなのだが、この700年もの時を越えてなおかつ奏でられる音楽の生気に触れる時、たかが数十年のポピュラー音楽の歴史が色褪せて見えるのはやむを得ないように思う。
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