2020年07月19日

20200719 Astrud Gilberto: Now



Astrud Gilberto: Now (CD, re-issued, P-Vine Records, PVCP-8026, 2004, JP, originally issued as LP, Perception Records, PLP 29, 1972, US)

Zigy Zigy Za (A. Gilberto)
Make Love To Me (E. Deodato)
Baiao (H. Teixeira, L. Gonzaga)
Touching You (D. Jordan, P. Adams)
Gingele (A. Gilberto)
Take It Easy My Brother Charlie (A. Gilberto, D. Jordan)
Where Have You Been? (A. Gilberto)
General Da Banda (J. Alcides, S. De Mello, T. Silva)
Bridges (F. Brant, G. Lees, M. Nascimento)
Daybreak -Walking Out On Yesterday (B. Bingham)

Acoustic Guitar, Arranged By – Eumir Deodato
Backing Vocals – Astrud Gilberto, Eumir Deodato, Maria Helena Toledo, Nick La Sorsa
Bass – Bob Cranshaw, Patrick Adams, Ron Carter
Drums – Billy Cobham Jr., Mickey Rocker
Electric Guitar – Al Gaffa
Keyboards – Mike Longo
Percussion – Airto Moreira

 私が物心ついた頃、実家は大家族であった母方一家とともに暮らしていた。母は6人きょうだいの3番目であって、母と伯母以外は未婚であったので、若き日の4人のおじおばがいた。東京オリンピックが終わり、日本は高度経済成長真っ只中、おじおばの上の方は結婚適齢期、一番下の叔母は高校生だった。家は広く、応接間にステレオ・セットがあった。私はまだ小学校低学年の子供だったが、そこで毎夜遅くまでレコードを聴いて過ごすのがワクワクするほど楽しい時間であった。そこでかけられていたレコードは、ほとんど全てが映画音楽やジャズ、そしてボサ・ノバだった。もちろんBossa Novaはブラジルで生まれた。しかし、当時の朧げな「感じ」としては、映画音楽やジャズと一緒に入ってきたアメリカ音楽だった。当時の社会を圧倒的に支配していた空気、それは要するに泥臭さからの脱却であった。「戦後は終わった」と言われていた。実家のあった場所は、開発中の新興住宅街であった。阪急沿線であり、父はサラリー・マンであり、やっと家庭に電化製品の三種の神器が揃いはじめた頃だ。そろそろカラー・テレビが出回っていたが、うちにはなかった。真空管ラジオがあり、母屋の応接間には、やはり真空管式のステレオ・セットがあった。当時の日本の都会人が羨む新しい生活様式に向かって着々と進みつつあった。しかし目の前の道はまだ土道で、あちこちに農地が残っていた。山に入ると、山で暮らす人もまだいた。そんななかで、とってつけたような清潔な空間で、それを当たり前のように暮らすことが美徳であった。音楽の影響は大きかった。映画は模範となった。その音楽をレコード盤として所有すること、それをいつでも聞くことができるということ、それは稀有な、大変素晴らしいことだった。その中でも、子供心に、ボサノバは、その不思議な響きで私を魅了した。アストラッド・ジルベルトという名前と、「ウィンディー」のジャケットをよく覚えている。
 日本語表記英語発音でアストラッド・ジルベルト、ブラジル発音でアストゥルージ・ジゥベールト、もちろん知らぬ人のないBossa Novaの歌姫。神様ジョアン・ジルベルトの最初のパートナーであり、すぐに離婚するが、同じ姓を名乗り続け現在も活動中。しかし実質的な活動時期は、このアルバムの出た1970年代前半までといって良いだろう。ボサノバの歌姫として名高いにもかかわらず、実際にはそんなに多くのボサノバを歌っていない。むしろ英語に翻訳したボサノバや、ブラジル風でありながら歌詞は英語のポップスが多い。代表作とされるアルバムは評価の固まったものであり、特に思い入れもないが、ボサノバかBossa Novaかという垣根を外れて、歌手として、その声や歌い方が私は非常に好きである。アメリカン・ポップスの入口がカーペンターズであり、ソウル・ミュージックの入口がロバータ・フラックであるように、当時語られていた「ボサノバ」の入口が彼女であったことは疑いない。そんな彼女の最盛期最後の作品は、シンガー・ソングライターとしての面が色濃く出たもので、私はこのアルバムが最も好きである。残念ながら、この後の彼女の音楽活動は、あまり良いとは思えない。しかし、ブラジル音楽へ私を誘ってくれた最初の歌手として、どうしても書き留めて置きたかった。
posted by jakiswede at 00:00| Comment(0) | 変態的音楽遍歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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